索敵
「シュタルテを連れていきたくないんですね、オーレス先生」
出撃前のわずかな時間に、ソーラがオーレスに言った。
剣術道場の面々は、前衛の三隊に分かれ、オーレスが中央隊に、バスコフが西隊に、ソーラとガゼフが東隊にそれぞれ付くことになっている。オーレスは「最も重要な中央隊にはバスコフ先生を」と主張したのだが、バスコフは「フィーズ君の能力を把握しているのはオーレス先生だけですからな」と言い、結局このようになった。オレオン、ベイル、タウロンも中央隊である。そして、タウロンの護衛であるシュタルテも。
「あれは未熟です」
オーレスが答える。「実戦をさせるには、ひどく不安定です」
「いつになく、シュタルテを子ども扱いなさいますわね」
「そうでしょうか」
「オーレス先生と比べたら、わたしだってずいぶん不安定です。わたしのことは、戦場から遠ざけてくださらないんですか?」
「あまり困らせないでください。ぼくが何と言おうと、ソーラ先生は戦うでしょう」
ソーラは、なぜか嬉しそうな顔でクスリと笑った。
「オーレス先生はわたしの前では不安定になってくれないから、たまに困らせたくなるんです」
オーレスはふと不安げな面持ちになって、ソーラの顔をじっと見た。
「……ソーラ先生、ひとりで何でもかんでもしようとしないでください。ガゼフさんは頼りになります」
「分かっていますわ」
答えて、ソーラはオーレスに背を向けた。その表情に、一瞬寂しさのようなものがよぎった。
(シュタルテの前でだけ、あなたは不安定になる……)
中央隊、東隊、西隊は、南へ向けて前進を開始した。
中央隊の戦力は、リガルノ以下兵士七人、シュタルテとヘイズンを含む道場の人間が十二人、そしてオレオン、ベイル、タウロンの計二十二人である。その前方で、十二歳から十五歳くらいの少年少女が八人、二人一組で敵を探し回っている。
(子どもに索敵をさせることになるとはな……)
ひとり馬に乗って進むリガルノが、思った。副官とゲルーニャは後詰に回していた。騎馬隊から引き抜いた伝令は、前衛三隊の間を行き来し、進軍速度を調整している。
(しかし、探査術で敵を発見しても、不慣れな町である以上そこまでの経路が判らない。ならば、隠蔽術で互いの探査術を封じて、あとはこの方法を採るしかない。先に発見されて、先手を取られてもまずいしな……だが、それにしても、子どもをか。敵を見つけたらすぐ戻れ、できるだけ見つかるな、とは言っておいたが……)
一方、隊の後方では、オーレスが道場の面々に今後の留意点を指導していた。
「良いですか、ここからは、一人一人がある程度臨機応変に動く必要が出てきます。索敵と警戒は少年達と兵隊さん達にひとまず任せて、ぼく達はとりあえず、魔物それぞれとの戦い方について復習しておきましょう。ファリアさん、ギマランの対処法は?」
「防具をつけていないことが多いので、剣も弓も魔力弾も有効」
「よろしい。ゼック君、オーバとの戦い方は?」
「えっと、鎧をつけていることがあり、魔法攻撃にも強いので、槍や弓が効果的」
「よろしい。ではダーズルの対処法は、シュタルテ君?」
「空を飛んで剣や槍が届かないけど、頑丈ではないから、弓の集中射撃で優先的に落とす」
「よろしい。オルス君、ホルムの対処法は?」
「頑丈だけど比較的魔法に弱いので、まず魔力弾の集中で弱らせ、メイス等の打撃武器で数人がかりでとどめを刺す」
「その通り。間違っても、剣や槍の一撃で仕留めようなどと思わないように」
「はーい」
「分かってまーす」
「……おれ、そんなに常識外れなのか?」とオレオン。
「自覚なかったんですか?」とヘイズン。
「では次に、そうですね――」
とオーレスが言いかけたところへ、子ども達が八人、そろって駆けてきた。
「隊長さん、いたよ!」
息を切らしながら、少年のひとりが言った。
「向こうにもいました!」
少女が、左手前方を示しながら言う。八人の中で一番年長の少女だった。
リガルノが、まず少年のほうに訊いた。
「どっちの方だ」
「あっち! そんなに遠くない」
少年が、右手前方を指差した。
「魔物の数は? また、人はいたか」
「町の人が戦ってるよ! 魔物は五頭、人は八人くらい、でも、今にもやられそうだった!」
「分かった――そちらは?」
リガルノが問うと、少女は落ち着いた様子で答えた。
「距離は同じくらいみたいです。魔物は八頭、人は十人ほどでした」
「どちらも交戦中か」
と言ったリガルノに、女性兵士のひとりが言葉をかけた。後詰に回った副官の代わりにリガルノを補佐することになった、ウデナである。
「隊を分けますか?」
「いや、敵が集まってくる可能性があるし、数を減らしたくない。速攻と各個撃破が原則だ、ひとつずつ片付けよう」
「では、どちらから?」
「……八頭のほうだ、さらに増えられては厄介だからな――ネーシャ、案内してくれ」
リガルノが言うと、その少女――ネーシャは頷いて、駆けだそうとした。だがそこで、リガルノの馬とネーシャの前に、先ほどの少年が立ち塞がった。
少年は、睨むようにリガルノを見据えた。
「だけど、あっちも早く助けないと、やられちゃいそうなんだよ!」
「向こうを片付けて、そちらへもすぐに行く」
リガルノの答えに、少年は歯を食いしばった。
「それならおれ、それまであっちを見張ってるよ!」
言い放って、少年は駆けだした。
「駄目だ、戻れ!」
「マイント、行っちゃ駄目!」
リガルノとネーシャが叫び、他の子ども達も止めようとしたが、少年――マイントは、それを振り切って行ってしまった。
と、シュタルテがヘイズンを振り向いた。
「ヘイズン、タウロン様のこと、お願い!」
「何? 待て、シュタルテ!」
ヘイズンは腕を伸ばしたが、それより早く、シュタルテはマイントを追って走りだしていた。
しかし、シュタルテはマイントのように皆を振り切ることはできなかった。すぐにオーレスに捕まったのだった。
「先生――」
「少し待ちなさい!」
オーレスの有無を言わせぬ形相に、シュタルテはひるんで言葉を失った。オーレスはシュタルテの腕を掴んだまま、馬上のリガルノに言った。
「隊長、どちらが先でも大差ないようでしたら、先にあちらへ行くことを進言します。ここで彼を失うのは、得策ではありません」
「そうだな……」
リガルノは、自分をじっと見上げてくる子ども達の顔を見回した。ここでマイントが死んだりしたら、彼らは恐怖に駆られて動けなくなるだろう。いや、彼を見捨てたと見なされて、協力を拒否されるかもしれない。
「良し、マイントを追うぞ。急げ!」
号令をかけ、騎馬のリガルノは先行した。それを追って、中央隊の全員が駆けだした。
「シュタルテ君、衝動的に動く前に、ぼくに言いなさい」
走りながら、オーレスがシュタルテに言った。手には野戦で使った長槍ではなく、普通の長さの槍を持っている。他の者達も、槍を使っていた者はおおよそそうしていた。オレオンは槍からハルバードに武器を替えていた。
「先生も、あんな怖い顔するんですね」
シュタルテは、ちょっと笑って答えた。
「……ぼくも人間です」
「はい」
「シュタルテ君、ひとりで動いたところで、自分と仲間を危険にさらすだけです」
「はい」
「……彼を、助けましょう」
「はい」
「なぜ笑うんです!」
見るとシュタルテだけでなく、ヘイズンや他の門弟達も顔をにやつかせていた。それほど、怒鳴るオーレスというのは珍しかった。
そこへ、前方からリガルノの声が飛んできた。
「いたぞ、こっちだ!」
一同の表情に、厳しさが戻る。
「先生のおかげで冷静になりました。もう、勝手なことはしません」
シュタルテはそう言うと、タウロンのところまで下がった。
ファリア「マイントが止まったわ!」
ゼック「しゃがみこんだぞ」
オルス「敵……!?」
マイント「百円見っけ」




