第九話「ちがうな、新しい友達、かな」
話を聞いたカイはふと、ある疑問を抱く。
「あ、でもさ、仮に奴隷を買うとして、買うお金はどうするの?僕、そんなにお金持ってないんだけど……」
「ああ、実は金のことは別でお主に話そうと考えておったのだが、今話してしまおう。……お主はギルドの高ランク依頼の不正受注を繰り返したため、それ相応の罰則が課せられる。じゃが、ギルドとしては滞っておった依頼が片付いたのは感謝しているのだ。そこで、お主が今まで受けてきた依頼の全額渡そうと考えている」
「……え、まじで……」
カイは呆気にとられていた。
「予想通りの反応だな。これが今までお主が稼いだ金だ」
そう言ったギルドマスターは金貨が入った袋を取り出した。
「この中に金貨30枚は入っておる。これはお主の金だ。受け取れ」
「まじかよ、カイ。こんだけありゃ、金に困ることはなくなるだろうよ」
「……僕ってこんなに稼いでたんだ……」
自分でも信じられないと思いながらも金貨の入った袋を受け取る。
「おそらくだが、その金があれば奴隷一人くらいは買えるであろう」
「あ、ありがとう……」
「ギルド、いや、儂からの誕生日プレゼントだと思って受け取ってくれ」
ギルドマスターは小さくため息をついた。
「だがな、カイ。お主が不正受注を繰り返した事実は変わらん。先に言った通り、お主には罰則を与える必要がある。決まりでな、悪く思わないでくれ」
「うん、それくらいは覚悟してるし、お金も貰っちゃったから何も言えないよ。それでどんな罰則なの」
「お主を3年間昇格禁止処分にする。つまり、3年間お主はCランクのままということだ」
「そっ、か……わかった」
「手続きはこちらでしておく。すまないな。お主を慰めるはずだったのに、重い話にしてしまってな」
「ううん、僕は気にしてないし、当たり前のことだから。それより奴隷を買うことなんだけどさ」
「なんだ、言ってみろ」
「少しだけ、考えたんだけどさ、僕の悩みは奴隷を買ったからといって解決できるものだとは思わないんだ。奴隷との関係は結局、主従の関係であって、心の底から信頼できる関係には絶対になれないって思ってる。僕が奴隷を信頼してても、奴隷が僕を信頼してくれてるなんてわからないからさ」
「なるほどな……ならカイはどういう関係がいいのか?仲間……とか」
ケインがそうカイに尋ねるとカイは少し考え込む。
「……ちがうな、新しい友達、かな。うん、僕は笑いあったり、助け合ったり、ケンカしたりするそんな友達が欲しいんだと思う。きっとそれが僕の思う心から信頼し合う関係なんだ」
「そうか。お主の話はよくわかった。儂らはあくまでお主の助けになる手段を示したまでだ。それをどうするかはお主の好きにするといい。よし、少し待て、今から奴隷商への紹介状を書く」
ギルドマスターは席を離れた。
「奴隷を買うことを提案した俺が言うのも何だが、新しい友達が欲しいなら別に奴隷である必要はないんじゃないか?」
「まあ、確かにそうだけど……この街の人は僕のことをいい意味でも悪い意味でも知ってると思うんだ。僕としては出来れば僕のことを全く知らない初対面の人と友達になりたいって思ってる。その方がいいでしょ」
「確かにそれは一理あるな。今回の一件でカイのことを知らない冒険者はほとんどいないからな。逆にこの街でお前のことを知らないやつを探す方が無理って話だ。……わかった。奴隷……いや、新しい友達ができたのなら、また俺に紹介してくれ」
「うん、そうするよ」
その時、紹介状を書き終えたギルドマスターが戻ってきた。
「カイ、紹介状と奴隷商館の場所を示した地図を持ってきた。そこでお主の言う新しい友達とやらを見つけてこい」
カイはお金が入った袋、紹介状と地図を受け取る。
「うん、わかった。本当にありがとう。僕のために」
「気にするな、行ってこい!」
カイはベッドから起き上がりパールと一緒に部屋を出ていった。自分のために。これからのために。
ギルドを飛び出した時間はちょうど昼頃らしく、夏の太陽が高い位置で照りつけていた。今日は雲一つない快晴だ。
僕は地図を頼りに奴隷商館を目指した。初めて行くような場所で不安だったけど、思いのほか迷わずに辿り着けた。
その建物は、五階建ての建物でパッと見の印象はどこにでもあるような宿屋に近かった。ほんとにこれが奴隷商館なのかと疑問を抱きつつ中に入る。
中には、燕尾服が良く似合う、スラッとしたご老人が立っていた。
「いらっしゃいませ。ここは一見さんお断りの商館でございまして、何か紹介状のようなものはお持ちでしょうか」
なんか、すごくきっちりしてる……。そんな雰囲気に圧倒されつつも、ギルマスに渡された紹介状を見せた。ご老人はそれを確認すると少し待っててくれ的なことを言い残し、お店の奥に消えて行った。
奴隷ってどんな人がいるのかな……。そんなことを考えながら、呼ばれるのを待っていると、さっきのご老人が戻ってきた。
「大変お待たせいたしました。では、お客様、こちらへどうぞ」
僕は案内に着いていった。階段を登って、ある一室に辿り着く。
中に入ると、七十代くらいの大柄な初老男性がソファに座っていた。なんだろう、どことなくギルマスに似ている気がする。
「お前が今日の客か」
「は、はい。本日はよろしくお願いします」
「……座れ」
僕はローテーブルを挟んだ向かいのソファに座る。……って、この人怖ー、向かい合うと迫力半端ない……。
「ほほう、ホワイトドラゴンをつれているとは珍しい。噂に聞いていたが、お前がその冒険者のようだな」
「は、はあ」
気の抜けた返事しかできない。すごい緊張する。
「紹介状を読ませてもらった。お前は女の奴隷が欲しい、それで間違いないな」
「はい、間違いありません」
「して、他の条件を聞こう」
「ええと、出来れば僕と年齢が近い人がいいです。あとは特に希望はありません」
「ほう……」
初老の方は顎に手を当て何かを考えている。
「……一人、売れ残っている小娘がいる。おい、あいつを連れてこい」
「かしこまりました」
燕尾服のご老人は、部屋を出ていき、程なくして、ある一人の女性を連れてきた。ボロ着に身を包み、どこにでもいる町娘みたいだが、儚く、綺麗でどこか女性としてのかっこよさがあった。
…………なんだろう。すごくワクワクする…………。この人なら、きっと……。
「こいつは、ハンナ=ロジャース。親の借金の肩代わりに売られた」
「僕、この人にします。この人を買います」
「即決かよ」
僕は目の前の女性に釘付けだった。特に綺麗な翡翠色の瞳が印象的だった。
「なら、これから契約を結ぶ。まずは重要な奴隷契約だが」
「あの、その件でお願いがあります。奴隷契約を結ばないことは可能ですか」
「……お前、正気か」
空気がピリッとした。異様な張り詰めた空気。
「奴隷契約を結ばなければ奴隷を譲ることはできん」
「お金ならあります!」
「なら、金貨30枚だ。本来なら、金貨15枚で考えていたのだが、お前がそのような態度を取るなら倍は出して貰わないと」
すごく挑発した口調で話していた。引き下がるものか。ギルマスからもらったお金はちょうど30枚。危なかった。足りた。
ポーチから金貨の入った袋を取り出す。
「この中に金貨30枚が入っています。確かめてください」
初老は袋から金貨を取り出し、一枚一枚丁寧に数えた。
「確かに、金貨30枚ちょうどだ。お前が金を払えるのならこっちも問題は無い。ただ、奴隷が逃げ出したりだとかの問題が発生しても、俺らはなんの責任を持たない。それでもいいのなら、奴隷契約を結ばないことを許そう」
「ありがとうございます」
僕は深々とお辞儀をした。多分、目には覚悟とか決意とかが漲ってたと思う。
それから、お金を支払い、諸々の説明を聞いた。本来の奴隷契約は主となる人の血を取って、それを溶かした液体で奴隷の体に刻印を刻むらしいのだが、それをすることはなかった。
「最後に、お前がこいつの主だと主張するために、こいつを改名してやれ」
「改名ですか……」
そんなのあるんだ。名前、どんなのにしよう……。
少しだけ悩んで、彼女の方を見る。困惑とか、不安やらの表情をしていた。だけど、やっぱり、翡翠色の瞳が綺麗だった。
「ヒスイ……」
僕はそう呟いた。
名前が決まり、この人はハンナ=ロジャース改め、ヒスイ=アイレスになった。アイレスは母さんの苗字だ。そういえば母さん、今どこにいるんだろう。
そんなことは置いて、ヒスイと一緒に、ギルドへと向かう。ヒスイは商館を出る前にボロ着から着替えて、今は普通の格好をしていた。
歩いている最中、ヒスイは色々聞きたそうにしていたけれど、僕たちは無言で歩いていた。
ふたりはギルドにたどり着き、中に入った。そこには既にギルマスとケインがカイを待っていた。
「お、カイ、おかえり。その様子じゃ、無事に買えたようだな」
「うん、ええと、この子が僕の新しい友達のヒスイ=アイレスさんです」
「えっ……」
ヒスイは思わず声を漏らした。まさか自分のことを新しい友達だと紹介するとは考えもしなかった。
「あのさ、悪いんだけど、しばらくふたりにさせてくれないか?まだ、ちゃんと話せてなくて」
「わかった。用が済んだら教えてくれ」
それ後、ふたりは人気のない席に座った。そこはいつかカイが涙を流した席だった。
「えっと……改めて僕はカイ=ランフォード。君の主?に当たる人だけど、僕はそのつもりはないから」
「……それって、奴隷契約を結ばなかったことと関係があるんですか、あと、新しい友達っていうのはどういう……」
「うん、その通り、僕は君と友達になりたいんだ」
静かにそう宣言した。なんの迷いもない覚悟が決まった目。
(この人は何を言ってるんだろう。奴隷と友達になりたい?)
「貴方様の言っている意味が理解できないのですが」
「言葉通りの意味だよ。今はまだ理解できなくていい。これから友達になっていこう。手始めに僕のことはカイって呼んでくれると嬉しい」
「ええと……カイ、さん?」
「……うん、まあ少しずつ慣れてこ」
にっこり笑顔。カイ自身、その表情をするのは少し久しぶりだった。
すると、パールが鳴き声をあげ、ヒスイに近づいた。
「わ……!」
「そういえば、まだ紹介してなかったね。この子はパール。僕のペットかな。可愛がってくれるとパールも喜ぶと思う」
「パールちゃん。……可愛い」
ヒスイがパールの頭を撫でるとパールはもっと撫でて欲しそうにヒスイの手に擦り寄った。それを見たヒスイは可愛らしい柔らかな笑顔が自然とこぼれた。
「それで、ヒスイには僕と一緒に冒険者活動をして欲しいんだ」
「ぼ、冒険者ですか?でも私、剣とか使ったことないですし……」
「それは、僕や専門の人が手とり足とり教えてあげるから安心してほしい」
ヒスイは少しだけ葛藤していた。奴隷契約を結ばずに、友達になりたいと宣言した。そんな男を信じれるのか。しかし、あの長い牢生活から出してくれたのはこの男だ。少しだけ、この男、いや、カイのことを信じてみようと。ヒスイはそう結論付けた。
「わかりました。これからはカイさんと共に人生を歩むことにします」
ヒスイはそう静かに宣言した。この決断がふたりの未来を大きく変えたことに今のふたりには知る由もない。
「あ、言い忘れてたけど、敬語も禁止ね」
「え、わかり……わかった」




