# 第二十四話 四シリーズ二十作品
# 第二十四話 四シリーズ二十作品
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## 一
老夫人は、沢城芙美子と、名乗った。
夫の方は、沢城武市。
俺の祖父、加賀谷秀作が、生前、よく出入りしていた、収集家、だった。
「突然、君から、連絡があって——」
武市は、ギャラリーのなかを、ゆっくり、見渡した。
「びっくりしたよ」
彼の声には、わずかな、感嘆が、混じっていた。
「まさか——この画廊が、復活していたとは」
「ええ」
俺は、頭を、下げた。
「私が、継がせて、いただきました」
「今は、現代アートを、中心とした、ギャラリーと、なっております」
「うーん」
武市は、ふっ、と、唸った。
「現代アートは——私らには、難しくてねえ」
「でも——」
夫人の方が、口を、開いた。
「小日向文雄に、関わる、作品なんでしょ?」
「興味、わるわ」
俺は、夫人の方を、見た。
彼女の目は——既に、奥の壁の、『誕生』を、見ていた。
目つきは、若い客のそれとは、別の——絵を、絵として、ぴったり、見ている、目つきだった。
俺は、心のなかで、深く、呼吸を、した。
加賀谷秀作。
俺の、祖父。
主に、西洋画や、近代以降の、日本画を、扱う、画廊を、経営していた。
俺が、十歳の時、彼が、上野の美術館で、デュシャンの便器の前で、「金になるからだ」と、言った、その人。
時代が、変わり、祖父の代の、売上は、低迷した。
父の代になって、画廊は、潰れそうに、なった。
俺が、それを、引き継いだ、のが——KAGAYA Galleryの、始まりだった。
現代アートを、好むのは——三十代中盤から、五十代前半、まで。
高齢者である、彼らは——完全な、ターゲットとは、言えなかった。
だが——
「今回の作品は——」
俺は、ゆっくり、続けた。
「小日向文雄の、歴史に、裏付けされた、ものです」
「その価値は——若手アーティストの、それとは、異なります」
武市の眉が、わずかに、上がった。
「小日向文雄の作品は——」
彼は、答えた。
「何点か、持っていたなあ」
「確かに、興味は、ある」
「でも——」
夫人が、首を、傾げた。
「ネット、オークションなんでしょ?」
「ライブ中継を、行いますから——」
俺は、即答した。
「実際の、オークションと、熱は、変わりませんよ?」
俺は、続けた。
「ぜひ——アカウントだけでも、作って、みませんか?」
「こちらで——アカウント登録など、全て、代行します」
「アカウント、ねえ」
夫人は、もう一度、絵の方を、見た。
「主人——」
彼女は、武市を、振り返った。
「いいんじゃ、ない?」
「ネットの仕組みなんて、後で、加賀谷さんが、教えてくれるんだし」
俺は、心のなかで、深く、頷いた。
アカウントが、あるだけでも——オークションは、盛り上がる。
いまは、一アカウントでも、多いと、ありがたかった。
別の壁の、『再生』の前に——もう一組、別の、老紳士が、立っていた。
俺の祖父の、台帳の、別のページに、書いてあった、人物だった。
「でも——」
彼は、ぽつり、と、言った。
「確かに、良い絵だ」
俺の、耳が、その声を、捉えた。
「五連作、というのも——面白いね」
俺は、心のなかで、ほっ、と、息を、吐いた。
彼らの、絵を見る力は——本物だった。
彼らの、評価を、得ることは——心強かった。
「ま——」
別の老紳士が、言った。
「がんばりなさい」
「わしらも、歳だが——多少は、力に、なるよ」
「ありがとうございます……!」
俺は、深く、頭を、下げた。
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## 二
その夜、十一時。
俺は、松濤の、アトリエに、足を、運んだ。
扉を、開けると——
鈴愛が、キャンバスの前で、息を、ついていた。
「はあ……」
彼女の声は、疲れていた。
「あと一週間で、オークションか」
「四作目の、仕上げは、もう少しだけど——」
「薫は……」
部屋の、もう一方で——薫は、無言で、別のキャンバスに、筆を、走らせていた。
完全に、集中していた。
周囲を、気にしていなかった。
あの土下座以来、彼は、ほとんど、口を、開かなかった。
ただ、画面と——対話していた。
「(苦笑)」
鈴愛は、肩を、すくめた。
「ちょっとは、しゃべってくれても、いいのに……ね」
「どうだ」
俺は、扉のところで、声を、かけた。
「制作は、進んでるか?」
「助かるよ」
「……俺は、客集めで、バタバタしてるんだ」
鈴愛は、振り返った。
「制作は、順調だけど——」
「もし、オークションで、値が、つかなかったら、と思うと」
彼女の声には、初めて——不安の影が、混じっていた。
「天草さんも——いないし……」
「いや」
俺は、首を、振った。
「天草は、オークション自体には——参加するはずだ」
「え?」
彼女の眉が、上がった。
「そうなの?」
「彼は——」
俺は、ゆっくり、答えた。
「作品自体は、気に入っていた」
「最低保証を、せずに——最低額で、落札する、つもりだろう」
「奴は——」
俺は、続けた。
「そういう、男だ」
「俺には、分かる」
「まあ——」
鈴愛は、ため息を、ついた。
「値段が、つかないよりは、いいけれど」
「いや」
俺は、首を、振った。
「こちらも——値を、上げるために」
「できる限りの事を、するつもりだ」
俺は、彼女の前で、椅子を、引いて、座った。
「そこで——考えた」
俺は、ゆっくり、続けた。
「この、五作品は——」
俺は、人差し指を、立てた。
「『初期作』に、過ぎないと、発表する」
「続編となる——『四シリーズ、二十作品』構想が、あるってことを」
「堂々と、宣言しようと、思う」
「へ?」
鈴愛は、目を、見開いた。
「そんな、大規模な、連作——」
「資金も、手間も、……」
「確かに、無茶だけど——」
俺は、答えた。
「未来が、あるって、思わせれば」
「コレクターも、投資しやすいだろ?」
俺の頭のなかで、その戦略の、構造は、組み上がっていた。
投資家は——一作品の、絵を、買うのでは、ない。
その絵に、ぶら下がる、未来全体を、買う。
今回の五作品が、五千万円で、売れたとして——
四シリーズ、二十作品、構想が、ある、と、宣言されていれば。
二十作品が、すべて、似たような価格で、売れる、かもしれない、という、未来を——
投資家は、想像する。
その想像が、一作目の値を——押し上げる。
ハッタリ、だった。
ただし——
いまの俺たちには、その、ハッタリ、しか、なかった。
「……分かった」
鈴愛は、頷いた。
「じゃあ、私も——それに合わせた、ステイトメント、書いてみるよ」
「『父の遺作を、超えるための、四シリーズ、二十作品』って、感じで」
「あと——」
俺は、薫の方を、見た。
「薫」
画面の前で、薫の、筆が、止まった。
彼は、振り返った。
「お前にも——頼みがある」
俺は、声を、低くした。
「聞いて、くれるか?」
薫は、しばらく、俺を、見ていた。
第二十一話の、土下座以来、彼が、俺の目を、まっすぐ、見るのは——初めて、だった。
「……ああ」
彼は、頷いた。
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## 三
その翌日の昼、俺の知らないところで——
別の場面が、進行していた。
あの場面のことは、後から、ある、人物を通じて、俺は、知ることになる。
ある人物——というのは、俺が、第二十二話の、土下座のあと、こっそり、天草の事務所に、忍び込ませた、若い知り合いだった。
その彼が、こっそり、聞き取ってきた、その日の、天草と、彼の秘書の、会話が——以下、だった。
港区の、別のタワービル。
天草の、オフィス。
窓の向こうには、東京湾が、ぎらぎら、と、光っていた。
「天草様——」
美男子の秘書が、タブレットを、彼に、差し出した。
「加賀谷ギャラリーが、出品する、オークションの、詳細が、公開されました」
「ほう」
天草は、頷いた。
「小日向鈴愛の作品、五点が——出品される、ようです」
「予定通り、五点、上がったか」
天草は、片手で、自分の、頬を、撫でた。
第二十一話で、薫の頭突きが入った、頬の骨。
そこには、まだ、わずかに、痣が、残っていた、はずだった。
「しかも、どうやら——」
秘書は、続けた。
「続編の構想が、あるとか、言ってる、らしいね」
「四シリーズ、全二十作品、とか」
「ええ」
秘書は、頷いた。
「SNSや、DMで、告知したようです」
「『これらは、初期作にすぎず、今後も、続々、発表される』と」
「ふん」
天草は、笑った。
「ハッタリ臭い、な」
「あの、牧人君が、そこまでの、資金を、持ってるとは、思えないが——」
「まあ、宣言するだけなら、タダだろう」
「入札は——どうなさいますか?」
秘書が、訊いた。
「開始価格は、三百万程度、からだそうです」
「初値は、クリア、出来そうか?」
「若年層に、加え——」
秘書は、続けた。
「入札を、表明している、古いコレクターも、いますから——ありえるかと」
「ふむ」
天草は、少し、驚いた、らしかった。
「牧人くんなりに——手を、尽くしているということか」
彼は、椅子の背もたれに、深く、身体を、預けた。
「今回の、作品自体の、出来は——確かに、悪くない」
彼は、ゆっくり、続けた。
「……もし、適正価格で、落札できるなら——欲しいところだ」
「では——」
秘書が、訊いた。
「当初の、最低落札価格、一千五百万円を目処に——落札を、目指しますか?」
「そんな必要は、ない」
天草は、首を、振った。
「所詮、小日向鈴愛は——まだ、駆け出しの、若手にすぎない」
「五百万も、あれば、十分だろう……」
彼の口角が、わずかに、上がった。
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## 四
俺は、その夜——
松濤のアトリエで、薫と鈴愛と、最後の打ち合わせを、していた。
窓の外には、月が、出ていた。
松濤の、住宅街の、地中化された電線の上の空に、半月が、白く、浮いていた。
「天草は——」
俺は、二人に、向かって、言った。
「五百万くらいで、落札する、つもりだろう」
二人は、聞いていた。
「だから——」
俺は、ゆっくり、続けた。
「五百万を、わずかに、超えるラインで——」
「俺たちのダミーは、入札を、止める」
二人は、頷いた。
「そこから先は——」
俺は、薫を、見た。
「祖父の、古いコレクターと、若いライト層と、それ以外の、無関係の、本物の、入札者の、ガチンコ勝負」
「俺たちが、コントロール、できる範囲を、超えた、勝負だ」
「分かった」
鈴愛は、頷いた。
「じゃあ——」
彼女は、立ち上がった。
「最後の四作品目、仕上げに、戻るね」
彼女は、自分のキャンバスに、向き直った。
俺は、薫を、振り返った。
「薫——」
彼は、まだ、俺の方を、見ていた。
「お前に、頼んだこと——できそうか?」
薫は、しばらく、何も、言わなかった。
言わずに、ゆっくり、頷いた。
「ああ」
彼は、答えた。
「やってみる」
俺は、頷いた。
窓の外で、半月が、わずかに、雲に、隠れた。
翌週の、土曜日の、午後、八時。
Zオークション、開始。
オークション当日が——訪れた。
【第二十四話 了】




