第40話 美味しい匂い
アンリの部屋に入ると――純白の天幕付きのベッドの上でアンリが蒼白い顔で眠っていた。
「―――アンズ…?ごめんね、お薬の後はちょっぴり身体が怠くって…起き上がれないんだ…。」
僕に気づいたアンリがゆっくりと目を覚ますと、まどろんだ瞳で僕を見ながら言った。
アンリは、辛そうに額を手で押さえながら、のろのろとベッドから起き上ろうとする。
「アンリ、無理に起きなくてもいいよ!」
僕は、ベッドに駆け寄って、辛そうな身体でベッドから起き上ろうとするアンリを両手で優しく制止した。
「えぇ~?ボク、もっとアンズのそばにいたいんだけど?あっ、そうだ!アンズがボクのそばにくればいいんだよ♪」
アンリは、僕の片手を掴むと、僕をベッドの中に引きずり込んでしまった!
「ふぁっ!?あ、アンリ…!?」
アンリは、僕の身体を両腕で優しく抱き締めながら、僕の額に軽いキスをした。
「えへへ♡ ふわぁ~。ボク、こうやってアンズとぎゅ~って抱き合ってるのが一番落ち着くんだ~♡」
抱き合ってるというか、僕が一方的に抱き締められてるだけなんだけど…。
「小さい頃は、アンズがボクをぎゅ~って抱きしめてくれたよね♡?ボクが熱を出して辛い時も、アンズはボクと同じベッドに入って、ボクの熱を冷まそうとしてくれたよね?
ボクね、アンズがそばにいてくれると、身体がとっても楽になったんだよ。今だって、お薬の後はいつもは気怠かったり、気持ち悪くなっちゃうのに……アンズが一緒だから、全然平気だもん♪」
たしかに、さっき起きたばかりの時は青白かったアンリの顏には、頬に血の色が戻って来ている。
「ん~っ♡!アンズって、美味しそうな匂いがするねぇ~♡」
アンリは、僕の頭に顔を埋めながらうっとりと呟いた。
えっ?僕が美味しいにおい?
「あっ…!さっき、アップルパイ食べたからかな?」
「わーい♪今日のおやつアップルパイなんだ~♡ ステラの焼いたやつは、絶品なんだよねぇ~。」
「うん!焼き立てで、すごく美味しかったよ。アンリも食べる?僕がここまで持って来てあげようか?」
「ううん!まだいいや。ボク、このままアンズと一緒にいたい♡ あ~でも、アンズのにおい嗅いでたら、なんだかお腹空いてきちゃった。アンズって、本当に美味しい匂いがするんだもんっ♡」
「あっ…!?アンリ…っ。」
アンリは、僕の首元に鼻先を近づけた。
「ここが一番、良いにおいがするぅ~♡」
アンリは、僕の学ランの詰襟を外すと、僕の首元に顔を近づけて―――僕の首筋に軽く唇で触れた。
「ふぁあ…っ!?あっ、アンリ…っ?んふっ…くすぐったいよぉ…っ。」
アンリは、僕の首筋に紅い唇を這わせながら、濡れた舌で舐めた!
「んひぃ…っ!?ちょ、ちょっと…!?アンリ…!?」
「えへへ♪もしもボクが吸血鬼だったら、アンズの血が飲みたいな♡」
アンリは、僕の首元から顔を上げると、悪戯っ子みたいに笑いながら言った。
「もうっ!変なこと言わないでよー。」
アンリに首筋を舐められてた時、僕はちょっとドキッとしてしまった。
まるで自分が『吸血鬼の恋患い』のアンヌに血を吸わせるラピスになったような気がして……
「アンリが吸血鬼だったら……僕は、アンリになら、血を吸われてもいいかも……。」
僕の命でアンリの命が助かるのなら……
「アンズ?」
「僕、ラピスの気持ちわかる気がする。自分の好きな人になら、食べられちゃってもいいかも…。そしたら、その人の糧となって…その人の身体の一部となってずっと一緒に生きられるわけだし……。」
「ボクは嫌だよ!そんなの絶対嫌だよ!!ボクがアンズを食べちゃったら、アンズとはもうおしゃべりも出来ないし、一緒にご飯を食べたり、遊んだりできなくなっちゃうじゃないか~!!」
アンリは、僕を力強く抱き締めながら、駄々っ子のように声を荒らげて言った。
「あははっ!冗談だよー。だいたい、アンリは吸血鬼じゃないしね~。」
「当たり前じゃないか!あれは、ママの考えた作り話なんだからー。『吸血鬼の恋患い』だっけ?ボク、アレあんまり好きじゃないんだよねぇ…。」
「なんで?」
「だって、ラピスのモデルって…たぶん、ボクのパパだよ。ほら、『瑠璃』って英語で『ラピスラズリ』でしょう?ボクのパパの名前は碧瑠璃だから…ラピスはボクのパパなんだよ。」
「えぇーっ!?自分の旦那さんがモデルのキャラにあんな壮絶な死に方させるの~!?」
「ママのセンスは、ちょっと変わってるからねぇー。ボク、パパのことあんまり好きじゃないんだ…。パパったら、ママを泣かせてばっかりなんだもん…。ボクが生まれてすぐに、ボクとママをほっぽって家を出ちゃうなんてさぁー。ママ、時々、パパの写真を胸に抱きしめながら泣いてることあるんだよ…。」
「そうなんだ…。」
アンリのママさんは、毎日忙しくて碧瑠璃さんと会えないことを寂しいと思うことなんかないって言ってたけど、本当はやっぱり寂しいんだろうなぁ…。
「ボクの大好きなママを泣かせる奴なんて、誰であろうと許せないもん…!」




