↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
38/56

『原初の漂流域』

《無陽の水門》の漆黒の地下流域が、アル・ミラージュを深遠なる銀河地殻の内部へと運んでいく。


その速度は、不気味なほど軽やかで――まるで重力そのものから解放されたかのようだった。


分厚い耐熱ガラス製の観測窓の向こうには、通常の星明かりなど存在しない。


開けた宇宙航路もなければ、高次軸を彩る惑星状星雲の煌めきさえ、一切見当たらなかった。


この宇宙高速航路は、完全に閉ざされた空間の裂け目。


絶対的で、古代より続く真空そのものだった。


それは、現代の神々が宇宙の台帳を作り上げる遥か以前――《ソーラー・パンテオン》の地域スキャン境界のさらに地下深くへと、第一紀の存在たちによって切り開かれた航路である。


船体を覆う漆黒の側面では、灰色の隠蔽ルーンが完全に抑制され、光を一切反射しない炭色へと沈んでいた。


ダークマター・エンジンもまた、受動的な基準値でアイドリングを続けている。


巨大な巡洋艦は、自らの力をほとんど使うことなく――


この航路が本来持つ自然な重力運動量だけを利用して、完全なる不可視の状態で漂っていく。


まるで、暗黒の絹を切り裂く静かな影のように。


惑星規模の封鎖網さえも、音もなくすり抜けながら。


* * *


静寂に包まれた、石柱の並ぶ船長室。


その空間は依然として、絶対的な保護の薄闇に包まれていた。


サルゴンは巨大な漆黒の玉座にゆったりと腰掛けている。


その姿勢には一切の力みがなく、完全に身体の力を抜いたまま、青白い手のひらへ軽く顎を預けていた。


長く乱れた白髪が、黄金のヘッドバンドに施された精緻な彫刻へ柔らかく触れている。


その中央に埋め込まれた紫色の宝石は、彼の内なる力を温存するため、完全に光を抑えたままだった。


左手には、液状の星金属で構成された――


[君主の印章:ニヒル]。


その指輪状の星金属は完全に静止している。


ただ、その中央に浮かぶ小さな銀河だけが、一定の回転を保ち続けていた。


そして――


彼の意識の中で、内部システム・インターフェースが現在の状態を更新する。


――《通知:現在のコア・エネルギー残量:16.5%(安定均衡は継続中)。》


――《警告:5000万の高級エーテル・コアを懸けた世界規模の賞金警報により、独立系賞金稼ぎによる局地的追跡網が、上層宇宙航路全域で依然として極めて活発な状態にあります。》


――《幻影パラメータを維持するため、外部への能力出力を完全に休眠状態に保ってください。》

サルゴンは、ゆっくりと浅い息を吐いた。


青白く、感情の読み取れない顔には、いつもの完全なる無関心を思わせる飄々とした表情が浮かんでいる。


頭上のセクターを覆い尽くす追跡網さえも、彼の冷徹な知性を乱すことはなかった。


彼は、自分自身の現在の限界を正確に理解している。


厳密に16.5%というコア・エネルギー残量では、封印を解いたゲートはあまりにも弱い。


世界そのものを揺るがすような概念消去を実行することも、巨大な艦隊を正面から相手にすることもできない。


――力は使えない。


だが――


この忘れ去られた原初の高速航路を進むという選択は、極めて大きな利益をもたらす戦術的判断となっていた。


近代領域では完全に失われてしまった希少資源が、この航路を進むだけで次々と彼らのもとへ届けられているのだ。


その時――


玉座の脇に設置された第二スキャナー・コンソールから、鋭く規則的な電子音が響いた。


――ピッ、ピッ、ピッ。


端末モニターが鮮やかな琥珀色の文字を点滅させる。


外部感知アレイが――巨大な密度シグネチャを検知したのだ。


「報告」


サルゴンは平坦に命じた。


静かな声が、重苦しい船室の静寂を切り裂く。


そこには、背筋を凍らせるほど明瞭な帝王の威厳が宿っていた。


カエレンが、入口のアーチ付近の影から素早く姿を現した。


その巨体であり筋肉質な身体は、常に警戒を維持する軍人のような規律を保ちながら動いている。


彼はガラス製スクリーンに表示されたデータを確認した。


歴戦によって研ぎ澄まされた鋭い眼差しが、極限まで細められる。


節くれだった手は、鞘に収められた湾曲したシミターの柄へとしっかり添えられていた。


「中央流域に沿って漂流している、巨大な物理異常です、我が至高の君主よ」


カエレンは、低く規律正しい声で報告した。


「独立系スクラッパー船でも、自動追跡ドローンでもありません」


「感知システムが検出しているのは――巨大な[第一紀の結晶化流木]の漂流群です」


「これは、下位の神々が官僚的な惑星グリッドを構築する遥か以前――虚空の中で成長していた宇宙植物、その古代の残骸です」


「そして、この物質は審問官の登録システムには完全に未登録となっています」


サルゴンの漆黒のヴォイド・アイズが、僅かに動いた。


その瞳の中に浮かぶ小さな恒星銀河が、ゆっくりと回転しながら無数の計算を繰り返している。


彼は、外部観測窓へ視線を向けた。


その真正面――


《無陽の水門》の漆黒の裂け目の中を、巨大な物体群が静かに漂っていた。


そこに広がっていたのは、壮大で、ゆっくりと燃え上がるような幻想的光景だった。


何マイルにもわたって広がる、巨大で鋭く枝分かれした石化木の群れ。


まるで黒いガラスで造られた森林のようなその構造体が、空間の潮流に乗って無重力状態で漂っている。


一本一本の荒々しい幹。


そして、結晶化した枝。


そのすべてが、かすかな鈍い紫色の光を脈打たせていた。


内部には極めて安定した物理重量を維持する高密度の分子繊維が凝縮されている。


それは、数え切れないほどの数千年、いや、それ以上の時を経てもなお、環境劣化に耐え抜いていた。


純粋な原初鉱物系統。


そして――


極めて希少な進化資産。


その内部には、巨大な防御性能を秘めていた。


「この結晶化流木の構造密度は、途方もないものです、我が君」


カエレンが呟いた。


その掠れた声には、深い戦術的感嘆が滲んでいる。


「もし最上級の一片を回収できれば、その高密度な分子繊維を利用し、下部船体の装甲板を恒久的に強化できます」


「そうすれば、我々の貨物保管庫を賞金稼ぎシンジケートの自動多重グリッド・スキャンから遮断することも可能でしょう」


「ですが――通常の手動回収クローを展開すれば、僅かな運動摩擦の波が発生します」


「手動クローは必要ない、カエレン」


サルゴンは平坦に言った。


白髪がヘッドバンドへ柔らかく触れる。


そして彼は、低い石造りの壇上へ向けて青白い左手をゆっくりと伸ばした。


左手に装着された液状星金属の印章が――


突然、鋭い円を描いて回転する。


「――システム」


サルゴンは心の中で命じた。


その内なる声には、揺るぎない帝王の冷徹さが宿っていた。


「《マス・コントロール》を初期化」


「第一紀の結晶化流木群――その中央質量中心を受動的に標的化せよ」


――《通知:『概念上書き:マス・コントロール』を受動的に起動しました。》


――《現在の標的:第一紀の結晶化流木――全長約30フィートの一片。》


――《状態:絶対重力整列を強制中。》


――《対象物の外部重力質量登録値を99%低減。無重力真空リンクを生成します。》

静かに、そして誰にも気づかれることなく――。


サルゴンの至高なる権能法則が、古代鉱物の周囲に形成された小さな空間ポケット内部の宇宙の台帳を書き換えていく。


彼は至高特性による派手な消去など行わなかった。

ましてや、制御不能なほどの爆発的な力を見せつけることもしない。


ただ、石化した宇宙植物を支配していた『重量』と『抵抗』という概念を、静かに遮断し、無効化した。


――瞬間。


何マイルも離れた、広大な真空空間。


それまで回転しながら漂っていた、全長三十フィートにも及ぶ巨大な黒き結晶化流木が、ぴたりとその回転を止めた。


サルゴンの受動的な論理によって形成された不可視の重力係留に拘束され、山岳にも匹敵する密度を持つ鉱物の塊は、滑るように、そして一切の抵抗なく暗黒の虚空を進んでいく。


まるで無重力の絹布が開かれた保管庫へ流れ込むかのように――。


巨大な結晶化流木は、そのままアル・ミラージュの開放された第二貨物ベイを通り抜け、静かに内部へ収容された。


運動摩擦はない。


空間歪曲もない。


船体への構造的負荷もない。


その採取工程は――完全なる、幻影のような静寂の中で完了した。


船長室。


ガラス製コンソールに浮かんでいた琥珀色のテキストボックスが次々と消滅し、代わって安定した穏やかな青色の認証表示へと切り替わる。


【資源回収:成功。幻影パラメータは完全な状態を維持しています。】


【資産登録:第一紀・高級結晶化流木――最上級セグメント。】


【分析:対象物は未登録の密度係数を保有。特注構造装甲の強化、およびスキャン遮断層への完全適合を確認。】


カエレンは操舵装置の前で、ゆっくりと、深い安堵の息を吐いた。


強く握り締めていた拳から力が抜けていく。


その眼差しには、主君の冷徹で計算された手腕に対する深い敬意が、もはや揺るぎない確信へと変わっていた。


サルゴンは動じなかった。


制御不能な爆発を起こして上位の天界に存在を悟らせることもなかった。


ただ冷徹な知性と、正確かつ戦術的な法則の適用だけで、この遭遇を完全に制したのだ。


「最上級セグメントは、第二整備ベイ内部に安全に固定されました、我が君」


カエレンが報告する。


その掠れた声には、絶対的な敬意が込められていた。


同時に、彼は主操舵ラダーを調整する。


「下部貨物庫には、我々のステルス・パラメータを恒久的に強化するために必要な基盤素材が、完全に揃いました。これを統合すれば、賞金稼ぎどもは我々の物理的な船体容積を完全に見失うでしょう」


「すぐに統合しろ、カエレン」


サルゴンは平坦な声で命じた。


彼の銀河を宿した瞳は、ゆっくりとした計算のループを描きながら、分厚い観測窓の向こうへ視線を向けていた。


その先には、果てしなく広がる未踏の星海があった。


「下位の神々は、自分たちの自動登録システムですべての宇宙資源を記録できると信じている。真鍮の壁を築き、それによって宇宙そのものを檻に閉じ込められるとな」


サルゴンの声には、僅かな感情すらなかった。


「だが、武器が深き闇から生み出された時――奴らが引いた境界線など、ただの塵に過ぎない」


「さらに深く、未登録の航路へ進め」


そして――。


「上位天界には、空っぽの空を探させておけ」


「御意――我が君!」


カエレンは凄まじい気迫を込めて応じ、深々と甲板へ頭を下げた。


そのまま踵を返し、深い影に包まれた下部整備ベイへと向かって歩き出す。


そこでは今――。


原初の深淵から回収された希少素材を用いた、最高級の特注装甲強化が始まろうとしていた。

サルゴンは静かに白い手を下ろした。


その指先は再び、玉座の冷たい石の肘掛けへと触れる。


そして船長室は――絶対的で、荘厳な静寂へと戻った。


巨大な幽霊船はそのまま滑らかな航行を続ける。


灰色の隠蔽ルーンに包まれた船体は、未知なる領域へ向かって静かに前進していた。


最大オーバードライブ・エンジンでさえ安全なアイドリング状態を維持し、主人と第一の側近は、その先に広がる未踏の巨大な多元宇宙を見据えながら、長期的な戦略を練り始めていた。


その遥か後方――。


敵たちの影は、すでに暗黒の星海の深淵へと沈み、誰にも届かない場所へ埋もれていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。