囮
ブレヒムら兵士五人と剣術道場の面々十六人、そして索敵を担当するネスロの子ども達八人が、東隊の戦力だった。子ども達は、全員揃ったところで北の門へ戻らせた。九頭いた敵は五頭まで減らしたが、道場の門弟が二人やられていた。
(オーバが魔法で粘ってくれるな)
魔力弾で味方を援護しながら、ブレヒムは思った。このまま戦えば勝てる。しかしこのままでは、中央隊への加勢が遅れてしまう。ならば……。
(隊を分けるか)
では、どう分けるか。連携して敵を受け止めるなら、兵士のほうが得意だろう。しかし、敵を背後から打撃することについては、自分達と道場の人々とでそう差はないように思える。そしてこの作戦の要点は、敵の指揮官を討つことで敵を壊走させることだ。
ブレヒム小隊長は決断した。
「ガゼフさん、ソーラ先生!」
ガゼフが、オーバを押しのけるようにハルバードを振るってから、下がってくる。ソーラはすでに近くにいた。
「道場の方達を連れて、先に中央隊の支援に向かってください」
「道場の者、全員ですか?」
ガゼフが訊く。
「そうです」
「ですが、ここは――」
「指揮官とは」ソーラの言葉にかぶせるように、ブレヒムは言った。「戦場全体のことを考えるものです」
「分かりました」
ガゼフが、ソーラの途惑いを断ち切るように、きっぱりと答えた。
ブレヒムは大声で指示を飛ばしつつ、道場の面々の離脱を援護するべく前に出た。
「みんな、静かに進めよ」
やや狭い通りを西に急ぎながら、ガゼフは仲間達に声をかけた。
(できれば、余計な敵には出くわしたくないところだが……)
そんな考えが頭をよぎった時である。横手の通りから、ギマランが二頭、オーバが一頭、ふいに姿を現した。
一瞬、敵味方とも立ちすくむ。
「みんな、囲め!」
ガゼフは怒鳴りつつ、魔物達の注意を引くように飛び出した。一拍遅れて、他の門弟達が敵を包囲するように動きだす。三頭の魔物は、それぞれ小脇に抱えていたものを捨てて、武器を構えた。
白い魔物オーバが、不用意に飛び出してきたガゼフに剣を振るった。ガゼフはとっさに左腕の籠手でそれを受け、後ろに転がった。
「お兄ちゃん!」
一声叫ぶなり、ソーラは弓を捨て、剣を抜いて魔物達の間を駆け抜けた。ガゼフや他の者達に気を取られていた三頭の魔物が、バタバタと倒れた。
門弟達は一瞬呆気にとられたが、ソーラは俊敏さならカイムやバスコフを超えるといわれていることを思い出し、すぐに気を取り直して動きだした。ひとりが兄弟子に駆け寄る。
「ガゼフさん、腕を」
「大丈夫だ……周囲を警戒しろ」ガゼフが、顔をしかめつつ起き上がる。「奴ら、何か運んでたな」
「死体です、人間の」
門弟のひとりが、死体のひとつの顔を確かめながら言った。
「二人は、この町の人のようですが――」
「あっ、これ、ティードさんです!」
別のひとりが、デンズの兵士の名を叫んだ。後詰に回っていたはずの男である。腕と首に、刃物の傷があった。
「後詰隊がやられてる?」
「北の門は無事なのか?」
門弟達がざわめきだす。
「それより、敵は撤退を始めているのか……?」
「ブレヒム隊長達、後ろを突かれたらやばいんじゃ……」
ガゼフは、囁き交わす仲間達を見回した。それから、どこか呆然とした様子で立ち尽しているソーラを見やった。
そしてふと、道場主カイムが、ガゼフの指揮権を師範であるソーラより上としたことを思い出した。
(剣と弓は使えても、みんなの命を左右する決断は、まだ荷が重いか)
「予定通り西へ向かい、敵本隊の背後を突くぞ」
努めて落ち着いた声で、ガゼフは言った。
「リガルノ隊長の計画を狂わせてはまずい――行こう」
ガゼフの言葉に、ざわめきが止んだ。一行は再び西へと進んだ。
ふと、ガゼフがソーラに声をかけた。
「『お兄ちゃん』とは、懐かしい呼び方をしてくれるな」
ソーラは顔を赤くして、少しの間、目を伏せた。昔、実の兄よりガゼフのことを慕っていたソーラが使った呼び方だった。
「あまり気張るな。おれがいる」
「うん」
ソーラのことを「ソーラ先生」と呼ぶようになる以前のように、ぞんざいに言ったガゼフに、ソーラも子どもの頃のように答えた。
左腕を伸ばしたヘイズンは、鋭く呪文を唱えた。三頭の魔物の足元で、小さな爆発が続け様に起こった。
ひるんだギマランを、左に回り込んだオルスが槍で突こうとする。しかし、爆発が見かけ倒しで殺傷力のないことに気付いたギマランは、槍でオルスを迎え撃った。タウロンがそのギマランに魔力弾を撃った。が、その攻撃を予期していたオーバが素早く魔力障壁を展開し、タウロンの弾丸を防いだ。もう一頭のギマランが、ヘイズンに迫る。
ウデナはヘイズンを援護すべく、前に出ようとした。それをリガルノが制した。
「ウデナ、待て! 増援だ!」
見ると、先ほど魔物が出現したのとは別の路地から、またも三頭の魔物が姿を現したところだった。やはりオーバが一頭、ギマランが二頭。オルスが左側面を突かれるような形になる。
「二人とも、一旦引け!」
リガルノが、ヘイズンとオルスに言った。
「オルス、引こう! 今、シュタルテ達が来る!」
言ってから、ヘイズンの頭に一瞬、「オーレス先生達」と言うべきだった、という考えがよぎった。しかし、すぐにその余計な思考を振り払う。
その時、敵の増援が現れた所よりいくらか左の路地から、少女がひとり、悲鳴とも怒号ともつかない声を上げつつ飛び出してきた。
「わあああ!!」
短剣を握ったその少女は、北の門へ向かったはずのネーシャだった。
新たに現れた三頭の魔物は、それに気を取られ、立ち止まって振り向いた。それを察知したオルスが、その三頭へ向かって駆けだした。
「オルス君、少し待ちなさい!」
「オルス!」
オーレスとシュタルテが叫ぶ。しかしオルスが止まらないと見て、オーレスは素早く指示を出した。
「ぼくはヘイズン君を援護します、二人はオルス君を」
「はい!」
「オッケー!」
シュタルテとファリアはそう答えて、ヘイズンの後ろを駆け抜けた。
先にネーシャを片付けようとしていた三頭の魔物は、オルスが突っ込んでくるのを見て取ると、短く言葉を交わした。そしてギマランの片方がネーシャに向かい、あとの二頭がその場にとどまってオルスを待ち受けた。
しかしオルスは、その二頭を迂回するように走り、ネーシャに怒鳴った。
「もう良い、下がってろ!」
ネーシャに向かっていたギマランが、慌てて立ち止まる。
もう一方のギマランが、オルスを棍棒で襲った。オルスは槍の柄で受けたが、槍は折れ、オルスは吹っ飛ばされた。
(オルスやられちゃった! わたしとファリアさんだけじゃ勝てない!)
シュタルテは思ったが、ファリアが速度を緩めないので、並んで走り続けた。
と、ファリアが気合の声を発した。
「せあっ!」
そして声と同時に、足を止め、左腕の盾をオーバに投げつけた。
「あんたはそっち!」
ファリアは短く言って、盾をぶつけられてひるんだオーバに突進し、喉元に突きを入れた。
シュタルテはとっさにファリアの指示に従い、オルスを倒したギマランに駆け寄ると、棍棒をかわしつつ隙を窺った。と、ギマランの頭を魔力の弾丸がかすめた。
(タウロン様!)
シュタルテは体勢を崩したギマランの右腕を斬り、腹を突いた。そしてやってきたもう一頭のギマランを、ファリアと挟み込んで倒した。
オーレスとヘイズンも、リガルノとウデナの援護を受けて三頭の魔物を倒していた。
「オルス!」
ファリアが、弟弟子に駆け寄った。シュタルテ、タウロン、そしてネーシャもそこに集まる。オルスは、腕と足の怪我がひどいが、生きていた。タウロンが治癒術をかけてやる。
「オルス、なんであんな無茶したの?」
シュタルテが訊くと、オルスは照れ臭そうに笑った。
「その子が……なんだかメローベと重なって見えて、ほっとけなかったんだ……」
ファリアは、ネーシャの顔をまじまじと見てから、クスリと笑った。
「言われてみると、似てるかもね、我が道場のアイドルに」
「無茶をするところもね」
と応じながら、シュタルテはタウロンを振り返った。視線に気付いたタウロンが、口を開く。
「もうちょっと向こうで、寝ていてもらおう。ここでは守りにくい」
そこへ、ヘイズンもやってきて言った。
「ぼくが連れていきます――ファリアさんとシュタルテは、後ろの警戒を」
「りょうかーい」
ファリアは間延びした声で答えつつ、鋭く視線を走らせながら、オルスに肩を貸して歩くヘイズンの後に続いた。そしてふと、シュタルテに言った。
「シュタルテ、あんたのまっすぐな剣、好きだけどね。ちょっとは実戦向きの荒っぽい技も覚えな」
それから、どこか気まずそうな表情のネーシャに顔を向ける。
「ここで何してるのかしら、お転婆ちゃん?」
「……どうしても気になって残ってたら、隊長さん達がやられちゃいそうだったから……」
「囮になって、時間を稼いでくれたの?」
「そうです」
ファリアは、ひとつため息をついた。
「説教してあげたいとこだけど……正直、助かったわ。六頭で一遍にかかってこられたら、ちょっときつかったからね。隊長とタウロン様がやられたら、おしまいだし。敵はまだ出てくるようだし……」
言いつつ、前方の味方に目をやる。新たにやってきた魔物達によって、左翼の陣形が崩れているところだった。
ファリアはもう一度周囲を見回してから、ネーシャの肩まで伸びた髪をわしわしとなでた。
「けど、あとは大人に任せなさい」
ファリア「ところでオルス、あんたいくつだっけ」
オルス「二十六ですけど」
ファリア「ロリコン……」
シュタルテ「ロリコン……」
オルス「えええ……!?」




