第七十一話 チャーシューラーメンチャーシュー全抜き
*本編は第一部の蛇足だらけのダレた展開の二の舞となることを避けるために、構成やらを練ってます。更新はもう少し先になります。すいません!
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ガルーラくんの前でメニューを見つめるイブちゃん。
鼻息フンス。
メニューが決まったらしい。メニューが決まったということは、ガルーラくんの苦痛の時間がやってくる合図である。
「大将!!!!」
イブちゃんの声は、今まで聞いたことがないぐらいハリがあった。
大将が厨房でガタガタと食器やら中華鍋やらを整理する音に紛れて、彼女へ返事をした。
「チャーシューラーメン。チャーシュー全抜きで」
醤油ラーメンを頼めよ。
ガルーラくんも、渋々メニュ表へ視線を移す。
このような人の良いお店で、このような体調で入店してしまうことは申し訳がなかった。
メニューは、「こだわり煮干しラーメン」700ジンバブエドル。「醤油ラーメン」500ジンバブエドル。「チャーシューラーメン」850ジンバブエドルであった。
餃子6個は400ジンバブエ。チャーハンは450ジンバブエ。
ジンバブエジンバブエうっさいな。
『安いな。』
ガルーラくんは、大将の人柄の良さと、このリーズナブルなお値段を見て、このお店に通いたくなった。
安いと感じる理由は、円ではなくジンバブエドルだからだろう。
『そうか、今はジン安だからな。』
経済用語の格好をしておきながら、ジン安とかいうパワーワード。ジン安どころではなく、ハイパーインフレである。
「いや、嬢ちゃん。チャーシューラーメンのチャーシュー抜きは醤油ラーメンだぞ。」
店側が言うのかそれを。思っても言うなよ。プライドはないのだろうか。
メノクスは一瞬何を言われたのかわからないように、動揺して押し黙っていた。
積まれたラーメンの容器から二つを手に取り、カウンターに置きながら、一拍置いて気まづそうに呟いた。
「もちっ!?」
イブちゃんは言葉を奪われたrpgのモンスターのような鳴き声で驚いた。ガルーラくんは、メニューと睨めっこして、そんなことは眼中になかった。
「醤油ラーメンでいいよな。そうしときな、お嬢ちゃん!」
メノクスは、イブちゃんが本気で不思議そうにしている様を見て、おばかレベルを測定する。
最大レベルのおばかレベル竜と結果がでたので、半強制的に彼女に不利益がない方を選択した。
「いえ、チャーシューラーメン……チャーシュー全抜きで!」
もちもちは最早プライドが許さなかった。
彼女のプライドは、生まれてこの方丹念に育まれた河原の石ころであった。
彼女がベイビーとして生まれたその瞬間に、彼女の心の内で彼女の子供として愛情を受けて育まれたプライドであった。
そして、甘やかされ続けて肥えに肥えたイブちゃんのプライドは、チャーシューラーメンチャーシュー全抜きを諦めて、その下の、妥協の大地に体を投げ打って寝そべる醤油ラーメンを選ぶことを許しはしなかった。
例えそれが、彼女が損をするだけのもちもちおばかの選択であったとしても。
もちもちおばかってなんだ、はなまる解決みたいな語感しやがって。
「嬢ちゃん!?気狂いか!?値段を見ろ!写真を見ろよ!7枚チャーシューが並んだチャーシューラーメンと、醤油ラーメンの写真を!」
イブちゃんは、大将の必死な叫びが怒鳴り声に聞こえたので、ちょっと涙目になりながら、目の前のガルーラ君に視線で助けを求めた。
もちもちプライドはどこにいったのだろうか。
ガルーラくんは、メニューで顔の大半が隠され、映画館の溢れるポップコーンのように、そのモサモサした髪の毛だけを覗かせていた。
要は、助けてくれなかった。
「もち……もちっ……!」
もちは必死にメニューを見つめた。
ただ、混乱し始めてお目目がグルグルし始めて、チャーシューラーメンとラーメンのメニューが合体し始めた。
店内に人が入り込み始めている。
大根とちくわぶが客として入店している。
「嬢ちゃん、落ち着け!850引く500はなんだ?」
「もちっ!?け、けいさん!?さんすう!?もちっ!もちっ…………わ、わかりま………」
「嬢ちゃん?どうした!聞こえねぇよ!?」
「もちっ………グスンっ!もちっ………!がるーらくん!!」
「お、おえっ!」
現場は大混乱であった。
メニューを見つめて発狂するもちもちと、なぜか自分はとんでもないことをしでかしてしまったのかもしれないと、焦り始めるメノクスと、吐き気がぶり返してきたガルーラと、注文を叫ぶちくわぶと大根の大小様々な声が阿鼻叫喚を作り上げていた。
それは、めちゃくちゃ不出来なオーケストラであった。
「嬢ちゃん!計算すると、350ジンバブエドルの差額があるな!350ジンバブエドルの過払金があるな!」
メノクスはできるだけ、君は損をしているのだと伝えたいがために、イブちゃんに過払金という言葉を使ってみせた。
「過払金は返ってこねぇよ!!返ってくるは全部詐欺だよ!!」
しらんがな。
おっさんのただの愚痴が始まっていた。
「かばら………かばらいきん……?カバラ……ジンバブエとカバラはお友達……?」
イブちゃんは頭から煙を放ち、目をグルグルと回しながら椅子に項垂れた。
その後、ガルーラくんのか細い声で半チャーハンの注文が入った。
メノクスは、イブちゃんの注文を醤油ラーメンにして、シェアするための生姜焼きと、餃子もつけることにした。
ガルーラくんには、半ラーメン。イブちゃんには半チャーハンも添えて。
ガルーラ君に死の波が近づいていた。
死の波というものは、荒波が想像されるが、そうではない。ゆったりとしかし、確実に静かに背後に忍び寄るのだ。
そう、チワワが叫び散らすのに対し、クソでかい犬は滅多に鳴かないように。
では、地の文に毎回鳴いてくる近所のあのクソでかい犬はなんなのか。これは何の話なんだっけ。
「おはよゴニャゴニャーーす!!」
その時、店内の扉が今日一番に乱雑に開かれた。
そう、このラーメン屋「飲裵袮巣」にアルバイトで勤務する。私立エルガー学園大学部をサボりにサボって中退し、今絶賛人生のお先が真っ暗なアシュク・シンク君が出勤してきたのであった。
時刻は八時五十分
アシュク君は、朝の九時から夕方の八時まで働き詰める頑張り屋オタクであった。
「えっ!もう客いる!」
アシュクくんは、その金髪と青い瞳をおっ広げて、リュック片手に店内へ叫んだ。
ガルーラくんは、彼の陽のオーラを感じさせる釘のような声に体を貫かれ、すっかり萎縮した。
イブちゃんは、そんなこと気にもせず、ただ自分の愛しの我が子である、河原石のプライドが、膝を擦りむいて転倒したことにしか意識が向いていなかった。
「アシュク!お客がいるんだから静かにしろ!早く着替えてこい!」
メノクスは慣れたように怒鳴り、ラーメンの湯切りを始めていた。アシュクも慣れたように怒鳴られて、欠伸をしながら店内をズカズカと歩く。
入り口のすぐ側に座るガルーラとイブちゃんを一瞥して、そのイブちゃんの外見だけ凛とした佇まいに、鼻をおっ広げた。ただ、チャラヤンキーのような見た目のアシュク君は、中身はオタクなので到底声をかけることなどは出来ない。
逆に、自分に怯えたような視線を向ける若干茶髪の彼には、大変声をかけたくなる要素があった。
そう、カバンについたジェナちゃん初回生産限定アクキーである。
かなり初期の話、アダムとガルーラの馴れ初めで交換した、犬のしょんべんをかけられたアクキーである。
ガルーラの実家で、高圧洗浄による高圧洗浄を重ねて、ようやく浄化されたものであった。
シスメに、同じものを転売で買えば良いと言われたが、ガルーラくんはこれでなくてはいけないと押し通した。
シスメお姉ちゃんは、ガルーラに彼女が出来て、その彼女がプレゼントしたのではないかと危機感を覚えた。
なぜなら、ガルーラと結婚するのは姉であるシスメで決定しているからだ。
ちなみに無理である。
「君!それジェナちゃん!」
アシュクは我慢できずに、机に両手を乗せて身を乗り出し、ガルーラ君の鞄を見つめていた。
前屈みで興奮気味の彼の表情を見ると、ガルーラくんは温かい懐かしさを覚えて、恐怖は消え去っていた。
「あっ、そうです。にへへ。」
ガルーラくんはにちゃついた。
アシュクくんは、その笑顔を見てさらに親近感を覚えて、イブちゃんは二人だけのもちもちテリトリーの喪失を嘆いた。
そして、メノクスの催促が入り、アシュクくんはガルーラくんの頭にポンと手を置いて、バックヤードに入って行った。イブちゃんはほっぺを膨らませてそれを眺めた。
ガルーラくんは満更でもなさそうに、アシュクの手が乗った頭の名残をなぞるように撫でていた。
「もちっ!!」
イブちゃんが、座席から身を乗り出して、ガルーラくんの頭をわしゃわしゃし始めた。
ガルーラくんは、顔を真っ赤にして焦るが、イブちゃんは一心不乱である。もちもち上書きであった。
ガルーラくんの胃に粘つく吐き気は消え去っていた。
「はい、おまち。チャーシューラーメンチャーシュー全抜きね。」
「もちっ!!ありがとうございます!」
メノクスが運んできた醤油ラーメンであったが、メノクスは彼女が満足する名前をわざわざ呼んだ。
イブちゃんは満足そうに醤油ラーメンを受け取り、割り箸をへし折り、割り箸2本目を綺麗に割ったのを確認して、醤油ラーメンを見つめた。
どこまで行っても事実醤油ラーメンで。
それは学園都市の階層を超えた先の金星でも醤油ラーメンという認識しかない。
しかし、イブちゃんだけにはチャーシューラーメンチャーシュー全抜きであった。
このこだわりこそが人の面白さと良さであるのだ。
ただ、これは醤油ラーメンであった。
「ズルルルル!!おいひぃ!チャーシューラーメンチャーシュー全抜き!!」
醤油ラーメンである。
「チャーシューラーメンチャーシュー全抜き!?それ、醤油ラーメンだろ!」
「アシュク!やめないか!」
黒ティーを見に纏い、頭部にタオルを巻くアシュクが、裏方から顔を出して叫び、すぐにメノクスに口封じを受けた。
イブちゃんは一瞬固まりかけたが、すぐに醤油ラーメンの美味しさにほぐされて、ぷにぷになっていた。
ガルーラくんも、到着した半チャーハンを頬張り、半ラーメンの汁を啜る。
「なんかあの二人見てると、なんか懐かしいな。もう一人いた気がしますね。」
アシュクは厨房に入って、カウンターのその先の座席でラーメンとチャーハンを食べるイブとガルーラを見つめた。
特に、アシュクの視線はガルーラに向けられていた。
「そうだな。もう一人いたな。」
メノクスも大変満足そうに呟き、中華鍋を振っていた。
「このメンマ、シャキシャキですよ!」
ガルーラが突如店内で叫び散らす。
「そう、シャキシャキ……シャキ………そう。なんかもう一人居たんだよ。」
アシュクくんは頭に霧がかかるように、その光景は鮮明には思い出せない。
断片的に夢に見る、あの重苦しく息が詰まる、空飛ぶ船の廊下を思い浮かべた。
同時にそこを歩く、妙に安心も感じる不思議な三人の並びも思い浮かべていた。
その三人の中に、確実に自分はいて、前の座席に座るガルーラも絶対にいたのだ。
そして、最後の一人は眼帯をつけていて、しかしそれ以外を思い出すことは出来ないのであった。




