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アート&マネー  作者: Zoo
14/17

# 第十四話 仕手戦

## 一


 翌朝、俺は、もう一度、アトリエに、顔を、出した。


 昨夜の二人の背中の余韻は、まだ、扉の向こうに、残っていた。

 ただし、俺の役回りは、もう、決まっていた。


「では——」


 俺は、二人の前に、立った。


「制作は、お前らに任せる」

「ただし、納期は、今月中だ」


「出来るな?」


 二人は、揃って、頷いた。


「ああ」


「じゃあ、俺は——」


 俺は、にやり、と笑った。


「それを、確実に売れるように、手を打つぜ」


「確実に売れる?」


 鈴愛が、訝しんだ。


「ライブオークションに、出すんでしょ?」


 俺は、片手で、ストップの合図を、作った。


「創るのは——お前らの仕事」


「で、売るのは——俺の仕事だ」


 俺は、振り返った。


「今回は、お互いに、口出し無しに、しようぜ」


 扉を、開けて、俺は、外に、出た。


 扉が、閉まる、寸前——

 薫の声が、漏れてくるのが、聞こえた。


「なんだ? 突然、出ていきやがって」


「なんか——誤魔化された気が……」


 俺は、扉を、閉めた。


 誤魔化したのは——その通りだった。

 俺がこれから打つ手の半分は、二人に、知らせない方が、いい種類の手だった。

 知らせれば、二人は——たぶん、嫌がる。

 嫌がるけど、それで、市場は、動かない。

 市場は、清廉潔白では、動かない。

 市場は、ある程度の、汚れた手で、動く。


 俺は、その汚れを、ひとりで、引き受ける役だった。


---


## 二


 オフィスに戻る、タクシーの中で、俺は、すでに、最初の電話を、かけていた。


「小日向文雄の、未発表作品か——」


 受話口の向こうの声は、即座に、はしゃいだ。


「勝ち確定案件、っすね!」


「おいおい」


 俺は、思わず、笑った。


「税務署の方々の誤解を招くような書き方は、やめてくれよ」


 鷹村一真。

 最近、業界の若い層のあいだで、名前を見かけるようになっていた。

 俺と組んだころは、Webメディアの編集兼ライターだったが、二〇二三年に独立して、自分のサブスタックを始めて、いまや、登録者が、五万人を超えていた。

 五万人。

 登録者は、現代アートの、コアの読者だ。

 そのなかに、四百人くらい、絵を実際に買う人間が、混じっている。

 四百人——それで、市場は、動く。


「今度のは——」


 俺は、強調した。


「小日向鈴愛の、新作なんだからな」

「小日向文雄の描きかけを、アートの素材として、使うだけだぞ?」


「わかってますよ」


 鷹村は、頷いた。


「だから、次は——ミクストメディアに、なるんですよね」


 ミクストメディア。

 複数の、異なる素材や、技法を組み合わせて、作られた、芸術作品。

 それは、いま、俺たちが、松濤のアトリエで、まさに作っている、ものの正式な、業界用語だった。


「おそらく、な」


 俺は、答えた。


「写真送れる段階に、なったら、すぐ連絡するよ」


「わかりました」


 鷹村は、続けた。


「天草さんには、連絡したんですか?」


「これからだ」


「うまく、巻き込んでくださいよ」


 彼は、声を、低くした。


「今回の肝は——あの人なんですから」


「分かってるって」


 通話を、切った。


 俺は、タクシーの窓の外を、見た。

 首都高の高架の下を、車は、走っていた。


「鷹村め——」


 俺は、ぽつり、と、呟いた。


「金の匂いがすると、急に前のめりになってきやがる」


 次の電話は、すぐに、かけた。


「あ、天草さん!」


 俺は、声を、調整した。

 鷹村と話すときの軽さを、外して、もう少し、礼節のある声に、変えた。


「現状のご報告を、させて頂きたく——」


---


## 三


 その夜、俺は、オフィスに、戻った。

 オフィスには、誰も、いなかった。

 俺は、コーヒーを、淹れた。

 ブラジルの深煎り。鈴愛が、ファミレスに消えるときに、俺が、淹れる、種類の豆だった。

 今夜の俺は、ファミレスではなく、自分のデスクで、ひとり、それを、飲んだ。


 俺は、書類を、眺めながら、にやり、と、不敵な笑みを、浮かべていた。


 ——さて。

 ——そろそろ、どうやって、ライブオークションで、金を稼ぐか。

 ——その「作戦」を、お前ら(読者)に、教えてやるか。


 俺の頭の中で、声が、した。

 その声は、誰に向けて、しゃべっていたわけでもない。

 強いて言えば——いま、俺の人生を、誰かが、後ろから、見ている、と仮定したら、その「誰か」に向けて、説明する、つもりで、しゃべっていた。


 俺の人生は、もう、そういう種類の人生だった。


 まずは——と、俺は、心のなかで、続けた。


 俺や、仲間の、ダミーアカウントで——ライブオークションに、参戦する。


 画面の中には、すでに、十数個のアカウントの、ログイン情報が、並んでいた。

 俺の本名のアカウントが、一つ。

 法人名義のアカウントが、二つ。

 名義を借りた個人のアカウントが、五つ。

 海外の協力者のアカウントが、四つ。


 そして、最初は、小さく、入札する。

 絵の出品が始まって、開始価格から、二十万、三十万と、こちらのダミーが、ぽつぽつと、入札する。

 「この作品は、買いだ」という空気を、まず、作る。


 次に、入札額を、段階的に、上げていく。

 すると、それを見た、他の参加者が——「なんで、こんな値段、ついてる?」と、疑問を、持つ。

 持ちながらも——話題性に、つられて、高値を、つけてくる。


 話題性を、作るのは——鷹村の仕事だ。

 彼は、俺の、学生時代の後輩だった。

 いまや、彼は、業界では、ある種の発言力を、持っていた。

 奴のサブスタックに「この新作、傑作だ」と書かれれば——コレクターたちは「ひょっとして大化けするかも」と、色めき立つ。


 そのタイミングで——天草に、入札させる。

 高額で、堂々と、入札させる。

 彼は、現代アートの、有名な投資家だった。

 彼が、ある絵に、五千万を、入れる、というのは——市場にとって、ニュースだった。


 もちろん、それは——見せ金、だ。


 だが、有名コレクターの天草が、五千万を入れた、という事実は——独り歩きする。

 「天草が、五千万入れた」という情報は、一夜で、業界を、駆け巡る。

 そうしたら——無関係の、本物のコレクターが、五千五百万を、入れる。

 その瞬間、俺たちは、実弾の、戦果を、手に入れる。


 俺は、椅子を、ぎっ、と、後ろに、傾けた。


 問題は——関係者以外、入札しないような、事態だが——


 俺は、笑った。

 今回は——間違いなく、話題性は、たっぷり。

 なんたって、形を変えてとはいえ——小日向文雄の絵を、売るわけだ、から。

 確かに、勝ち確、なんだよなあ。


 そうでもしなきゃ——

 俺は、心のなかで、付け加えた。

 小日向文雄の絵を、素材にするなんて、暴挙、許さないでしょ。


 俺の頭のなかで、ある一場面が、再生された。


 松濤のアトリエの、いまごろ、二人は——

 もしかしたら——

 いや、たぶん——

 破った父親の絵を、シュレッダーに、突っ込んでいるかもしれない。

 あるいは、カッターで、細かく、刻んでいるかもしれない。

 あるいは——もっと、ひどいことをしている、かもしれない。


 俺は——その光景を、想像しなかった。

 想像、しなかった、と言うべきだった。

 想像すると、たぶん、心臓が、もたない。


 俺は、コーヒーを、もう一口、飲んだ。


 ——大丈夫だ、加賀谷牧人。

 ——お前は、売るのが、仕事だ。

 ——売れるものを、お前らが、勝手に、作り出してくれていれば——それで、いい。


 俺は、PCの画面を、もう一度、見た。

 画面には、ライブオークションの、サイトの管理画面が、開いていた。

 次回の出品予定の枠に、薫と、鈴愛の作品の、仮タイトルが、入っていた。


 仮タイトルは、こうだった。


 ——『FATHER, REWORKED』

 ——by Suzue Kohinata


 いいタイトルだ、と俺は、思った。

 売れる、タイトルだ。


 窓の外で、夜が、深くなっていた。

 俺の頭のなかで、計算機は、ゆっくり、回り続けていた。


【第十四話 了】

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