第六十五話 春って結構粘る
「あの、美味しい?」
ガルーラ君は、正直飯どころではなく。
お箸で卵焼きをツンツンしながら、横に身を寄せ合うイブちゃんへ声をかけた。
寒空の下。同じ外見のお弁当を膝に乗せ、階段に腰掛けて、ピッタリと体をくっつける二人。
傍から見れば、カップルだろう。
「うん……おいひ。さすが、ゴードンラムゼ○の息子。」
イブちゃんは、ニマニマしながら唐揚げや、エビをほっぺ一杯に頬張っていた。
そして、ラムゼ○の息子という嘘は、なぜか信じられてしまった。
『ま、まずい!こんなカスみたいな嘘を信じるほど、馬鹿なんだ、この子!』
彼の脳内には、イブちゃんのおでこにお馬鹿というお札を貼るように、レッテルを叩きつけた。
失礼極まりない。ただ、イブちゃんは確かにちょっとおばか。
「足りる……?」
「足りない。」
「唐揚げいる……?」
「いるに決まってる。」
「でも、さっき唐揚げ食べてなかった?」
「うん。私の分は食べたから、いるの。」
図々しいな。
二人の会話は、ご飯を中心に弾んでいた。
御恩と奉公の関係。ガルーラの奉公の、一方通行。
弁当を介して行われる、封建制度。
ガルーラは、土地は頂いていない。
というか、何も頂いていない。
ここでアダムくんなら、あのノンデリクソカスヨウと同じくらいカスの主人公気取りのカスなら、逆にイブちゃんを
奉公の側に置いて、自分を主君の側に置くだろう。
それは普通であるのだが、女の子相手にそんなことするのがサイテーである。
下心しか見えない。
主人公の座はガルーラ君に委譲する。
主人公の座の、長子相続である。
ガルーラくんの方が、キャラとしては先に発案したから。
アダムのカスは、自立するかガルーラのお手伝いとして、家に居候するかの二択で、後者を選ぶなら永遠のニート扱いが付き纏うのだ。
それが悔しいなら、地の文の知識不足で更新の止まってる、「アイアンメイデン」のゲディ・アーレみたいに、戦場で戦果上げてこい!かす!!!
「少食なの……?」
イブちゃんは、ガルーラ君側のお弁当が全く減っていないのを見て、首を傾げた。ほっぺにお弁当をつけて。
「なんかちょっとね。毎回豪華すぎて、胃もたれするんだよね。アルマイトの弁当に、ご飯敷き詰めて、たくあんと梅干しかき込みたい。」
『昭和か。金持ち故の庶民への憧れか。
嫌味か。長子相続の余裕とは、こういうものなんだな。』
突如、アダムくんの思念が、この作品のバイオセンサーを通して、宇宙を駆けはじめた。
テーテテテテーテー!テーテテテテーテー!
新星歴で昭和なんて言葉。神聖ローマ帝国並みの親しみの無さだと思うのだが。
「じゃあ、明日も分けて食べてあげるね。」
イブちゃんは、再び太陽の陽に当てられ微笑した。
ほっぺにお弁当をつけて。
彼女は基本的に、無表情な女性であるというのは、この数十分のやり取りでも、よくわかる話である。
しかし、だからこそ、その微笑はワンピー○のように貴重であるのだ。ワンピー○の正体は知らないし、この仲間だ!とか言われたらずっこける。
『は、儚げ女子………!』
ガルーラくんの脳は焼かれた。
儚げ女子と言えば、ぱ、ぱや波!!ぱや波に脳が焼かれる!!
映画館で、シンエヴ○で、ぱや波い、良い!って思ってたら、く、首飛んで!吐き気が!!!
『心に何か、何か決定的なオーガニックがある……!』
ガルーラくんがそれを自覚する頃には、微笑するイブちゃんの顔から、ほっぺの米粒は消去された。
ガルーラは、彼女の内に、水面が凪いで、完全な静寂に包まれる、あの穏やかさを見た。そして、同時に彼女に対しての庇護欲が彼を包む。
悲しいことに、自分がその水面へ近づけばこそ、完璧な均一性は失われてしまうのだ。
「あ、でも。友達も来そうだから……僕は今日限りで!」
ガルーラくんは、お弁当をそそくさとしまう。
ガーーン!としている、彼女の膝上の空のお弁当もしまった。
「え………」
暫くの放心の後、喉から搾りかすのような声がでた。
イブちゃんのお腹の虫は、学校の楽しみの一つが消え去ったことを悔いた。
「あ……お箸も取っちゃった。ね、狙ったわけじゃないです!ちゃんと返します!本当に間違えたんです!ねぶってやるなんて、そんなこと考えてないです!」
考えてないなら、わざわざ言うなよ。
ガルーラくんは、あたふたと弁明しながら、その箸をイブに手渡した。
「………明日も、友達は来ないけど。」
イブちゃんは、立ち上がったガルーラくんの温もりを失って、途端に冬の寒気を一身に受け、身を丸めた。
「でも!やっぱさ!ねっ!そういうこと!」
ガルーラはまだあたふたとしている。
こういう時は、肝心な中身を何も言わないのだ。
どういうことなのだ。友達来ないって、明日も来てって言われてるのに。
「…………そう。今日はありがとう。ご馳走様。」
イブちゃんは、ションボリとした様子で、時間を確認した後、スマートフォンを取り出す。
しきりにバナナトークを開いて…………
クラスの友人、女子グループから、鬼電と鬼メッセージが来ていた。
ガルーラくんは、弁当を持ち上げるついでに、その画面を見た。
冬の風に乗っかりながら、肌を襲う戦慄がやってきた。
『彼女と居るところを見られたら、ぼかぁ、死ぬぞ!』
人間は死なん。そんなことでは。
「ねぇ、よかったら。………あ。」
イブちゃんが、スカートの砂煙を払い、前髪を強く揺らす風に一瞬苛立つも、再び期待の眼差しでガルーラのいた空間を見上げた時。
その冬の突き抜けるような、拍子抜けの風音と共に、先程まで居た人間の空間は、若干彼の名残を残して、空白となっていた。
「はぁ………。何か変なことしちゃったかな。トボトボ」
イブちゃんは、自分のお弁当と、お箸を包みに貫通させて。バナナトークの交換画面を閉じ、教室へ帰っていった。
☆☆★
「はぁ。あの子のクラスどこなんだろ。」
ガルーラくんは、トボトボと歩き、スマホを開く。
猫背で、夜中の配信視聴による薄い隈を持ち、眠たげな瞼と、冴えない瞳。
暗い画面に映る自分と、先の彼女の顔を思い返すと、
どうも天と地ほどの、いやそれ以上の、バベルの塔を完成させなければ、到達できないほどの差があった。
『サグラダファミリアが完成したから、僕もいけるか?』
サグラダファミリア完成は、彼らにとってはピラミッド完成と同じ時代感覚である。
廊下には、窓に身を乗り出したり、肘を置いたりして会話する男子。トイレの中から聞こえる、女子の爆笑。
立ちながらパンを貪るクロワッサン(パニバリズム)
肌のぬめり気をタオルで拭う、こんにゃくなど、様々な人種がいる。
そして、やはりその生徒たちには、どこか恋の色香が香るのだ。現に、窓に手を置く男子生徒は、クラスの中にいる、孤独の文学少女を何度もチラチラと見ては、それがやがて友人に勘付かれ、弄られているではないか。
クロワッサンも、頬を赤らめ、興奮しながら、手元のフランスパンを食している。
廊下の猫は、自分達の交○を見られて、生徒に怒り散らし。空を駆けるドラゴンは、地面を同じく駆けるトラックの、その荷台の膨張の曲線に、ひどく興奮を覚えた。
自分の隣に腰掛けた、あの吸い込まれてしまいそうな瞳。
匂い、そして髪。彼女の唇。太陽に照らされ、輪郭を際立たせる鼻筋。
それを思い返すと、胸に詰まる圧迫感と、右腕にゾクゾクとした痺れがやってきた。
『ぼ、ぼくあの子すきなんじゃないの!?』
これは、第二部の展開の拡張のために、実験的に行なっている側面もあるから、好きになってもらわなくては困る。
「おい!次体育だぞ!」
制服姿でゆったりと歩くガルーラの背に、快活な声が、無遠慮にぶつかってきた。
クラスの、ニョック君の声である。
「まだ着替えてないのか!?グラウンド集合だし、教室女子の着替えに使われてんぞ!」
ニョックはそれだけ吐き捨てて、ガルーラを心配そうに一瞥した後、合流したヨウ達と叫びながら言ってしまった。
「あ………あの。……ありがとね―。」
ガルーラくんのお礼は、後ろから萎むように消え去った。
☆★★
自分の教室は閉め切られていて、扉の小さな窓枠も、カーテンで閉じられていた。
『どうしよう。』
こういう時、本当に焦る。
「ギャハギャハ!やっぱ〜〜は、ガキっぽすぎるし!」
「〜〜〜ね!ガ………だからね!」
自分の悪口を言われているつもりになり、扉の前で震えるガルーラ君である。
「はぁ、アダムくんが居たら、こういう時間は一緒に待ってくれてたのかな。」
廊下の壁にもたれかかり、スマートフォンの時計を眺めると、授業開始が迫っていた。
遅刻は避けたい。目立つし、怒られるし。
突如、扉がガラリと開く。微かに覗かれる、闇の空間。
そして、女の子の匂い。頭を駆け回るのは、ただひたすらに弁明の言葉であった。
「あ……ガル……マイコンくん?」
女の子グループに囲まれた、メサちゃんである。
「あの、お弁当しまい忘れてしまって、体操服取りわすれてしまって。覗くつもりはありません!それを、スマートフォンに収めようと言うつもりも、全くありません!」
無いなら言うな。そんなこと。
「うん。知ってる。じゃあ、取ってきてあげるね。」
メサちゃんは、ガルーラくんのお弁当を手に取り、
スマートフォンも手に取り、先ほどのお詫びかのように、教室へ戻っていった。
「二人はデキてんの?」
メサちゃんの囲いの一人の女生徒が言った。
ガルーラくんは、そうそう喋り慣れていない、カースト上位の生態系の生き物のプレッシャー相手に、萎縮した。
☆★☆
――無事着替えを終えたガルーラくん。
ゼェゼェ息を吐きながら、再び冬の寒空に当てられた。
しかし、この青空の下に集まるグラウンドの、冬の空気はそう悪いものでは無い。
夏はくそ。梅雨の頭の体力測定はくそ。
「始めるぞー!走れ!!」
体育教師のラッツェル先生である。ジャージ姿である。
体育委員の陽キャ男子が茶化すように、走って〜!と叫んでいた。それを、横目に見て笑うのは、同じグループの女子と、体育委員女子。それと、一軍メサちゃんであった。
この、ガルーラくんやアダム君と同じレベルや次元で生きていない。この、学校での絶対的な地位がある感じ。
この、格差。ね、ねとられの波動を感じる………
ネトラーレエナジー!!この作品、やはり、何か決定的に、NTR的なものが足りない!!
話を戻すと、この茶化しをやって笑って許される人生、そんな甘い人生を送っていれば、そりゃ社会に出た時のギャップで鬱にもなる。
『ざまあないぜ!!のんびりと生きてるからだろ!!!苦しめよ!それが、人間ってもんだぜ!!貴様の学校での、おちゃらけの許しというのはな。やはりな!世渡り上手ではないんだよ!ただの、イエスマンに囲われているだけなんだ!!ほら!苦しめ!苦しんで会社に行かなければ!明日は来ないんだぞ!!言葉遊びをしてんじゃないよ!』
停学中のアダムくんの私怨が走った。
『イエスマンに囲まれた、出来レースのアオハルをせいぜい楽しめよ!死刑実行の、余暇なのだからな!!』
アダムくんの思念は止まることを知らない。
その間に、学生の整列が済んでいた。
同時にチャイムが鳴り、ガルーラくんも肩を揺らしながら列に組み込まれた。
そして、幼い頃から叩き込まれるこの整列。
その、整列の枠に、なんとか自分の身を捩らせて、ねじ込んで居場所を作るのが、社会である。
それができないなら、死ぬしかないのだ。
「えー。今日は天気も良いし、空気も澄んでる!
長距離!四キロ!なんてことはないな!」
ラッツェル先生の、学生死刑宣告が放たれた。
「先生も走るんですか――?」
囚人番号466635、おちゃらける竿役クソカスのヨウ。お前は、社会に出たら、その出しゃばりは徹底矯正されるだろうな。楽しみだよ。
「馬鹿言うな。私は24だ。もう、体は動かんよ。」
ラッツェルは、そんなヨウを睨んで、体育教師にあるまじき発言をした。冗談で言ったのか、本気なのかわからず、ラッツェルは怖いので、笑って良いのかもよくわからなかった。
「クスクスクスクス!」
「クスクスクスクス!!」
ニヤニヤするのは、466635と、466629。
貴様ら、独房入りだ!出てこい!早くしろ!!
★☆☆
ピッピッピ!ピッピッピ!ピッピッピッピっピッピッピ!
グラウンドから聞こえる笛の音。
頬杖をついて、主人公ポジション、窓際座席に腰掛ける、イブちゃん。
科目は、現代文である。
お昼の後の、この時間。ストーブが暑苦しいので、窓を控えめに開けて、ブランケットを膝にかけるイブちゃん。
ペン回しが出来ないので、ひたすらに退屈である。
教室のどこかで、底を窪ませて、ペン立てにできる筆箱を、ひっくり返す音がした。
シリコンの、ハン○によく売ってた、昔流行ったアレである。あの、猫のバージョンとかあったやつ。
クラスの男子は、その丸みを帯びた頭と、その首にあるジッパーのつなぎ目を見て、ちん○にゃ!と叫んでふざけていた。
「はぁ。」
イブちゃんの頭には、そんな雑音を掻き消す、ただただ虚無感があった。
ガルーラくんの、お弁当を食べ終わった後の、気まずさと拒絶感を含むあの表情。
それが、霧のように広がり、ひたすら頭を覆っていた。
「では、ここの人物の発言は、何を指しているのか。
ナティア、また寝ようとしていたな。言ってみろ。」
「………はい。お弁当をくれた彼です。」
「違う。」
イブちゃんは、再びため息を吐いて、窓の先のグラウンドを見下ろした。
そして、2階から見下ろす点が、グルグルとグラウンドを回っているのが見えた。
その赤いジャージの人々の中に、見覚えのある青年がいた。
目を細めて、ジーーっと見つめていると、やはり、太陽の陽射しと影に見え隠れする、ガルーラの姿があったのだ。
しんどそうな表情で肩を揺らし、最後尾を駆ける彼。
しかも、如何にも運動が出来そうな、サッカーユースのイケ男子が、それを軽々と追い越していた。
そして、それに追いつこうと走るヨウ。
どこにでも出しゃばるな、こいつは。
独房入りと言っただろ!脱走中!被験体が脱走中!
Bブロック閉鎖!!
しかし、イブちゃんの瞳には、そのキラキラとした瞳には、ガルーラくんしか映っていなかった。
「おい!マイコン!周回遅れだぞ!!」
その彼は、マイコンと言うらしい。
マイコン……マイコン……財閥のマイコンなのだろうか。
ゴードンラムゼ○は、稼いでいそうだし、特に疑問はなかった。
ゴードン・ラムゼ○………。
異母の場合もあると、イブちゃんは詮索はよした。
情けない表情、情けないフォーム。眠たげな顔。
ジャージは顎の下までキッチリと閉めていて、肩がむず痒くなったのか、肩を回しながら、ゆっくりと走るガルーラくん。
「ぷぷぷ」
イブちゃんは、我が子を見るように、それに対して微笑んだ。
「ナティア!何が面白いんだ。ここを答えてみろ。」
「はい、グラウンドで走る、ちょっと気になる彼です。」
「うん、全然違う。」
再び座席に腰掛け、ワクワクしながら外を眺めると、
腰に手をつき、諦めたように歩き出したガルーラがいた。
「ぷぷぷぷぷぷぷ!」
イブちゃんは必死に笑いを堪えた。
しかし、アダムがクラスの女子に向けられる蔑みの目ではなく。ひたすら愛を感じる目線であった。
イブちゃんは鈍感系なので、これが恋なのかは知らない。




