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一秒早く産まれたという理由だけで姉という扱いだった。普段、それほど露骨に姉妹の役割は与えられなかったが折々で人の対応が神経に障ることがあった。
その上、奈緒を悪くは思わなかったが自分に比べて彼女は人懐っこく愛嬌がありまた、周りからよく可愛がられ内心羨ましいと思った。二人揃っていれば平等、然し歩調が少し違えば愛想の無い大人しい子。
同じ顔をし体躯も変わらず、第二次成長期を迎えてでさえ声帯も女としての身体つきもほとんど二人に大差は無く、そのことに対し安心感というより焦燥感の方が僅かに勝っていたように思う。
双子特有の一心同体という感覚は常にあった。あったが、密かにこのままではいけないと思い立った。中学生になってから勉強へ熱心に取り組んだのは奈緒に対して不思議な依存心が何処かにあったからだ。
姉でなくてはいけないと思う一方、それと同時に妹であって欲しいと心の底で押し付けしていたから。
汚い感情だと思った。
だから中学三年の頃、卒業を控えるとお互いは別々の高校に通った方が良いのではと思い、実は都内の高校まで独りでに通うことを視野に入れていた。自分達姉妹を知らないどこか別の土地に。
だが奈緒は二人で一緒の高校に入り同じ制服を着たいと言い出した。
御鏡市立第二高等学校はチェック柄の学生服が地元の女子生徒には可愛いと人気で、これを入学の決め手にする生徒も少なくなかった。ただ学力で言えば地元の偏差値でも中の上と言った感じで、奈緒が入学出来るかどうかは正直ギリギリの線だった。だから「いいよ」と言った。奈緒がもし第二に入学出来なくとも、然しそれでも通うのは第一か第三にはなるのだろう。
自身の内定がとれてしまった場合、どちらにしてもお互い高校に通うのが御鏡市の地元だという結果なら、それほど相手に対して変な罪悪感は抱かないだろうとそう思っていたから。
けれども奈緒は入試を合格し、そして、
彼に出会ってしまった。
奈緒は彼を運命の人だと言った。それは自分にも言葉通りの彼だと思った。二人の見分けがつく者などこの世界に居はしないと、ずっと思い、寧ろこの自己同一性を暴かれたくないという願いですらあった。
怠惰で天邪鬼で、いつも自分からは人の輪に混ざろうとしなかった。成績もあまり良くないらしかったが、それでも奈緒は彼に明らかな「好き」を表していた。
当たり前だ、彼は自分達姉妹にとって唯一無二だったから。
けれども自分にはそれが出来なかった。
奈緒が羨ましくて嫉妬して、それでもあの子だから許せたこの想いもその胸にしまい込んで、いつか此処から卒業する日が来るんだとずっと秘めていたのに。
奈緒は──
三時限目の休み時間の終わり頃だった。
「……ちょっと、奈絵……」
席に座り次の授業の準備をする奈絵の後ろから小声で話し掛けて来る者がある。
音羽龍世だ。
「……どうしたの?」
何かもじもじとしている。
周りの様子を窺いながら、さも何でも無さそうに隣りの男子の席に腰を降ろす。
「不味いことになって……」
「だから、何が?」
一瞬、躊躇いを見せたが、
「制服のズボンの尻が破けた……」
「は?」
あまりにも間抜けだ。
聞くと三時限目の休みに購買に向かい昼食になるパンを先に確保しようとしたのだが、同じ目的の男子生徒達の群れと売店で乱戦になりその拍子に人知れずズボンが破けたらしい。
「お前さ、裁縫の一式をいつも持ち歩いてるじゃん。周りにバレる前に何とかしてくれ、頼む……」
「はぁ……しょうもないわね貴方」
「と、とりあえず俺はどうしたらいい?」
ジャージにでも着替えて来いと言いたいが、次の授業が直ぐだ。
「お昼休みに茶道部の部室に来なさい。そこでお尻塗ってあげるから」
「ああスマン、恩に着るよ」
それから四時限目の授業を龍世にしては居眠りもせず真面目に受けていたように見えたが、恐らく破けたズボンが気掛かりで睡眠どころではなかったのだろう。
チャイムが鳴り授業が終わると昼の校内放送が始まる。
一昔前は教育用BGMでしか認められない使い古されたクラシックの名曲ばかりだったが、最近では流行りのポップスやアニソン等も選曲し少し小さな音量で昼食を盛り上げる。放送委員会も今一番気合いを入れている時間帯だ。
「奈絵!お昼ご飯一緒に食べよ!」
元気いっぱいの奈緒が寄って来るが、
「あ、ごめんね奈緒。私ちょっと部室行かなきゃいけないから」
「えー、なんでよぅ……」
既に龍世があちらへ向かっている。
ちらと平安を見ると一人で昼食の弁当を開こうとしていた。
「ほら、静香いるじゃない」
平安には悪いが、暫く奈緒を押し付けさせて貰おう。
すると気を良く平安が奈緒を手招きする。
「うん、隣りの子今居ないから奈緒ちゃん座りなよ」
「茶道部がお昼休みに何やるっていうのよ〜」
一瞬、焦りで胸が高鳴ったようだった。
奈緒も結構、勘は鋭い方だ。
「じゃあ私、行くから」
そそくさと奈絵が教室を後にする。
正直、そわそわとしていたのは奈絵の方だった。少し足早に下階へ降り一階に並ぶ文化部連棟へと向かう。
部室に鍵は掛かっていない。部屋へ入ると先に龍世が畳の上に座り込み待機していた。
「おお、奈絵来たか」
「ごめん、ちょっと奈緒に捕まっちゃって」
茶道部だけは他の部室と異なり造りが別で、入り口で一段上がり座敷になっている。
革靴を脱ぎ下駄箱に入れ龍世の前に正座をするまでの奈絵の所作が龍世にはこと雅に見えた。
思わず見惚れている。
「ほら龍世、早く」
「え?」
「脱がないとズボン縫えないでしょ、お昼休み無くなっちゃうわよ」
「あ、え……ああ、そ、そうか……」
言って龍世がベルトに手をかけるが、
「えっと、脱ぎにくいというか……」
「もう、そんなの気にしてもしょうがないでしょ!早くしなさいよ!」
「分かった、分かったから怒るなよ」
脱いだ制服のズボンを奈絵が龍世からふんだ来ると生地を返して裁縫のセットを開く。
針は大丈夫だが、
「黒い糸、あったかな……」
「目立たないように頼むよ」
「全く、注文ばっかり多いわね」
「いや、本当スマン」
糸の先をちろと舐め右手で針を持ちその目処に通す。それから針を持つ手を左に変えると、ちくちくとズボンを縫い始めた。
鏡像双生児という、奈絵は左利きだった。
「上手いよな」
「こんなもの、慣れよ」
言いつつ、実は内心照れていたが顔には出さなかった。
ちらと奈絵が龍世を見る。
こんな彼の姿はまだ奈緒でも見ていないだろう。
そんな事を考えているとふいに二人の視線が合い思わずどきりとした。本当は頼られた事が少し嬉しかった。
けれど今度は直ぐにその胸がちくりと、その手に持つ針で刺したように人知れず痛んだ。教室に残した奈緒の顔を想い返して。
龍世に頼まれたことを黙って、誤魔化して此処に来た。心の何処かで二人だけのことにしたかったのだ。
きっと奈緒だったら、もっと単純にこれは「好き」って言っている。
でもそんな事はしない、言わない、多分これかもずっとそう。




