尋ね人
グレム・エンドロ。十九歳男性、魔術師。やはり魔術師であるディーゼと共に、とある町で働いていたが、ある失敗で周囲に迷惑をかけたため、町を去った。デンズに家族がいるらしいが、詳しい住所は判らない。ただ、他に行きそうな場所は思い当たらない。
ディーゼは、尋ね人についてそう説明した。
夕食の後、彼女の部屋で話を聴いていたエルト、クラッセ、ベイルの三人は、一様に困り顔になった。代表して、クラッセが口を開く。
「歳と、魔術師っていう情報だけじゃねえ……なんか、見た目について特徴はないの?」
「あ、それなら……」
そう言って、ディーゼは胸の前で右の手の平を上に向け、呪文を唱え始めた。
手の平の上に、若い男の姿が浮かび上がった。細面で、優しげな目をしている。背は男にしてはやや低いか。痩せ型の体格が、いっそう小柄な印象を与える。ディーゼのものとよく似た、紺色のマントを羽織っている。
「幻術か。しかし随分と――」
ベイルが、珍しく驚いた表情になる。「細かく再現されているな」
「それだけ、ディーゼがいつもこの人のことを見てたってことね」
クラッセがからかうが、エルトは真剣な顔で、ディーゼに話しかけた。
「そして、君の技能がそれだけ高いということでもある。ディーゼ、魔術師といっても、君達は具体的にはどんなことをしていたんだい?」
「それは……あの、色々です。怪我や病気をみたり、魔法具の修理をしたり」
「それじゃ、彼のした『失敗』というのは?」
「それは……」
ディーゼが口ごもる。
「え、何かやばいことなわけ?」
クラッセが訊くが、ディーゼは答えようとしなかった。
「ひょっとして」とベイル。「フレシトに頼みたくないと言っていたのは、あまり人に知られたくないからか? フレシトの人探しは、基本的に組織力を活かしたものだからな」
ディーゼはやはり、口を閉ざしたままだった。
「じゃ、ひょっとして……」
クラッセが言う。
「兵隊にも知られたくない?」
ディーゼは、とんでもないとばかりに首を横に振った。
「そうなったら、彼が困ってしまうだけじゃなくて、他の人にも迷惑がかかるかもしれないんです」
「そう……でも、ちょっと手遅れだったかもね」
「え?」
「こいつ、兵隊だから」
「ええ!?」
クラッセがエルトを指差すのを見て、ディーゼは声を上げた。
「だって、こんな頼りなさそうなのに!?」
「こいつめ」
エルトがディーゼの頭を軽くはたく。
「まあ、そこは心配しなくて良いよ。ぼくはあくまで、個人的に協力するんだから」
「わたしも同じ」
と言ってから、クラッセはベイルのほうへ顔を向けた。「ベイルは愉快なアウトロー野郎だしね」
「おれ自身は、法に触れるようなことはしないが」
ベイルが、ややむっとした顔をする。「まあ、あんたの味方だ」
「みなさん、ありがとうございます」
礼を述べるディーゼに、エルトが「ただ」と言った。
「おばあちゃんには、このことは言わないでほしい。あの人は一見、ただの愉快なご隠居だけど、実は元将軍なんだ。法に触れた人の存在を知りながら報告しなかった、あるいはかばっていたなんてことになったら、問題になるからね」
「分かりました。あの、本当にありがとうございます」
嬉しそうに言うディーゼに頷いてから、クラッセはエルトに目を向けた。
「おばあちゃんは駄目で、あんたは良いわけ? 現役の兵隊でしょうに」
「おばあちゃんとはわけが違うさ。ぼく一人のことなら、どうとでもなるよ」
「ふうん、不真面目な兵隊だこと」
言いながら、クラッセはふとシュタルテの顔を思い出した。シュタルテがオーレスのことを〈腕斬りオレオン〉だといって騒いでいた時、エルトは、それは違うと知りながら傍観していた。それは、兵士だから知り得た情報は口外しないという、彼らにとって正しい態度だった。
では、今回はどうしたのだろうか。それだけディーゼのことを気に入ったということなのか。
あるいは、シュタルテにしてやれなかったことをしてあげようとでもいうのだろうか。
明くる日の午前中、ディーゼはジーニャと共に町に出ていた。買い物がてら、あちこち案内してもらうことになっている。ただし、昨日エルトにしたように人に声をかけてはいかにも目立つので、グレムのことを訊いて回るのはエルト達から禁じられていた。
ジーニャには、人を探している、ただしあまり大事にしたくない、とだけ説明がなされている。
「あの三人が探してくれれば、きっと見つかるわ。まあ、この町にいるならだけどね」
のどかな日差しのもと、道を行きながらジーニャが言う。
「はい。でも、なんだか申し訳ないようで……みなさん、本当に親身になってくださって」
「みんな、なんとなく嬉しいのね。シュタルテがいなくなってから、なんだか静かになっちゃってたから」
「やっぱりみなさん、わたしがシュタルテさんに似ているんで親切にしてくださるんですか?」
「え?」
ジーニャが首をかしげる。
「そういえば昨日、そんな話をしてたわね。けど……あたしはそんなに似てるとは思わないけど」
「そうなんですか?」
「うーん……シュタルテもあなたも、綺麗で、意志の強そうな顔立ちだけれど……あら?」
向こうからやってくる大柄な中年男に、ジーニャは気付いた。サルト流剣術道場の師範、バスコフだ。道場へ向かうところだろうか。
「バスコフ先生、おはようございます」
「やあ、ジーニャさんか、おはよう――そちらは?」
「うちの下宿で暮らすことになった、ディーゼです。シュタルテの部屋に住んでいるんですよ」
ディーゼとバスコフは、お互いに名乗り合った。
「そうか、シュタルテがいた所へ……それではみなさん、お喜びなのではないかな」
「ええ、シュタルテがいなくなって、ちょっと寂しかったですから……道場のみなさんは、お変わりありませんか?」
「ああ……実はカイム先生のお宅でも、住人が増えたんだ。ネスロから子どもを二人、行儀見習いという形で預かってな。ネーシャとマイントといって、ネスロでは共に戦ってくれた」
「その二人のことなら、ベイルから聞いたことがあります」
二人の名前を聞いて、ジーニャは言った。ベイルやシュタルテも加わった主力部隊に同行し、敵の捜索という危険な役目を果たしてくれたと聞かされている。
「そうか。それで、実はカイム先生と奥方も、オーレス先生がいなくなってからいささか寂しそうだったのだが、また張り合いが出てきたようでな。我々としても喜んでいるんだ。ただ……」
「ただ、何か?」
「いや、オーレス先生がいなくなって、一番気落ちしているのがソーラでな。元気がないのに、時々門弟にきつく当たったりする。また家族が増えれば気も紛れるかと思ったが、さほど変わらなかった」
ジーニャは忍び笑いを漏らしてから、笑ってしまった自分に気付き、ばつの悪い顔をした。
「それは、ご夫妻にとってのオーレス先生と、ソーラ先生にとってのオーレス先生は違いますから」
「まあ、そうか。ならば……いかんな、わたしではどうして良いやら。ジーニャさん、ご迷惑でなければ、ソーラの話し相手になってやってもらえないだろうか」
「ええ、それでは、近いうちに伺いましょう」
「ありがたい。そうそう、迷惑ついでと言っては何だが……」
バスコフは荷物をごそごそやって、鞘に納まった一本の剣を取り出した。長剣というにはやや短い。円形の鍔に、何か刻まれている。
「魔法具だと思うのだが、どういった物なのか判らなくてな。鑑定をお願いしたいのだが」
魔法具の鑑定が本業のジーニャは、受け取った剣を顔に近付け、「うーん」と唸った。
「鍔に、精霊文字と紋様が刻まれてますね……何らかの魔法具であるのは間違いないと思います。でも、見たことのない組み合わせで……鑑定には時間がかかりそうです。それに、力を保持しているかどうかも、今の段階では判りません」
「いや、それはどちらでも構わない。道楽で集めているものだからな――とにかく、鑑定を頼もう。いくら出せば良いかな」
「あの――」
ふいに、ディーゼが口を挿んだ。
「わたしにも見せてもらって良いですか?」
「うん? あなたも判るのか。ああ、そのマントは魔術師のものか」
そう言ってから、バスコフは視線を向けてきたジーニャに頷いて見せた。ジーニャがディーゼに剣を渡す。
ディーゼは、鍔と柄を調べ、刀身を少しだけ鞘から抜き、また戻した。そしておもむろに語りだした。
「この剣は、〈二重障壁〉を効率的に発動するための魔法具です。かなり珍しいものだと思います。二重障壁とは〈魔力障壁〉と〈対物障壁〉を同時に張ることで、魔法攻撃と矢や剣による攻撃を共に防ぐことができます。この剣を起点に二重障壁を発動すると、障壁の強度と範囲を強化することができ、また体力の消耗が抑えられ、術の持続時間が延びます」
「おお……」バスコフが呆気にとられた様子で、間の抜けた声を出す。「そうなのか」
「ただ、大分古いもののようで、効力をほとんど失っています。ですが、術式の補強と調整を行えば、本来の状態に戻せると思います。それで……あの……」
なめらかにしゃべっていたディーゼは、ジーニャとバスコフの驚いた様子に気付いて、途端に口ごもりだした。
「それで、あの……その修理を、良ければわたしにやらせてもらえませんか?」
「なんと、直すことまでできるのか。それならぜひやってもらいたいところだが、それだけ珍しい魔法具の修理となると、どのくらい出せば良いものだろうか」
「あの、お金はいりませんから」
「何? まさか、そういうわけには」
バスコフが怪訝な顔をする。
ディーゼは、少し考えてから、言葉を選ぶようにゆっくりと言った。
「あの、わたし……シュタルテさんのお知り合いのお役に立ちたいんです」
バスコフは、しばし絶句してから、笑いだした。
「なるほど! さすがシュタルテは、人徳があるな。ならば、そういうことでお願いするとしよう」
「ただ、あの、かなり時間がかかっちゃいますけど」
「構わないよ、どうせ道楽なのだから。そうだ、もしあなたの役に立つようなら、好きにいじってもらって良いよ」
「え、本当ですか」
「ああ、どう使ってくれても構わん。では、そろそろ失礼しよう」
バスコフは、愉快そうな顔で歩いていった。
ジーニャがやっとしゃべれるとばかり口を開く。
「ディーゼ、すごいのね、ちょっと見ただけで何もかも判っちゃうなんて。魔法具が専門だったの?」
「そういうわけじゃないけど。でも、魔術師なら魔法に関することは一通り判るようにって言われて、色々勉強したから」
「ふうん、学者さんみたいね。けど、本当にタダで良かったの? けっこう取れたわよ?」
「その、シュタルテさんを大切に思ってるみなさんがわたしに親切にしてくれるから、わたしもシュタルテさんのお知り合いの力になりたいと思って」
「ディーゼ、優しい子ね」
目を細めてそう言ってから、ジーニャはぼそりと付け加えた。
「おかげで、あたしは仕事をフイにしたけど」
「ああっ、ごめんなさい!」
ディーゼが泣きそうな顔になる。全く気付いていなかったらしい。
「ふふ、まあ良いわ。けど、そんな調子でよくやってこられたわね。あ、ひょっとして探してる人って、一緒に仕事をしてる人?」
「ええ、そう。グレムも魔術師なんです」
「じゃあ、きっとその人に商才があるのね。それじゃ、早く見付けないと困っちゃうわね」
「ええ、本当にそう」
ディーゼは、ふと悲しげに目を伏せた。
「グレムがいてくれないと、わたし何もできなくて」
バスコフについて
道場最強の男、バスコフ。本編第一章、第二章ではほとんど出番がありませんでした。何しろ、オーレスとオレオンの秘密を知っていたわけですから、前に出てきてペラペラ喋られても困ります。彼はただただ、若い者達の葛藤を黙って見守ります。しかし、やはりそれは話の都合ということだけではなくて、そのように振る舞うことはバスコフという人物にとって全く自然なことでした。
あまりに自然に黙っているので、彼が何をどう考えていたかということについては、わたしも注意深くならないと見えてきません。
バスコフはシュタルテのことを大事に思っていました。しかし、カイムがシュタルテを特別気に入っていたのに対して、彼はシュタルテが特にどうということはなかったようです。バスコフにとっては、シュタルテもレギスもヘイズンもメローべも、同じように大切な門弟でした。
オーレスがデンズでしていたことについて、バスコフは良く思っていませんでした。でもバスコフは、オーレスの人物そのものは好きでした。だからオーレスから、いつかデンズへ戻るという手紙が来た時は、みんなと一緒に喜びました。
デンズへ来てからのオーレスが本来の力を発揮できていないことには、カイムと同様バスコフも気付いていました。彼はきっと、本来のオーレスと立ち合えるのを楽しみにしているのだと思います。




