第五十六話 スケスケレインコートと冬の寒空、宴もたけなわ。
センチメタル→センチメンタル
なんだこの、ヘビーメタルみたいな言葉はと思ってたら、言い間違えてるだけでした自分が。
足舐めます。足舐めさせてください。
ぶっ壊された試着室の隣、二つ目の試着室に立つアダムくん。
暫くすると人影がやってきて、鼻歌ルンルンであった。
ユナちゃんが自身満々で持ってきたものは、レインコートみたいな服だ。
アダムくんはハンガーに掛けられたそれが、この高級アパレルショップの売り物とは信じられずに受け取る。
透け透けレインコート。見ればわかる、やっすいやつだ。
『材質は、小学生がプライベートでプールに遊びに行く時に、水着をしまう、あのキャラクターものビニールバックか。』
例えきも。
アダムくんは、それを意味も無く翻す。
この高級アパレルショップが、こんなものを自社ブランドとして出しているのなら、それは客への冒涜に思えたからであった。
『光学迷彩か……?』
おそらく違うだろう。このアパレルショップの如何にも高級そうな、マットな黒と白いワンポイントの店名が載せられた値札。
それに思い切り材質ビニールとあったからだ。
「ユナさん、これは道の拾い物ですね。」
アダムは恐る恐る、自分の目の前で瞳をキラキラさせてるユナちゃんへ言った。そして、そのキラキラは一瞬にしてハイライトを消した。デレったのである。
「そんな訳ないよね。アダムくん、私のセンス疑ってる?こう見えてもね、私はスペース・コレクションにもモデルで出るし、スタイリストの人達とも沢山あってるんだよ。そんな私の服を、ダサいと思ってる?こういうのはね、ヴィンテージレインコートコーデって言うんだよ。もっとおしゃれに気を遣った方が良いよ。はい、彼氏候補補欠の補欠のそのまた補欠検定不合格。アダムくん、よく見ると眉毛整えたことないでしょ。
その感じだと、髭も鼻毛もギリギリまで切らなそうだね。
なんか、目ヤニついてても気付かなそうだし、マスクつけてると鼻くそ出来てそう。しかも、その鼻くそそのままにしてそう。
ごめん、私エチケットに気を遣えない人はムリなんだ。さっきの話は、やっぱり考えさせて。」
アダムくんはレインコートを拾い物発言しただけで、
最近流行りの婚約破棄ならぬ、お付き合い破棄された。
内定ドタキャンでもある。
そして、あろうことか罵倒されるべきブランドレインコート以上に、架空の鼻くそを勝手に鼻に詰め込まれ、ボロクソ言われてしまった。
この際言わせてもらうが、マスクをした際に発生する鼻くそは、作りたくて作っているわけではないというのが、アダムくんの持論である。過失鼻くそである。
しかし、このユナちゃんの偏見染みた妄想、大当たりである。
「くっふ!くっふぅ!くっふ!くっふ!くうぅ!」
その泣き方やめろ。
アダムは、唇を噛み締めて口の下に窪みを作り、皺を寄せに寄せて、鼻の穴双つをガン開いて泣いた。
「んだよこれ!こんなの、ファミ○にもセ○ンにも売ってんだろ!んだよ、これ……これカッパじゃねぇかよ!」
最早レインコートでもなくカッパへ格下げである。
それもそのはず、ユナちゃんの服装はアイドルであるのに、バイオレンススーツ(クソダサいTシャツ)にスポーツモノ短パンなのだ。
「つべこべ言わずに、女の子が選んだものはまず着なよ。」
ユナちゃんは、先のスケベしようや事件の怒りを思わせる表情でアダムを見つめた。アダムくんはもう一矢報いてやろうかと思惑したが、ユナちゃんの血管が皮膚を破らんと張り詰め始めたのを見て、やめといた。
「じゃあ、着替えるから見ないでね///////」
そう言ったのはアダムくんである。
半分ほど閉めたカーテンから顔を覗かせて、頬をぽっと赤らめた。
「え、閉じる必要なくない?」
ユナちゃんは、ヴィンテージレインコートコーデはその服の上に、敢えてスケスケのレインコートを羽織るものと考えていたので、アダムくんが中に隠れようとする訳がわからなかった。
ただ暑いだけである。意味があるのか、ヴィンテージレインコートコーデ。
「え、いきなり裸を見るなんて、そんな。」
アダムは、カーテンの半分からはみ出す顔をモジモジくねくねさせた。なら早く閉めろ。
「あー、うん。勝手にすれば。」
ユナちゃんはセクハラを受けた気がして、なんかどうでも良くなってしまった。
シャッと勢いよく閉じられた紺色のカーテン。
中からは陽気な鼻歌と、ガチャガチャとベルトを外す音。
ユナちゃんはシャキリの百式パンツを窃盗した癖に、この生々しい音を聞いて、頬を赤らめて俯いた。
「覗いちゃだめよ〜〜」
中から気持ち悪い歌が聞こえて、ユナちゃんは両腕を組み、胸の下に添えてモジモジする。
なんなのだろうか、この時間。
メサちゃんは、レジからそれをジーーっと怪訝そうに見つめた。レジカウンターのマッカーは、そんなメサイアを見つめて頬を紅潮させる。
みんな勝手に動きすぎである。
「お待たせしましたね!!」
突如、シャッーー!っとカーテンが開き、アダムくんが飛び出した。
「え、ちょ!え、ちょ!えっ○!!」
そう言うのは、ユナちゃんである。掌を顔の前に持ってきて顔を最高潮……いや最紅潮させるユナちゃんである。
えっ○とか言うな、アイドルが。
しかし、そうなるワケもわかる。
なぜなら、透け透け透明レインコートを見に纏うアダムくんは、全裸であり。そのレインコートの縦一本のボタン列には、彼のひ弱な鎖骨と両の肋、胸板とへその穴があるからだ。そして、そのへその穴を垂れるのはギャランドゥである。そして、その真っ白い運動不足不健康肌を彩る色彩は、乳○である。限りなく真っピンクな乳首。あ、乳○。
そして、脇からはみ出す脇毛。産毛程度に生える胸毛。そして、○輪を覆うように生え始めるのは、チクゲ。
完全なる嵐スタイルであった。
いや、荒らしスタイルであった。
こんな特級呪物マネキンが試着室に佇み、その前を
キャー!と顔を赤らめながら叫ぶ女の子がいるのだから、立派な営業妨害である。
「あー、また僕なんかやっちゃいましたかね。」
公然わいせつ罪、それに再犯である。
またやってしまったので、壁に沿わされて、○ツの穴に指を突っ込まれ、金○の中身にヤクがないかを検挙され、独房行きだろう。囚人服はヴィンテージレインコート全裸コーデだと思う。
アダムくんは、掌で顔の全てを両手で覆い、湯気を出すユナちゃんを見て、脇毛豊満の片腕で後頭部をぽりぽりと掻いた。
「ちょっと、気になる。チラチラ……男の人の体!うわっ、乳首綺麗なのに、○輪でっけぇんだ!男の人の○輪ってあんなデケェんだ!!毛まで、毛まで生やしちゃうんだ!乳○に毛まで生やすんだ、それが男とは!破廉恥極まりない!」
ユナちゃん、両手の隙間からチラチラとアダムくんを見つめて大興奮。初めてアダルトに触れた小学生のような感想である。
「あー、これね。剃り忘れっす。」
アダムであった。どんな言い訳なのだろうか。
少しは恥を持てと感じたが、カーテンを閉じる前のあの恥は、このチクゲへの後ろめたさであったと信じたい。
そのチクゲは、ヴィンテージレインコートコーデのビニールを擦る。そもそも、これは高級アパレルの売り物である。それであるのに、新品のこれに自分の皮と骨だけの肉体とムダ毛を擦り付けるアダムくんの神経は、なんなのだろうか。
「ふへへへへ!ユナちゃん、俺の体を見ろよ!俺の体を見ろよ!ユナちゃん!!ユナちゃんの体も見せろよぉ!!」
アダムは覚醒して、レインコートコーデのまま、ユナを中心にして回り始める。
「いまの全部録音したから、アダムくん。ジーネンさんにも見せるし、ギランミにもエトセーラ達にも見せます。文○にも売ります。この浮気やろう。覚悟の準備をしといてください。あなたをうったえます。」
そう言うのは、スマートフォンのレンズをこちらに向けて、アダムの無様を映し続けるメサイアちゃんであった。
「すいません。足舐めるから許してください。足舐めさせてください。お願いします。」
そう言いながら、半裸で土下座をするアダムくんである。
許して欲しいのか、足を舐めたい懇願なのかわからない。
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みんなはお店を出て、アダムくんは制服に戻り、メサちゃんの大量の荷物を一身に受けていた。
「じゃあ、私は二人の邪魔を出来ないから、ここでお暇するね。」
そう呟くのは、アダムくんへの立ちかけたフラグをバッキバキに折られ、瞳のハイライトが消え切ったユナちゃんである。
「恋敵?あなた恋敵?」
ぼやけた声音で呟くのは、メサイアである。
アダムのあの痴態を見ても、その情熱は失われていないのか。まさに洗脳である。
「やっぱシャキリしか勝たんわ。」
一昔前の流行り言葉でサムズアップするユナは、メサイアとバナナトークを交換して、コショコショ話をして去っていった。
「おも、重い。メサちゃん、荷物重い。」
アダムくんは、重なる紙袋を落とすまいと、体を揺らしてバランスを取っていた。しかし、マットな質感のブラックの袋に潰れかけている。
「ポチ、いくよ。」
やはりメサちゃんの声音は冷たく、薄い印象を受ける。
ティーパックを六回使い回して、さらに氷をぶち込んだような薄さである。
時刻は16時である。宴たけ。
「そろそろ解散だね。アダムくん今日楽しかった?」
外の空気はひんやりを超えてシャッキリである。
しかし、冬の朝にある辛さと鋭さを伴うものでなく、
夕焼けに包まれながら流れる空気は澄んでいて、アダム達の肺を一新させる。
メサちゃんの声も、同じくひんやりである。
ユナとのフラグは打ち砕かれたが、アダムくんのあのイチャイチャは不味かったらしい。
アダムくんはこの一日の出来事を回想した。
かなり長く感じる一日であった。
一六話分使ってるので当たり前である。
「メサちゃんはどうだった!?」
抱える紙袋を揺らして、質問に質問で返すのはアダムである。白い息を吐き出し、半分夜空の空にその大量の紙袋が溶け込んでいた。
「……待ち合わせでずっと待たされたり、トイレで待たされたり、本屋で浮気されかけたり、さっきのお店でも浮気されかけたり、ご飯食べる時に注文一人でしに行かされたり色々あったけど、映画見れて楽しかったよ。」
メサちゃんはそう言って、ニッコリと笑う。
アダムくんは紙袋に必死で、そんな笑顔を見る余裕はなかった。かす。
「あ、そう。良かった!荷物半分持ってくれ!」
アダムであった。1番の大荷物が騒いでいた。
「アダムくん、これ。」
メサちゃんはそう言って、アダムの側に歩み寄った。
冬の空気に晒される、マー・ボウパークの公園エリア。
サクッサクッとメサちゃんが芝生を踏む音が、荷物持ち荷物に近づく。
紙袋の前に差し出されたのは、メキシカン・スサイコキーホルダーであった。
真っ白な手に摘まれ、丁寧に切られた爪がアダムの前に差し出された。紙袋の先から覗く顔は、若干赤くなっていて、青い瞳は、心臓の鼓動により揺さぶられているようである。
風に靡くブロンドの髪。前髪も流され、それはメサイアに大人っぽい雰囲気を与える。側頭部で編み込まれた髪は、上品であり、早番休日出勤のヴィーナにやって貰ったらしい。
頬は傷一つなく純白で、もちもち。
赤いほっぺたはまだ子供の面影まで感じさせた。
ただ、その全てを紙袋に遮られるアダムくんであった。
「え!なんかくれるの!あ、俺も……。メサちゃん、半分持って!!」
アダムくんはそう言いながら、3分待った。
しかし、メサちゃんが全く手伝ってくれず、重たいのでそれを芝生にドカリと置く。
前方のメサちゃんは目をキュッと瞑り、手元のそれをアダムが受け取ることを待っているようであった。
日が落ち始め、跋扈するカップルが芝生に座って肩を抱く頃、アダムくんはお礼を告げてそれを受け取る。
ミニツリーや街灯がカラフルな色彩を放つと、冬の空気と相まってクリスマスの時期なのだと、アダムくんは実感した。しかし、アダムくんのクリスマスはジーネンが張り切って作ったご飯とケーキを頬張り、ジーネンとちょっと話して終わりなので、別に思い入れはなかった。
一応ジーネンも28歳のピチピチお手伝いお姉さんなので、ご褒美なのである。ただ、アダムくんはそうではないらしい。贅沢である。贅肉と言ってもいい。
「どういたしまして。」
そう言って薄く微笑むのは、メサちゃんである。
徹底的にアダムくんのお礼を告げる描写は割愛されている。アダムをクズに仕立て上げるプロパガンダの如く、カットされていた。
アダムくんは、そのキーホルダーを若干趣味悪いなと思いながらしまい込む。それはなぜか、もう見たくもないレインコートと、血濡れの斧のキーホルダーであったから。
そして、自分の前で寂しそうに夜空を見上げていたメサイアを横目に、バックのポケットを漁った。
「メサちゃん、これ僕も買ったんです……趣味は良くないんですがね。」
子分のような口調で謙遜しながら、メサちゃんに小包を差し出した。それは、アダムくんがメサちゃんに入浴剤の店で、アニメキャラに欲情して怒られ、メサちゃんが先に行ってしまった時に、入り口で密かに見つけて購入したものである。
ひよこさん入浴剤キーホルダーであった。
そのひよこさんキーホルダー、刺繍でワッペンのような材質でありながら、フレームは金属であり、しっかりとしている。そして、結構可愛かった。キーホルダーの名前は、 「I will eventually become a chicken. 」(私はいずれチキンとなる)であった。全て台無しの名前であった。
メサちゃんはそれを受け取り、ワナワナと震えているようであった。
『お、怒らせちゃったか!』
アダムである。こういうの大抵喜ぶパターンであるから、平気だろう。
「アダムくん………ありがとう❤︎」
メサちゃんは本当に感動したようで、そのキーホルダーを口元に運び、上目遣いでアダムを見上げた。
メサちゃんのお礼は割愛されない。不平等なプロパガンダである。
では、平等なプロパガンダが歴史上あっただろうか………
いや、ない。
反語というのは余白が重要なのに、すぐに答えられると台無しなのである。
アダムくんは、その女の子の武器である上目遣いでドキッ!とした。そして流れる風からやってくる寒さが堪えて、人肌が恋しくなった。
ハグをするのだろうか。
「おい、あの二人チューしてハグするんじゃねぇの!」
そう叫んだのは、そこら辺で生きてるであろう、イキリ陽キャであった。見た目の描写とかはどうでもいい。都会に行けばどこにでもいるから。
まさに、抱き合おうとしていたアダムとメサイアは肩を揺らし、お互い顔を赤くしてテレテレした。
この陽キャ、このように叫んだ動機は、自分は酒を飲んだりクラブではしゃぐ男友達しかおらず。クリスマスもその集団で過ごすことが決定して、自分には獲得できない女性を所持している人間への、取り戻せない青春とか羨ましさとか、カタカナ使えば、センチメンタルを、陽キャ特有の騒ぎ立て茶化しでぶつけたのだろう。
要は、リア充爆発(物理)である。
では、そのどちらも持たない地の文のセンチメンタルは、一体どこにぶつければ良いのか。
地の文は、最近xの広告によく流れてくる、スーパーのレジ打ち女子高生とおっさんの恋愛漫画を読んでみて、とても面白くて一気読みしてしまった。修学旅行編の主人公のレジ打ち女の子と、一度その女の子にフラれてしまったイケメン男の子の関係を見て、とてつもないセンチメンタルを感じた。
つまり、あの二人だけの空間である。
あの、修学旅行のお風呂上がりの、ホテルのラウンジの自動販売機の前で、明日一緒に自由行動しないかと、男の子が誘うあのシーンがあるのだ。
そして、女の子は迷いながら承諾するのだ。
これはとんでもない、センチメンタルだ。ここに、あのクラス、漫画にアダム君を置くとする。そして、アダムくんはその女の子に告白する。
惨敗する。
そして、諦めずに修学旅行でイケメン男の子と同じように誘ってみる。
即断られる。
あのイケメン男の子と、美人女の子主人公の間には、告白を振られた仲と言っても、確固たる空間があるのだ。
それは、土俵でもある。
つまり一度振っても、アタックを仕掛ければ、取り巻きの助言も相まってワンチャンあるのだ。
アダムくんは、逆張りクラスの端っこクソインキャなので、土俵にすら上がれないのだ。そして、それは寝取られ的な感情でもあるのだ。あの女の子主人公は、どう努力してもアダムくんの手元には来ない。そして、イケメン男の子であってもだ。
しかし、挑戦権があるのだ。イケメンには。
アダムが彼女に恋心を持つとしよう、ドギマギしながら誘うとしよう。
それ自体が烏滸がましく、罪とされ、女の子主人公には認知もされないモブなのだ。
そのやるせなさに、寝取られ的なゾクゾクを感じる。
同じ人間と言っても、やはり恋愛はスペックで全てが変わる。古い規格のマシーン、タイタスがアコニットに敵わないように。f○1でザ○達が博物館の展示品堕ちしていたように。スペックが釣り合わない人間は、その高スペックの人間への恋愛の土俵にさえ立てない。
この悔しみ、無力故のゾクゾク感。
センチメンタルと言わず、なんと表現しよう。
この劣等感、まさしくB級センメタである。
当たって砕けろって、当たって砕けられるヒロイック特権を持ってる人間にしか許されないのだ。
だから、今後ともレジ打ち女の子にイケメンは当たって砕けて欲しい。そして成就するにしても、しないにしても地の文とアダムは指を咥えて見つめ続けるだろう。
これは、なんの話なんだっけ。
―――続く―――




