第五十八話 業火の三者面談
――来る月曜日
扉の先でノックを遥かに超えた、打音が連続した。
その音は、布団に包まれてぬくぬくとするアダムの耳を侵し、あまりにもうるさいので、掛け布団に体を押し込める。
「アダム!アダム!仕事でしょ!お迎えのヴィーナさん行っちゃったわよ!」
扉の先で若干こもり気味のジーネンの声は、アダムの両の目をバッチリ覚醒させた。
アダムは、寝起き特有の倦怠感を、鼻一杯に吸い込んだ空気を吐き出す音と共に、吹き飛ばす。
ムフーッである。
『まぁま、何を焦ってるんだい。今日は日曜日だよ。』
アダムは内心で、外で騒ぎ散らすジーネンを馬鹿にしながら、スマートフォンを開いた。
時間は9時21分。月曜日、曇り。
「パァッ!ハアッ!フックゥゥック!ハッ!ドリャッ!セイヤッ!」
アダムは突如、布団から飛び起きて正拳突きを始める。
股座を開き、腰を空気椅子の容量で据えて、左右の腕を捻りながら交互に前に出した。
アダムは自害を決意した。
♪♪♪
「もしもし、エトセーラさん。はい。はい。え……今日有休……?僕が?あ、エトセーラさんがね。
はい、はい、ギランミさんに電話……?はい。」
アダム君は、スマートフォンを耳に当て、ジーネンから喰らったたんこぶを撫でながら、ヘコヘコ頭を下げた。
そして、通話が終わり次第、アルメイア邸へ電話を行う。
プルルルル。プルルルル……
布団の上で正座するアダムくんは、冷や汗が止まらず、パジャマがじめっと肌に張り付いた。視線が定まらず、ソワソワとユナちゃんポスターや、丸めて部屋の隅に投棄されたジェナちゃんポスターを手で弄る。
「はい、アルメイアです。」
その声は、男の声であり。聞き慣れたフェスターのものである。彼は雑用なので、掃除から電話取りまでなんでもするのだ。
「あの、アダムです。寝坊しました。」
「ギランミさんに変わるわ。へへっ!おめぇ、絶対叱られるぞ!ざまぁないね!この、はなくそが!」
フェスターの事務的な口調は、アダムの『あ』という言葉を聞いた瞬間に弾けた。お互いを揶揄うクソガキのように、フェスターははしゃぎながら保留ボタンを押したのだ。
アダムくんはイライラしたが、仕方ないので黙り込んだ。
それが余計に悔しさを生んだ。
「はい、お電話変わりました、ギランミです。アダムくん。寝坊か。何かあったのかと思って心配したよ。ヴィーナは何も言わなかったし。」
ギランミの声は、比較的穏やかであり、アダムくんは内心ホッとした。あの短編集で言った通り、怒られずに育ってきたアダムくんは、叱られることを極度に嫌っている。
「ははは。」
アダムは愛想笑いをした。
「姫様が言ってたけど、今日三者面談らしいよ。だから、アダムくん午後休にしようと思ってたんだよね。まぁ、午前も来てないから、全休なんだけどね。」
ギランミは衝撃の事実に合わせて、ちょっと皮肉っぽく言ってきたので、おそらくめちゃくちゃキレてるのだろう。
「すいません、何も知らされてません。」
沈むアダムくん。
「本当に?プリント配られてるらしいけど。姫様曰く、アダムくんの反省文の中に入ってるって……」
アダムは、メサちゃんがなんでそんなことを認知してるのだと思いながら、自身の机を侵略している紙の束に手をかけた。反省文の束の中に、それはポツンとあったのだ。
「ありました。」
「あ、そう。午後の枠にアダムくん入ってるでしょ?」
「ありますけど、ぼかぁね。停学なんだよ!」
とても自慢できることではなかったが、アダムくんは一抹の希望にかけて、そう叫んだのだ。
「いや、停学の状況確認、指導と提出物の一部回収の名目らしいけど………」
ギランミさんは、最早アダムくんのお姉ちゃんに思えた。
「お姉ちゃんって、呼んでいいですか。」
アダムくんの全人類ママ化計画が始まった。
「駄目に決まってんだろ。あと今日の分、今週の土曜に出勤してね。それじゃ。」
電話はキレて、プープーッと静かな音が、アダムの鼻息を反射させた。
自身の手元の紙、なぜか自分の名前の枠の上にあるのは、ユナちゃんの名前である。なぜ、担任のラッツェルとユナが面談するのだ。そして、アダムの後はメサちゃんであった。
『これはまずい、ほぼ母親のジーネンさんの前で、女の子と喋ってるところ見られたくない………』
それはアダムの本能であり、そんな本能は、思春期から脱していない証明に思えた。
「アダム、あんたラッツェル先生から電話来てるよ!三者面談なんて、聞かされてなかったけど!(彼氏と)お出かけの予定入れちゃったんだけど!」
突如、ジーネンがアダムの部屋に駆け込んできた。
「まぁま、すんまへん。」
アダムはぶん殴られた。
♪♪♪
やはり、学校の喧騒は神経を逆撫でる。
グラウンドではしゃぐサッカー部の声。下ネタを平気で叫ぶ中等部のガキども。タオルをお尻に忍ばせ、尻尾鬼ごっこをする小学生。Tik○okを道端で撮り始めるJK。
女子学生の前で、ヤンチャをして気を引こうとするカス。
喧騒の種類は様々だが、全てがまごうことなき、喧騒であるから、アダムは苛立った。
そして、その逆撫で方はねこじゃらしで顔を擦られる撫でられ方だから、アダムくんは猫に同情もする。
下駄箱までやってくると、コソコソと喋っている女子学生がいた。
『けっ、邪魔だってんだよ!』
アダムくんは、制服でツカツカと歩き、それを横目に下駄箱を開く。
しっかりと正装をしたジーネンも、無言でアダムの横を歩き、ハイヒールのツカツカ音を鳴らしていた。
「これ、アダムの下駄箱に一緒に入れてくれる?」
ジーネンは言いながら、スリッパを取り出していた。
「………入らないよ。それトゲトゲしてるから」
アダムは、めちゃくちゃボソボソと喋り、屈んだ姿勢からジーネンを見上げた。
「お母さん若っか!」
「コソコソ!コソコソ!」
これは、下駄箱でアダム達を見る女子学生の会話である。
『くそっ!仕事の方がマシだってばよ!』
その仕事に寝坊したのが、アダムくんである。
やはり、人は一定のストレスに晒されなければ、生きてはいけないのだ。それが、野生動物にとっては四季と食糧の調達であり、人間にとっては対人によるストレスである。
「ちゃんとやってみてよ、私こんなの持ってられないから。」
ジーネンは言いながら、アダムの下駄箱を除く。
「持ってられるもの履いてきなよ!ラブレター!?そんなものないよ!やめてくれよ!」
アダムは言いながら、下駄箱をバンと閉めた。
横の女子学生は、高等部の制服を纏ったアダムがそんな姿勢なので、若干引いていた。
『見せもんじゃないんだよ!』
どれも、口には出せない言葉達である。
「あんた、家にいる時と全然違うね。なんで?」
ジーネンは、そんなアダムの背中をジト目で見つめた。
猫背のアダムの顔に指を添え、シャキッと立てとも言う。
「っさいよ!!」
アダムはジーネンの白い手を振り払って、上履きを履いて歩いて行った。
↑←↓→A
「あれ!アダムくんっ!停学終わった!?」
廊下を歩くアダムと、それに着いていくジーネンを交互に見て叫ぶのは、ガルーラである。
ガルーラも、三者面談で母親を待ち、一人ポツンと廊下から部活動に励む生徒を見つめていたのだ。
「あ……ウン。まぁね。じゃ。」
アダムはめちゃくちゃ素っ気なく、ガルーラくんはそれを不思議に思って食いついた。
「あ、お世話になってます。ガルーラ・マイコンです。」
その前に、アダムの母に挨拶である。
しかし、アダムの母親、めちゃくちゃ若くてめちゃくちゃ美人である。髪型は漫画によくある、死んでしまうお母さん系ヘアーである。青紫の髪色の、ルーズサイドテールであった。
「アダムがお世話になってます。こんな子といつも仲良くしてくれて………」
ジーネンは、母親のように挨拶をして、ガルーラにお辞儀をした。ガルーラは、お辞儀をした時にジーネンの服の隙間から下着が見えかけて、鼻の下を伸ばした。
こんな奴ばかりである。
『頼むから、頼むから写真集のことや、普段バナナトークで話してるスケベな話題を、今は出さないでくれ……』
アダムは内心で爆弾処理班のような思いで、ガルーラを見つめた。
「ところでさ、あのあとユナちゃん水着写真集買えた?」
ガルーラは、ピンポイントでアダムに向けて鼻くそを投下したのであった。
「おまえ、クスリやってんじゃねぇのか!」
アダムは、涙目になる。
ジーネンの不穏オーラを感じ取り、精一杯叫んだ。
それを言われたガルーラは、めちゃくちゃ驚いた表情をして、暗く俯いた。
『すまない、ガルーラくん。しかし、ここは君を異常者としてでっち上げなければ、僕がユナちゃん水着写真集を、まるで欲しがってる(事実)ようになってしまうじゃないか!だから、後でいくらでもチューしてあげるから、今はごめん!!』
アダムは内心で、ガルーラにブチュブチュキスするシュミレーションをして、その場を後にした。
ジーネンはそのきな臭さを、肉体を通して感じる勘というもので察した。
☆☆☆
廊下を暫く歩くと、1-Aクラスの前に辿り着いた。
そして、その廊下には座席が二席用意されていて、教室からは女の子のキャッキャとした声と、ラッツェルの嬉しそうな談笑の声がある。
そして、教室の小窓から察知した。やはり、ユナ・エイジールであった。
『くそ、あんたは大学部だろ!帰れよ!俺の前に、なんで、あんたが埋まってんだ!』
アダムはあまりの緊張とストレスのため、性格が歪み出した。
ジーネンゆっくりと椅子に腰掛け、アダムも隣に座る。
「ガルーラ君、大事にしなさいよ。」
ジーネンであった。
「中の教室の女の子、綺麗な子ね。お人形さんみたい。」
ジーネンは短い言葉の後すぐに、この言葉を挟んだ。
おそらく、なんとかアダムと話題を探しているのだろう。
本当に母親のようだが、お手伝いの彼氏持ち28歳女性である。
「あー、そういうのヨクワカンナイ。」
アダムは会話をしたくないので、そわそわと膝に手を置くのみ。
「お仕事の話ちゃんとした?上司の人はなんて言ってたの?」
ジーネンは話題が切られると、次の言葉はお小言への導線が引かれ言葉を放つ。
「あー、土曜に埋め合わせ。」
「そ。」
グラウンドの喧騒が響き、ボールがドン!ドン!と鳴って、教室からは笑い声が聞こえた。
廊下を歩く生徒達は、保護者同伴の人間は気まづそうに待っていたり、先に面談を終えて解放されたものは、気まづそうな人間を気にしないように学生トークを再開していた。
「土曜に埋め合わせってことは、起きるのは6時?」
ジーネンは手鏡を開き、自身のお化粧を確認しながら沈黙を破った。
「いつも通りだよ。」
アダムは話しかけないでくれオーラ全開で呟く。
「いつも通りって……あれ。いつも通りって6時だっけ?」
ジーネンは、すっとぼけを初めて話題を振っているように見える。しかし、本当に時間を忘れていた。
「後で話すよ!」
アダムは苛立ったようにして、膝の制服にシワを作った。
ジーネンはそれを見て、ため息を吐き、自分の子供の反抗期もこんなものなのかと思うと、若干倦怠感がやってきた。
背もたれに腰掛けるジーネンとは対照的に、アダムは背骨を曲げて猫背で前のめりに、座席に浅く腰掛けていた。
「背筋をもっとね。」
「ワカッテルヨ!」
それで二人の会話は完全に終わる。
――暫くして、教室の扉はガラガラと開いて、ふわっと香る教室の良い匂いと共に、アダムくんは本日1番の緊張と共に、目線を絶対にあげない覚悟をした。
「あ、すいません!ちょっとお待ちくださいね!」
そう言うのは、教室の扉を開いたラッツェルである。
普段のジャージ姿ではなく、こちらも正装である。
アダムは貧乏ゆすりをして、教室から出てくる厄災を避けようと、必死に大理石で作られた床を見つめた。
「ありがとうございました。あれ………」
しかし、その女の子の快活な声は、一度ラッツェルへ向いた後、確実にジーネン達に向いたのだ。
暫く足音がして、恐る恐る視線を右に向けると、驚いたような顔をするジーネンがいて、足音は自分の頭上に向かっているのがチリチリとした感覚でわかった。
そして、その足が止まった時、自分の目の前にあるのは、ミニスカートから顔を出す二つの太ももである。
「アダムくん、こんにちは。」
ユナちゃんの声が、アダムの頭上に降った。
「……………。」
アダムは無視である。
「アダムのお友達!?!?!?」
ジーネンは驚いた声を上げて、座席を立った。
教室の中からは、ガタガタと座席を移動させる音が響いたが、もはやラッツェルがどれだけ急いでも、手遅れである。
「ユナ・エイジールです。」
「アイドルの!?!」
ジーネンとユナはお互いにぺこぺこと挨拶を始めるが、ユナはこの手の社交的な関わりは慣れていそうである。
アダムの目には、ジーネンの方こそ素人に思えた。
失礼極まりない。
「あんた、すごい友達を持って!」
ジーネンは、本当に嬉しそうにアダムを見ろ下ろした。
当の本人は、汗を垂れ流し、トイレに逃げ込む戦略を練り始めた。
「この通り、普通の人間ですから!」
ユナちゃんは、ジーネンに買い被られすぎているような気がして、顔を赤くして照れた。
『おっ○いでかいな。』
ジーネンである。おい。
「友達じゃないよ……」
「!?」
「?」
「友達じゃないだろ!!」
アダムくんは、緊張とストレスにより性格が歪んでいるので、女の子とちょっと会話していると言う事実がめちゃくちゃに恥ずかしかった。
そして、座席を立ち、リュックを片手に手繰り寄せる。
ぽかんとするユナとジーネンを見つめた。
ユナちゃん、本日のヘアスタイルは、若干伸び始めた髪を一纏めにした、シンプルなポニーテールであった。
しかし、よく見るとブラウンの頭髪の一部は編まれているようである。そして大学部であるのに、エルガー学園は制服指定なので、大学部専用のベージュの学校指定、カーディガンのようなものを身に纏っていた。
ちゃっかり萌え袖もしているが、あざといと言う言葉は、もはや死語なのだろう。
そして、瞳のハイライトは消えた。
「確かに、友達とは思ってないけど挨拶したら返してくれる?それ常識だよね。せっかくこっちが気付いて話しかけてるのに、開口一番、友達じゃないってなに?こっちは知り合いだと思って話しかけてるのに、そんな突き放され方したら、どう思うかな。しかも女の子に対して。そういうところをもっと突き詰めないからさ、君っていつまで経ってもアルメイアさんを悲しませるんだよね。土曜日の夜バナナトークになんて連絡きたと思う?アルメイアさん。アダムくん最悪ってきたんだよ?何したの?あの後。私がお勧めしたヴィンテージレインコートをバカにした挙句、アルメイアさんにまた酷いこと言ったんでしょ。それで、今日は私の番なんだ。取っ替え引っ替えで、女の子を毎日罵倒するのが君の趣味なんだ。それ、やめた方が良いよ?まず、目を合わせなよ。
なんで地面見てるの?地面に私映ってるかな。私、今あなたの目を見て話してます。目を合わせるって常識だよね。
お母さん、こんなに綺麗で美人なのに、君ってなんでこんなに…………ブツブツブツブツ」
ユナちゃんは通常運転で、デレった。
「うんうんうん、そうだね。じゃあ、いくね。」
アダムはこのガトリングトークを脱する術を、夜なべして考えていたのだ。そして、それを実行したのだ。
「おまえ、なんもわかってねぇだろ。舐めてんのかよ。」
ユナちゃんは本性を現し、アダムくんの胸ぐらを掴み上げた。ジーネンは見て見ぬふりをして、教室からは
これでヨシ!とラッツェルが満足そうに言っている声が聞こえる。
「本当に、アダムと仲良くしてくれてるの?」
ジーネンはまだ信じることができなそうに、ユナとアダムを見つめた。
「いや、してない。これでしてるって言ったら、相手が勝手に言ってるだけ。」
アダムくんは、徹底的に女の子と仲良くしていることをバレたくなかった。今日、明日の夕飯の時間、必ずジーネンに揶揄われることがわかっているからである。
そして、ユナちゃんはそれを一瞬で察知したのだった。
「それは、とても仲良くさせてもらって。この間なんか、一緒に出掛けたりもして。ね!アダムくん見かけによらず女の子にも優しくて……」
全てでっち上げであるが、ジーネンは嬉しさで涙を流し始めた。
ユナちゃんは、あたふたするアダムを見てムフムフ笑った。この人かなり性悪なのであった。
「この間なんか、パンツ取られかけて。百式パンツって言うんですけど。」
「は?」
ユナちゃんの口から発された犯罪発言。実際獲ったのはユナであり。それは、シャキリのものであったのだが、ジーネンさんは文脈から見るに、ユナちゃんの百式パンツをアダムが取ろうとしたということになった。
そして、ユナちゃんは友達じゃない!とアダムに言われたのがイラついたので、このようにでっち上げた。
「ハーアッ!イヤーーッ!セイッ!セイッ!セイッ!セイッ!!セイッ!!セイッ!」
誤魔化すように叫び、正拳突きを始めるのはアダムである。
『うーん。才能ナシ。』
アダムのへなちょこな様を見て、格闘家のユナちゃんは内心で笑った。
「アダム、家でゆっくりお話があります。」
ジーネンの声は冷たく、アダムくんは凍り付き、ユナちゃんへ視線を向けた。
「ぷぷっ。」
ユナちゃんは口を押さえて、めちゃくちゃ馬鹿にしたように笑っている。
「この、ヤンデレ女が!!」
時代的にも、作品的にも最も放ってはいけない一言であり、アダムはジーネンとユナに顔面をぶん殴られた。
ユナちゃんはプリプリと怒りながら去っていき、ジーネンはユナちゃんに親として謝り、再教育していくと約束した。
「お待たせしましたー!どうぞー!」
教室のレイアウトを終えた、ホクホクラッツェルがジーネンと廊下に倒れ込むアダムへ声をかけた。
×××
二人が腰掛けると、ラッツェルは久しぶり。と冗談紛いでアダムに言う。
担任の先生というのも緊張しているので、保護者の前で命綱になるのは生徒であるから、こうやって声をかけるのだ。
「……ウス」
アダムは陰キャなので、適当に頷いて椅子に腰掛けた。
「元気にやってるか?まぁ元気そうか。」
ラッツェルは再び言葉をかけたが、どうせ適当に返ってきそうなので、書類をトントンと整理しながら自己完結した。
「えー、お母様にまず言いたいことは、アダムくんの成績はカスです。テストも最下位とは言わずとも、その周辺を彷徨いていて。それで、停学ですから、これはちょっと頑張っていただかないとかなと。」
ラッツェルは言葉を選ぶようにして、アダムに目配せをした。相変わらず猫背で、汗を垂らして震えるアダムくん。
「じゃあ、アダムくん。反省文の確認と、このあと解散したら生徒指導室に。はい、反省文出して。」
自身の前方のアダムは依然として、ワナワナと震えていた。ジーネンはジト目でそれを見つめている。
「………てません。」
「……………?」
「………いてません。」
「ごめん、声が小さいかも。」
「やりました!やったんですよ!必死に!!(完全白紙)」
アダムは叫んだ。リュックから取り出されたのは、文字が一文字も書かれず、クシャクシャにされた白紙の山であった。埃をかぶっているので、一度も手をつけられていないのだろう。
「おま………ちょ、おま……お前すごいな!よく、よくこれで来たな学校に!留年!!はい、留年確定!!高校生で留年って中々ないぞ!辛くないか!?生きてるの!!」
ラッツェルは最早ヤケクソになり、アダムに怒鳴った。声だけが怒声であり、内容も覚えていない。
「辛くとも、生きてなければ、辛くもなれないじゃないか!!」
アダムは言葉を絞り出した。
「じゃあ、書けよ!じゃあ反省文書けよ!そしたら、辛くないんだよ!このあほ!!」
暫く怒られ、ジーネンは涙をハンカチで拭っていた。
ラッツェルも同情し、最早怒るのもやめて、アダムくんも涙を流したが、別に誰も同情しなかった。




