眠れる守護者
深紅の光が、脈打ち続けていた。
一度。
二度。
そして――もう一度。
巨大な地下施設全体で、古代の機構が次々と目を覚ましていく。
サルゴンは、空の玉座の前に立っていた。
その表情に変化はない。
だが、カエレンはそうではなかった。
「それが正常だと言ってくれ」
サルゴンは玉座を見た。
「いや」
カエレンは武器を握る手に力を込めた。
「その答え、最近やたら多くないか?」
古代システムは、なおも稼働していた。
無数のシンボルが壁一面に浮かび上がる。
その大半は解読できない。
だが、その中にはサルゴンが造船施設の至る所で目にしてきた、同じ第一紀元の文字も存在していた。
しかし――何かが変わっていた。
システムは、もはや単に彼を認識しているだけではない。
――彼に反応していた。
床を、低い振動が走り抜ける。
そして――。
【アヌンナキ造船施設・指揮権限:完全。】
【三つの指揮印:認証完了。】
【武力指揮権:有効。】
【観測指揮権:有効。】
【無属性指揮権:有効。】
【司令官の座:使用可能。】
サルゴンは玉座を見つめた。
カエレンが彼を見る。
「つまり……本当にあそこに座ることになってるのか?」
「どうやらな」
「座ったら、何が起きる?」
「分からない」
カエレンはため息をついた。
「その答えの方が、さっきのより不安になるんだが」
サルゴンは前へ歩き出した。
一歩進むたび、黒いローブがわずかに揺れる。
彼の足元で、古代の床が反応した。
細い銀色の線が、彼の足元に現れる。
一つの円。
そして、もう一つ。
さらに――三つ目。
三つの円が互いにつながった。
空の玉座が、突然、光を放つ。
その中心に淡い青色の光が現れた。
サルゴンが立ち止まる。
システムが告げる。
《「司令官認証」》
《「最終継承プロトコル」》
空中に、いくつものシンボルが浮かび上がる。
そして――三つの文章。
支配なき権限。
魂なき存在。
破壊なき虚無。
サルゴンは、すでにそれらを目にしていた。
だが今回は――何かが違った。
四つ目の文章が現れる。
目的なき力とは――
そこで文章は途切れた。
カエレンが眉をひそめる。
「……質問なのか?」
サルゴンは未完成の碑文を見つめた。
「試練だ」
「答えは?」
サルゴンは沈黙した。
施設全体が、彼の答えを待っていた。
数秒後――サルゴンは口を開いた。
「無意味だ」
巨大な部屋が、完全な静寂に包まれた。
そして――。
四つ目の碑文が完成する。
目的なき力とは、無意味である。
玉座が起動した。
古代のエネルギーが波となって施設全体へ広がっていく。
遥か上方では、浸水した造船施設が動き始めた。
巨大なゲートが開く。
古代のドッキング・プラットフォームが回転する。
破損した艦艇に、エネルギーが流れ始める。
スター・メタル・コア・マトリクスが反応した。
そして――新たなメッセージが現れる。
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【司令官認証:承認。】
【第一紀元継承権:部分同期。】
【造船施設コア:オンライン。】
【防衛システム:待機。】
【主守護者:休眠中。】
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カエレンは最後の一行に、すぐ気づいた。
「主守護者?」
サルゴンは玉座の背後にある巨大な扉へ視線を向けた。
その向こうから、低い音が響いた。
機械音ではない。
完全な生物の音とも言い切れない。
まるで――何かが呼吸しているような音だった。
ゆっくりと。
一度。
そして、もう一度。
カエレンの表情が険しくなる。
「……今のは機械じゃない」
「そうだ」
「つまり、この下には生きている何かがいるのか?」
「可能性はある」
カエレンは彼を見る。
「……そして俺たちは、そこへ向かうのか?」
サルゴンは歩き始めた。
「ああ」
カエレンは小さく何かを呟きながら、その後を追った。
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指揮室の先に続く通路は、巨大だった。
壁一面が、古代の金属構造物で覆われている。
あるものは機械のように見えた。
だが、別のものは――まるで生物の器官のようだった。
天井には細い金属の血管のようなものが走り、その内部を淡い銀色の光が流れている。
奥へ進むほど、振動は強くなっていった。
サルゴンは時折、壁に手を触れた。
そのたびに、断片的な情報が浮かび上がる。
造船施設防衛ネットワーク。
主守護者。
副守護者:127体。
現在の状態:126体、機能停止。
カエレンが足を止めた。
「待て」
サルゴンが振り返る。
「守護者が……127体?」
「そう表示されている」
「そして、そのうち一体だけがまだ稼働している?」
「ああ」
カエレンは通路の奥を見つめた。
「……急に、誰もいない造船施設が恋しくなってきた」
サルゴンはそのまま歩き続けた。
数分後――。
通路は、巨大な円形の部屋へと開けた。
カエレンが足を止める。
その目が大きく見開かれた。
部屋は――あまりにも巨大だった。
その中央には、巨大な存在が立っていた。
それが機械なのか、生物なのか。
あるいは、そのどちらでもない何かなのか。
判断することは難しかった。
その身体は、古代の銀黒色の装甲に覆われている。
六枚の巨大な機械翼が、その身体を包むように折り畳まれていた。
周囲の壁から伸びた長大な鎖が、その四肢へ絡みついている。
頭部は俯いている。
両目は閉じられていた。
――少なくとも、そう見えた。
その守護者は、優に数百メートルはあった。
眠りについているにもかかわらず――。
そこから放たれる存在感は、圧倒的だった。
カエレンは、ゆっくりと武器を下ろした。
「……第一紀元の連中は、一体何を造ったんだ?」
サルゴンは守護者を見つめた。
「生き残るために設計されたものだ」
突然――。
巨大な深紅の瞳が、一つ開いた。
ズドォォォォン――!
部屋全体が激しく揺れる。
天井から埃が落ちる。
守護者は、ゆっくりと頭を持ち上げた。
低く重い声が、部屋全体を満たす。
《「司令官」》
カエレンが即座に前へ出る。
サルゴンは片手を上げた。
カエレンは足を止めた。
守護者の視線が、サルゴンへ固定される。
《「識別せよ」》
サルゴンは静かに答えた。
「サルゴン」
沈黙。
《「識別名:不十分」》
サルゴンは守護者を見上げた。
「ボーンレス」
守護者の深紅の瞳が、さらに強く輝いた。
身体を拘束していた鎖が、軋みながら締め付けられる。
《「偽り」》
カエレンの表情が変わった。
だが、サルゴンは微動だにしなかった。
守護者は続ける。
《「ボーンレスとは、名ではない」》
《「それは――状態を示す言葉だ」》
サルゴンの目が、わずかに細くなる。
これは――新しい情報だった。
「説明しろ」
守護者は数秒間、沈黙した。
そして――巨大な翼が動いた。
その動きだけで、部屋全体が震える。
《「情報制限」》
サルゴンは反応しなかった。
「なら、解除しろ」
《「権限不足」》
サルゴンは、自らの手に刻まれた指揮印へ視線を落とした。
「三つの印は完全だ」
《「指揮権限:完全」》
《「継承権限:不完全」》
カエレンが眉をひそめた。
「どういう意味だ?」
守護者はサルゴンを見つめた。
《「造船施設は、貴様の命令を受け入れている」》
《「だが――継承そのものは、まだ貴様の存在を受け入れていない」》
沈黙。
サルゴンは守護者を見つめた。
そのとき初めて、カエレンはある微かな変化に気づいた。
サルゴンの表情は変わっていない。
だが――その瞳が、わずかに鋭くなっていた。
「では、継承には何が必要だ?」
守護者が、巨大な片手を持ち上げた。
その身体を拘束していた鎖が、淡く光り始める。
《「記憶」》
カエレンがサルゴンを見る。
「記憶……?」
サルゴンは沈黙したままだった。
守護者は続ける。
《「第一紀元は、力に仕えるためにこの造船施設を造ったのではない」》
《「これは――記憶するために造られた」》
巨大な映像が、部屋の上空に浮かび上がった。
そこに映し出されたのは――古代文明だった。
何千もの艦船。
数え切れないほどの都市。
巨大な金属構造物の中を行き交う、無数の人々。
第一紀元は――確かに生きていた。
遺跡ではない。
伝説でもない。
一つの文明だった。
だが、映像が変わる。
戦争。
燃え上がる艦船。
崩壊していく世界。
さらに映像が切り替わった。
封印された部屋。
そこには――三つの光があった。
深紅。
銀。
そして――紫。
そして――。
闇。
記録は、そこで途切れた。
カエレンは空を見上げたまま呟く。
「……何が起きた?」
守護者は答えなかった。
代わりに、新たなメッセージが表示された。
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【第一紀元記録:破損】
【記憶領域:欠損】
【事象:機密指定】
【原因:無属性指揮権】
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サルゴンは守護者を見た。
「お前が消したのか?」
守護者の深紅の瞳が、わずかに明滅した。
《「訂正」》
《「我々は――忘れるよう命じられた」》
カエレンは黙り込んだ。
サルゴンが尋ねる。
「誰に?」
守護者は答えなかった。
その身体を拘束する鎖が、さらに強く締まる。
《「情報制限」》
サルゴンは、静かに周囲を見渡した。
第一紀元は、ただ消滅したのではない。
誰か――あるいは何かが、意図的にその歴史の一部を隠していた。
そして――無属性指揮権は、単なる武器ではなかった。
それは、何を記録として残し、何を忘却させるかを決定する権限だった。
サルゴンは、ゆっくりと出口へ身体を向けた。
カエレンも彼の視線を追う。
「これから、どうする?」
サルゴンは眠り続ける守護者を振り返った。
「起こす」
カエレンは目を見開いた。
「……今、何て?」
「起こす」
「こいつは主守護者だって言ったよな?」
「ああ」
「それを……起こすのか?」
「ああ」
「なぜ?」
サルゴンは、巨大な鎖に繋がれた存在を見上げた。
「こいつは――記憶している」
深紅の瞳が閉じた。
そして――鎖が動き始める。
一つ。
また一つ。
古代の封印が解除されていく。
ガチャン。
ガチャン。
ガチャン。
守護者は、ゆっくりと頭を下げた。
そして、その声が造船施設全体へ響き渡った。
《「司令官」》
《「もし、我を目覚めさせるのなら――」》
最後の鎖だけが、まだ残っていた。
《「……造船施設そのものも、再び記憶することになる」》
サルゴンは手を上げた。
最後の鎖が――砕け始める。
ズドォォォォォン――!
第一紀元の造船施設全体が――目を覚ました。
そして、古代施設のさらに深い場所で――。
それよりも遥かに古き何かが、応えるように動き始めた。
サルゴンは暗闇の奥を見つめた。
その表情は、最後まで変わらなかった。
「なら――思い出させろ」
――続く。




