呼吸を知っている
「そっちはどうだった?」
ゲルーニャが、合流したリガルノの副官に訊いた。彼が、後詰隊の指揮官である。
「二人やられて、突破されたようです」
「どっちへ?」
「南へです」
「ち……前衛の討ち漏らしが、こうも多かったとは」
ゲルーニャが舌打ちする。
「索敵を密にするとはいうものの、南部の状況が気がかりで、進撃速度を優先していましたからね」
「それだけじゃない。どうも敵さん、隠れながら動いてる感じだよ。今もそうだ。青青青の信号が上がったら、隠蔽術は解除する段取りなのに、探査術の効きが悪い。敵があちこちで隠蔽術をかけてるからだ」
「そういえば……敵はどうも、オーバ一頭にギマラン一頭か二頭という単位で動いているようです」
隠蔽術のような比較的高度な術が使えるのは、オーバかダーズルである。ゲルーニャはひとつ頷いた。
「とにかく、これからどうするかだ――」
「誰か来ます」ふいに、ゲルーニャの護衛に当たっているエルトが言った。「子ども達のようです」
見ると、通りの向こうから少年少女が七人、駆けてくるところだった。
「お前達、リガルノ隊長のところから来たのか」
副官が訊くと、子ども達はてんでに返事をした。
「隊長さんが、なるべく前進するように、だって」
「了解した。お前達は……」
副官はそこで、言いよどんだ。彼らをこのまま北の門へ向かわせるのと、自分達に同行させるのとでは、どちらが安全だろうか……。
「あんた達」
ゲルーニャが口を開いた。
「町長さんのところへ行って、元気な者は周囲の警戒に出るよう、伝えとくれ。建物の中にこもってるところへ、大掛かりな攻撃魔法を食らったら、ひとたまりもないからね」
「分かった」
マイントが答え、七人は再び駆けていった。
「あの子らの覚悟は、あたしらと同等だよ」
ゲルーニャが、リガルノの副官に言った。
「だったら、最大限活躍させてやるだけさ」
「……はい」
「さて、これからどうするかだが……どうも、分散してる敵に引きずられて、こちらも分散しすぎている。一旦、全員ここへ集めよう」
「しかし、それでは両側を突破されてしまいますが……北へも南へも」
「どうせ、二対二や三対三じゃ勝てないんだ。このままじゃ、こっちが各個撃破されちまうよ」
副官は少し考え込むような顔になったが、決断は早かった。
「それはそうです。分かりました、一度集合しましょう」
「で、みんなそろったら、前進して中央隊の背後を守りな。せめて、真後ろくらいはね――あたしはこの二人を連れて、南へ向かう敵をなるだけ阻止してみよう」
「え? しかし、隠蔽術をかけつつ動いている敵を、闇雲に探しても……」
「闇雲じゃないのさ。説明する時間が勿体ないから、もう行くよ」
言って、ゲルーニャは西へ馬を進めた。エルトとクラッセが、それに続く。
「おばあちゃん、闇雲じゃないってどういうこと?」
クラッセが訊く。
「あたしはね、隠蔽術の発信源を辿れるのさ」
ゲルーニャの答えに、脇を走る二人は唖然とした。
「探査術を妨害する隠蔽術の、発信源を辿れる……?」とエルト。
「反則じゃん」とクラッセ。
「反則でも何でも、できることは何だってするさ」
「あ、でもそれ、わたしの仕事に役立つかも」
日々様々な依頼をこなすクラッセは、柔軟な思考の持ち主だった。そして調子が良かった。
「ねえ、後でその技、わたしにも教えてよ」
「技というか、三十年くらい戦ってたら、何となく分かるようになったんだが……」
「……」
それから三人は黙って進んだ。しばらくしてから、ゲルーニャは速度を落とした。
「そこの角を曲がった辺りだ、こちらへ向かってくる」ゲルーニャが囁く。「数は不明」
「了解。ぼくが前に出る」
「わたしが近接援護ね」
「あたしが後方援護」
「よし――行くぞ!」
二人に聞こえるほどの声と共に、エルトは四辻へ飛び出した。
やってきたのは、男女二人の兵士だった。三人と二人は、しばし無言で対峙した。
「……あんたら」ゲルーニャが、顔をしかめて言った。「隠蔽術をかけてたね」
「え……はい」
「『敵指揮官発見』の信号があったら、隠蔽術は打ち切る段取りだろうが!」
「あっ!」
敵味方の主力による決戦が始まった今、後詰隊は隠密性優先から索敵能力優先に切り替え、前衛の背後を守らなければならない。一声叫ぶなり、男のほうが慌てて術の効果を解除する呪文を唱えた。
「指揮を離れるとこんなもんか――まったく、実戦慣れしてないね……!」
ゲルーニャが、もどかしげに唸った。
走るシュタルテの耳に、先ほどのヘイズンの言葉が蘇った。
――シュタルテなら、誰よりも先生の呼吸を知っている。
(本当に? それはオレオンさんのことじゃないの? でなければ……ソーラ先生のことなんじゃないの?)
しかしどの道、今は二人とも、オーレスのそばで戦える状況にはなかった。悩んでいる場合ではない。シュタルテは、その背中に声をかけた。
「オーレス先生!」
オーレスは、敵を見据えたまま素早く下がった。
「ここで何を――」
「隊長の命令です。ヘイズンが、わたしなら誰より先生の呼吸を知ってるって言って」
「なるほど、それで、助けにきてくれたんですか」
言うと、オーレスは槍を後ろへ放った。
「では、君が良く知っている形でいきましょう」
そして、腰の両刀を抜いた。右手に長刀、左手に小刀。
「左右が逆です」
「そこは勘弁してください」
そう言葉を交わして、シュタルテとオーレスは、戦列の右端のオーバに向かった。オーレスが斬りかかるような素振りを見せる。オーバが大剣を振り上げ、踏み込む。その瞬間、さらに右へ回り込んだシュタルテが、白い魔物の首を貫いた。
そこへ、二頭のギマランが襲ってきた。シュタルテが、前を行くギマランに盾を突き出す。緑の魔物は、どちらを攻撃すべきか一瞬迷い、立ち止まったところをオーレスの長刀で突かれた。もう一頭のギマランは、オーレスを槍で突こうとして、シュタルテに左腕を斬りつけられた。オーレスが小刀で槍を払いつつ踏み込み、長刀で斬ってとどめを刺す。
そうしながら、オーレスはふと、いつかシュタルテが剣の修行への意気込みについて語った言葉を思い出した。
――いつか、英雄のお手伝いをするために。
(オレオンのために高めた技が、今、英雄とはほど遠いぼくを助けてくれている……)
次の敵に当たる前に、オーレスとシュタルテはしばし立ち止まり、背中合わせに並んだ。ふいに、シュタルテが左の肩をオーレスの背にぶつけてきた。
「先生のお手伝いができて、嬉しいです」
「……泣かせるようなことを言わないでください」
シュタルテとオーレスは左右に分かれ、駆けだした。そして、さらにオーバ一頭とギマラン四頭を斬り伏せていった。
その時である。背後から、大勢の駆けてくる足音が聞こえてきた。オーレスが合図して、二人は敵から距離を取り、そちらを見た。
「みんな、待たせたな!」
先頭でそう声を上げたのは、レギスだ。西隊の面々だった。
レギスの脇を走っていた伝令の騎兵が、リガルノ隊長のもとへ向かう。それより先に、リガルノの指示が飛んだ。
「西隊はそのまま前進、敵を蹴散らせ! オーレス先生、二人連れて左翼へ! 一人後ろへ!」
「オルス君、後ろへ回ってください」リガルノの命を受けて、オーレスが言う。「シュタルテ君とファリアさんは、ぼくと左翼へ」
そばにいた兵士が呪文を唱え、オルス、ファリアと敵との間に魔力の壁を現出させた。物質の通過を妨げる魔法、〈対物障壁〉である。
「行け!」
兵士に促されて、オルスとファリア、そしてシュタルテとオーレスは戦列を離れた。
後詰隊の様子を見にいく伝令の騎兵を見送りながら、ヘイズンは戦況について考えた。
(西隊は、戦闘不能が三人だけなら、まだ十八人いるはず。右翼はすぐに片が付く。オーレス先生がオレオンさんに合流すれば、左翼も優勢になるはずだ。問題は、敵の増援がどこから来るかだけど……)
その時である。伝令が消えた通りより東側の路地から、オーバが一頭、ギマランが二頭、飛び出してきた。
「後ろから敵です! オーバ一、ギマラン二!」
ヘイズンの声に、リガルノ隊長は振り返り、すぐに顔を前へ戻して怒鳴った。
「オーレス先生、こちらへ!」
左翼へ加勢に向かっていたオーレスが、三頭の魔物の姿を認め、二人の門弟と共に駆けてくる。
ヘイズンはそれを、一瞬目の端で確認した。
(ちょっと、間に合わないか。しかし、タウロン様達の援護があるとはいえ、三頭……!)
そしてヘイズンは、左に並んだ道場の仲間に目をやった。
「ヘイズンはそのまま」五つ年上のオルスが言う。「おれは左へ回り込む」
「分かった」
答えて、ヘイズンは剣は右手に提げたまま、左腕を伸ばした。
(オルスは頼りになる。しかし……)
ヘイズンは、我知らず苦笑した。
(心細いな、シュタルテがいないと)
レギス「みんな、待たせたな!」
シュタルテ「ていうか、あなた、西隊にいたのね」
ヘイズン「というか、生きてたのか」
レギス「うわーん!」




