砂の浜辺のカウンタ
グランド・バザールの鉄製の舞台が、目も眩むほどの黄金の光に包まれた。
三人の精鋭ティア4聖戦士は、高位の狩猟部隊を思わせる、鍛え抜かれた致命的な連携で動いた。
両端の騎士二人が、魔力を帯びた鉄槍を鋭く突き出す。
二本の槍は互いに重なるような挟撃軌道を描き、カエレンの腰を完全に封じ込めようとしていた。
その間隙を縫うように、傷跡だらけの隊長が巨大な幅広の大剣を振り上げる。
そして――カエレンの頭蓋を真っ二つに叩き割るべく、垂直に振り下ろした。
武器を覆う高密度・高周波の聖なるマナが空気を焼くように唸り、鋭く眩い影を市場に凍りついた何千もの観衆の顔へと刻みつけていく。
それでも、カエレンは動かなかった。
中央の槍先が、彼の胸まであと三インチにも満たない距離へ迫るまでは。
――シュッ。
カエレンの肉体的な回避は、派手な魔力の爆発に頼るものではなかった。
彼が用いたのは――砂糸歩法。
アエセルガルド砂漠の精鋭傭兵斥候たちによって完成された、古代にして伝説級の生存技術である。
踵から裸足の爪先へ、わずかに体重を移す。
たったそれだけだった。
カエレンの上半身が滑るように内側へとぼやけた。
そして、二本の突き出された槍の柄の間に存在する、わずか一インチの隙間を正確にすり抜ける。
重く直線的な聖なる攻撃は虚空を切り裂いた。
騎士たちは自らの勢いを止めることができず、そのまま前方へと踏み込み――自分自身の死角へと入り込んでしまう。
「な――何だと?! 消えた?!」
左側の槍兵が息を呑んだ。
銀色の兜の下で目を見開き、突き出した重槍が捉えたのは、薄れゆく黒衣の残像だけだった。
騎士が腕を引き戻すよりも早く――
カエレンの姿が、彼の懐へと再び現れた。
表情は、完全に無だった。
そこには恐怖も、怒りも、焦りもない。
ただ、サルゴンの至高なる権能と同調するかのような、恐ろしいほどの無関心な静けさだけが宿っていた。
包帯で何重にも覆われた右腕が、閃光のようにブレる。
――ガァンッ!!
鞘に収められた三日月刀の柄頭が、騎士の銀色の肩当て、その脆弱な接合部へと猛烈に叩き込まれた。
純粋な肉体による運動エネルギーが、聖なるマナの障壁を完全に無視して内部へと突き抜ける。
鋼鉄製の固定ピンが砕け散り――
騎士の腕が、肩の関節から無理やり外れた。
「ぐあああっ!」
槍兵が絶叫した。
重槍が鉄製の床板へと無惨に落ち、乾いた金属音を響かせる。
騎士は壊れた肩を押さえながら、よろめいて後退した。
「死ね、奴隷が!」 ::
右側の槍兵が咆哮した。
「うおおおおっ!」
踏み込んだ勢いを殺さぬまま身体を捻り、鉄槍の柄をまるで鉄製のバットのように振り抜く。
狙いは――カエレンの首。
だが、カエレンは刀を抜かなかった。
ただ左足を後方へ滑らせ、重心を低く落とす。
槍の柄が描く軌道よりもさらに低い位置へと、身体そのものを沈み込ませた。
ヒュンッ――!
槍が、乱れた黒髪のすぐ上を掠めるように通過する。
その瞬間。
カエレンの掌が跳ね上がった。
――ドガァッ!
騎士の顎当て、その裏側へと掌底が突き上げられる。
凄まじい衝撃が男の頭部を強引に後方へと弾き飛ばした。
銀色の兜の内部で脳が激しく揺さぶられ――
「……がっ……!」
男の意識が途切れる。
そのまま身体が力なく崩れ落ち、鉄製の床板へと激しく叩きつけられた。
二人。
二人の精鋭高位執行官が――
わずか四秒にも満たない時間で、純粋かつ一切の無駄がない肉体技術によって完全に解体された。
「この下界の虫けらがぁぁぁッ!」
傷跡だらけの隊長が、屈辱と怒りの入り混じった絶叫を上げた。
部下たちが、自分の剣すら抜いていないこの異邦人に完全に圧倒されている。
それを悟った瞬間――
隊長はティア4魔力核の全出力を解放した。
――ドォォォンッ!!
巨大な黄金色の聖なるエネルギーが、銀色の板金鎧から爆発的に噴き上がった。
その圧倒的な魔力圧によって、彼のブーツが踏みしめていた鉄製の舞台までもが亀裂を走らせる。
「死ねぇッ!!」
巨大な大剣が横薙ぎに振り抜かれる。
黄金の聖なる力を纏った幅広の刃が、巨大な三日月を描きながら周囲を薙ぎ払った。
その攻撃範囲は意図的に二十フィートにも及んでいた。
逃げ場を完全に奪うためだ。
カエレンが、あの歩法で再びすり抜けることなど不可能なほどに。
――シャンッ。
その瞬間だった。
無法の前哨地へ足を踏み入れて以来、初めて――
カエレンが三日月刀を抜いた。
湾曲した黒鋼の刀身は、派手な光線も、目を焼くようなエネルギーも放たない。
完全な静寂。
だが――
鋼が鞘から抜けた、その瞬間。
バザールに満ちていた周囲の光が、まるで刀身の縁へ吸い寄せられるかのように滑った。
そして――
カエレンは、一度の心拍の間に三度。
雷光の如き速度で、物理的な受け流しを繰り出した。
――スパーク!
――スパーク!
――バキィッ!
巨大な大剣を真正面から受け止めようとはしなかった。
カエレンの三日月刀の湾曲した刃が、敵の幅広い大剣の平面へ正確に触れる。
一度。
二度。
そして三度。
わずかな接触を繰り返すことで――
敵自身が生み出した莫大な運動エネルギーを、そのまま別方向へと流した。
黄金の聖なる三日月斬撃は、上空へと逸らされる。
轟音とともに高く舞い上がった聖なる斬撃は、ジッグラトの巨大な鉄製足場へ激突し――
――ドォォンッ!!
無害な爆発を起こして消滅した。
そして――
隊長の胸元が完全に無防備となった。
自らの攻撃を逸らされたことで、両腕が大剣ごと上へと引っ張られている。
カエレンが一歩、前へ出た。
重い革靴が舞台の床を踏みしめる。
その足は――隊長の両足のちょうど間に、寸分の狂いもなく置かれた。
そして。
冷たく、滑らかな動作で三日月刀を掌の中で旋回させる。
次の瞬間――
黒鋼の刀身、その峰が隊長の銀色の胸当てへと振り下ろされた。
――BOOM!!
純粋な肉体の衝撃力が、黄金色のマナ障壁を紙切れのように突き破った。
銀色の胸当てが内側へと大きく陥没する。
「ぐ――ッ!?」
隊長の巨体が、衝撃によって後方へ吹き飛んだ。
鉄製の舞台から転落した身体は、そのまま木製の商人用カウンターの列へと激突する。
――ドガァァンッ!!
木箱が粉砕され、積み上げられていた大量の結晶が四方八方へ飛び散った。
そして――
傷跡だらけの隊長は、砕けた木箱と散乱した結晶の山の下へと完全に埋もれた。
グランド・バザール――
『ラスト・マーク』全体が、死んだような完全なる静寂に包まれた。
何千人もの歴戦の独立冒険者。
賞金稼ぎ。
そして闇市場の密輸業者たち。
誰一人として動けなかった。
全員がその場に完全に凍りつき、口を開けたまま、純粋な心理的衝撃に支配されていた。
あの三人の銀騎士は――
この前哨地の評議会が擁する、精鋭執行官だった。
複数のセクターを跨いで、高位犯罪者たちを処刑してきた戦士たち。
それほどの存在だった。
それなのに今――
三人全員が、意識を失い、身体を破壊され、鉄舞台の下の土埃に転がっていた。
ただ一人の、外套を纏った旅人によって――
完全に敗北させられていた。
しかもその旅人は、魔法を一つとして放っていない。
派手なエネルギービームすら、一度も使っていなかった。
そこにあったのはただ――
純粋で、荒々しく、長年の戦場経験によって磨き抜かれた肉体戦闘技術。
まさに熟練の極致とも呼ぶべき戦いだった。
カエレンは、呻き声を上げる男たちへ視線すら向けなかった。
ただ静かに三日月刀を鞘へ収める。
――カチン。
澄んだ金属音が、静まり返ったバザールへ響いた。
彼は舞台の中央へ歩いていく。
そして暗い外套の内側から手を伸ばし、黒々とした花を収めたクリスタルケースを拾い上げた。
『エクリプス・ロータス』は完全に無傷だった。
ガラスの向こうでは、冷たく穏やかな紫色の霧が静かに渦巻いている。
カエレンが鉄製の舞台から降りた瞬間――
周囲の冒険者たちが、恐慌状態になったかのように激しく左右へ散った。
錆びついた建物の影へと、我先に身を投げ出していく。
震えていた。
理由など必要なかった。
本能が告げていた。
――この男には近づくな。
彼らは、その男の名を知らない。
どの血筋に属するのかも知らない。
だが――
たった今、カエレンはこの無法の前哨地にいる全員から、絶対的で揺るぎない畏敬を勝ち取った。
◆
二十分後。
カエレンは再び、アル・メラージュのメインデッキへと戻っていた。
黒曜石で造られたその船は、依然として峡谷のレーダー・シャドウの中に静かに浮遊している。
カエレンは静寂に包まれた、豪奢で暗い船長室の内部を歩いていく。
そして――
深い瞑想に入っているサルゴン。
その姿が座る低い石造りの台座から、ちょうど二歩離れた場所で立ち止まった。
カエレンは片膝をつく。
そして両手でクリスタルケースを掲げた。
そこには、絶対的かつ深い敬意が込められていた。
「我が主」
カエレンが口を開く。
その声には、信頼される一等航海士に相応しい、穏やかで揺るぎない重みがあった。
「前哨地の執行官は、宇宙規模の注目を引くことなく無力化しました。触媒も確保済みです」
サルゴンはゆっくりと、漆黒の虚無の瞳を開いた。
その瞳孔の奥で、小さな銀河が渦を巻いている。
それらは、花の中で揺らめく純粋な紫色の霧を静かに解析していた。
サルゴンは白い手を伸ばす。
そしてカエレンが差し出したクリスタルケースを受け取った。
その瞬間――
無表情だったサルゴンの顔に、初めてほんの僅かな認識の色が浮かんだ。
血に濡れ、包帯に覆われた己の戦士を見つめながら。
「よくやった、カエレン」
サルゴンが静かに告げる。
その穏やかな声が、石柱の並ぶ船長室へ静かに反響した。
「お前の刃があったからこそ――この器の影は守られた」
サルゴンはケースを開いた。
そして――
[Ruler of Authority]を僅かに意識する。
次の瞬間。
エクリプス・ロータスを構成する宇宙の薬草そのものが、純粋な液体状の紫色のエッセンスへと強制的に溶解していく。
それは一筋の流体となってサルゴンの白い肌へ沈み込んだ。
瞬間――
封印を解かれた門が抱えていた、残存する効率低下のペナルティが急速に消失していく。
――ゴォォ……。
アル・メラージュが、満足げに低く唸った。
船の核が完全に安定したのだ。
そして今――
その船は再び、星の海の最深部へ向けて航行する準備を整えていた。




