# 第二十六話 ダミーアカウント
## 一
「ビッダー番号、二十四番が、天草だ」
俺は、鷹村の方に、椅子を、半身、回した。
「勘だが——間違いねえよ」
「勘なのに、間違いない、って……」
鷹村は、首を、傾げた。
薫と鈴愛も、揃って、訝しんだ顔を、していた。
「いいか」
俺は、人差し指を、立てた。
「ダントツに、金を持ってる、天草にとって——」
「入札の単位は、百万」
「下手すりゃ、五百万単位だ」
「!」
「あいつは——三百二十万、三百四十万、なんて、二十万刻みの、競りには、参加しねえ」
「そんな単位は、奴の、眼中に、ない」
俺の頭のなかで、第十八話の、天草の声が、戻ってきた。
——なら、最低落札保証を、一千五百万円に、上げよう。
あの男にとって、一千五百万円は、即決の単位、だった。
その男が——五百万に、踏み込んだ。
「二十四番は——」
俺は、ゆっくり、続けた。
「一才も、刻まずに——オークションの流れを、見て」
「五百万で、入札してきやがった」
「なるほど——」
鷹村は、頷いた。
「金持ちの、ぞんざいな入札、ですね」
「しかも——」
俺は、画面を、ちらり、と、見た。
「このシリーズは、五連作」
「一作目の値段が——全体の価値を、決める」
「天草としては、絶対に、一作目を、落札したかった、はずだ」
「……」
「ここで、切り札を、使うべきだったか?」
俺は、心のなかで、つぶやいた。
いや。
落札したからこそ——二十四番が、天草だと、確信できた。
切り札は、まだ、温存できている。
「でも——」
鈴愛が、口を、開いた。
「初回としては、五百万は、悪くないんじゃない?」
「天草さんに、買われたんだとしたら——ちょっと、複雑だけど……」
俺は、頷きかけた。
頷きかけて——薫の方を、見た。
薫は、画面を、凝視していた。
第二十一話以来、無口だった、彼の顔に——かすかな、光が、戻っていた。
「センパイ——」
鷹村が、肩を、叩いた。
「次の作品は、二作品目、ですね」
「もう、数分で、始まりますよ」
「薫——」
俺は、彼の方を、振り返った。
「どうだ?」
「初めての、オークションは」
薫は——しばらく、答えなかった。
答えなかったが、彼の目は、画面の、入札ログを、まだ、追っていた。
「絵って——」
彼は、ぽつり、と、言った。
「本当に、売れるんだな」
彼の声には、わずかに、子供のような、響きが、混じっていた。
「嘘みたいだ」
俺は——ふっ、と、笑った。
「そうだ」
俺は、彼の肩を、軽く、叩いた。
「お前には——価値がある」
「誇れ」
薫の眉が、わずかに、動いた。
動いたが、彼は、何も、言わなかった。
言わずに、画面を、見続けた。
---
## 二
「皆さん——お待たせいたしました!」
画面のなかで、オークショニアが、声を、上げた。
「小日向鈴愛の——二作目を、出品します!」
画面が、切り替わった。
——【No.2】小日向鈴愛『再生』
「初値、三百万円から、スタートです!」
「どなたか、いかがでしょうか?」
「……頼むぞ」
鷹村が、ぽつり、と、言った。
「今度は、もっと——いってくれ……」
俺は——画面を、無言で、見ていた。
数秒。
——Bidder #6: ¥3,000,000
「三百万円、ありがとうございます!」
「次は、三百二十万円!」
——Bidder #3: ¥3,200,000
例の、沢城夫妻、だった。
今度は、最初から、参戦してきた。
「センパイ——」
鷹村が、自分のスマホを、見ながら、言った。
「動いてますね」
「SNS勢も……」
ぱっ、と、画面が、更新された。
——Bidder #6: ¥3,400,000
「お、三百四十万、いきました!」
「三百四十万円!」
「次は、三百六十万円!」
数秒、画面は、動かなかった。
「三百六十万円、いかがでしょうか?」
「残り時間——十秒……」
その時——別の場所で。
港区の、天草のオフィス。
「いかがいたしますか?」
秘書が、訊いた。
「最初と、同じように、入札して、落とすなら——四百万でも、取れそうですけど……」
オークショニアの音声が、流れていた。
——「6、5、4、3」
「まだ、様子見だ」
天草は、ゆっくり、答えた。
「値動きが、見たい」
---
## 三
俺たちの画面で——
カウントダウンが、続いていた。
「3——」
「!」
俺は、唇を、噛んだ。
このまま、三百四十万で、落札されたら——目標額に、届かない。
俺は——鷹村の方を、見た。
鷹村は、すでに、俺の視線を、待っていた。
俺は、無言で、頷いた。
鷹村は、自分のスマホを、操作した。
ぱっ、と、画面が、切り替わった。
——Bidder #4: ¥4,600,000
「!」
「!」
四百六十万、という、わずかに、刻んだ、数字。
しかし、ジャンプ幅、として、これは、あまりにも、唐突だった。
「四百六十万円!」
「来ました!」
オークショニアの、声が、跳ねた。
「次は、四百八十万円を、募集します!」
「いきなり、百万アップ⁉」
鈴愛が、声を、上げた。
「天草さん?」
「でも——」
薫が、画面を、指した。
「ビッダー番号は、四番だぞ⁉」
俺は——画面を、見たまま、答えなかった。
答えられなかった。
四番は——天草、じゃ、なかった。
四番は——俺の、ダミーアカウント、だった。
第二十四話の、最後の、打ち合わせの夜——
俺は、薫に「お前にも頼みがある」と、言った。
あの「頼み」は、別件だった。
それとは、別に——俺は、鷹村に、別のダミーアカウントを、作らせていた。
四番。
俺の、口座から、七百万円を、入金して、待機させた。
失ったら、終わる、金、だった。
今月の、前田への、返済原資。
それを、ダミーに、注ぎ込んでいた。
もし——このまま、天草も、誰も、入札しなければ。
俺は——終わる。
「鷹村——」
俺は、横目で、彼の方を、見た。
彼は、汗ばんでいた。
俺と、彼だけの、共有事項、だった。
二人が——いま、画面を、見ていた。
---
## 四
「四百八十万、いかがでしょうか……」
オークショニアが、続けた。
「あと十秒——」
「九、八」
俺は、両手を、机のうえで、握った。
手のひらが、汗で、湿っていた。
「七、六、五……」
頼む——
俺は、心のなかで、絶叫した。
頼む。
誰でもいい。
四番より、上で——入れてくれ。
その時——
ぱっ、と、画面が、切り替わった。
——Bidder #24: ¥5,000,000
「!」
俺の口から、空気が、漏れた。
「来た——」
俺は、ぽつり、と、つぶやいた。
「五百万円!」
「やはり、二十四番は——天草だ!」
鷹村も、ほっ、と、肩を、落とした。
「五百万円!」
オークショニアの、声が、続いた。
「次は、五百二十万、いかがですか?」
数秒。
「それでは、このまま——ファイナル、コール、となりますが、いかがですか」
「五——四——三……」
俺は、画面を、見ていた。
ここで、五百万で、落札されたら——
第一作目と、同じ値段、だった。
あんな、薄い値動きの、二作目で、終わったら——
残りの三作品は——たぶん、もっと、値段が、下がる。
俺は、もう一度、勝負する、必要が、あった。
俺は——鷹村に、サインを、送った。
五本の指のうち、人差し指だけを、立てた。
鷹村は、わずかに、息を、呑んだ。
彼の指が——スマホの画面を、ぽん、と、叩いた。
ぱっ、と、画面が、切り替わった。
——Bidder #4: ¥6,000,000
「!」
「!」
「おっと!」
オークショニアの声が、はっきりと、跳ねた。
「六百万、来ました!」
「ありがとうございます!」
「次は、六百二十万、どなたか、いますか?」
俺は——心のなかで、自分に、言い聞かせた。
五百万じゃ、終わらせねえ。
なんとか——天草を、惹きつけて——値段を、上げてやる。
画面の、入札ログに——
まだ、誰の動きも、ない。
俺の、ダミーの、六百万円が、画面の、いちばん上で、無音で、光っていた。
【第二十六話 了】




