# 第二十五話 SGKオークション
## 一
SGKオークション。
正式名称——Securities Global Knowledge Auction。
日本最大規模の、オンラインアートオークションであり、アートを「資産」として捉える時代の、最前線を行く、プラットフォーム。
このオークションは、かつての、コロナ禍を、契機に、発展した。
外出自粛のなか、自宅にいながら参加できる、利便性が、評価され、現在では、国内外から、多数の富裕層が集まる、一大マーケットに、なった。
参加者は、SGKの公式サイトを通じて、事前登録および、身元審査を完了させることで——入札用アカウントを、取得できる。
アカウントには、固有の番号が、割り振られる。
オークション中、誰がいくらを入れたか、は——その番号でしか、表示されない。
誰が、その番号の裏に、いるかは、表示されない。
俺の、KAGAYA Galleryから、今回、SGKオークションに、出品されるのは——小日向鈴愛の、五作品。
初値は、すべて、三百万円に、設定した。
取引手数料は、二〇パーセント。
残った利益の、五〇パーセントが、俺の取り分。
仮に、五作品全てが、三百万円で、落札されたとしても——俺に、入るのは、六百万円。
既に、製作費と、宣伝費で、千万円以上を、費やしている、俺にとって——大赤字、だった。
さらに、家賃や、借金などで、KAGAYA Galleryは——倒産寸前、だった。
目標は、最低でも、合計で——五千万円。
できれば、八千万は、欲しい。
その日、午後、八時。
俺たちは、KAGAYA Galleryの、事務スペースの、ノートパソコンの前に、四人で、集まっていた。
俺。
鈴愛。
薫。
鷹村。
ノートパソコンの画面には——SGKオークションの、ライブ配信ページが、開いていた。
頼むぞ、と、俺は、心のなかで、呟いた。
マウスを、握る、自分の手の、関節が、白かった。
---
## 二
「皆さま——お待たせしました!」
画面の中の、女性のオークショニアが、声を、上げた。
彼女は、ニューヨークの、サザビーズ仕込みの、訓練を、受けた、若い女性だった。
「これより、小日向鈴愛の、五作品を、出品いたします!」
画面の表示が、切り替わった。
——【No.1】小日向鈴愛『誕生』
俺の隣で、鈴愛が、息を、呑んだ。
彼女が、自分の作品名を、画面で、見るのは、初めてだった。
「最初に、出品されますのは——」
オークショニアは、続けた。
「小日向鈴愛の——『誕生』」
「破壊と、再生を、テーマにした、シリーズ、第一作目です」
画面が、もう一度、切り替わった。
『誕生』の、高解像度の、写真が、画面いっぱいに、表示された。
「初値は、三百万円、からスタートです」
「さあ、どなたか、いらっしゃいますか?」
俺は——画面を、凝視した。
数秒、画面は、動かなかった。
次の瞬間——
画面の、入札ログ欄に、新しい一行が、増えた。
——Bidder #6: ¥3,000,000
「!」
鷹村の声が、跳ねた。
「来た! 三百万、入りました!」
「すごい——」
鈴愛の声も、上がった。
「入札、されてる!」
「これ——」
薫が、初めて、口を、開いた。
「俺たちの作品を、誰かが、買ったってことか⁉」
「そうだ!」
俺は、振り返った。
「お前らが、創った作品に、誰かが、三百万円の価値を、付けたってことだ!」
薫の表情が——わずかに、動いた。
第二十一話の、土下座以来、彼の顔から、感情が、消えていた。
いま、その顔に、ようやく、わずかに、別の色が、戻ってきた。
「……!」
彼は、何も、言わなかった。
ただ、画面を、見ていた。
「おそらく——」
鷹村は、自分のスマホを、操作しながら、言った。
「ネットの話題に、飛び乗った、若年層ですね」
「SNSで——『入札したぞ』って書いてる人が、いる」
「三百万円、ありがとうございます!」
オークショニアの声。
「次は、三百二十万円——三百二十万円を、募集します!」
画面の表示が、ぱっ、と、切り替わった。
——Bidder #2: ¥3,200,000
「次は、三百四十万円!」
——Bidder #6: ¥3,400,000
「入札者、六番が、三百四十万円!」
「次は、三百六十万円、どなたか、いらっしゃいますか?」
数秒、動きが、止まった。
「動きが、止まった……」
鷹村が、ぽつり、と、言った。
「くそ……」
俺は、握っていた、両手の、指の関節を、見た。
「こんなものか!」
画面のなかで、オークショニアの、カウントダウンが、始まった。
「三百四十万円が、最新の最高額です」
「他に、いらっしゃいませんか?」
「残り時間——十秒です……」
---
## 三
その時——別の場所で。
東京の、郊外の、戸建ての家。
居間の、ダイニングテーブルに、ノートパソコンを、置いて——沢城芙美子と、武市の老夫妻が、画面を、覗き込んでいた。
二人の脇には、若い、二十代後半の、青年が、しゃがんで、入札のサポートを、していた。
たぶん、孫、だった。
「入札したぞ」
武市が、ぽつり、と、言った。
「負けるか!」
彼の、隣で——孫が、エンターキーを、ぐっ、と、押した。
画面の、入札ログに——新しい一行が、増えた。
——Bidder #3: ¥4,200,000
「!」
俺たちの画面でも、その表示が、見えた。
「四百二十万円⁉」
鷹村が、声を、上げた。
「いきなり、四十万、ジャンプ⁉」
「Bidder #3、四百二十万円!」
オークショニアの声が、跳ねた。
「次は、四百四十万円、どうですか?」
俺は、画面の中の、数字を、見ていた。
三百二十万。
三百四十万。
四百二十万。
あの、一気に四十万、ジャンプした入札は——たぶん、沢城夫妻、だ、と、俺は、確信した。
彼らは、若年層の、若いノリの、二十万刻みの入札に、付き合う、つもりがない。
彼らの、入札の感覚は——別の、世界のもの、だった。
---
## 四
その時——もう一つの場所で。
港区の、別のタワービル。
天草の、オフィス。
彼は、自分のデスクで、スマホを、片手に、画面を、見ていた。
彼の手は——わずかに、片頬を、撫でていた。
第二十一話の、薫の頭突きの、痣の、残った頬。
「ふむ——」
彼は、ぽつり、と、言った。
「まだ、この程度かい」
彼の指が、スマホの画面を、ぽん、と、触れた。
「よし——」
彼は、にこ、と、笑った。
「ここで、締めるか」
画面の、入札ログに——新しい一行が、追加された。
——Bidder #24: ¥5,000,000
---
## 五
「五百万円!」
俺たちの画面で、オークショニアの声が、跳ねた。
「入札者、二十四番が——五百万円で、リードしました!」
「他に、いらっしゃいませんか!」
「!」
画面のなかで、沢城夫妻も、若い入札者たちも——ぴたり、と、止まった。
五百万円、というのは——彼らの、瞬時の判断の、限界を、超えていた。
「沈黙、ですね……」
オークショニアの声が、ゆっくりと、続いた。
「Bidder #24が、五百万円——ファイナル、コールです!」
画面のなかで、カウントダウンが、始まった。
「3——」
「2——」
「1——」
「落札!」
画面が、ぱっ、と、切り替わった。
『誕生』の、写真が、消えた。
代わりに、落札確定の、表示が、出た。
「……くそ」
鷹村は、ため息を、ついた。
「初回で、五百万か……」
「でも——」
鈴愛が、口を、開いた。
「突然、上げてきましたね」
「おそらく——」
俺は、ゆっくり、答えた。
「ビッダー、二十四番が——天草だ」
「天草さん⁉」
鷹村が、振り返った。
「何で、わかるんですか⁉」
「勘だよ」
俺は、にやり、と、笑った。
「だが——間違いねえ」
【第二十五話 了】




