ラブレター
町外れでの訓練から戻り、夕食を済ませた後、シュタルテはジーニャを彼女の部屋に訪ねた。
「それでシュタルテ、話って何?」
ジーニャが切り出すと、シュタルテは素っ気ない作りの封筒を取り出した。
「ジーニャに渡したいものがあってさ」
「あら、何?」
「ラブレター」
とシュタルテが言った途端、ジーニャは両手で口元を覆った。
「シュタルテ、あなた、そこまで本気だったなんて……!」
「え……あ、いやいや、わたしからじゃなくて!」
シュタルテが、慌てて首を横に振る。
「道場のレギスって奴、知ってるでしょ? あいつに頼まれたのよ」
「え、ああ……そうなの? いやだ、そりゃそうよねえ……」
ジーニャは普段の穏やかさを取り戻した。シュタルテもほっと胸をなでおろし、部屋の中に和やかな空気が流れる。
だがジーニャは、再び顔色を変えた。
「ええっ、レギスがあたしに!?」
「反応遅いよ!」
思わず叫んだシュタルテが、声の調子を戻して説明する。
「なんか昔から、ジーニャは憧れのお姉さんだったんだって。明るくて、優しくて、料理が上手で……けど、今さら口で伝えるのは気恥ずかしいから、手紙を書いてみたんだって」
「そう……」
考えを整理するような表情で、ジーニャは呟いた。
「確かにレギスのことは、小さい時から知ってるけど……ああいう性格だから、もっと面食いなのかと思ってたわ。それこそ、シュタルテに告白するんだったら、驚かないけど」
「わたしもなんか悔しいから、『なんでわたしじゃないのよ』って言ったの。そしたらあいつ、『え、それじゃ、告白したら付き合ってくれんの?』なんて言うから、『そんなわけないでしょ、バーカ』って言ってやったら、すごく嫌そうな顔してたわ」
「レギス……!」
ジーニャは悲痛な顔で呻いたが、まあどうせ、いつもの軽口の叩き合いだったのだろうと思い直した。なんだかんだいって、道場でシュタルテと一番気が合うのがレギスらしい。
「まあでも、どう考えたってジーニャの方が魅力的だもんね。悔しがってもしょうがないか」
「そんなことないわよ……なんだか弱気ね、シュタルテ」
「え? 別に……まあそれで、手紙を渡すように頼まれたわけ。一応言ったのよ? ジーニャには好きな人がいるから、諦めろって」
「……それがレギスのことだっていう可能性は、考えなかったの?」
「だって、ジーニャがあんな馬鹿、相手にするはずないじゃん」
「……まあ、違うんだけどね」
「だけど、『それでも良い、伝えるだけ伝えておきたい』って……どうする? わたしから、丁重にお断りしておこうか?」
「それには及ばないわ」
と言って、ジーニャはシュタルテから封筒を受け取った。
「お手紙を読んでから、あたしがレギスに会いに行って、きちんとお話をしてくるわ。だって、告白してくれるなんて、とっても嬉しいもの」
ジーニャの言葉を聴いて、シュタルテは不思議そうな顔をした。
「好きでもない相手から告白されて、嬉しいものなの?」
「それは嬉しいわ。……そうね、シュタルテも誰かのことを好きになったら、きっと分かるわよ」
「ふうん……」
ジーニャの話を聴いていて、シュタルテは急にそわそわした気分になってきた。先ほどまでは、レギスの告白になど大して関心がなかったのに、この感覚はどうしたことだろう。
ジーニャやレギスがどんな気持ちなのか、知ってみたい、と思った。
「ねえ、その手紙、読んでみて良い?」
シュタルテが言った途端、ジーニャの顔が強張った。
「シュタルテ、なんてこと言うの!」
ジーニャが声を荒げる。
シュタルテは、顔に後悔と困惑を浮かべながら、いじけたような声を出した。
「何よ……そんな、怒鳴ることないじゃん……」
「シュタルテ、レギスはきっと、一生懸命この手紙を書いたに違いないわ」
ジーニャは、静かな諭すような調子で言った。
「そして、あなたを信頼して、これを預けたのよ。それなのに、この手紙をあなたに読まれたなんて知ったら、どう思うかしら」
「……」
「シュタルテ、どんな時も、人には感情があるってことを、忘れてはいけないわ」
「分かった……」
シュタルテはうなだれて言う。
「分かった、つもりだけど、分かってないからうまくいかないんだろうなあ……」
と言ってから、シュタルテはレギスの家の方角に顔を向け、「レギス、ごめんね」と呟いた。
翌日の夕方、稽古を終えた門弟達が道場から出ていくのを、ガゼフは立ったまま眺めていた。
気疲れする一日だった、とガゼフは思った。今日はカイムとバスコフがいなかったので、オーレスやソーラと共に門弟達の指導に当たったのだった。
人に教えるなどは柄じゃない、という気がしている。もっとも、教わる側に不満な様子はなさそうではあったが。
ガゼフひとりが残っている深閑とした道場の中に、一度外へ出ていたオーレスが入ってきた。
「ガゼフさん、今日はお時間は大丈夫ですか」
「ええ、特に用はありません。それにしても、オーレス先生に一対一でご指導をいただけるとは」
「今日は、ずっと師範役をさせてしまいましたからね。それに……」
オーレスは稽古試合用の木剣を二本持って、ガゼフのそばへやってきた。左手に長剣、右手に小剣。
「この形でお相手するのも、いよいよ難しくなってきましたしね。そろそろ、本来の形でお相手しなければ」
「本来の……? なんです、『真の姿』でも見せていただけるのですかな?」
ガゼフは不思議そうな顔をしながらも、おどけるように言った。
それには答えずに、オーレスは左右の剣を逆に持ち替えた。右手に長剣、左手に小剣。
ガゼフの顔から笑みが消える。
「……先生が実は右利きだという話、本当だったんですな」
「ご存知でしたか」
「一部の者が噂しているのを、何度か耳にしていました」
「……なぜ左利きのふりなどしているか、お話ししなければ納得していただけないでしょうね」
「ええ」
「では、お話ししましょう」
と言って、オーレスは自分が左利きの人間として振る舞っている訳を話しだした。
ガゼフは、話が終わってからもしばらく黙っていたが、ややあってから不快そうに言った。
「初めてですな、シュタルテの奴を気の毒だと思ったのは」
「そうですか……そうですね」
「他に、このことを知っているのは……」
「カイム先生ご夫妻とソーラ先生、バスコフ先生には話してあります。アーロ君には、右利きであることだけ教えてあります……さすがに、一緒に暮らしていてごまかすのは無理ですからね」
「おれの知る限り、アーロから秘密が漏れたことはないようです。あれはやはり、しっかりしていますな」
「ええ」
「それで、このことをみんなに話すおつもりはないわけですか」
「今のところ。ガゼフさんにも、黙っていていただきたいのですが」
「当然です。話すなら、先生の口からでなければ」
「ありがとうございます」
オーレスは礼を述べてから、ガゼフを促して立ち合いをした。
道場一の高弟は、あっという間に三本取られた。ガゼフは最近、もう少しでオーレスに追いつけそうだという手応えを感じていたのである。それが、また一気に引き離されたような感覚だった。
ガゼフはそのオーレスの強さに、ふと怒りを覚えた。ヘイズンが利き手と逆の手で剣を振るのは良い。しかし、師範であるオーレスがそれをするのは、門弟達に対する裏切りではなかろうか……?
しかしガゼフは、それを口にはしなかった。実力が迫ってきた自分には、こうして秘密を明かし、本来の力で立ち合ってくれているのである。
それからふいに、オーレスに「真の姿で相手をする時が来た」と言われる夢を見たことを、ガゼフは思い出した。今まさに、その通りになっている。
「先日の、おれが見た夢についての話、憶えておいでですか?」
オーレスはちょっと不思議そうな表情をしてから、頷いた。
「ええ」
「夢というものは、願望、疑念、恐れ、罪悪感などを反映すると聞いたことがあります。妙な噂や、先生の何かを隠しているような態度が、おれにあんな夢を見せたのかもしれませんな」
「願望、疑念、恐れに罪悪感ですか」
オーレスが、呟くように言った。
「ならばぼくは、シュタルテ君を恐れている、ということになるのでしょうか……」
オーレスが見た、少女達に付きまとわれる夢について知らないガゼフは、怪訝な表情になった。が、オーレスに問いただすことはしなかった。
クラッセ「ベイルとソーラ先生の夢は願望でしょ。あれ、わたしの夢は?」
エルト「ニンジン食べなきゃ、望みが叶わないってことさ」
ベイル「食べたら叶うのか……?」




