第七話 大人の対応
郊外の工場に出向となった糸岡は……
謝って済む問題か、などと言って怒る人がいるが、逆に言えば、大抵のことは謝れば済むのである。それを謝らないから問題がこじれるのだと、糸岡は思った。
「どうして、あたしが謝んなきゃいけないんですか?」
糸岡の予想通り、酒井は口を尖らせた。
「ああ、だから、こういう場合はさ、とりあえず謝っといた方がいいんじゃないかなあ。それが、大人の対応だと思うよ」
「だって、これは明らかに製造部のミスじゃないですか。これがお客さま相手なら、そりゃあ、謝るのも仕方ないと思いますけど、どうして工場配送部のあたしが、本社の販売部に謝らなきゃいけないんですか?」
「あ、いや、もちろん、後で製造部から本社にお詫びの電話を入れてもらうように言いますよ。だけど、納品が遅れることは確実なんだから、その報告は先にしないといけないでしょう。その際、『ご迷惑をおかけして、すみませんね』とこっちから言えば、向こうだって『しょうがないなあ。なるべく急げよ』ってことに」
「それですよ、それ! まるであたしが悪かったみたいじゃないですか!」
「別に、酒井さんのせいなんて、誰一人思わないですよ。ただ、この場合は、いわば工場を代表して」
「あら、だったら、工場長に言ってもらえばいいじゃないですか」
「いやいや、これぐらいの遅れで、一々工場長に頼めないですよ。まあ、いいですいいです。代わりにぼくが連絡しときますから」
糸岡はあきらめて、自分の席に戻り、電話をかけた。
「あ、ども、工場配送部の糸岡です。お疲れ様です。えっと、実は、午後三時の便が、その、ちょっと遅れそうなので。いや、それほど大幅には。はい、はい。もちろんですとも。四時前には必ず。ども、申し訳ないです」
糸岡の背中に目があるわけではないが、酒井がケイベツのマナザシで自分を見ているのをヒシヒシと感じる。
(仕方がない。これも中間管理職の仕事の内さ)
販売部のある本社は市内にあり、子会社である郊外の工場には、製造部と配送部しかない。そして、百名を超えるスタッフを抱える製造部と違い、実務のほとんどを下請けに委託している配送部には、今日休んでいる部長以外、本社から出向している課長の糸岡と、現地採用スタッフの酒井の二人しかいない。
先ほど酒井にああ言ったものの、糸岡が大所帯の製造部に文句を言えないことは、とっくに見透かされているだろう。
電話を切ると、ストレスからか、糸岡は無性に甘いものが食べたくなった。
「うーん、そろそろティータイムにしようかなあ」
「どうぞ、ご自由に」
これは、こちらに来てすぐに糸岡自身が決めたことだが、コーヒー・紅茶などは自分で淹れるルールなのだ。会社の中で、自分の好みを誰にも遠慮せずに実現できる唯一の行為だからである。だから、コーヒーも紅茶も本格的なものをそろえているし、お茶菓子も切らさないよう、常に買い足している。
糸岡は席を立ち、いそいそとオフィスの片隅にある喫茶コーナーへ向かった。他のものには目もくれず、コーナーの横にある冷蔵庫を開けた。今日は特別にお目当てのものがあるからだ。
「あれっ。酒井さん、ここに入れて置いた『とろけるなめらかプリン』知らない?」
酒井がペロッと舌を出した。
「ごめんなさーい。あれ課長のキープだったんですか。見たら、賞味期限が今日までなんで、食べちゃいましたー、てへ」
すると、みるみる糸岡の顔色が変わった。
「謝って済む問題かああああーっ!」




