それぞれの秘密
道場から下宿に戻ったシュタルテを、フレシトのクラッセが待っていた。少し話したいことがあるというクラッセを、シュタルテは自分の部屋に入れた。
「なんだか、変なことになっちゃったわね」
シュタルテのベッドに腰掛けたクラッセが、部屋の主が着替えるのを眺めながら言った。
「おまけに、あんたを守ってくれるはずのベイルもいないし」
隊商を警護するという仕事の入ったベイルは、あと十日ほどは戻らないらしい。どこの町へ行ったのかも、シュタルテ達は聞かされていなかった。魔族なり野盗なりに襲われて隊商が全滅すれば、それきり、どこで死んだかも分からないという仕事である。
「話って、そのこと?」
汚れても良い服に着替えながら、シュタルテが言った。
「心配してくれるのは嬉しいけど、大したことないわよ」
「いや、心配っていうか、ちょっと責任を感じててさ……」
珍しく歯切れの悪いクラッセの顔を、シュタルテは覗き込むようにした。
「責任って、どういうこと?」
「うん……」
クラッセは少しだけ、ためらうように間を置いた。
「あんたの、〈腕斬りオレオン〉を探してほしいって依頼を受けたの、シュマっていうフレシトだったでしょ? 背の高い、女の」
「……」
シュタルテは顔に驚きを浮かべたが、黙ったまま次の言葉を待った。
「そいつにオーレス先生の情報流したの、わたしなのよ。ちょうど、なじみの情報屋から、オーレス先生がオレオンの特徴と合致するっていう話を聞いててさ」
「そうだったの」
「と言ってもさ」
クラッセの顔に、自嘲するような色が差した。
「オーレス先生がオレオンかどうかなんて、知ったこっちゃなかったのよ。依頼の内容は、刀を使う、左利きの達人で、男で……そうそう、後は、二刀流か。そういう人を見付けろっていう依頼だったから、オレオンかどうか確証がなくても、別にいっかなって思ってさ。割と報酬が良くて、分け前が出ることになってたし」
「……」
「つまりさ、わたしがそんないいかげんなことしなければ、あんたは他の町で、他のオレオンを見付けてたかもしれないわけよ」
そうしたらシュタルテとオーレスが出会うこともなかった、と言いたいらしい。
それにしても、他のオレオンとは、皮肉な言い回しである。シュタルテはちょっと、苦笑した。
「そんなこと、気にすることないのに」
シュタルテは言った。
「オレオンかどうか確かめなくても良いことにしてたのは、それだけ特徴が合えば、ほとんど間違いないって思ってたからよ……まあ、そうでもなかったけどね」
「……」
「シュマさんもクラッセも、わたしの依頼をちゃんと達成してくれたわ。それに、クラッセがシュマさんに知らせなくても、多分この町の他のフレシトが、オーレス先生のことに気付いてたわよ。本当にぴったりなんだもん、オレオンの特徴に」
「そっか……そうかもね」
幾分ほっとしたという顔で、クラッセは言った。
「あーあ、いつもならこんな責任感あふれること、口走ったりしないんだけどね。なんだか、ひどいことになっちゃってるからさ」
クラッセはそう言うと、あざの浮かんでいるシュタルテの頬を、優しくなでた。
しばらくされるままにしてから、シュタルテが口を開いた。
「ところで、さっき言ってた情報屋って、何?」
「あるのよ、そういう仕事が。売れそうな情報を集めて、売れそうなところに売るの。商人とか、役人とか、フレシトとかにね」
「ふうん」
「まあ、オーレス先生のことは、他の話のついでに教えてくれたんだけどね。ごひいきさんへのサービスってとこかしらね」
「それって、どんな人なの?」
「それは言えないわ」
クラッセは、きっぱりと言った。
「ならず者や悪党ともつながってるような商売だからね。正体が広まると、色々とやばいのよ」
「ふうん……」
その日もシュタルテに何十発もの魔力弾を撃ち込んだオーレスは、訓練が終わった後、「明日は用事があるから休みにしてほしい」とシュタルテとタウロンに告げた。そしていつものように、シュタルテ達よりも先に町への帰途についた。
しかしオーレスは、市街地に入る少し手前で、ふと足を止めた。
「いつまで付いてくるつもりですか?」
オーレスは振り返ると、誰もいない道の先に声をかけた。
突然、夕闇の中に背の低い人影が現れた。魔法で姿を消していたらしい。
人影は無言で、オーレスに歩み寄ってきた。道場の若い門弟、ヘイズンだった。
「君は以前から、ぼくのことを嗅ぎ回っているようですが――」
無言のままのヘイズンに、オーレスが言う。
「ここ数日は、随分しつこく見張っていましたね。さっきの、シュタルテ君の訓練も見ていたんですか?」
「見ていました」
ヘイズンがとうとう、口を開く。
「先生、随分器用に、左手で魔力弾を撃ちますね。ぼくも、右で剣を使う練習と一緒に、右で魔法を使う練習もしているんですが――なかなかうまくいきません、利き手と逆の手で魔法というのは」
「……君は、どこまで知っているんですか?」
「全部知っている、と言ったら、ぼくを斬りますか?」
二人の視線が、静かに重なった。ヘイズンは、オーレスからいつも以上の威圧感を感じたが、平然とした表情を保った。
「いや、大したことは分かっていません」
オーレスが何か答える前に、ヘイズンが言葉を続けた。
「先生が本当は右利きらしいということは、門弟達の一部で噂になっているんです。カイム先生、バスコフ先生、ソーラ先生と立ち合う時、長剣を右で使っていると。そのことと、先生があまりにも〈腕斬りオレオン〉の特徴に当てはまることから、何かあるのではと思って調べていたんですが……それだけです」
「そうですか……まあ、信じましょう」
「先生は、シュタルテをこの町から追い出そうとしているように見えます。先生は一体、何を隠しておられるんですか? シュタルテは、その秘密に近付きすぎたのですか?」
「ぼくは別に、シュタルテ君を追い出そうとしているわけではありません。ただ……」
オーレスは、言うか言うまいか迷うように、少しの間口をつぐんだ。しかし、かすかに険しい表情になって続けた。
「ただ、気に入らないんですよ。何でも自分の思い通りになると言わんばかりの、彼女の態度が」
「……それで、シュタルテに教育を施しているとおっしゃるんですか」
押し殺したような声でそう言ったヘイズンは、次の瞬間、吠えた。
「それで、あの綺麗な顔をあざだらけにしたと言うんですか!」
オーレスは、わずかに驚いたような表情を浮かべた。ヘイズンが激昂するところなど、初めて見る。
しかしオーレスは、すぐに平静を取り戻して、言った。
「あの訓練方法が有効だというのは、本心です。それは、シュタルテ君も納得しています」
「……」
「ところで、ぼくが右利きらしいという噂、シュタルテ君は知らないのですか?」
「今のところ、シュタルテの耳には入らないように、ぼくが口止めをして回っています。先生の得体の知れない秘密に、深入りしてほしくないですからね」
「ふうん……君はどうして、そこまで彼女のことを心配してやるのですか?」
「……妹弟子の心配をするのは、当然です」
「珍しいですね、君がそうまで、他人に関心を持つのは……まあ、良いでしょう」
オーレスはそう言ってから、ヘイズンを促し、歩きだした。
「先生の秘密については、教えていただけませんか」
普段の静かな調子を取り戻して、ヘイズンが言った。
「秘密と言われましてもね、ぼくはオレオンではありませんしね」
「……では、ぼくからひとつ、申し上げておきたいことがあります」
「なんでしょう」
「シュタルテは〈腕斬りオレオン〉を英雄と呼びますが、ぼくに言わせれば、オレオンは得体の知れない辻斬りに過ぎません」
「そうですか」
オーレスは短く答えた。
しばらく通りを歩いてから、二人は別れた。
(どこまで知っているのか、と言いましたね、先生)
ひとりになったヘイズンは、歩きながら考えた。
何か意図があって言った言葉かもしれないが、秘密の存在を認めたことになる。
(その秘密の正体を、突き止めなければ。シュタルテに何かある前に……)
カイム
五十二歳男性。サルト流剣術道場の道場主。妻と次女ソーラ、居候のオーレス、お手伝いのアーロと五人で暮らしている。子どもの頃、山中で幻のヘビを見たことがあるらしい。




