ようこそ
コメディー増量の外伝第一弾、始まります。
「やれやれ、どうも治りきらないねえ」
ゲルーニャが、腰をさすりさすり唸った。それから隣を歩く男の、人の良さそうな顔を見やる。
「悪いねえ、エルト、いつも付き合わせて」
「いや、ぼくのことは良いんだよ」
老人の足に合わせて歩きながら、エルトは答えた。
「ある意味、これも仕事の内だしね……どう、少しは良くなってきた感じなの?」
「まあね、あの戦いの直後よりはね。ブランツ先生は腕が良いし、暖かくもなってきたし……」
ゲルーニャが青い空を見上げる。このところ、晴れが続いていた。
ネスロの戦いから三ヶ月、季節は春を迎えていた。戦いで酷使した体のあちこちがいまだに痛むゲルーニャは、こうして整体師のところへ通っているのだった。
「おばあちゃん、本当にぼくのことは気にしなくて良いんだからね」
エルトが言う。「だから、外に出る時は――」
「分かってる。必ずあんたかベイルかクラッセと一緒に、だね」
「うん、そう。何回も言うようだけど、オーレス先生が襲われる、なんてこともあったし……」
半年前、オーレスが〈腕斬りオレオン〉だという噂が立っていた頃、彼が三人の荒くれ者に襲撃されるという事件が起こった。名のある達人を倒して、自分達の名をあげることが目的だったのだという。
ネスロの戦いで実力を示し、かの〈銀の魔王〉であることが知られたゲルーニャが、同じような目に遭うことは充分に考えられた。
「まったく、名が知られるってのは、面倒なことが多いね」
ゲルーニャが嘆息する。
「しかしまあ、あんた達がいてくれたら安心だよ。何の因果か、うちの下宿は腕の立つのばかりだ。シュタルテちゃんもそうだったし――」
「あの、すみません」
ふいに、ひとりの女が声をかけてきた。
エルトは、自然にゲルーニャの前に出つつ、素早くその女を観察した。歳は十七、八といったところ、中肉中背、控えめだが整った顔立ちに、髪は肩まで伸ばしている。丈夫そうなシャツとズボン、薄汚れた靴に大きな荷物、どこか遠くから旅をしてきたのだろうか。しかし紺色のマントは、旅装というより、彼女がある職業の者であることを示すもののように思える。肩くらいの高さの杖も手にしている。
魔術師か?
「何ですか?」
エルトは人の良さそうな声音で返事をした。
「あの、わたし、人を探してるんですけど……」
どことなくためらうような様子で、女は言った。
「グレム・エンドロという人、ご存知ではありませんか?」
「ちょっと分からないけど……おばあちゃんは?」
「いや、あたしも知らないねえ」
「あの、でも、ひょっとしたら、本名を隠してるかも……」
女の言葉に、エルトは怪訝な顔をする。
「どういうことだい?」
女はびくっと顔色を変えると、慌てたようにまくし立てた。
「あの、わたし、知り合いを探してて、その人、この町の出身だから、ここまで来たんですけど、その、ご存知ないなら良いんです。ありがとうございました」
そう言って、女は歩きだした。
ゲルーニャとエルトは立ち止まったまま、ちょっとの間その女の背中を見つめた。
「おばあちゃん。あの人、どうも――」
エルトが素早くささやくと、ゲルーニャは小さく頷いた。
「あんたの思うようにすると良い」
エルトは頷き返し、女の背中に声をかけた。
「ねえ、ちょっと待って」
女はびくりと肩を震わせ、どこか恐る恐る振り返った。
「あの、えっと、なんでしょう」
「そんな調子じゃ、探してる人は見つからないよ。もうちょっと落ち着いて、話を聞かせてくれないかな」
エルトが、なだめるように言う。
「人探しなら、役に立ちそうなのがいるんだ」
「そんで、その役に立ちそうなのっていうのが、わたしとベイルってわけね」
クラッセが、テーブルの向こうに座るエルトと、ディーゼと名乗った女を見比べながら言った。ここはジーニャの家の居間である。クラッセの隣には、ベイルが座っている。
「そういうことさ」とエルト。「クラッセはフレシトだから、人探しの依頼を請けることもあるだろ? そしてベイルは年中、町中をうろついているしね」
「あの、わたし、お金はあんまり持ってなくて――」
ディーゼが口を挿む。
「フレシトに依頼するのは、ちょっと」
「ああ、いいのいいの、個人的に手伝ってもらうから」
エルトが言うと、クラッセが不機嫌な表情になった。
「なに勝手なこと言ってんの? わたし、そんなに暇じゃないわよ」
「うん、まあ、それはそうだよね」
エルトが、変わらず軽い調子で言う。
「それじゃ、フレシトに依頼したものとして、代金はぼくが出そう」
「……妙にその子に親切ね、エルト。どうしたの」
クラッセが不思議そうに訊くと、エルトはどこかしんみりした調子になって言った。
「いや、この子がなんとなく、シュタルテに似てるような気がしてね。そう思わない?」
「シュタルテに?」
クラッセが、虚をつかれたような顔をする。
「……そう言われると、パッチリした目とか、口元の辺りとかが、似てるような気もするわね」
そう応じてから、クラッセは隣のベイルに目をやった。ベイルも小さく頷く。
「どことなく似ているな、そう言われると」
そう言った長身の男に、ディーゼはどこかおっかなびっくり尋ねた。
「あの、ベイルさんが町をうろついているっていうのは?」
「ああ、こいつは町の用心棒だから」
クラッセがこともなげに言う。
「はあ……?」
「あんまり気にしなくて良いよ」とエルト。「まあとにかく、こいつはタダで手を貸してくれるってことさ。良いだろ、ベイル?」
「ああ。人を探してこの町へ来たというのも、なんだかシュタルテのようだしな」
ベイルが何かを懐かしむような目で答えた。
「そうそう、シュタルテといえば」
エルトが思い出したように言う。
「ディーゼはこの町に来たばかりで、宿の当てがないっていうから、シュタルテの部屋に住んでもらうことになったんで、よろしく」
「え、そうなの?」
クラッセがまた面食らって訊くと、エルトは頷いた。
「うん。お父さんとお母さんとは、もう話が済んでる」
「そうなんだ。なんだか嬉しいわね」
急にうきうきしだしたクラッセは、ふと思いついて、ジーニャが夕食を用意している台所へ声をかけた。
「ジーニャ! 今夜はおいしいものをお願いね」
「あたしの料理がおいしくなかったことがあるー?」
台所から声が返ってくる。
「あるわけない! それじゃ、今夜はニンジンなしでお願いね」
「もう大分使ってるわー」
「うっはあ、遅かった! ディーゼ、あんた、ニンジンは平気?」
「食べられますけど……」
何やら盛り上がってきたクラッセに怯みつつ、ディーゼは答えた。
「おお、勇者よ。ならばその席に座したまま、わたしのニンジンを片付けるが良い! 今エルトが座ってるとこが、わたしの席だから」
「馬鹿なこと言ってちゃ駄目よー」
また台所から声が聞こえてくる。
「あの、それじゃ、ここは?」
ディーゼが訊くと、クラッセほどではないにしろどこか楽しげな表情になったベイルが、答えた。
「そこは、以前あんたの部屋にいた、シュタルテが使っていた席だ。今は誰も使っていないから、問題ない」
「そうなんですか。あの、そのシュタルテさんは、今は?」
「色々あって、今はドルストンにいる」
簡潔に答えたベイルの頭を、クラッセがバシバシと叩いた。
「このベイルはね、そのシュタルテのことが大好きだったのよ」
「え、そうなんですか」
「ま、色々あって、今はあっちのジーニャと婚約してるんだけどね」
「へえ、そうなんですか……あの、おめでとうございます」
「そういえば、シュタルテはジーニャに結婚を申し込んでたわね。断られたけど」
「へえ、そうなんですか……そうなんですか!?」
「どういう関係だ、おれ達は……」
ベイルが、クラッセの悪ふざけにげんなりとする。
「ベイルだけじゃないさ」
ふと、エルトが言った。
「ぼく達はみんな、シュタルテが大好きだった。だからあの部屋が空いてしまって、ちょっとばかり寂しかったんだ……ようこそ、ロドルゼ下宿へ」
メローベの日記
ネスロの町からネーシャちゃんとマイント君がやってきた。カイム先生のお家で暮らして、剣術と家事と行儀作法を習うんだって。オーレス先生がいなくなっちゃってから、カイム先生も奥さんもちょっと寂しそうだったから、これで元気になってくれるといいな。あたしも二人と仲良くなれるかな。
レギスが稽古の相手をしてくれた。あいつってば、いつもそっけないけど、絶対あたしに気があるよね。身近すぎて言い出せないってやつなんだ、きっと。しょーがないから、こっちからアタックしてあげよっかな♡
※このメローベはフィクションであり、実際のメローベとは無関係です、たぶん。




