第3話 海賊と追う者
さて、舞台上で繰り広げられた歌劇を見て大体のところは理解した。
大昔にこの島で起きた出来事を模したもので、ざっくり言うと好いた惚れたで島中を巻き込んだ男女が大騒ぎして結婚しましたよという、よくある恋愛小説みたいな噺だ。
うん。
アツいね。
どうやら自分が相手役に選ばれているらしいことさえ考えなければ、私も小柄なマダムと一緒にキャーキャー言ってただろうけど。
やってくる船旅客に向けたものなんだろう、雑に民族的な服を羽織らされた私は仕方ないかと諦めて舞台上へあがる。
男は劇に付き合わされるみたいだけど、女は最後に男の手を取って、島の祭壇にある飾りを受け取りにいくだけだ。
その気になったら舞台上でちゅっとやるだけだからと、聞いてたマダムが興奮するようなことを言われたけど、どうなんだかなぁ~。
「災難でしたね」
「…………うス」
元気いっぱいな島民さん達に囲まれて、青年はすっかり疲れた顔をしていた。
嫌なら途中で降りても良かったんだろうけど、最後まで付き合ったのは真面目さ故か。
暫定冒険者さんらしき青年は息を落とすと、私に向けて手を差し出してきた。
「その……いいんスか。俺なんかに付き合わされて」
「どうしてですか? あんなに頑張ってたのに。それに、この雰囲気を壊すのは申し訳ないので。ちょっとした肝試しみたいなものっスよ」
なんてふざけて言えば、彼は気恥ずかしそうに空いてる手で頭を掻いた。
「なら、俺のことは護衛とでも思って下さい。それなら、まあ、慣れてるんで」
やっぱり冒険者なのかな?
なんて思うけど、いつまでも舞台上で会話を続けていたら鼻息の荒いマダムの標的になるばかり。お酒も入っているせいか、あんまりお子様達に聞かせちゃいけないことまで口走っちゃってるよ。
「分かりました。あぁ、道順は私が聞いてるので、ここからは気を抜いて行きましょう?」
「すんません。世話になるっス」
手を繋いで舞台を降りていく時、マダムが青年の名を呼んだ。
航海中に知り合っていたらしい。
「頑張ってね……!! ユグナレアくん!!」
ユグナレア。
多分、冒険者。
出会ったばかりで分かったようなことは言えないけど、真面目で付き合いが良くて、キラキラしたのが苦手な、良い人だと思うよ。
あと、手の平がとっても固かった。
※ ※ ※
波の割れる音を聞きながら、崖際の階段をあがっていく。
会場を出た時はまだ明るかったけど、いつの間にやら周囲は暗くなり、森の奥からは虫の音が聞こえるようになっていた。
「いいんスか? 松明あった方が、大抵は見通しが良いと思いますよ」
「そうですか? これだけ月明かりがあれば、下手に光源持ち歩いてるより視えるじゃないですか」
「俺は……まあそうっスけど」
昔から夜目は効く方だから、晴れていたらロウソク無しで勉強が出来た。
この三年で贅沢に慣れて、今はちょっと視力が落ちてるけどね。
心地良い潮風が私の羽織る衣裳をやさしく揺らす。
「慣れた冒険者でも、街中暮らしが長いと鈍る感覚っス。姉さん、案外そういうのに向いて…………あぁいや、すんません」
「あっ、やっぱり冒険者さんなんだ?」
突っ込んで聞くべきかどうか悩んでたんだけど、向こうから話が出たなら聞いてみたい。
私の問いにユグナレアは腰元の剣へ手をやった。
「うス。一応、ゴールドランクをギルドから貰ってます」
「へぇ……すごいランクですよね?」
確か、冒険者としては成功者とされるランクだ。
一般的な平民と比べても裕福な生活を送れるとか。その理由の一部には、出掛けてばかりで街中での消費が抑えられるから、なんて考察も本にはあったけど。
ユグナレアは恥じ入るように視線を俯かせた。
「ミスリルやオリハルコンに比べると、ただの人並みっスよ」
「かもしれないですけど、私から見ると凄いですよ」
「うス」
綺麗な満月だ。
雲も無いから足元に不安はない。
なにより、さっきからユグナレアさんが危なそうな場所を見付けるとさりげなく誘導してくれている。
護衛には慣れているって本当なんだなぁ。
ゴールドランク冒険者の護衛、頼めばお幾ら掛かるんだろうな、なんて庶民じみたことを考えながら、ふと沖へ目をやって足を止めた。
「どうかしたっスか?」
「うん……いや、なんか船がいっぱい居るなぁって」
ユグナレアが崖際の木に手をやって沖を睨みつける。
「…………視えねえっス。姉さん、俺より目ぇ良いんじゃないスか?」
「そっスか~?」
なんてふざけつつ、
「私達の船も、夜に停泊しないで進み続けてましたし、ここを抜かしていく船ですかね?」
気楽に言ってみせたけど、少しの間無言が続いた。
元々堅めな表情のユグナレアが、更に眉を寄せている。
「やっぱり視えねえ……。けど、夜間に船を進めるにも条件があるっスよ」
「えっと?」
「近くに島や浅瀬が存在しないこと。近くに船が存在しないこと。夜の海ってのは思ってる以上に難しくて、航海士ってのは思ってるよりもずっと現在位置を知らないもんス。それを二つ同時に破れるってことは、余程《《艦隊行動に慣れた連中》》ってことっスね」
よく分からないけど、つまりあの船は軍艦ってことなのかな?
なるほどー、とそこで理解を止めた私に対して、彼はまだ少し悩むみたいで。
遥か眼下で波が崖にぶつかり、大きな音を立てる。
遠くから聞こえるのは私達を送り出した祭りの会場からだ。
当然、暗くなってからはかがり火が掛けられ、周囲を明るく照らし出している。
すぐ近くの茂みで物音がした。
小動物、かな?
ユグナレアが平淡な声のまま言う。
「近くにある大陸の港から十日の距離……夜間航行を訓練するにしても離れ過ぎっす。何かあった時に助けを呼べない」
「じゃあ、訓練じゃない艦隊が夜間航行を無理矢理しているってことです、か?」
言っていて首を傾げた。
だって、そこまでしてこの海域を抜けたって、反対側の東大陸へたどり着くまではまだ時間が掛かる。
それにそれじゃあまるで戦争を仕掛けにいくみたいだ。
「……数は五隻です。軍艦だとしても少なくないですか?」
「そっスね……考えすぎかもっス」
彼はそっと崖際から身を離してこちらを向いた。
そもそも船が見えるっていうのは私が一方的に言ってるだけ、あの船だって寝る間を惜しんで航海を続けて、東大陸で大儲けしたい商船かもしれない。
「五隻だけじゃあ、港を一時的に制圧は出来ても占領し続けるだけの地上戦力には足りません。ここみたいな小さい島程度なら十分過ぎますけどね、ははは」
「ですよねぇ。ちょっと本の読みすぎというか、アテられちゃってるところはあるかも、あははははは」
だって目の前に冒険者が居るんだもの。
ついつい、頭がそっちに傾いても仕方ない。
「こんな島を占領したって何にもない……って言うのは島民の人に申し訳ないっスけど、船一隻分の食料備蓄が精々っスからね、ははは」
「あはは、そんなことする軍艦が居たら驚きですけどねー」
「そっスねーっ、けど海賊とかならあり得るかも?」
「おっ? 海賊さんも大変ですね、こんな観光地みたいな島を襲っても何も……何も」
「ははは。なんにもないっスね!!」
私は沖を見た。
それから、入り江になっている港もどきを見た。
そっからまた沖を見て……やっぱり五隻の船がこちらに接近してきていることを確認した。
時間が経って、船の形が見えるようになったから。
帆がこちらを向いているのが分かる。
「ねえ、ユグナレアさん?」
「え? はいっス? あれ、俺名前」
「あそこにお金持ちを詰め込んだ豪華客船がありませんか?」
「そっスね。キラキラしてて、調度品一つとっても高そうな、乗ってる人達も金持ちばっかりで、俺護衛として雇われてるんスけど、そうでもなければ乗船なんてとても」
「じゃなくて私達の船を狙って海賊がやってきてるんじゃないですか!?」
歩く花壇みたいな飾り付けをされた、この上なくおめでたい恰好をした冒険者は一時硬直して、直後に叫んだ。
「ッアー!? ヤバいじゃないっスか!? というか今更見えましたよ五隻の艦隊!? あんなの良く視えましたねヤベーっス!?」
そう、海賊だ。
今日はとても月が近いから、遠くの海からこちらへ迫る、先頭を行く船に。
ドクロを描いた旗が掲げられているのがよく視えた。
※ ※ ※
船長さんが下した決定は、降伏だった。
「落ち着いてください、皆さん。東大陸でも、西大陸でも、現在では違法な奴隷売買が禁じられています。誘拐した者を売りに出せば足が付く。それよりも、現代の海賊たちは非常に合理的です」
既に陽は落ち、船は停泊したまま。
夜間航行の難しさはさっき聞いたばかりだ。
港として整備されている訳でもない、自然の入り江に停泊した船をこの状況で出航させるのが危険なのは私でも分かる。
「どうか、どうか冷静に。皆さんは出向前に財産へ保険を掛けています。航海中に出た損失は、東大陸へ到着した後に保険会社から補填されます。つまり、彼ら海賊の目的はこちらも合理的な判断を下すと分かった上での、安全な略奪なのです」
言っていることは分かるけど、理不尽な話を前に胸の内がザワ付く。
権力、暴力、力を振りかざして一方的にやりたい放題する人は、どうしても好きになれそうにない。
「君達が揃って私達をハメたんじゃないのか」
一人の紳士が歩み出て、船長に向けて問いを投げた。
彼の視線は島民にも向けられている。
確かに、私達が停泊しているのを見計らったみたいな襲撃だ。可能性が無いかと言われたら、無実の証明は難しい。
そうだそうだと、一部から声が続いて。
けれど、結局誰も別の方法を示せない。
だってそうだ。
私達は船に乗せて貰っていただけで、船を操れはしない。
船長が船を動かさないと決めた時点でこの絶海の孤島から脱出する手段は無かった。
おそらくはその納得、諦めを待ってから船長は言葉をこぼす。
まるで傷を受けた獣のように、低い唸りを伴って。
「保険の保証人には船長職にある者が付けられます。船側が海賊と結託して保険金を騙し取らないようにという、保険会社による条件がありますので」
あぁ、つまり。
これからこの人は、この場でただ一人海賊達になぶられ続けるんだ。
どうしようもない、理不尽な暴力によって。
私達が安全に航海を終えられる最善手の為に。
そして、誰もが静まり返ったところへ一発の砲声が轟いて、頭上を抜けていった砲弾に悲鳴があがる。
「船長がそれでいいなら、俺のやることは決まったっスね」
「……あぁ、万が一を避ける為だ。頼むぞ冒険者」
「うス」
一人の青年が船長の脇に立つ。
舞台上でおもちゃにされていた、船ではくだを巻いていた、なんなら私の手を取るのにだって照れていたような、彼は。
ユグナレアという冒険者は、今こそが日常とでも言うように、ゆらりと剣の柄を握っている。
「金貰って納得するなら良し。いい子だねと帰らせてやりましょう」
「はっ。東のならず者が、吹かすんじゃねえ」
あぁでも、二人のそういう振舞いを見ているとちょっと安心出来た。
私達は無事に海を渡れるんだ。
なんて。
あまりにも《《自分》》の状況を甘く見ていた。
私は……国外追放にされた身なのに。
少なからず、国の汚点と、内情を知る秘書官だったのに。
あれだけの理不尽を浴びて尚も、それ以上はと思い込んでいた。
※ ※ ※
「小遣い稼ぎは好きにして。けどまずは仕事でしょ」
その顔はよく知っていた。
先生の執務室で、毎日のように顔を合わせていた。
何故彼女がなんて思っている暇もない。
《《海賊を引き連れた元同僚の秘書官が》》、普段と何も変わらない、宮殿内で過ごしているような恰好で船上から告げてくる。
「出てきてくださ~い、ミクリ=クルエットせ~んっぱい! ほんっと、追いかけるのに苦労しちゃったんだからっ」
小柄なマダムが私を振り向いた。
そういう意図は無かっただろう、反射的なものだ。
当人も身体をビクリとさせて硬直するけど、相手からはどう視えたか。
「あはっ! ひさしぶりですせんぱーい。その日の内に国を出ちゃうなんて、流石センパイは頭がいいですねー」
私を見付けたふわふわ髪の貴族令嬢、エルメリア=ドローズはふんわりと笑って言い捨てる。
「捕まえて。先生からは別に殺しちゃってもいいって言われてるから、その後の処置も任せるわ。お小遣いも手に入って、報酬はたんまり。海賊って思ってたよりずっと簡単なお仕事なのね~」
口封じ。
罪を着せて、国を追い出し、それでも足りないと追いかけてきた理不尽が、私目掛けて降りかかってきた。
「逃げてっ、ミクリちゃん!!」
小柄なマダムが言うけれど、脚が動かない。
どうすればいいのかも分からない。
だって、もう、どこにも行けない。
逃げて、行き詰って、そこで終わり?
おじいちゃんの墓参りにも行けてないのに。
私は……っ。
人を掻き分けてきた大柄な海賊が腕を掴んでくる。彼は船上のエルメリアに振り返って確認すると、日焼けして岩みたいになった顔がぐしゃりと歪む。
「ほらっ、来い!!」
凄い力に引っ張られて、抵抗も出来ずに連れていかれる。
行き先は森の中だ。
そこで何をされるのか、どうしても理解が及ばなかった。
ただ怖い。
腕が痛くて、怖くて、けど、理不尽に負けたくなくて、睨みつけるのに、それを見た海賊は更に笑みを濃くした。
「へっへえ! いいねぇっ、好みだよアンタみたいなのはさあっ!! どうせ死ぬしかない命さ、最後に俺が楽しませてやるからよおおおお!!!!」
言葉の途中で何かがぶちりとキレた。
ここがドン詰まりだとして、どうして大人しくしてあげなきゃならないの?
自分達の決定にすら従えない、身勝手で横暴な人達に、どうしてこれ以上奪われなくちゃならないの?
舐めんなよ。
「悪いなテメエらっ、まずは俺が躾けておいてやるからよ――――」
調子に乗っていたんだろう。
振り返って仲間相手にも煽ってみせて、結果私になんてまるで警戒していなかった。
だから、
「うっさいクズ。縮み上がれ」
隙だらけになっていた股座を蹴り上げると、男は悲鳴をあげて手を離した。
「~~っっ、っ、の、クソアマがああああ!!」
後ろから化け物の咆哮じみた声があがるけど、私は構わず森へ向かった。
行くアテなんてない。
けど、走れる限りは走ってやろうと思った。
この逃げ場のない島で、とことんまで連中に抗ってやる。
だけど、まあ……運が悪かった。
走り出したすぐ後で履いていた靴の紐が切れた。
水着に合わせて、素足を晒すサンダルだ。
悲鳴はあげなかったけど、転んで起き上がった時には、もう腕がすぐそこまで来ていた。
それでも最後まで、諦めずに抗い続けて。
そして。
「っははははは!! 良い啖呵っス。姉さんやっぱ、冒険者に向いてるかもっスね」
私を掴もうとしていた腕が、ぽーんと宙を舞った。
とっても固い手の平が私の手を包み込む。
「まずは逃げましょう。ここで始めると被害が増えます。いいっスか?」
剣を抜いたユグナレアが、幅広のそれを肩に乗せつつ口端を広げていた。
「いいの?」
問い掛けに、彼は驚いたみたいだった。
けど、にんまりと笑って頷いてくれる。
だって巻き込んでしまうから、コレはどう見ても私の事情なのに。
「気に入った、ってのもホントっス。船長の為にも誰の命も奪わせねえって、そうも思ってたっス。けど、《《ちょいと》》事情が変わった部分もありましてね」
後ろから炎が襲い掛かってきた。
魔術。
私の居た西大陸でもそれはあるけど、日常では滅多に見ることのない、ソレを。
「おっと」
ユグナレアは幅広の剣でぶった切り、炎を霧散させてみせた。
刀身に文字が浮かび上がってる。
普通の剣じゃ、ない?
「行きましょう、ミクリ《《姐》》さん!! と――――俺はただの一般客だーっ! 彼女の護衛の為に雇われたー!! 船とは関係ない一般人だー!!」
叫んだ内容については理解が遅れた。
けど、駆け出しながらつい笑ってしまう。
「あははっ、他の乗客守る為なのは分かるけど、あからさま過ぎない?」
「ははは。俺、演技、苦手っス。後は船長が上手くやるっスよ」
見事な丸投げを聞きながら、最初は手を引かれながら、やがて一緒に並んで、私達は追いかけてきた海賊達から逃げ出した。
今日は月が近いから、森の中でもよく視える。
「変なの、っ、冒険者って!! なんだか、どうとでもなりそうな気がしてきた!!」
「ははは、ミクリ姐さんは俺よりもずっと、冒険者らしいっスよ」
「そうかな?」
「そっスよ」
まあいっか。
後ろから聞こえる怒声があっという間に遠のいていくのを感じながら、私達は逃げてる最中なのにワーキャー言い合いながら走り続けた。
さあ。
どうする!?




