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西方スリップの浄化

西側埠頭の結晶石は、重い具足靴が規則正しく踏み鳴らされるたび、鈍い音を立ててひび割れていった。


サルゴンとカエレンが、自分たちに割り当てられた下位ドッキング・スリップへと続く巨大な鉄のアーチを渡り切るよりも早く、港湾区域全体はすでに完全に封鎖されていた。


中立港の正式な治安執行組織「アイアン・ラティス」の鉄鎧をまとった大部隊が、大理石の埠頭全域を幾重にも包囲していたのである。


その背後では、三隻の重武装中立戦闘フリゲートが《アル=ミイラージュ》のすぐ脇へと接舷し、真鍮製の砲門には圧縮された不安定なエネルギー・マトリクスが輝き、その砲口はサルゴンの船の外套に覆われた船体へとまっすぐ向けられていた。


中央広場で起きた惨事の報は、ネクサスの通信ルーンを通じ、恐るべき速さで港中へと広がっていた。


「そこで止まれ、旅人!」


野太くしゃがれた声が、港の水面へと響き渡る。


盾の壁の向こうから姿を現したのは、中位港湾司令官ヴェイン。無数の傷を刻んだ屈強な歴戦の男だった。


彼は防御ルーンが刻まれた強化黒鉄の全身鎧をまとい、その肩には巨大な鋸刃の大剣を担いでいる。冷たく計算高い視線は、サルゴンの質素な商人用の絹衣を一瞥した後、ぼろ布をまとい沈黙を保つカエレンへと鋭く向けられた。


「バビロン商業ギルドおよび港湾執行評議会の共同命令により、貴様の船をただちに拿捕する。」


ヴェインは、幾星霜ものあいだ次元犯罪者を取り締まってきた者だけが持つ、揺るぎない威厳を帯びた声で宣言した。


「貴様らはオリンポス区画より高級エネルギー触媒を略奪し、正式な交易許可もないまま警備兵を重傷に負わせた容疑がかけられている。亜空間収納指輪を引き渡し、魂縛の鎖を受けるため前へ出ろ。従わねば、この船を木端微塵に撃ち砕く。」


サルゴンは鉄盾の最前列から、ちょうど十歩手前で足を止めた。


両手はなおもゆったりとした長衣の袖の中に収められたまま。その立ち姿には、胸元へ向けられた何百もの槍や砲口など、まるで存在しないかのような余裕が漂っていた。


結晶の埠頭を優しく打つエーテル海の液体の星明かりは、彼の透き通るように白い肌へ、揺らめく紫色の光を長く映し出している。


彼はヴェインを見なかった。


漆黒の虚無に染まった双眸――その奥では無数の小さな銀河が静かに回転を続けている――は包囲網の彼方を見据え、その視線はただ、《アル=ミイラージュ》の漆黒の星鋼製船首だけへと向けられていた。

「我が君。」


背後から、カエレンが静かに呟いた。その手は鞘に収められた剣の柄へと添えられている。


大軍に包囲された人間なら本来抱くはずの本能的な恐怖は、その声には一切なかった。


彼の精神機能は【究極属性:《支配者の権能》】によって完全に維持されていた。


「執行部隊は埠頭全域に空間封鎖陣を展開しています。船の物理的な離脱経路は完全に塞がれています。」


サルゴンは静かに目を閉じ、意識の内側で冷徹かつ論理的なシステムの声へ語りかけた。


――システム。遠隔補給完了後の機関出力を報告しろ。


【通知:『イオン級・星霊エーテルコア』からの遠隔補給シーケンスは正常に安定化しました。】


【現在のヴォイド・ドライブ稼働率:九十一パーセント。全主要空間推進機関および中枢マトリクスは次元遷移可能状態です。】


【警告:周辺空間は下位境界陣により人工的に固定されています。即時離脱時の摩擦抵抗率:〇・〇三パーセント。】


サルゴンはゆっくりと目を開いた。


その口元には、かすかな、感情のない笑みが浮かぶ。


凡俗の空間封鎖による摩擦抵抗か。


――実に、取るに足らない。


「ヴェイン司令官!」


近くに停泊していた戦闘フリゲートの見張りが、魔導探知具を見つめたまま悲鳴のような声を上げた。


「た、対象艦です! 魔力反応が……変異しています! 偽装マトリクスが内側から崩壊しています!」


ブゥゥゥゥゥゥン――。


その瞬間、《アル=ミイラージュ》の船体深部から、大地そのものを震わせるような重低音が轟いた。


サルゴンが船を偽装するために用いていた通常の非魔法迷彩幕は激しく引き裂かれ、無害な黒い糸となって空中へと霧散していく。


巨大艦の黒曜石の船体側面に刻まれていた無数の古代幾何学紋様が、一斉に点火した。


眩い宇宙紫の輝きが爆発するように放たれ、港の暗い水面は紫色に輝く幻想的な湖へと変貌する。


三本の巨大な主檣は荘厳な軋みを響かせながら立ち上がり、暗黒物質で織られた帆が限界まで大きく展開された。


帆は開かれた宇宙から降り注ぐ星光を貪るように吸収し、その巨影は西側埠頭全域を覆い尽くすほどの圧倒的な影を落としていた。

ヴェイン司令官の傷だらけの顔から、一瞬にして血の気が引いた。


彼は〈イオン神〉が所有する伝説級の艦船すら目にしてきた歴戦の軍人だった。しかし、この漆黒の艦が目覚めた瞬間に漏れ出した、息を詰まらせるほど原初的な威圧だけは、彼の理解を完全に超えていた。


それはまるで、眠り続けていた宇宙そのものの存在が、今まさに瞳を開いたかのようだった。


「乗り込めッ! 砲撃開始! あの艦を発進させるなッ!」


ヴェインは絶叫した。


先ほどまでの冷静さは跡形もなく砕け散り、その声には焦燥と恐怖だけが宿っていた。


「撃てぇぇぇッ!」


三隻の戦闘フリゲートが主砲マトリクスを一斉に解放する。


轟雷にも似た爆音が港全体へと響き渡り、三十門の真鍮砲が同時に火を噴いた。


圧縮された灼熱のプラズマ弾と爆裂土属性術式が唸りを上げながら、《アル=ミイラージュ》へ一直線に襲いかかる。


同時に、五十名の鉄鎧をまとった傭兵たちが埠頭から跳躍し、魔法を付与された長柄斧槍を高々と掲げながら、艦の主甲板へ突撃した。


サルゴンは手を上げなかった。


一歩たりとも退かなかった。


ただ、自らの存在そのものを拡張した。


【究極属性:《主権の虚無》】起動。


防御障壁を形成するために掌へ力を集めることはしない。


サルゴンは《アル=ミイラージュ》そのものを媒介とし、遠隔補給によって九十一パーセントまで回復した中枢出力を利用して、局所型【ヴォイド・パルス】を解き放った。


静寂に満ちた半透明の紫黒の波紋が、黒曜石の船体から音もなく噴き出す。


それは完全な球体を描きながら、西港全域へと一瞬で広がっていった。


その虚無の波紋が、飛来する三十発のプラズマ弾へ触れた瞬間――。


轟音は、消えた。


爆発は起こらない。


元素同士の衝突も存在しない。


灼熱のプラズマも、爆裂土術式も、砕け散ることすら許されず、その存在定義、熱量、運動エネルギーのすべてが現実世界から瞬時に削除された。


空中には、冷たい風だけが静かに吹き抜ける。


しかし、虚無の波紋はそこで止まらなかった。


それは空中から艦へ飛び込もうとしていた五十名の傭兵たちを飲み込む。


紫黒の闇が彼らの鉄鎧へ触れた、その瞬間――。


彼らという物理的存在そのものの概念が、この世界から書き換えられた。


男たちも。


魔法を帯びた長柄斧槍も。


重厚な黒鉄の鎧も。


すべてが一ミリ秒にも満たない刹那で、《ネクサス》という時空の歴史から完全に消失した。


彼らは死体となって甲板へ落ちたのではない。


一切の痕跡を残すことなく、存在そのものが完璧に消去されたのだ。


宇宙の記録帳に刻まれていた彼らの頁は、何も記されていない白紙へと静かに変わっていた。

虚無の波動はなおも外側へと広がり、ドッキング・スリップへ停泊していた三隻の中立戦闘フリゲートを静かに飲み込んだ。


――静寂。


巨大な木鉄製の軍艦は砕け散ることも、転覆することもなかった。


虚無の波が船体を通り過ぎた、その瞬間。


艦そのものが、絶対的な空白へと溶け去った。


砲門も。


帆も。


乗組員も。


そして船体そのものも。


港から跡形もなく消え失せ、残されたのは突然生まれた巨大な空白を埋めるように流れ込む、液体の星明かりを湛えた海だけだった。


わずか三秒にも満たない時間で、西側港湾を守っていた《アイアン・ラティス》前衛部隊、三十門の砲台、そして完全武装の三隻の戦闘艦は、宇宙から完全に抹消された。


やがて虚無の波動は反転し、黒曜石の船体《アル=ミイラージュ》へと吸い込まれるように収束する。


港には再び、死そのもののような恐ろしい静寂だけが残された。


ヴェイン司令官は結晶の埠頭へ膝をついた。


痺れた指先から鋸刃の大剣が滑り落ち、甲高い音を立てて石畳を転がる。


彼の目は大きく見開かれ、血走り、その精神は突如として襲いかかった破滅的な恐怖によって完全に空洞と化していた。


つい先ほどまで三隻の巨大な戦闘フリゲートが停泊していた場所を見つめる。


煙はない。


残骸もない。


そこには、何一つ存在していなかった。


ヴェインはゆっくりと顔を上げ、サルゴンを見た。


呼吸は恐怖に震え、浅く乱れている。


身にまとった黒鉄の鎧は、まるで自らの棺衣のように重く感じられた。


そして彼は、骨の髄まで凍りつくほど鮮明に理解する。


目の前に立つこの青年は、自分の部下を倒したのではない。


――存在そのものを、現実から削除したのだ。


サルゴンは跪く司令官を一瞥することすらなかった。


静かにその脇を通り過ぎる。


裸足が結晶の埠頭へ触れても、足音は一切響かない。


そのまま彼は埠頭を離れ、まるで重力という概念すら存在しないかのように宙へ滑り出し、《アル=ミイラージュ》の主指揮甲板へと静かに降り立った。


カエレンもまた、二歩後方を保ったまま忠実に続く。


艦へ足を踏み入れるその瞬間まで、彼の表情は微塵たりとも揺らぐことはなかった。

コア・スピリットの機械仕掛けの鷹のアバターが、黒曜石の船長の玉座の上に静かに姿を現した。


青い星座の翼は脈打つように輝き、その存在からは悠久の時を越えた深い満足感が静かに滲み出ている。


「我が君。西側ドッキング・スリップの浄化が完了しました。」


コア・スピリットの澄み切った声が、サルゴンの精神へ穏やかに響き渡る。


「空間封鎖陣は時間軸から完全に消去されました。プライム・アクシス航流は開放済み。艦は次元遷移の準備をすべて完了しています。」


サルゴンは甲板の中央まで歩みを進めた。


宇宙の風に長い白髪を静かになびかせながら、壮麗な黒曜石の玉座へと腰を下ろす。


両手を肘掛けへ静かに置き、その漆黒の双眸は《ボーンレス・シー》の彼方に浮かぶ、無数の色彩豊かな多元宇宙――まるで遥かな島々のように漂う世界群――を静かに見つめていた。


「係留を解除しろ。」


サルゴンは冷ややかに命じる。


その声は星鋼の甲板を震わせながら響き渡った。


「ヴォイド・ドライブを起動する。この港はここで終わりだ。」


「了解しました。我が君。」


コア・スピリットはそう応えると、その姿は眩い液状の光線へと変わり、主檣へ流れ込むように消えていった。


《アル=ミイラージュ》は重厚な低いうなり声を響かせ、その振動は《バビロン・ネクサス》全域へと伝播する。


次の瞬間。


轟音すら伴わぬ圧倒的な推進力が解き放たれ、漆黒の巨大艦は一気に前方へと飛び出した。


暗黒物質で織られた帆は液体の星明かりそのものが織り成す潮流を受け止め、結晶の埠頭から離脱する。


そして《アル=ミイラージュ》は、果てなき多元宇宙の未踏領域へ向けて突き進み、恐怖に震える都市を遥か後方へ置き去りにしながら、《ボーンレス・シー》の深淵へと姿を消していった。

いつもお読みいただき、本当にありがとうございます!


もしこの作品を少しでも面白いと思っていただけましたら、ブックマーク、評価、そしてご感想をいただけると大変励みになります。


「良かった点」や「改善したほうがいい点」など、どんなご意見でも歓迎しております。皆様のご感想を今後の作品作りの参考にさせていただきます。


これからも『Sovereign of the Bornless Sea』をよろしくお願いいたします!

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