# 第十四話 仕手戦
## 一
翌朝、俺は、もう一度、アトリエに、顔を、出した。
昨夜の二人の背中の余韻は、まだ、扉の向こうに、残っていた。
ただし、俺の役回りは、もう、決まっていた。
「では——」
俺は、二人の前に、立った。
「制作は、お前らに任せる」
「ただし、納期は、今月中だ」
「出来るな?」
二人は、揃って、頷いた。
「ああ」
「じゃあ、俺は——」
俺は、にやり、と笑った。
「それを、確実に売れるように、手を打つぜ」
「確実に売れる?」
鈴愛が、訝しんだ。
「ライブオークションに、出すんでしょ?」
俺は、片手で、ストップの合図を、作った。
「創るのは——お前らの仕事」
「で、売るのは——俺の仕事だ」
俺は、振り返った。
「今回は、お互いに、口出し無しに、しようぜ」
扉を、開けて、俺は、外に、出た。
扉が、閉まる、寸前——
薫の声が、漏れてくるのが、聞こえた。
「なんだ? 突然、出ていきやがって」
「なんか——誤魔化された気が……」
俺は、扉を、閉めた。
誤魔化したのは——その通りだった。
俺がこれから打つ手の半分は、二人に、知らせない方が、いい種類の手だった。
知らせれば、二人は——たぶん、嫌がる。
嫌がるけど、それで、市場は、動かない。
市場は、清廉潔白では、動かない。
市場は、ある程度の、汚れた手で、動く。
俺は、その汚れを、ひとりで、引き受ける役だった。
---
## 二
オフィスに戻る、タクシーの中で、俺は、すでに、最初の電話を、かけていた。
「小日向文雄の、未発表作品か——」
受話口の向こうの声は、即座に、はしゃいだ。
「勝ち確定案件、っすね!」
「おいおい」
俺は、思わず、笑った。
「税務署の方々の誤解を招くような書き方は、やめてくれよ」
鷹村一真。
最近、業界の若い層のあいだで、名前を見かけるようになっていた。
俺と組んだころは、Webメディアの編集兼ライターだったが、二〇二三年に独立して、自分のサブスタックを始めて、いまや、登録者が、五万人を超えていた。
五万人。
登録者は、現代アートの、コアの読者だ。
そのなかに、四百人くらい、絵を実際に買う人間が、混じっている。
四百人——それで、市場は、動く。
「今度のは——」
俺は、強調した。
「小日向鈴愛の、新作なんだからな」
「小日向文雄の描きかけを、アートの素材として、使うだけだぞ?」
「わかってますよ」
鷹村は、頷いた。
「だから、次は——ミクストメディアに、なるんですよね」
ミクストメディア。
複数の、異なる素材や、技法を組み合わせて、作られた、芸術作品。
それは、いま、俺たちが、松濤のアトリエで、まさに作っている、ものの正式な、業界用語だった。
「おそらく、な」
俺は、答えた。
「写真送れる段階に、なったら、すぐ連絡するよ」
「わかりました」
鷹村は、続けた。
「天草さんには、連絡したんですか?」
「これからだ」
「うまく、巻き込んでくださいよ」
彼は、声を、低くした。
「今回の肝は——あの人なんですから」
「分かってるって」
通話を、切った。
俺は、タクシーの窓の外を、見た。
首都高の高架の下を、車は、走っていた。
「鷹村め——」
俺は、ぽつり、と、呟いた。
「金の匂いがすると、急に前のめりになってきやがる」
次の電話は、すぐに、かけた。
「あ、天草さん!」
俺は、声を、調整した。
鷹村と話すときの軽さを、外して、もう少し、礼節のある声に、変えた。
「現状のご報告を、させて頂きたく——」
---
## 三
その夜、俺は、オフィスに、戻った。
オフィスには、誰も、いなかった。
俺は、コーヒーを、淹れた。
ブラジルの深煎り。鈴愛が、ファミレスに消えるときに、俺が、淹れる、種類の豆だった。
今夜の俺は、ファミレスではなく、自分のデスクで、ひとり、それを、飲んだ。
俺は、書類を、眺めながら、にやり、と、不敵な笑みを、浮かべていた。
——さて。
——そろそろ、どうやって、ライブオークションで、金を稼ぐか。
——その「作戦」を、お前ら(読者)に、教えてやるか。
俺の頭の中で、声が、した。
その声は、誰に向けて、しゃべっていたわけでもない。
強いて言えば——いま、俺の人生を、誰かが、後ろから、見ている、と仮定したら、その「誰か」に向けて、説明する、つもりで、しゃべっていた。
俺の人生は、もう、そういう種類の人生だった。
まずは——と、俺は、心のなかで、続けた。
俺や、仲間の、ダミーアカウントで——ライブオークションに、参戦する。
画面の中には、すでに、十数個のアカウントの、ログイン情報が、並んでいた。
俺の本名のアカウントが、一つ。
法人名義のアカウントが、二つ。
名義を借りた個人のアカウントが、五つ。
海外の協力者のアカウントが、四つ。
そして、最初は、小さく、入札する。
絵の出品が始まって、開始価格から、二十万、三十万と、こちらのダミーが、ぽつぽつと、入札する。
「この作品は、買いだ」という空気を、まず、作る。
次に、入札額を、段階的に、上げていく。
すると、それを見た、他の参加者が——「なんで、こんな値段、ついてる?」と、疑問を、持つ。
持ちながらも——話題性に、つられて、高値を、つけてくる。
話題性を、作るのは——鷹村の仕事だ。
彼は、俺の、学生時代の後輩だった。
いまや、彼は、業界では、ある種の発言力を、持っていた。
奴のサブスタックに「この新作、傑作だ」と書かれれば——コレクターたちは「ひょっとして大化けするかも」と、色めき立つ。
そのタイミングで——天草に、入札させる。
高額で、堂々と、入札させる。
彼は、現代アートの、有名な投資家だった。
彼が、ある絵に、五千万を、入れる、というのは——市場にとって、ニュースだった。
もちろん、それは——見せ金、だ。
だが、有名コレクターの天草が、五千万を入れた、という事実は——独り歩きする。
「天草が、五千万入れた」という情報は、一夜で、業界を、駆け巡る。
そうしたら——無関係の、本物のコレクターが、五千五百万を、入れる。
その瞬間、俺たちは、実弾の、戦果を、手に入れる。
俺は、椅子を、ぎっ、と、後ろに、傾けた。
問題は——関係者以外、入札しないような、事態だが——
俺は、笑った。
今回は——間違いなく、話題性は、たっぷり。
なんたって、形を変えてとはいえ——小日向文雄の絵を、売るわけだ、から。
確かに、勝ち確、なんだよなあ。
そうでもしなきゃ——
俺は、心のなかで、付け加えた。
小日向文雄の絵を、素材にするなんて、暴挙、許さないでしょ。
俺の頭のなかで、ある一場面が、再生された。
松濤のアトリエの、いまごろ、二人は——
もしかしたら——
いや、たぶん——
破った父親の絵を、シュレッダーに、突っ込んでいるかもしれない。
あるいは、カッターで、細かく、刻んでいるかもしれない。
あるいは——もっと、ひどいことをしている、かもしれない。
俺は——その光景を、想像しなかった。
想像、しなかった、と言うべきだった。
想像すると、たぶん、心臓が、もたない。
俺は、コーヒーを、もう一口、飲んだ。
——大丈夫だ、加賀谷牧人。
——お前は、売るのが、仕事だ。
——売れるものを、お前らが、勝手に、作り出してくれていれば——それで、いい。
俺は、PCの画面を、もう一度、見た。
画面には、ライブオークションの、サイトの管理画面が、開いていた。
次回の出品予定の枠に、薫と、鈴愛の作品の、仮タイトルが、入っていた。
仮タイトルは、こうだった。
——『FATHER, REWORKED』
——by Suzue Kohinata
いいタイトルだ、と俺は、思った。
売れる、タイトルだ。
窓の外で、夜が、深くなっていた。
俺の頭のなかで、計算機は、ゆっくり、回り続けていた。
【第十四話 了】




