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腕斬りオレオン  作者: 山風勇太
第三章 英雄の再来
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いつか


 ネスロの戦いから五日、ベイルは下宿の自分の部屋で、ジーニャの看病を受けていた。

「ところで、シュタルテはまだ帰らないか?」

 ベイルがふと訊くと、ベッドのそばで椅子に掛けていたジーニャが目を泳がせた。

「えっと、その……」

 ベイルが、ふっと笑う。

「やはり、行ったか」

「え、やはりって?」

 ジーニャがびっくりして訊いた。

「色々考え合わせるとな、シュタルテはデンズを去ることになるのではないかという気がしていた。オーレス先生やフィーズさんも、いなくなったということなんだろう?」

「ええ、レギスが知らせてくれたわ。タウロン様も、一緒にいなくなったって」

「そうか……ヘイズンは?」

「ヘイズンさん? あの人はどうもしないんじゃない? 何も聞いてないけど」

「そうか。あれも仲間かと思っていたが、残ったか」

「……?」

 ジーニャはしばらく不思議そうな顔をしていたが、ふと思いついたように、部屋を出ていった。

 しばらくして、一枚の紙片を持ったジーニャが戻ってきた。

「シュタルテったら、何も言わずに行っちゃったの。いつの間にか部屋から荷物がなくなってて、代わりにこんな置き手紙が」

「置き手紙?」

 ベイルはその、一枚きりの紙切れを受け取った。

 ――お世話になりました。

 ベイルが声を立てて笑いだす。

「これは……さっぱりしていて、良いな!」

「ベイル、あんまり声を上げちゃ駄目よ」

 笑いながら顔をしかめるベイルに、ジーニャが心配そうに言う。

 ベイルはなおもひとしきり、声を抑えて笑ってから、ジーニャの顔を見やった。ブスだが、優しい顔だった。その印象は、美しいという感覚に近いかもしれない、と思う。

「シュタルテに振られたよ」

「え? ……そう」

「ああ。考えてみれば、こんな自分勝手な男が、誰かに好かれるはずもない」

「そんな……そんなことないわよ。あなたのことを好きになってくれる人だっているわ。怪我をして、弱気になってるんじゃない?」

「いや、駄目だ。おれのことなど……好きになってくれる人がいるものか」

「ベイル、ちょっと疲れてるみたいよ。少し眠ったら?」

「ああ、そうしよう……」

 怪我の痛みで夜あまり眠れないらしく、ベイルはこうして寝たり起きたりを繰り返していた。この時は、あっという間に深い眠りについたようだった。

 ジーニャはしばらくの間、その寝顔をじっと見つめていた。それから、おもむろに自分の顔を近づけ――唇を唇に押し当てた。

 ジーニャはそれから顔を離して、動悸どうきが治まるのを待った。

「鈍感」



 ベイルが起き上がれるようになった頃、ほとんど付きっきりでその看病をしていたジーニャが、入れ違いに倒れた。クラッセの厳命で、ジーニャの看病は主にベイルが行うこととなった。



 ネスロの戦いから二ヶ月ほど経った、冬の終わりのある日。デンズの町の北の門を、ヘイズンが入ってきた。

 さりげなく辺りに目を配り、人気ひとけの多い通りに紛れようとする。しかしその前に、ひとりの女が声をかけてきた。

「あら、ヘイズンさん」

 兵士のウデナだった。

「しばらく、デンズを離れてたみたいね」

「ええ、ちょっと友達に会いに」

「すると、あの人達は北部にいるのかしら」

 そう言って、ウデナは王国北部へと通じる街道に目をやる。

「……」

 ヘイズンはただひとり、オーレスから彼らが東部のイースへ向かうことを告げられていた。そこで、十日ほど前にイースへ向かい、シュタルテ達との再会を果たして、今日、デンズへ戻ったのだった。

 北部へ行ってきたように見せかけるために、わざわざ大回りをして。

(そのカムフラージュも、ひょっとしてばれているのか? 町を出る時につけられた可能性もあるしな……)

「安心して。別に、あの人達を捕まえようっていうんじゃないから」

「……良いんですか、捕まえなくて?」

 ヘイズンが、探るような目で問う。

「だって、あの人は……オレオン氏は、捕まえなきゃいけないようなことはしていないもの」

「……? 人を斬って出頭命令を受け、それを無視して姿を隠していますが」

「まあ、出頭命令を無視したのはまずいけどね。何かの事件の容疑者ってわけでもないから、そんな目の色変えて追いかけることもないのよ」

「容疑者ではない? 人を斬っているでしょう」

「夜、道を歩いていたらたまたま不良の集団と遭遇、襲われたのでやむなく携行していた武器で抵抗、結果、一名を死なせるに至る……正当防衛よ」

「たまたま遭遇……やむなく抵抗……? 違うでしょう。あの人は、悪党を斬るという目的で徘徊していたんだ。大体、あの人が起こした事件はそれひとつじゃない」

「それひとつよ、記録の上ではね。被害届けが出ていないもの」

「それは、被害者も何らかの罪を犯しているから、届け出られないだけで……」

 ヘイズンはそこで、はっと顔色を変えた。

「そうか、分かってきましたよ……!」

「そう、それは結構ね」

 ウデナは、表情を変えずに応じる。

「〈腕斬りオレオン〉のしたことを、公式に取り上げたくないんですね。それらの事件を事件として扱えば、『治安向上に役立つから』といって彼をわざと放置していた役所や兵団も追求されることになるから」

 ウデナは是とも非とも言わなかった。それは肯定である。

「しかし、なぜぼくにこんな話を?」

「だから、つまりさ……〈腕斬りオレオン〉はたとえ出頭しても、ちょっと事情聴取をされて、それでおしまいなのよ。裁判にもならないの。だから、もしあの人が、重い罪に問われることを恐れているのなら……」

「……なるほど、そういうことでしたか」

 ヘイズンは、拍子抜けした気分だった。

 普通なら、確かにそこが最も気になるところだろう。しかしオレオンという男は……。

「ですが、残念ながらあの人は、自分がどんな罪に問われるかなんて、全く問題にしていないんです。彼の苦悩は、別のところにあるんですよ」

「そう……そうかもなあ、とも思ってたんだけどね」

 ウデナは、ことさら残念がるようでもなかった。

「ところで……このことは、リガルノ隊長がぼくに伝えるようにと?」

「いいえ、わたしの個人的なお節介。隊長は、こんな細かい事情は知らないわ」

「そういえば、ウデナさんは諜報部のご出身でしたね」

 女兵士は、一瞬だけ眼光を鋭くした。

「良くご存知ね、情報屋さん。そんなわけで、オーレス先生の調査もわたしが担当してたの。フィーズさんにはたどり着けなかったけどね」

「しかし、なぜあの人にそんな親切を?」

「あの人がいなかったら、ネスロで死んでたかもしれないしね。それに、ちょっとわたしのタイプだったから」

「伝えましょう、もしも会うことがあれば」

「そう、それじゃ……ま、英雄によろしく」

 言って、ウデナは歩き去った。ヘイズンも、道場への道を歩きだす。もう、こそこそする必要もなさそうだ。

 ふと、以前オレオンが言っていたことを思い出す。

 ――おれは、心の底では、ただ「悪党を退治する自分」に酔っていただけだった。

 それだけではなかったはずだ。ただ、もしそれだけだったとして、誰かオレオンを咎められるだろうか。オレオンが辻斬りになったことも、辻斬りを続けたことも、オレオンひとりの問題ではない。

(何が〈腕斬りオレオン〉を生んだ……?)

 歩きながら、ヘイズンは思った。

(役所や兵団が、早い段階でオレオンさんを捕まえようとしていたら、あの人はあんなに思いつめるところまで辻斬りをすることはなかったんじゃないか? いやそもそも、役所や兵団が自分達でドルストンの治安向上を図っていたら、世間も辻斬りの英雄なんて求めなかった……。人々はあの人を持ち上げた。けど、人々が英雄を求める社会は、どこか歪んでいるんだ。人々が、行政の施策よりもひとりの英雄に希望を求めるなんて……)

 道を横切る猫を、目で追う。

(世間の評判、役所や兵団の思惑……ぼく達は〈腕斬りオレオン〉に振り回されたけど、〈腕斬りオレオン〉も色んなものに振り回されてたんだ)

 男の子が猫を捕まえようとする。しかし猫は、それをするするとかわして行ってしまった。

(いや、振り回されたという言葉で片付けるのは失礼か。あの人達は、いつも強い意思を持っていた。オレオンさんも、オーレス先生も、シュタルテも……時に、そのために傷ついたとしても)

 道場が通りの向こうに見えてきた。



 ヘイズンは、オーレスからの手紙を持ち帰った。ガゼフからオーレスに宛てた手紙への返信である。

 ガゼフからの手紙の、全体を通しての主なメッセージはこうだった。

 ――みんな、あなたには言いたいことが山ほどある。あなたはいつか戻ってきて、謝罪なり釈明なりする義務がある。

 それに対する、オーレスの返答はこのようであった。

 ――オレオンはドルストンへの帰還を決断した。自分はもうしばらく彼に付き添うが、いつか必ず、シュタルテと共にデンズへ戻る。

 道場の面々は皆喜び、オーレスとシュタルテのことが大好きなガゼフは男泣きに泣いたが、ひとり、ソーラだけは不満げだった。

 「いつか」では遅い。「いつか」などと言っている間に、オーレスはシュタルテに取られてしまう。

 何しろ、シュタルテはきっとオレオンではなくオーレスに付いていったのだし、それにオーレスもシュタルテのことが、相当お気に入りなのだから。



   おわり




 辻斬り〈腕斬りオレオン〉にまつわる物語は、これにておしまいです。最後までお読みくださり、ありがとうございました。

 いつになるか分かりませんが、いつか書きたいと思っている外伝の構想が、三つほどあります。


・シュタルテの去った下宿に、またも訳ありらしい女性がやってきた。ベイル、エルト、クラッセの三人は、それぞれのやり方で彼女の力になろうとするが……「ロドルゼ下宿の人々」

・ベイルと、彼の師匠「豪胆な女性」。二人はいかにして出会い、共に過ごし、別れることになったのか。そして、ベイルが受けた教えとは……「傭兵の修行時代」

・ネスロの戦いから数年後。山間の村にオレオンを訪ねたヘイズンは、またしても美少女絡みの厄介事に巻き込まれることとなり……「ライアはヘビが怖い」


 ただ、先に書きたい話もあるので……気長にお待ちいただければ、幸いです。

 それでは、よろしければまた、次の物語で。



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