第五十五話 メタちゃん
「私は、こうやっておいでって言ってくれる人も、誰もいないんだよ。」
ユナちゃんは、アダムを見上げて、瞳を揺らしながら呟く。アダムは、ユナちゃんがドラマのワンシーンのように、クサいセリフを大真面目で話すことに、少し気恥ずかしさを感じた。
それと、早く出なければ、メサちゃんがまたキレてしまうだろう。アダムくんは、今日の出来事で、メサちゃんが好きとわかったのだ。
「僕が言いますよ。」
おい
「でも、アルメイアさんがいるよ……。」
ユナちゃんは、ようやく本音を言えたようで。震える手でアダムの、気をつけの構えの手をそっと撫でた。
完璧に浮気ものである。そういうビデオの、冒頭である。
だめである。アダムくん、最近本編で可哀想だから、こっちでは幸せになれよと思ったら、二股である。幸せは願ったが、人の不幸を密にして成り立つ幸せは、願ってないのであった。
今すぐに、更衣室を飛び出して、メサちゃんとチューしなければダメである。
そんな、恋愛取り合い漫画のような、器用なことは、地の文には不可能であった。
「スケベしようやって、許してくれませんか。たまに、バナナトークで可愛い動物でも送りますよ。イブから、猫の写真くるから。」
アダムくんは、自身の手をなぞる、ユナの手にビクッとしたが、うつむき加減で呟く。しかし、俯いても、ユナの顔が覗き込んできた。
「………おばか。」
「ふーっ!ふーっ!ふーっ!早く出てこいや、あだむくん!わかってんだろうな!財閥なめんなよ!かすが!ヴィーナにも、エトセーラにも言うからな!それで、総力上げて、財閥でつぶしちゃるよ!」
顔を赤くしたユナが呟き、顔が近づいて吐息が混じり合う時。このままチューの展開の中で、突如猛獣のような正妻の声が、外から聞こえた。
「お客様!!困りますよ!!」
バックが、マッカーの呆れ顔を受けながら、メサちゃんを引き剥がそうとするが、メサちゃんは依然として、更衣室の扉に顔面を押し付けていた。
「っせーよ!どこ触っとんじゃ!ボケが!!」
メサちゃんが叫び、バックの腹を思い切りぶん殴った。
「うほぉ!こ、こいつ!よりによって、腹を!!」
バックは、お腹を抑えて、床に悶えた。
「ったりめーだ!ぼけ!!てめぇ、本編では散々やりやがってよ!!」
メサちゃんは、メタちゃんに変身して、そのバックの背中を、亀をいじめる浦島太郎の悪役のように、踏みつけ始めた。
「王女なら、何してもいいと思ってんのか!えぇ!丁重に扱えよ、こんな可愛い女の子はよ!ころすぞ!!!」
メサちゃんは、キレると本当にこわいこだなーー。と地の文はニヤニヤしたものだ。
「私も、私も必死だったんです!酷いこと言ってごめんなさい!!」
バックであった。マッカーは、呆れてバックヤードに帰っていた。
「おめぇ!私の言い分聞かずに、ボコボコボコボコと!!教育だとぉ?昭和の教師でもあんなやらねぇよ!!おら!教育だ、おら!こらぁ!!!」
メタちゃんは叫び、バックは、サンド・バックへ……
「はっ!ハッ!」
アダムの呼吸は上がり切り、目はガンギマリで、外の声を聞いていた。
相対するユナちゃんは、メサちゃんの打撃音が、なかなかいい筋をしているので、興味津々の顔であった。
「ユナさんは、簡単に諦めちゃダメですよ!シャキリさんに、何度もアプローチして、それでもダメなら、ガルーラ君で良いじゃないですか!」
アダムであった。一言余計であった。
あと、キスを流れでしようとしてるので、なんの説得力もない。
「うん、そうかもね。ただ、ガルーラ君は可愛いから、弟なの。やっぱり、シャキリがダメだったら、アダム君………//////」
ユナちゃんは、アイドルおねだり紅潮上目遣いの極意を使った。しかし、言ってることは確約貰ってる上で、試験受けてやるから合格くださいであった。
「そりゃ、もちろん!今からでもいいっすよ!」
おい
簡単に自分の確約を差し出す、かす。
外の打音が激しさを増した時。
ユナちゃんは、アダムの体を包み込むように、抱きついた。体を押し付け、頭を胸に預けるユナちゃん。
アダムくんは、胸の胸がムネネッ!て押し付けられ、弾力を全身に味わい、鼻息バッスバスである。
一回教育されるべきである。
ちなみに、21話時点のユナちゃんへの、アダムの評価はこれである。
「ユナさん、好きでふ」
「うん、生理的に無理。ごめん、本当に無理。もうやめてそれ。恥ずかしくないの、それ。」
_人人人人人人_
> うん、生理的に無理。ごめん、本当に無理。もうやめてそれ。恥ずかしくないの、それ<
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生理的に拒否していたのに、今はユナちゃんからハグしていた。人生はわからないと言いたいが、最早ただの洗脳堕ちだろう。それほど、寂しさで狂っていると言われれば、そうでもある。とにかく、何を言っても言い訳であった。
「人って、やっぱ暖かいよね。こうやって抱きつくと、胸がキュンキュンしてくるんだよね。」
ユナちゃんであった。アダムくんは、股間ギュンギュンである。しね
『ちゅーしよ』
アダムであった。おいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおい
「ゆ、ゆなふぁん。」
アダムが呟きながら、自身に抱きつくユナの肩を掴む。あのパワーを感じられないほど、その両肩は華奢であった。
身体から引き離され、名残惜しそうに頬を染めながら、瞳を揺らすユナちゃんが、アダム君の顔に正対した。
アダムくんが、唇をとんがらせると、ユナちゃんはスマートに瞳を瞑り、顔を近づける………
若干屈み気味のアダムの、股間はもっこりとしていたが、ユナちゃんは胸のトキメキで、意識外のことであった。
――突如、扉がバン!!と唸り、アダムくんの顔の目の前に、別の女性の白い肌が、突貫していた。
メサちゃんが腕を突っ込み、扉を貫通して、その掌でアダムくんの顔全面と、唇を受け止めたのであった。
アダムくんは、瞳を瞑ってるので、ブチュブチュとその掌にチューをする。
「く、くすぐったい。」
メサちゃんの声であったが、アダムくんは、ユナちゃんのものだと勘違いしていた。
「まぁまぁ、そんな恥ずかしがらずにさ、うへへへへへ」
アダムであった。もう、地獄を見るのは確定なので、地の文はニッコニコである。
突如、その唇と思っていたそれは、アダムの顔をギュッ!と握り込んだ。
「い、いてっ!いてっ!ユナさん、食ってる!?俺のこと食ってる!?寄生○の敵役!?!?」
アダムくんは、顔にめちゃくちゃ皺を作り、メサちゃんの片腕に握り込まれて、ジタバタと暴れ始める。
キャラクターの顔のパンを、片腕で握り込んだ時、こんな感じなんだろう。
「かなりの握力、ドアを突き破るパワー。素人でこれ、才能アリ!!」
ユナちゃんは、メサイアの細身の腕を見て、満足そうにサムズアップ。
「はやくでろよ。そうじゃないと、アダムくんの家撤去させるから。」
メサちゃんは、今日何度目かわからない、地から唸るような怒りの声を上げて、その手を引っこ抜いた。
そのドアの丸い隙間から、ヤンデレメサちゃんが、映画シャ○ニングのように、顔を覗かせる。
「ユナさん、バナナトークのことは、すいません。」
顔を掴まれた余韻による、しわくちゃ顔でアダムはふがふがしながら呟く。
「……次はないから、あほ。」
ユナちゃんは、照れ気味にアダムの頬をペタッと優しく叩いた。
「おい、イチャイチャしてないで、はやくでろよ。」
メサちゃんであった。
「店員さん、こんな多目的更衣室は今すぐ撤去してください!!」
メサちゃんは、ボロボロの高級更衣室を指差して叫んだ。店内は、シーンと静まり返っていて、メサちゃんに応える人はいなかった。
アダムがドアノブに腕を回し、外に出ると、ユナちゃんはそれに続いた。
ユナちゃんは腕の一本を胸の下に沿わせ、頬を赤らめて意味ありげに俯く。
アダムくんも、頰を掻きながら、同じく顔を紅潮させて、俯いた。
二人とも汗に塗れ、ユナちゃんに至っては半袖なので、中身が丸見えである。アダムくんも、中のシャツは汗で肌に貼り付いていた。
「おい!なにしっとりしてるんだよ!おまえら!!
○ったのか!?シたのか!?あんな短時間で、どうなんだよ!!」
並んで更衣室から出てきた二人を見て、メサちゃんは大声で叫ぶ。
騒ぎを聞きつけ、マッカーがバックヤードから出てきて、お尻を天に向けてうつ伏せに倒れるバックを一瞥してから、湿った二人を見た。
「おやおや」
マッカーは、ニヤニヤしながら口を抑え、そういうことかと、納得した。
そして、マッカーは怖い顔をして騒ぎ立てるメサイアを見つめる。
「…………………ポッ//////」
ポッ///////じゃないが。マッカーくんは、店内イケイケBGMが、掻き消されるほどの鼓動に自分の体を包まれ、メサちゃんを見つめる。この時の内心は、ひたすらにメサちゃん可愛いし、美人だなであった。
もうちょっと近づこうと、アダム達の元へ歩みを進める。スマートに、展示の服を整えるフリをして、メサちゃんの横顔をチラチラ。
「ガミガミ!!イライラ!!ピーピー!!」
メサちゃんは、二人に何か怒鳴っているが、マッカーはその横顔を見て、下腹部が熱くなるのを感じた。
マッカーくんは、19歳にして、この高級アパレルショップに、社員として勤めるエリートであるから、メサちゃんにとっても優良物件である。
……………マッチング成功だろうか。
『ふん!好きだ!』
マッカーであった。マッチング成功である。
マッカーは、頰を赤らめながら、それを隠すように、タキシードの懐に手を突っ込む。白い手袋がコソコソと音を立てて、出てくるのは、ホルダーに包まれた請求書であった。
マッカーは、ペンを取り出し、おしゃれな筆記でサッサと自分のサインを行い、メサイアの肩を、ペンをしまった腕で突いた。
「なんです!今、怒ってるんです!」
メサちゃんは、ぷりっ!としたように頰を膨らませて、マッカーを見上げる。
マッカーは、ヘアワックスで七三に分けたおしゃれな髪型を指で撫でる。眉毛を隠すか、隠さないか微妙な長さの、ブロンドの前髪を、人差し指と中指で、スッとかきあげて見せた。
「よくいる、芸能人にああ言う人。」
ジト目のユナちゃんであった。
そして、灰色の水晶のように、波紋を作り、真ん中に黒い瞳孔を持つ瞳で、メサイアを見つめる。
「…………………?」
メサちゃんは、困り眉を少し歪め、不思議そうにそれを見つめていた。
「お客様、申し訳ありませんが、この更衣室は、特注で最高級の物を選んでいます。我々店舗側も、独立したブランドで、ここを間借りしている身でありますから………」
「わかっています。後で使いのものを送ります。」
マッカーの言葉を遮り、メサちゃんは再び不機嫌そうに二人を見つめた。マッカーは、メサちゃんの気を引くつもりで話しかけたから、こういった態度を取られると、悔しさが生まれる。
「では、請求書にお名前と番号だけ、お願いします。
使いの方のお名前と、その番号も一緒にお願いします。」
「……使いのものだけで良いですね?」
メサちゃんは、頰を膨らませながら、その革づくりの書類挟みと、ペンを受け取る。
「いえ、お客様のものも、お願いします。」
マッカーは、メサイアに笑いかけ、彼女もそれを承諾した。
手帳型のホルダーは、手触りから、経年劣化を楽しむタイプのものである。かなり使い込まれながらも、ほつれなく、清潔にされているのがわかった。
「良いものを使っていますね。ここは、繁盛しているのね。」
メサちゃんは、感心したように呟いて、ペンのキャップも開く。全体の黒の中に、穂先の金を交えるもの。
ボールペンと一体化しているものであるが、チープに見えないのは、マッカーの名前が、また金で刻印されているからだろう。
「おかげさまで……。チラチラ。」
マッカーは、カッコをつけながら、ペンを走らせるメサちゃんをジッと見た。
ペンの持ち方は、親指と人差し指、二本をキチンと伸ばし、中指は添えるだけである。他の指も、邪魔をしないように畳まれ、繊細で細身な印象を与える持ち方だ。
マッカー曰く、下品な持ち方は、団子のように、ペンに張り付く持ち方だという。マッカーは、それを家畜持ちと呼んでいた。こいつ、かなりのカスであった。マッチング解除。
マナーにうるさいタイプである。どうせ、ゆで卵を食べるときは、専用の容器に乗せて、スプーンで殻の頭頂を割ったりして、食べるのだろう。グリーンピースも、フォークとナイフを使って、チマチマタラタラと寄せて食べるのだろう。英国特有の、あのマナーの一丁前さである。
アダムくんの、食べ物を撒き散らす、きったない家畜喰いを見たら、頭を抱えて失神するだろう。
「どうぞ。」
メサイアは呟き、詳細な支払い方法と、自身のサイン、電話番号、使いの名前、電話番号を差し出した。
「どうも、ありがとうございます。メサイア様ですね…!」
マッカーは、顔をパアッと明るくさせて、その書類を大切そうに懐にしまう。
『スンマセ、スンマセ』
アダムとユナちゃんは、声を揃えて、メサちゃんに頭を下げていた。
メサちゃんは、そこでシンクロされるのも、二人が自分より進んでいると確信して、苛立つ。
「はぁ!イライラ!!店員さん、そこの列の服を全て頂きます。それと、そこのイアリングも見せてもらおうかしら!!」
メサちゃんは、ハンガーにかけられた服の列に叫びながら、レジ前のショーケースへ、マッカーを連れて歩き出した。
「あ、アダムくん。よかったら、服見繕ってあげるよ。どうせ、碌な物ないから制服なんでしょ。」
ユナちゃんは、パッとアダムに笑いかけ、自分も汗をかいたからと付け足した。後ろが建前で、アダムと服を見るのが本音だろう。
「助かるけど、ここメンズありますか?」
アダムであった。
ユナちゃんは、アダムの手首を握り潰さないように、そっと掴み、ついてくるように催促する。
「おい」
メサちゃんが、ショーケースから目線を外し、呟く。
こ、こわいであった。
―――続く




