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第八話 プリクラのその先で




「自分から落とされにきた!」



女性の声に合わせて、ディスプレイに青い閃光が走り、それはシャキリの顔を覆い尽くす。


敵が、自分より高度を取った。


巨大な丸眼鏡を照らすその光、シャキリはそれを受けても依然口角をニヒルに上げていた。



「ははは、されるがままにして、怠ってきたやつのすることは……」




眼鏡の奥の瞳が鋭さを増し、ディスプレイと操縦系を握る手には、さらに力がこもる。色白で血管が透けて見えるほどの皮膚の薄さ。


シャキリはその相手の下から潜り込むように、体をかがめ、上昇に合わせて無防備な体に連撃を食らわせた。



「わかりやすい。甘んじ続けた奴等は!」


シャキリは手元のコントローラーのボタンを連打。

カチカチと、細かい音は部屋全体を包み、その女性

とシャキリまでも包んでいく。



「まだ、まだやれるでしょーーー!!」



女性の叫びに合わせて、画面にはK.O!!!の文字。



二十一歳、私立エルガー学園大学部所属。

レナ・レイナードは叫んだ。


レナの赤い髪が中を舞うように掻き上げられ、花を交えたようなその匂いは、シャキリの鼻腔を刺激する。


しかし、シャキリ君はそんなことでは動じない。

自分に寄ってくるエイジールさんに、女性との相手の仕方を鍛えられているからだ。



「レイナード氏、まだまだ甘いですなw 修行が足りておりませんぞw」


シャキリはその重たそうな丸眼鏡を軽々と上下させ、

隣の席に腰掛けながら、テレビに映る映像を共有する

レナへ視線を向けた。



「……シャクティ氏、私も遊んでいたわけではありませぬw わたすも倒したい相手がいるが故、君に遅れをとる訳にはいきませんぞw」



レナも艶やかな赤髪に似合わぬ丸眼鏡であった。

それを同じように上下させ、部屋はカチャカチャとやかましい音のソノリティ。



「現に負けてるw 現に負けてるw」



「ぬおーーーーーwwwwww」



舌が自立して踊り散らかすような、こんなものが会話であってたまるか。

画面に映るリザルト画面。レナの使用キャラクター

タイタス君は、顔色が悪そうな薄い青い装甲を持ったキャラクターであり。

シャキリの使用キャラクターであるセルヴスは、灰色であった。


負けたレナのタイタスは首だけにされ、それをシャキリのセルヴスが掲げるという、ゲームのリザルトにしては行き過ぎな演出に思える。



「バックアレイファイト」



それがこのゲームの名前であり、タイトルには路地裏とあるが選択出来るステージは様々であった。


エリア22ニューカレドニア。シャキリとレナが対戦の舞台として選ぶステージは常にここであった。

海と空を背にしたステージ。

路地裏と名付けた意味はなんなのか。


次の対戦へ二人が再戦しようと、画面に向き直した時

教室の後方の扉がガラリと開いた。


浮かない顔をしている少年。身を包むガクセイフクは

大きく、初々しい印象を与えた。



二人はその音に体を揺らすが、扉を開けたのが少年のシルエットであるとわかると、すぐに顔を明るくした。



「ガルーラ君、きたか!」


「どうも。」



十六歳のガルーラ君の表情はいつも曇っていて、その若干ぼさっとした印象を与える髪型は、思春期特有の無頓着であると言える。しかし、シャキリはそんなガルーラを愛らしく感じていた。それはレナも同じで、若干のしこりがあるようにも感じたが、それは彼自身に対してでは無い。


シャキリは椅子を引っ張り、並んだ自分達の席にひっつけた。部屋は閉め切ったカーテンによって暗く、机には雑多に書籍だのカップラーメンのゴミだのが置かれていた。


ここは、学園の研究室であり、准教授もいる。

そして、シャキリ君とレナちゃんは同じ研究室のメンバーなのだ。


もう二人ほどメンバーはいるのだが、サボりの常習であった。かく言う二人も、このようにゲームをするために集まっているのだ。


別棟の高等部に入りたてのガルーラ君は、友達がいなかった。そして、それを買われたシャキリ達と親交を深めているのだ。


ガルーラ君が合間を縫ってここに入り浸る理由はもう一つあった。



「たいい……シャキリさん。すいません、例のブツを。」



椅子に腰掛けるなり、ガルーラ君はシャキリを見上げる。

それを受けて、丸眼鏡はそちらへ振り向き、レナは

見て見ぬふりをして、そっぽを向いた。


「あぁ、そうだな。」


シャキリ君は自身の制服のポケットを漁り、封筒に厳重に押し込まれた手帳サイズのそれを取り出した。



「まだホカホカだ。世間にも出ちゃいない。他言は厳禁だぞ。」



ガルーラ君はそれを見るなり、一瞬で曇天の表情を快晴にした。



「おほほ、これですよこれ!おほほほほほほほほ」



鼻をひくつかせ、頬を赤らめ、ニヤニヤとしだす、がき。


封を丁寧切り取り、地面に封の破片を投げ捨てる。

シャキリ達にそれを咎められるが、思春期の欲はそんなことは気にしない。


中身に触れると、指の指紋にペタペタと張り付く感覚。

出てきたのは、ユナ・エイジールちゃん生写真であった。



「おおおおおほほほほほほほほほほほほほほほほ!」



こんなものが、台詞であるか。



この生写真の調達など、容易い。



――1週間ぐらい前



「エイジールさん、今日はピオンに行こう。」


夕暮れ時、中高部は部活に励み、下駄箱を勢いよく開け閉めして、昇降口を走る人々。

それからユナを防ぐようにして、シャキリは呟く。



「えっ!シャキリ君、私達とうとう時が来たんだね。

思えば長い年月でした。あのトイレットペーパーの時から貴方は私のことを忘れたのかと思ってたけど、お姉さんに確認も取るね!私の両親は心配しないで?もし断られたら私は…………以下略」



シャキリはそんな彼女を半分スルーして、ママチャリ、アコニットを引き連れ、ユナちゃんと道を歩く。

シャキリ君、地味にユナちゃんを歩道に押して、

アコニットと自分は車道側なのだ。


ユナちゃんはおもむろに、膨らんだ胸ポケットから

手帳を取り出す。



「旦那さん検定準1級 受験者 シャキリ以外はありえない」


そうあった。メモ帳の下には様々なチェックリスト。

もう既にコンプリートされているのだが、色を変えて

チェックされた場所に再びチェック。


何重にも重なったボールペンは、虹色に輝いているようにも見えた。しかし、積年の執念のほうが強く感じられた。


自分より背丈の高いシャキリ君は、そんなことをつゆ知らず、ぼーっと歩く。


ユナは、無意識でこれをするシャキリをやはり好きだとわかった。


アイドルというのは、恋愛はスキャンダルにしかならないのだが、この活動自体、シャキリを養うために始めたことであるから、引退をしても良いとまで思っていた。


ダメだと思う。



「エイジールさんガム食べる?」


シャキリは突然ポケットから、直にしまわれた球体型のガムを取り出し、それをユナへ差し出した。



「もらう。」



閃光が走り、シャキリの手からガムは消えていた。

ユナは人差し指と親指で摘んだそれを青い瞳で凝視する。

今日は、緑か。


ユナはホッと息を吐く。冬の気候によって、

白いモヤへと変わるそれは、シャキリの方へ向かい、

彼の胸の辺りで弾けた。

ユナはそれを見て、自分も今すぐにでも抱きついてみたい衝動に駆られたが、それはやめた。

後ろを車が走っていたからだ。

そうでないのなら、やれることを。


手元の緑は、万事順調の色である。シャキリは常にガムをくれるが、赤だと決まって邪魔たてが入るのだ。



「ガム嫌いだった?」


シャキリ君は呟き、再びポケットを弄り始めた。


「うん、取っとくねありがとうね。まだくれるの?どうもありがとう。」


ユナは早口で告げたが、シャキリは彼女にガムを押し付けるつもりはなかったため、渡すのはやめた。



暫く歩くと、クリスマス特有のライトアップが見え始め、それに包まれた駐車場とショッピングモールが見え始めた。



「ピオン」


アネフトの中ではかなり巨大な商業施設だ。

ユナも何度かここでライブをした経験がある。

下積み時代の小規模なライブ、売れ行きが良くなり始めた時の、地元への恩返しのライブ。


ユナは、そんな掌返しのような対応に若干うんざりした。

売れなければ、恩返しとしてここで歌うことはなかったであろう。


しかし、隣を歩くシャキリによって、そんな大人の嫌味は払拭されていく。



自動ドアを潜ると、ウィスキーのcmで流れる音楽と、

ナビゲーターのバキさんのアナウンスが交互に流れた。

5階建ての階層全てに人はガヤガヤと蠢き、ユナは見慣れていたが、隣の外にあまり出ないシャキリ君は苦手そうであった。


それであるのに、自分に声をかけ誘ってくれる。

手帳の項目に1992回目のチェック。

もはや虹色は消え、沼であった。


隣を去っていく人々は、そんな呪を体現した手帳を一瞥しては、顔を青くしていく。


ユナだと気付く人もいたが、手元の手帳が全て邪魔をした。



「シャキリ君、どこに行きたいの?洋服を探したいの?あっ、保険。保険に入ろうか、シャキリ君。保険ってなんで必要だと思う?なんでかって言うとね……以下略」


シャキリ君は先を歩き、エスカレーターの元へ辿り着いた。エスカレーターから見下ろす、オープン型の店達は一つ一つに個性があり、ユナ達が見下ろす雑貨屋にはクリスマスの装飾品が売っていた。


そういえば、今年もシャキリにプレゼントを渡すのだ。


2階に降りると、シャキリは黙々と進む。

しかし、歩く速度はゆったりとしていて、ユナは自分のためだと確信するのだ。本当は、ちびっ子が集る

ガシャガシャコーナーに気を取られていただけだが。


シャキリはそのガシャガシャ達の一つを見つめて、目を輝かせた。丸眼鏡を外し、ユナはそれに心臓を跳ね上げさせる思いであった。



「これ、今放送してる名怪盗プリティープリか!!」


シャキリ君は、女児達が集っていた入り口のそこへ、身を投じた。



「え………」


思わずユナちゃんもドン引き。

女児達が母親と手を繋いで眺めている商品に、さっそうと食いつく二十二歳。


俗に言う、大きいお友達そのものであった。

いや、デカすぎるだろ。



「アレのことがあるから、勝負は五回まで。ガシャガシャは年々値段が上がっていて、しかもこのガシャはくじ引き方式のものか。」


悪徳商法極まれり。

外れは軒並みラバーストラップで、2等がデフォルメ缶バッチ、一等がチビフィギュアという、一回400円のものであった。



「え、それ回すの? 400円って高……。それ本当にいる?シャキリ君。」


宥める母親のような思いで、その後ろ姿を見つめる。

周囲の女児が、困ったようにこちらをチラチラと見るではないか。


コインが続々と投入され、とうとうハンドルへ手をかける。


ゴクリ。シャキリ君の喉が鳴り、汗が滴る。


一等を当てれば良いと言うのではない。

一等にもキャラクターが3人いるのだ。


デュア・ヴァルカンダーク

デュア・ミステリー

デュア・ランサー


世間で人気を博しているのは、ブロンドの髪を揺らし、儚げなヴァルカンダーク。


しかし、シャキリ君は逆張りをした後、本当にミステリーを好きになってしまった。


このキャラクター、変身前が特に可愛い。

変身後も好きだが、やはり変身前が好きだ!!



「でゅわぁぁぁぁぁぁ!!笑顔でジャンプぅぅぅぅぅ!!」


成人男性、魂の雄叫び。

それはショッピングモールに、爆弾のような音を響かせ、女児達は、規格外のお友達の絶叫に耳を塞ぎ、泣き叫ぶ。



「シャキリ、あなたそんなキモい人じゃなかった!!」


あまりにもキモすぎる。

このままでは、インターネットにこの様を撮影され、

ネットのおもちゃとされてしまう。

旦那にそれは避けて欲しい、旦那ではないのだが。



「ハァッ、ハアッ……」


球体型のカプセルを開く。カプセルの色は赤、勝った!!


三等の羽の生えた人面動物のラバーストラップであった。


これ系のアニメお決まりの、主人公達を導く動物だ。

某魔法少女の強引勧誘白悪魔のようなものだ。

確かこのキャラの名前は、スケベェ。


いらん。


シャキリ君のロングレンジバレット(残金)のエネルギーはごっそりと減った。



「しかし、策はまだある……!」


「シャキリ、後ろで子供達が待ってるから早く行こうよ。」


ユナがゆるりと現れ、屈んだシャキリの腕を掴む。

花と女性的な匂いが舞い、

シャキリの息切れはさらに激しくなる。


それがユナのプレッシャーであったからだ。



「はぁ、はぁ。」


シャキリはされるがままに引っ張られ、スケベェのラバーストラップを、カプセルのゴミと交えて投棄しようとする。マナー違反である。

しかし、このスケベェのラバーストラップは、

おじさんの顔面を、ハムスターの胴体に貼りつけ、

間に合わせのような羽をつけているものだから、無理もなかった。



「シャキリ、お金の無駄遣いはあまりしないでね。それ、いらないなら貰うね。」



ユナは顔をこちらに伺わせず、スケベェをポケットに仕舞い込んだ。その動作でスカートが揺れ、ガシャガシャを回しに来た男児はそのスカートの短さに驚愕した。


まったく、どちらがスケベェなのか。

やかましいわ。


シャキリ君もこれは注意しなければと思ったが、

今はやめた。



二人はまたモール内を暫く歩く。人が傾れ込み、ユナの顔を見て頬を赤らめ、シャキリの丸眼鏡を見て失笑していく。


途中で雑貨や、服屋を見つけては、ユナは興味ありげにチラチラとシャキリを見るが、シャキリは全て見事にスルーしてしまっていた。


この、クズめ。



次に辿り着いた場所は、ガクセイフクを中途半端に羽織ったり、腕を組みながらタラタラと歩くカップル蔓延るゲームセンターであった。



「ここ、ピオンの中なのに結構治安悪いよね。」



ユナは不安気にシャキリを見上げる。

つまり、入りたくないと言っている。



「うん、じゃあ行こうか。」


シャキリはツカツカと入って行った。


クズめ。



シャキリは、途中のアーケードゲームやらクレーンゲームやらには目もくれず、メダルゲームで遊ぶ老人とガキを避けながら、プリクラの前へ来た。


後ろを続いて、欠伸をしていたユナちゃんは、それを見て今日一番に瞳を輝かせたものだ。



「シャキリ君こ、これは……!!」



テンションが上がり、同時に心臓の鼓動も早まる。

先客のヤンキーカップルが、シャキリ達の立っていたプリクラから現れ、品定めするような嫌らしい目線を向けて、

シャキリだけに失笑を吹きかけて、写真のプリントを待たずに去って行った。


今はどうやら、スマートフォンでプリクラを保存できるらしい。


シャキリはそれを見送り、遅れて現像された写真を手に取る。


ヤンキー達のプリクラ。



「何かに使えるか。」


「店員さんに言おうね。」



ユナがそれを伝えに行く間に、シャキリ君興奮。

なんと、プリクラの奥、ゲームセンターの最奥に、

二台だけ並んだ女児向けゲーム。

「マイカツ」があるではないか。



「シャキリ君、じゃあ入ろうか……」



いつの間に隣へ戻ってきたユナはテレテレ。

ブラウンの髪を揺らし、手を組んでモジモジしていた。


シャキリはその手を取り、ユナはとうとう目を瞑った!!


小銭が数枚落ちる音。手のひらが冷たい。



「………?」



400円。



「ごめん、値段分からないけど、何枚か撮っておいて、僕マイカツするから。」



シャキリは呟き、奥の女児向けゲームへ向かっていく。

母親の横で筐体を楽しむ少女の後ろに堂々と立つ

二十二歳。


母親は不審者が来たと怪訝そうな顔をし、シャキリ君は手のひらの上で小銭を鳴らす。



「この配列は、なるほど。キャンペーンカードがここで来るなら、何かしら当たるかもしれない。レンコするしかない……ブツブツブツブツ……」



少女のゲームが終わり、母親が手を引っ張って逃げた。

筐体の画面には、後ろの良い子に変わろうというメッセージ。


皮肉にしか感じられなかった。


かくいうシャキリ君は、座席に座り込み、女児の声に包まれて、ひたすらマシーンにコインを導入し、ボタンを連打する。



「ゲームを遊ぶか、カードを買うだけか選べる……カードを続けて買うなら……カード……カードを……カードを買う……カード買いすぎ……この人、女児じゃなくない……」


カチャカチャカチャカチャ。

ボタンを連打するから、女の子キャラクターの声が途切れ途切れだ。


ボタンを連打して、セリフをスキップ。

お金の催促の前にもう投入。

傍に積まれていくカード。



ーー結局、あの時はシークレットはおろか、アルティメットすら出ずに、スーパーとキャンペーンカードしか出なかったから、悔しかったものだ。



あの後、一人で写った写真を手渡すユナの笑顔は引き攣って、握りしめた拳には血管がもりもりと浮かんでいた。


そして、空っぽの財布を振りながら、シャキリはそのまま解散したのだった。



回想中で気付かなかったが、

横のガルーラ君は、興奮のあまりユナのそのプリクラ

生写真に顔を擦り付け始めていた。


いや、きも。



途端、シャキリにとっては嗅ぎ慣れた、女性特有の香りが空間を漂った。


レナのものではない。レナはもっと落ち着いたものだ。

その、レナは顔を青くし、後ろを振り向いていた。


カップ麺を取り出すために、視線を走らせたのだ。

しかし、もうカップ麺どころではなかった。



「ねぇ、それこの間一人で撮らされた写真だよね。」



振り返ると、ユナ・エイジールであった。

ユナ・エイジールは、額から汗を流し、怒り一色の面持ちで、殴るために掲げた腕は細かく震えていた。



その後、ガルーラは5回の修正。

シャキリに至っては80回に及ぶ修正兼、粛清が行われた。

レナはその場から離脱して、ただここから消えたかった。




小林は可愛いですが、自分は大きなお友達になるのは避けたいため、あれを視聴できません。

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