《核の収穫》
《アル=ミラージュ》は、死んだ小惑星の深い重力に抱かれるように、完全な静寂の中を滑るように進んでいった。
《黒曜の深淵》の未踏領域に浮かぶその資源惑星は、幾星霜にも及ぶ空間侵食によって内部を完全に抉り取られ、鋭く歪んだ黒い三日月のような姿へと変貌していた。
それは、真夜中の青い星明かりの流れの中を、目的もなく漂っている。
その表面は完全に荒廃し、太古の宇宙凍結層に厚く覆われていた。
だが、その空洞化した巨大な内部――洞窟のような深部からは、荒々しく剥き出しのエネルギー反応が脈動していた。
そこに存在していたのは、精製されていない不安定な《ヴォイド・クリスタル》と、極めて高密度な《時空鉱物》の巨大な鉱床。
それらは、中央天界の灼熱の光から何百万年もの間隔絶されたことで、自然に凝縮された極めて希少な触媒だった。
星金属で造られた巨大な黒曜石の巡洋艦は、中央の大渓谷に広がる鋭く結晶化した縁から、わずか五十フィート上空で静止するアンカー態勢へと移行した。
ダークマターで織られた巨大な帆が、規則的な空気音を響かせながら内側へ折り畳まれる。
その表面は液体の墨のように波打ちながら、休眠状態へと移行していった。
メイン司令甲板の後方。
サルゴンは、船長の玉座から立ち上がった。
長く乱れた白髪が、小惑星周辺に形成された局所重力場によってわずかに揺れる。
精巧な黄金のヘッドバンドが、その無表情で感情のない瞳の上へと垂れる髪をしっかりと押さえていた。
左手に嵌められた《至高者の印章:ニヒル》が、磨き上げられた黒曜石の甲板へ、淡く冷たい紫色の反射光を落としていた。
「至高者様」
《コア・スピリット》の機械仕掛けの鷹のアバターが、船首の手すりの縁に直接現れた。
星座で構成された翼が、計算するような蒼い光を放っている。
「この三日月型小惑星の内部に存在する鉱物マトリクスは、極めて純度が高いものです。未精製の《時空鉱》が四十トン以上、さらに不安定な《ヴォイド・シャード》も確認されています」
機械仕掛けの鷹は、冷静に分析を続けた。
「しかし、鉱物核は極めて不安定です。下位領域で用いられている通常の採掘方法では、空間崩壊が発生し、この宙域全体が崩壊する可能性があります」
サルゴンはゆっくりと船首の先端へ歩いていった。
裸足は冷たい金属の甲板に触れても、一切の音を立てない。
彼は眼下を見下ろした。
そこには、三日月型の大渓谷が口を開けるように広がっている。
その暗く深い奈落の底では、何千もの未精製の紫色の結晶が、地中に埋められた星々のように輝いていた。
サルゴンの表情は完全に平坦だった。
その内側に秘められた意図を誰にも読み取らせない、あの特徴的な無関心の静けさ。
「通常の採掘とは、構造に仕える者たちのためのものだ」
サルゴンが囁いた。
その声は深宇宙の静寂を切り裂き、冷たい重みを伴って響いた。
今回は、船から降りることすらしなかった。
ただ右腕を手すりの外へ伸ばし、白い指先を眼下の輝く鉱物の湖へ向けて下ろす。
その瞬間――
左胸が激しく脈動した。
《原初意識》の内部に眠っていた原初の火花が、二つ目の現実改変法則を解放する。
【究極属性:ルーラー・オブ・オーソリティ】起動。
――液化せよ。
――流れよ。
静かな精神の命令が、皇帝の印章のように宇宙の法則帳へと刻み込まれた。
サルゴンの意識は、採掘者や職人として結晶へ干渉したのではない。
彼の《権能》が標的としたのは、鉱物を小惑星の地殻へと縛り付けていた、原子よりもさらに根源的な二つの概念。
《固体性》。
そして――《位置》。
形という法則が描かれるよりも遥か以前から存在していた者の声の下で、宇宙そのものが強制的に石の性質を書き換えていく。
――ピシィ……。
――ゴゴゴゴゴ……!
巨大な地下振動が、三日月型小惑星全体を駆け抜けた。
峡谷の壁面に埋め込まれていた何千もの鋭い未精製の紫色結晶は、砕けなかった。
代わりに――
その結晶格子そのものが激しく溶解した。
そして大地の深い亀裂から、純粋な液体紫色星明かりへと変わり、轟音を上げながら上空へと噴き上がっていく。
四十トンにも及ぶ未精製の《時空鉱》と不安定な《ヴォイド・シャード》は、完全に固体としての形を失った。
それらは巨大な渦となり、純粋で未精製の宇宙エネルギーへと変貌する。
その膨大なエネルギーは、小惑星の局所重力すら無視していた。
液体化した鉱物の巨大な流れは、上空で飛沫を上げることすらなかった。
サルゴンの絶対的な《権能》によって支配された紫色の液体は、完全に途切れることのない巨大な流れを形成する。
そして――
それは垂直に空中へと昇り、《アル=ミラージュ》の開かれた巨大な貨物格納庫へ向かって、一直線に飛翔していった。
「信じられません……」
《コア・スピリット》の鷹のアバターが呟いた。
星座で構成された翼が震えている。
その視線は、船内物流システムのコンソールを監視していた。
「未精製の鉱物が、通常の物理的濾過工程をすべて無視しています。《法則》そのものが、未精製元素を船体の貯蔵マトリクスへ自然に適合させている……」
【通知:《究極属性:ルーラー・オブ・オーソリティ》が対象小惑星の物質特性の書き換えに成功しました。】
【記録:純粋な液化《時空元素》および《ヴォイド・エッセンス》42.7トンの《アル=ミラージュ》中央貯蔵マトリクスへの転送に成功しました。】
【船体燃料充填状況:100%】
【最大オーバードライブ閾値――到達。】
【すべての二次元下位空間保管庫、および緊急バックアップ・アレイ――完全飽和。】
巨大な液体星明かりの河が船の貯蔵区画へ流れ込み終える。
その瞬間――
ほんの僅かな量の未精製が、船体内部へ入ることなく残った。
代わりに、サルゴンの指で脈動する《ニヒルの至高印》に導かれるように、その純粋な宇宙エネルギーの細い流れが白い腕を這い上がっていく。
そして――
そのまま皮膚へと沈み込んだ。
その生のエネルギーは極めて不安定だった。
高位の修行者でさえ、その霊脈へ流し込めば一瞬で焼き尽くされるほどの凶悪な力。
だが――
サルゴンの空虚な肉体へ侵入した瞬間。
それは《原初意識》という底なしの深淵へと落ちた。
荒れ狂っていたエネルギーは、燃え上がることすらなかった。
ただ――
完全に。
そして容易く。
消化された。
その瞬間、サルゴンの内部システムで、突然かつ深遠な進化ループが発生した。
――ブゥゥゥン。
絶対的な《権能》を帯びた、目に見えない激烈な衝撃波がサルゴンの肉体から外側へと広がった。
遥か後方にある船長室の重厚な絹のカーテンまでもが、激しく揺れ動く。
同時に、システム通知が彼の視界を高速で横切った。
澄み切った宇宙共通の星明かりの文字が、視界を埋め尽くしていく。
【警告:《原初意識》が未精製《時空エッセンス》の消化に成功しました。】
【進化シークエンス開始:下位領域の制限を迂回中……】
【ユーザー内部テンプレートが《エーテル海》の高位軸へ適応しています。】
【システム通知:あなたの総記録における局所的な上限値が拡張されました。】
【進化完了:あなたの第二法則が進化しました。】
【属性強化:《究極属性:ルーラー・オブ・オーソリティ》が第二次パッシブ・チェーン――《概念上書き:質量制御》を解放しました。】
【現在解放された効果:ユーザーは、下位領域に存在するあらゆる物体・術式・有魂者の重量、密度、物理的質量を、物理的接触なしに遠隔操作できるようになりました。】
サルゴンはゆっくりと手を下ろした。
白い指が、紫色の商人服の流れるような袖の中へと滑り込んでいく。
その表情には、一切の変化がなかった。
その瞳には、今や完全に暗くなり、生命力を吸い尽くされた三日月型小惑星が映っている。
彼は一歩たりとも船から降りることなく、一つの小惑星に存在していた鉱物生命力を完全に略奪し、さらに宇宙規模の力の新たな階層まで解放したのだ。
「コアは完全に飽和しました、若様!」
《コア・スピリット》の鷹が、畏敬の念を込めて告げた。
その星座で構成された翼が、眩い祝福の青い光を放ちながら脈動する。
「《アル=ミラージュ》は現在、《最大オーバードライブ》で稼働しています。複数回の《ヴォイド・ドリフト》を実行することも、複数の星系全体を絶対的な遮蔽幕で覆い続けることも可能なエネルギーを確保しました」
副操舵席では、カエレンが完全に静止したまま立っていた。
その虚ろな瞳は、完全に点灯したコンソールを見つめている。
サルゴンの法則という鉄の万力によって、彼には衝撃を感じるだけの思考能力すら与えられていなかった。
それでも、その両手は操舵レバーを調整していく。
船の星金属製の船体を流れる、凄まじい生のエネルギーの奔流を感じ取りながら、その操作精度は以前よりもさらに正確になっていた。
サルゴンは巨大な黒曜石の玉座へと戻っていく。
金糸で刺繍された紫色の衣が、脈動する紫色のルーンが刻まれた甲板の上を優雅に滑っていった。
そして玉座へ腰を下ろす。
背後のクッションへ頭を預けると、銀河を宿した瞳が再び前方へ向けられた。
その先には、果てしなく広がる《エーテル海》。
無数の星雲が、ゆっくりと波打ちながら彼方へと続いている。
「巣は空になった」
サルゴンが冷たく呟いた。
その静かな声が、星金属の甲板全体へと響き渡る。
「船を解放しろ」
一拍。
「未踏の星潮を、さらに深く進む。」
サルゴンの銀河の瞳が、遥かな虚空を見据える。
「《エオン神族》が気づくのも、そう遠くはない。」
「《プライム・アクシス》の均衡が――すでに傾き始めたことにな。」
「命令を受領しました、至高者様」
《コア・スピリット》が応答する。
その鷹の姿は光の奔流へと溶け、一直線にメインマストへ向かって飛翔していった。
《アル=ミラージュ》が、力強く轟くような低い駆動音を響かせる。
その振動によって、三日月型小惑星の残骸までもが震えた。
そして――
最大まで引き上げられたエンジンが、突然、音もなく膨大な推進力を解放する。
巨大な黒曜石の巡洋艦が、一気に前方へと加速した。
ダークマターで織り上げられた巨大な帆が、深遠なる星の海を流れる重く、そして高速な星潮を捉える。
《アル=ミラージュ》は、無限に広がる果てなき宇宙へと、その巨体を滑らせていった。
やがてその姿は、広大な星の海の彼方へと完全に消えていく。
後方には――
ただ、取り残された死んだ岩塊だけが静かに漂っていた。




