番外編 ジーネン(22)アダムくん(13)
――六年前のことである。
桜が散って、花びらの代わりに毛虫が降り始めるクソのような、四月の終わり頃。
お昼前の10時である。
ジーネン・スレーズさん(22)は、エルガー学園を卒業した新卒である。家政婦としての職に就く為に、クリーニング系の資格を取得し、栄養士の資格も取得した。
そして、スーツケースを地面に擦り、荷物をガチャガチャと鳴らし、鼻息フンフンで住宅街を歩くジーネンさん。
青紫の髪をポニーテールでまとめ、前髪を揺らす。
今日から早速初出勤なのである。勤め先の家はヴァレン家と言って、どうも両親諸共、二層先の階層都市へ赴任してしまうらしい。
そして、そこのお子さんがアダム・ヴァレンくん(13)中学一年生である。ジーネンさんは、最初保育士志望であったが、この学園都市は少子化傾向であり、大元の地球が人種の偏りや、少子化の傾向であるので、採用を打ち止めされてしまったのだ。
そのための、家政婦である。しかも、アダムくんは実質一人暮らしになってしまうからと、住み込みの仕事であった。これは、同人に良くある展開になりそうだが、二人の関係的にないだろう。この時は、ジーネンはそんなことを知る由も無かったのだが。
桜の花びらが地面に踏み込まれて馴染み、勝手に押し花になっている頃。ジーネンは比較的大きな二階建ての一軒家の前に立ちすくんだ。
庭もあり、サッカーボールや植物。ミニゴルフの用品があることから、アダムくんは両親に愛されていないとか、そういう訳ではなく。本当に仕事の事情であるらしい。
それであっても、ジーネンは自分の子供がいれば、このような対応はしたくはなかった。
しかし、アダムくんとの暫くの二人暮らしも、それはそれで良い経験になりそうであったので、この仕事を選んだのである。ちなみに、現実であればなんらかの法に引っ掛かりそうである。
ジーネンが深呼吸をして、ポストと併設されたインターホンを押し込もうとした時、黒を基調とした擬似的な木目の扉はガチャリと開いた。
「こんにちは。」
そう言うのは、若干茶髪でチクチクしそうな短髪姿の、パーカーのおちびであった。おちびと言っても、身長は163程だろうか。ジーネンが172であるのと、アダムくんは手元に携帯ゲーム機と中学生特有の口をへの字にした顔をしていたので、おちびに見えたのだ。
「アダムくん?こんにちは。ジーネン・スレーズです。お母さん達いるかな。」
ジーネンさんは、アダムくんの前に屈み込む。ジーネンさんは黒いスーツ姿だが、中のVネックブラウスから色々見えそうになって、アダムくんは鼻の下を伸ばした。
ジーネンはもちろんそれに気づいて、これからの生活が不安になる。
実際、ジーネン自体もこの直前までは大学生であり、彼氏や友人と遊び惚けていたことが事実であるから、いきなり仕事として子供と関わっていくことの不安はあった。
「もう、二人とも行っちゃいました。どうぞ、上がってください。」
アダムくんは、声変わり直前のガラガラとした声で呟き、ジーネンを玄関に迎え入れた。
「お邪魔します……。」
木の香りと、靴箱の花のような芳香剤の香りがジーネンを包む。靴は、アダムくんのものだろう。運動靴が並べられ、大人のサイズのものは靴箱の底へ避けられていた。
ジーネンはスーツケースを玄関の上がり框に置くと、自身も腰掛けた。
アダムくんは、それを見てペタペタとリビングへ向かったようである。
ジーネンは自身のハイヒールを土間の端っこに置くと、アダムくんの散らばった靴も整えておいた。
アダムくんは、相変わらずゲームをピコピコとやりながら、リビングの扉に寄りかかり、それを見ているようだ。
ジーネンが廊下に上がり込むと、洗面台に一直線の道と、右に二階への階段。一直線の廊下の左右にリビングへの扉と、トイレの扉があった。
アダムくんは、ジーネンを見上げながら、相変わらず無愛想な顔で紙を差し出した。
「これに、ま……お母さん達が書き残したこと色々あります。アレルギーとか、洗剤のこととか、色々。」
アダムくんは、ゲーム片手にその紙をしならせながら差し出す。ジーネンは丁寧にお礼を言って、それを見つめる。
やはり、紙にはぎっしりとアダムと家についての情報があった。それが、実験の被験体の資料を見つめているように思えたのは、最近見続けていた悪い夢の所為だろう。
「アダムくん、お部屋の案内してくれるかな。」
ジーネンがそう言ったのは、アダムくんとの交流を深める意図があったからだ。
しかし、アダムはえーっ!とめんどくさそうに呟き、
リビングに入らず、扉を指差す。
「はい、リビング」
『こいつ……!』
ジーネンは早速キレかけたが、まだ抑える。
「はい、こっちトイレ。」
アダムはその指を反転して、次はトイレの扉を指差した。
『イライラ……』
ジーネンは段々と苛立ちながらも、そのアダムを見つめる。
「奥、風呂。洗濯機あって、シャワーと風呂入るとこがあって、トイレ別。」
アダムは適当に言って、鼻くそをほじり始めた。
ジーネンが家に上がって5分も経たずに慣れたようである。
「じ、じゃあアダムくんのお部屋は?お二階?案内してくれる?」
ジーネンの怒りメーターはグングンと上昇していた。
「えーー!」
えーじゃないだろ。アダムくんはぶつぶつ言いながら、ジーネンを手で促した。中学生特有のラップか流行りの曲を歌いながら、階段をトントンと上がる。
その短パンの足が、まだすね毛に包まれずスベスベであることから、後をついていくジーネンはクスりとわらった。
男を知ってるが故の、可愛さの着眼点だろう。脳破壊。
「はい、部屋です。」
「いや、きったね。」
アダムくんが扉を開いた時、床に漫画や書きかけのイラストやスマホを持たせてもらえないが為の、ウォー○マンやアニメcdが床に散漫してるのを見て、ジーネンは思わず呟く。
アダムはそれを受けて、ガーーンとしていた。
いや、当たり前である。
アダムくんが、それらをぐちゃぐちゃと踏み抜いて、部屋に無理矢理侵入する。ジーネンも、ストッキング越しの足で恐る恐る部屋に侵入した。
クシャリと何かを踏みつける音。
それはめちゃくちゃ下手な絵であった。
目のサイズ的に、アニメキャラクターである。
「なにこれ」
「み、見ないで!!」
アダムくんは、ジーネンの足元により、それをクシャクシャにして捨てた。
顔を真っ赤にしてオドオドする様で、またジーネンはクスッと笑う。結構可愛い気があるというのが、感想であった。
「部屋汚いね。私着替えてくるから、それで一緒に掃除しよ!」
ジーネンはスーツを腕まくりして、アダムに笑いかける。
なんだか、この生活は上手くいきそうな予感がしていた。
「いや、家政婦なんだからジーネンさんが一人でよろしく。」
アダムであった。ジーネンは、これは生活は無理だなと悟った。
***
ーーお昼である。
「アダムくん、お昼何食べたい?」
片付けを一通り終え、このお家のシステムを一通り把握したジーネンさんは、キッチンに立ち、ソファに寝そべってゲームをするアダムを見つめた。
「んー。」
「いや、んー。じゃなくてさ、何食べたい?」
ジーネンは苛立ち始めた。アダムくん、かれこれ2時間ほどゲームから離れないのだ。そして、会話がめちゃくちゃに適当である。
「んー。カレーかボンゴレ。」
アダムであった。ジーネンはそれを受けて、冷蔵庫を開く。なんだか、召使の気分であるが、真実そうである。
「ねぇ、アダムくん、ゲーム午前午後に分けて1時間ずつにしよっか。そうしよっか。はい、決定。」
ジーネンさんは、笑顔を崩さず、しかし不満オーラを一杯にして、食材を並べた。
「えーーー!?な↑んもできないじゃん!!」
アダムであった。ようやく、ゲームをソファの脇に置き、ジーネンを真っ直ぐ見つめた。
「アダムくん、ゲームするよりね。大切なことって沢山あるの。本読んだり、本読んだり、本読んだり、勉強したり、運動したり。」
「うん、でもさ。刺激がないよね。」
これはアダムくんである。
「ド○ガキが。」
ジーネンは、あまりお手伝いに向いていないんじゃないだろうか。
ゲームをいざ辞めて、ジーネンがご飯を作り出すと、アダムは周辺をウロウロし始めた。テレビをつけて見ていたが、最近のテレビはつまらないと言って、十分ほどこれである。
ジュー!チョコチョコ。
チャッチャッチャチョコチョコ。
「ねぇ、アダムくん。あっち行ってな?」
フライパンを手に持って、パスタを回しながら迷惑そうにするジーネンさん。
「中々手際が良いですねぇ。」
言わずもがな。くそがきである。
『しばくぞ。』
この人お手伝い向いていないのである。
☆☆☆
ボンゴレ二人前は、市販の素を使って若干手を加えれば、数倍美味しくなる。もちろん、素のままでもいい。
「うっひょーーーー!」
ほかほかパスタをもって、リビングのテレビ前のテーブルまで走るアダム。
「落とすよー。」
ジーネンも言いながら、そのパスタを持っていった。
アダムは、チョコチョコと歩き回り、お茶やコップを取り出した。
「ジーネンさん、使ってないコップあるから、これジーネンさんのね!」
アダムの声はどこか明るく、テーブルに座ったジーネンも表情が柔らかくなった。
「結構可愛いとこあるじゃない。」
『うん、ありがとうね。』
逆である。
ズゾゾゾゾ!!ズゾゾゾゾ!!
アダムは、二人で手を合わせるなり、いきなり箸でパスタを啜り始めた。
ジーネンは、それを信じられず、フォークを手に持って、そのアダムを見つめた。
「アダムくん、いっつもその食べ方なの?」
ジーネンがアダムにパスタの湯気越しにつぶやいた時、アダムは心底不思議そうな顔をした。
「……?うん!」
『育ち悪りぃな。』
ジーネンである。お手伝い向いてない。
「アダムくん、パスタはこうやって巻くんだよ。」
ジーネンは言いながら、パスタをクルクルと巻いて、一塊を作った。
「うん、その食い方、髪の毛の束食ってるみたいで、好きじゃない。」
アダムである。どんな感性なのだろうか。
『食欲失せるわ。』
ジーネンである。二人で暮らすのは難しそうである。
しかしその時、開けた窓から春の名残の空気が差し込んだ時、ジーネンは切ない気持ちになった。アダムくんもそれは同じで、目の縁には涙があった。
「父さんとま……お母さん。帰ってこないかも。」
アダムくんはそう言って、涙を誤魔化すためにパスタを啜る。
ジーネンはそれを見て、やはりこの家には来てよかったかもしれないと、感じるのだ。
自分が巻いたパスタを、アダムくんのまだもちもちのほっぺへ差し出した。
「………?パスタあるよ。」
アダムくんは、自分のお皿のパスタをもって、ジーネンに差し出した。
「いーから。」
ジーネンはそれを受けても、アダムくんに出したパスタは下げない。月曜が近いのかもしれない休日。
設定を忘れたので、平日かもしれない。
その陽気な日差しと、庭に生える緑、それを照らす青空と太陽は、白いカーテンを揺らしながら、アダムとジーネンへ差し込んだ。
アダムくんは、恥ずかしがりながらジーネンの差し出したパスタを食べて、美味しいと言うのである。




