第十三話 ミントだってカメである
糸岡家の古株ペットであるカメのミントの様子が……
(今回の主人公は、娘の志奈子です)
志奈子は小動物が好きで、小学校に入った頃から金魚や小鳥を飼っていたが、皆短命だった。比較的長生きしたハムスターが、目をつむったまま動かなくなっているのを見つけた時は、胸が締め付けられるような思いがした。だから、次に飼うなら、絶対長生きする動物にしようと決めていた。
そこで両親にねだってペットショップでゼニガメを買ってもらったのだか、それももう十年近く前の話になる。カメは万年などというが、実際の寿命は三十年ぐらいらしい。それにしても、他のペットに比べて長生きであることは間違いない。ミントと名付けたゼニガメは、大学生となった志奈子の家に今でも同居している。
いや、飼い始めた頃は確かにゼニガメだったが、もはや立派なクサガメである。甲羅だけで十五センチはあるだろう。もっとも、あの時店員が熱心にすすめてくれたミドリガメにしていたら、もっと大きくなって、しかも、凶暴になっていたはずだ。
最初は小さなガラス製の水槽に、甲羅干しのとき上陸できるような石を入れて飼っていた。ミントが大きくなるにつれて水槽も大きなものに取り換えていくうち、ガラスの水槽ではあまりに重いため、アクリル製の衣装ケースを水槽代わりに使うことにした。石も順次大きくしていったのだが、そんなに大きな石は持って来れないので、父が風呂用の木のイスを改造し、それに板のスロープを付けてくれた。
その頃から次第に、ミントの世話は主に両親の役目になってしまった。母が毎朝エサを与え、休みのたびに父が水槽の水替えをしている。
エサはずっと市販の固形のものをやっているようだ。たまには生餌をやった方がいいのだが、母はペットショップで現物を見て、絶対イヤだと言った。ミントだって女の子だから、自分と同感だろうと決めつけた。
そう、ミントはメスだった。飼い始めの頃、しばらくして食欲がガクンと落ちたため、動物病院で検査してもらったことがある。その際、先生に「メスですね」と告げられたのだ。
ちなみに、元気がなくなった原因は水温だった。変温動物であるカメは、水温が下がり過ぎると冬眠してしまう。そのため、寒い時期には水槽用のヒーターを入れなければならないのだ。サーモスタット付きのもので二十五度ぐらいに設定するよう、アドバイスされた。
元々熱帯魚用に作られている水槽用ヒーターは、乱暴に扱われることを想定していない。しかし、ミントにしてみれば、熱を発する黒くて細長いものは敵としか思えなかったのだろう。何とかそれを水中から出そうと悪戦苦闘したため、すぐにヒーターのヒューズがとんでしまった。
父はお仕置きを兼ね、丸一日水温が下がるのに任せた。水の冷たさが身に染みた頃、もっと丈夫なものに入れ替えてやると、ようやく有難味がわかったらしく、今度は大人しく寄り添った。そのヒーターも水槽に合わせて少しずつ大きなものにした。
一方、志奈子はハリネズミを飼うようになり、ミントの世話はますます両親に任せきりになってしまった。実際、ほとんどほったらかしでいいカメと違い、ハリネズミの世話は大変だったから、とてもミントにまで手が回らない。時々は様子を見るのだが、あまりにも変化がなく、水中でジッとしているだけで面白くないのだ。
カメは爬虫類だから、当然、肺で呼吸する。ずっと水中にいるように見えるときも、時々は鼻の先だけ水面から出して息継ぎをしている。ただし、最近はミントも年をとったせいか、日中はほとんど上陸して日向ぼっこばかりするようになった。
だが、その日は夜になっても水の中に戻らず、翌朝までそのままだった。志奈子が顔を覗くと、ちょっと苦しそうに見えた。
「どうしたの、ミント。具合が悪いの?」
ペットを飼っている人間は皆そうだろうが、志奈子も相手が自分の家族であるかのように話しかける。
「そこにいたら、寒いでしょう。水の中に入りなさい」
もしかしたらヒーターの効きが悪くなっているのかもしれないと、デジタル式の水温計を見ると二十三度ぐらいを示している。少し低めだな、と思って、ふと、温度表示の横にOUTという文字が出ているのに気が付いた。知らぬ間に家族の誰かが切り替えボタンを押していたらしく、水槽の外、つまり、室温を表示していたのだ。ボタンを押してINの方に変えると、温度表示は三十六度となった。
「やだ。温度計壊れてるみたい」
そう思ったが、念のため水の中に指先を入れてみた。
「わっ、あったかい!」
壊れていたのはヒーターの方だった。たとえ壊れても、水温が下がるだけと思い込んでいた志奈子は焦った。
「ごめーん、ミント。熱かったのね。ちょっと待っててね」
すぐにリビングにいる両親を呼んだ「パパ、ママ、ミントが大変よ!」
父はあわててヒーターの電源を切ってミントをバケツに移し、水槽の水を全部入れ替えた。そのままだと、今度は冷たくなり過ぎるので、お湯を沸かして少しずつ足していく。かき混ぜて二十五度になったところで、ミントを戻した。
「どうかな?」
父が心配そうに覗き込んだ。
カメの表情はわかりにくいが、志奈子には嬉しそうに見えた。もっとも、ヒーターがない以上、これからどんどん水温が下がっていくはずだ。
「今日、学校の帰りに新しいヒーターを買ってくるから、それまで辛抱するのよ」
やはり、表情はわかりにくい。
だが、かまわず志奈子は続けた。
「ミント、これからもずーっと、長生きしてね」
自分でも思いがけず、ほろりと一粒、涙が志奈子の頬を滑り落ちていった。




