戦い方と戦いの理由
ネスロの北の門にたどり着いた一行を、先行していた騎馬隊とこの町の町長、そして数名の住人が迎えた。
リガルノ隊長は、仲間を休ませつつ、ネスロの町長、ダヘットという名の中年男から状況を聴いた。
「――では、敵はかなり散らばっていると?」
「そうです。兵団の方々や町の者達が町の南部で食い止めようとしたのですが、それを突破した魔物どもに、町の各所で町民が襲われました。それを追って、こちらの戦力も町中に散っているようです」
「戦えない人達は?」
「逃げられた者はそこの建物に集まっていますが」
と言って、ダヘットは石造りの大きな屋敷を示した。
「南に取り残されている者も多いようです」
「敵の数は判りませんか」
「隊長さんからの最後の連絡では、数は判らないが、百頭はいると」
「こちらの戦力は?」
「兵隊さんが五十人、町の者が四百人ほど……皆、多少は槍の稽古をしています。ここは山に近いですから」
山は魔族の領域である。リガルノは頷きつつ、質問を続けた。
「町の人口は、全部で九百人ほどでしたね」
「はい」
「町の西には川が流れている」
「ええ、少し離れていますが」
「分かりました……地図はありますか?」
「ここに」
町民の一人が、大きな地図を広げてみせた。リガルノ以下、指揮官達が頭を寄せる。サルト流剣術道場のバスコフ、オーレス、ソーラ、ガゼフもいた。
ネスロの市街地は、やや東西に長い長方形だった。
「さて、どうするか。何にせよ、早く方針を立てないとな」
「はい」
リガルノの言葉に、副官が頷く。そこへ、ゲルーニャが口を開いた。
「隊長、この作戦の第一目標は何だね?」
「……ネスロの住人を一人でも多く救うことです」
リガルノが答えた。
「では、第二目標は?」
「敵を一頭でも多く殺すことです」
「そうだね。そして、第一目標は第二目標に優先する」
「それは……つまり、町の人を助けるために敵を見逃すということも、状況によってはありうると?」
「そういうことだ。今後のことを考えれば、なるべく敵を減らすことが望ましいが、こちらも戦力に余裕があるわけじゃない。とにかく、今日生き残ることが大事だよ」
リガルノは、少し考えてから、頷いた。
「分かりました。それを作戦方針として、全員に徹底させましょう。すると具体的には……包囲でなく各個撃破、そして全体としては南へ向かっての押し返しですか」
「そうなるだろう。せっかく散らばってるんだから、再集結される前に蹴散らすことだよ」
「少数を多数で攻撃するのは、戦術の基本ですからね。では、歩兵を中央、東、西、後詰の四隊に分けて、中央隊と東隊と西隊を……ここと、ここと、この通りを南下させ、進路上の敵を撃破。討ち漏らした敵は町の人に協力してもらって捜索、後詰が掃討していくというのはどうでしょう」
「東西の幅が大分広いですし、前衛を三隊ではなく五隊に分けて、敵を発見する度に二隊で挟撃をかけるというのは?」
と副官が意見を述べたが、ゲルーニャは首を横に振った。
「あたしは隊長の案に賛成だね。あたしらには土地勘がないこの町では、タイミングを合わせて挟撃するのは難しい。だったら、一隊当たりの戦力を増やしたほうが良いよ」
「しかしその分、隊と隊の間隔が空く。まとまった敵に背後に回られてはまずいですから、索敵は密にしたいところですが」
とリガルノが言うと、ネスロの町の老人が口を挿んだ。
「それは、この町の通路に明るい者が、敵を探し回る必要があるということですかな?」
「そうなります」リガルノが答える。
「その役目は、魔物と戦う必要はないのですね?」
「そうです。敵を見つけたら、戻ってきて我々に知らせてくれれば良い」
「町長、子どもらの何人かにやらせよう。『おれ達も戦いたい』とうるさかったから」
「そうだな」ネスロの町長、ダヘットが、苦悶の表情で頷いた。「しかたあるまい。ぜひとも必要な役目のようだし、やりたがる者もいるだろうしな」
「そうしていただけると、助かります」
「隊長、騎馬隊はどうしましょうか」
騎馬隊の隊長が訊いた。
「一人、伝令に回してくれ。残りは二隊に分けて――いや、分けなくて良い。残り二十騎で、東から回り込み、町の南側を偵察。町の外に多数の敵がいるようなら引き返して報告、敵が少数なら撃滅。外に敵がいなければ、町から出てきた奴を攻撃だ。特に集合を図る動きがあったら、これを潰せ――広い場所で態勢を立て直されるのが、最も厄介だからな。そのまま逃げていくようなのは見逃しても良い」
「了解」
「隊長、敵の指揮官――大魔族については」
副官が言う。
「大魔族は一頭と想定しよう。指揮を執る都合上、おそらくそいつは、中央隊の進路にいる。中央隊には精鋭を集め、遭遇し次第討ち取る。中央隊の指揮はおれが執る」
そこまで言って、リガルノは老魔導師の顔を窺った。
「といったところで、いかがでしょうか?」
「そうだね、敵の数と位置が判らない以上、下手な仕掛けをしても却って危ういし――まあ、最善だと思うよ。自信を持ちな」
「恐れ入ります、大魔導師様」
「ふん――それより、敵の数によっては勝ち目がないこともあるよ。その場合のことも考えておきな」
「そうですね――町長」
「はい」
「ここからデンズへ退避することは可能ですか」
「逃げられる者は逃げられるでしょう。取り残された者と、怪我人と老人を見捨てれば。隊長さんがそれしかないとおっしゃる時は、その決断をするつもりです」
「……なかなか厳しい」
己の背負ったものを感じて、リガルノは思わず呻いた。
デンズからやってきた面々は、町へ少し入った所にある広場で休憩を取っていた。ネスロの人々が、水と簡単な食事を配って回る。
南から町へ侵入した魔族は、この辺りまでは到達していないらしい。
「ねえ、タウロン様」
シュタルテが、傍らのタウロンに声をかけた。
「魔族はなんで襲ってきたの?」
「リガルノ隊長の推測が正しければ、冬の間の食料を確保するためだな。これに失敗すれば飢えて死ぬわけだから、向こうも必死だ」
「じゃあ、生きるために攻めてきたんだ。悪い奴らだから襲ってきたわけじゃないのね」
「『悪い奴らだから』という理由で、戦いを起こすものはいないよ。魔族だろうと、人間だろうとね」
「そっか……そりゃそうよね……」
「どうしたんだね」
「うん、あのね……」
シュタルテは、そこでちょっと口ごもった。
「……わたしは言ってみれば、悪い奴らをやっつけるために剣術をやってきたからさ。生きるのに必死な魔物を……斬って良いのかなって、ちょっと、思っちゃってさ」
「少し声を落とそう」
タウロンが、声を低めて言った。
「この町の人に聞かれてはいけない。すでに、たくさんの人が亡くなっているはずだからな。しかし、あなたの悩みも理解できる。戦えないなら、ここで待っていることだな、今さらひとりで引き返すわけにもいかんし」
「……ねえ、理解できるって言うなら、どうしてタウロン様はここへ来たの?」
「わたしは人間だ。だから、同じ人間が殺されるのを見過ごすのは忍びないし、差し当たり人間の味方をしたい。簡単に言えば、それだけのことだな。人間がクマに襲われていたら、わたしはクマのほうを撃つ」
「うん……そうね、わたしもこの町の人を見捨てたくない。だから戦う。でも、なんか、魔族はクマとは違うような気がするのよ。だって、言葉が通じるじゃない?」
「それについては、戦いが終わってから考えることだ。それまでは忘れていなさい。戦いの最中にそれを悩んでいては、自分を殺すことになる。それは分かるだろう」
「……うん、分かる」
「では、戦いが終わってから、また話そう」
「その話――」
と、オレオンが二人の隣に座って、口を挿んだ。
「おれにも聴かせていただきたい、神官殿。おれも以前から、シュタルテさんと同じことを悩んでいる。言葉の通じる相手と、こうも争っていて良いものかと」
「そうでしたか。ひょっとすると、魔族と戦うことになった多くの人がぶつかる問いかもしれませんね」
「ああ。そもそも、魔族の食料の欠乏は、人間に原因がある。この国の歴史において、人間は魔族を貧しい土地に追い込み、その領域をどんどん締め上げて、弱らせてきたのだからな」
「魔族に対する戦争によって団結したボンナー王国の、それが国是ですからね」
「知らなかった……」
シュタルテが、呟くように言った。
「わたし、そんなことさえ知らなかった……」
「そこまでです」
いつの間にかそばに来ていたオーレスが、きっぱりと言った。
「そこまでにしておきましょう、士気に関わるような話は。続きは、それこそ、全て終わってからです」
「そうだな、今は、それが正しい」
とオレオンが言い、タウロンも頷いた。
「シュタルテ君」
オーレスが言う。
「ろくに戦えないようなら、むしろこれ以上進まないほうがよろしい。足手まといになります」
シュタルテは顔を上げ、オーレスの目をじっと見据えて、答えた。
「いえ、行きます。ちゃんと戦います」
「途中でためらって――」
「ちゃんと戦います!」
「……分かりました」
声を荒げたシュタルテに、オーレスは淡々と言った。
しかし、黙ってシュタルテ達の話を聴いていたヘイズンは、オーレスの顔に苦渋の色を見た。
(シュタルテを置いていこうとしたって、そうはいかないんですよ、オーレス先生。あなたが行くなら、シュタルテはきっと付いていくんだ)
メローベ「魔族が悪じゃないなら、人間が悪なのかしら」
アーロ「争いの原因を悪に求める限り、争いの本質は理解できないよ」
カイム「うちのお手伝いがすごいこと言っとる……!」




