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アート&マネー  作者: Zoo
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25/29

# 第二十五話 SGKオークション

## 一


 SGKオークション。

 正式名称——Securities Global Knowledge Auction。

 日本最大規模の、オンラインアートオークションであり、アートを「資産」として捉える時代の、最前線を行く、プラットフォーム。


 このオークションは、かつての、コロナ禍を、契機に、発展した。

 外出自粛のなか、自宅にいながら参加できる、利便性が、評価され、現在では、国内外から、多数の富裕層が集まる、一大マーケットに、なった。

 参加者は、SGKの公式サイトを通じて、事前登録および、身元審査を完了させることで——入札用アカウントを、取得できる。

 アカウントには、固有の番号が、割り振られる。

 オークション中、誰がいくらを入れたか、は——その番号でしか、表示されない。

 誰が、その番号の裏に、いるかは、表示されない。


 俺の、KAGAYA Galleryから、今回、SGKオークションに、出品されるのは——小日向鈴愛の、五作品。


 初値は、すべて、三百万円に、設定した。

 取引手数料は、二〇パーセント。

 残った利益の、五〇パーセントが、俺の取り分。

 仮に、五作品全てが、三百万円で、落札されたとしても——俺に、入るのは、六百万円。


 既に、製作費と、宣伝費で、千万円以上を、費やしている、俺にとって——大赤字、だった。

 さらに、家賃や、借金などで、KAGAYA Galleryは——倒産寸前、だった。


 目標は、最低でも、合計で——五千万円。

 できれば、八千万は、欲しい。


 その日、午後、八時。

 俺たちは、KAGAYA Galleryの、事務スペースの、ノートパソコンの前に、四人で、集まっていた。

 俺。

 鈴愛。

 薫。

 鷹村。


 ノートパソコンの画面には——SGKオークションの、ライブ配信ページが、開いていた。


 頼むぞ、と、俺は、心のなかで、呟いた。

 マウスを、握る、自分の手の、関節が、白かった。


---


## 二


「皆さま——お待たせしました!」


 画面の中の、女性のオークショニアが、声を、上げた。

 彼女は、ニューヨークの、サザビーズ仕込みの、訓練を、受けた、若い女性だった。


「これより、小日向鈴愛の、五作品を、出品いたします!」


 画面の表示が、切り替わった。


 ——【No.1】小日向鈴愛『誕生』


 俺の隣で、鈴愛が、息を、呑んだ。

 彼女が、自分の作品名を、画面で、見るのは、初めてだった。


「最初に、出品されますのは——」


 オークショニアは、続けた。


「小日向鈴愛の——『誕生』」

「破壊と、再生を、テーマにした、シリーズ、第一作目です」


 画面が、もう一度、切り替わった。

 『誕生』の、高解像度の、写真が、画面いっぱいに、表示された。


「初値は、三百万円、からスタートです」

「さあ、どなたか、いらっしゃいますか?」


 俺は——画面を、凝視した。


 数秒、画面は、動かなかった。


 次の瞬間——

 画面の、入札ログ欄に、新しい一行が、増えた。


 ——Bidder #6: ¥3,000,000


「!」


 鷹村の声が、跳ねた。


「来た! 三百万、入りました!」


「すごい——」


 鈴愛の声も、上がった。


「入札、されてる!」


「これ——」


 薫が、初めて、口を、開いた。


「俺たちの作品を、誰かが、買ったってことか⁉」


「そうだ!」


 俺は、振り返った。


「お前らが、創った作品に、誰かが、三百万円の価値を、付けたってことだ!」


 薫の表情が——わずかに、動いた。

 第二十一話の、土下座以来、彼の顔から、感情が、消えていた。

 いま、その顔に、ようやく、わずかに、別の色が、戻ってきた。


「……!」


 彼は、何も、言わなかった。

 ただ、画面を、見ていた。


「おそらく——」


 鷹村は、自分のスマホを、操作しながら、言った。


「ネットの話題に、飛び乗った、若年層ですね」

「SNSで——『入札したぞ』って書いてる人が、いる」


「三百万円、ありがとうございます!」


 オークショニアの声。


「次は、三百二十万円——三百二十万円を、募集します!」


 画面の表示が、ぱっ、と、切り替わった。


 ——Bidder #2: ¥3,200,000


「次は、三百四十万円!」


 ——Bidder #6: ¥3,400,000


「入札者、六番が、三百四十万円!」

「次は、三百六十万円、どなたか、いらっしゃいますか?」


 数秒、動きが、止まった。


「動きが、止まった……」


 鷹村が、ぽつり、と、言った。


「くそ……」


 俺は、握っていた、両手の、指の関節を、見た。


「こんなものか!」


 画面のなかで、オークショニアの、カウントダウンが、始まった。


「三百四十万円が、最新の最高額です」

「他に、いらっしゃいませんか?」

「残り時間——十秒です……」


---


## 三


 その時——別の場所で。


 東京の、郊外の、戸建ての家。

 居間の、ダイニングテーブルに、ノートパソコンを、置いて——沢城芙美子と、武市の老夫妻が、画面を、覗き込んでいた。

 二人の脇には、若い、二十代後半の、青年が、しゃがんで、入札のサポートを、していた。

 たぶん、孫、だった。


「入札したぞ」


 武市が、ぽつり、と、言った。


「負けるか!」


 彼の、隣で——孫が、エンターキーを、ぐっ、と、押した。


 画面の、入札ログに——新しい一行が、増えた。


 ——Bidder #3: ¥4,200,000


「!」


 俺たちの画面でも、その表示が、見えた。


「四百二十万円⁉」


 鷹村が、声を、上げた。


「いきなり、四十万、ジャンプ⁉」


「Bidder #3、四百二十万円!」


 オークショニアの声が、跳ねた。


「次は、四百四十万円、どうですか?」


 俺は、画面の中の、数字を、見ていた。


 三百二十万。

 三百四十万。

 四百二十万。


 あの、一気に四十万、ジャンプした入札は——たぶん、沢城夫妻、だ、と、俺は、確信した。

 彼らは、若年層の、若いノリの、二十万刻みの入札に、付き合う、つもりがない。

 彼らの、入札の感覚は——別の、世界のもの、だった。


---


## 四


 その時——もう一つの場所で。


 港区の、別のタワービル。

 天草の、オフィス。


 彼は、自分のデスクで、スマホを、片手に、画面を、見ていた。

 彼の手は——わずかに、片頬を、撫でていた。

 第二十一話の、薫の頭突きの、痣の、残った頬。


「ふむ——」


 彼は、ぽつり、と、言った。


「まだ、この程度かい」


 彼の指が、スマホの画面を、ぽん、と、触れた。


「よし——」


 彼は、にこ、と、笑った。


「ここで、締めるか」


 画面の、入札ログに——新しい一行が、追加された。


 ——Bidder #24: ¥5,000,000


---


## 五


「五百万円!」


 俺たちの画面で、オークショニアの声が、跳ねた。


「入札者、二十四番が——五百万円で、リードしました!」

「他に、いらっしゃいませんか!」


「!」


 画面のなかで、沢城夫妻も、若い入札者たちも——ぴたり、と、止まった。

 五百万円、というのは——彼らの、瞬時の判断の、限界を、超えていた。


「沈黙、ですね……」


 オークショニアの声が、ゆっくりと、続いた。


「Bidder #24が、五百万円——ファイナル、コールです!」


 画面のなかで、カウントダウンが、始まった。


「3——」


「2——」


「1——」


「落札!」


 画面が、ぱっ、と、切り替わった。

 『誕生』の、写真が、消えた。

 代わりに、落札確定の、表示が、出た。


「……くそ」


 鷹村は、ため息を、ついた。


「初回で、五百万か……」


「でも——」


 鈴愛が、口を、開いた。


「突然、上げてきましたね」


「おそらく——」


 俺は、ゆっくり、答えた。


「ビッダー、二十四番が——天草だ」


「天草さん⁉」


 鷹村が、振り返った。


「何で、わかるんですか⁉」


「勘だよ」


 俺は、にやり、と、笑った。


「だが——間違いねえ」


【第二十五話 了】

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