第五十四話 アダムくん、細胞分裂しろ。
「いやっしゃ〜〜〜いせ〜〜い。」
アパレル店員さん独特の、いらっしゃいませを聞いた時、ヨレヨレ制服アダム君は、肝を冷やしたものだ。
そして、背中からは、むふむふ言いながら、アダムの背中を、もちもちおててで押す、メサちゃんがいるではないか。
しかし、アダム君が真に肝を冷やしたのは、店員の独特掛け声でも、メサちゃんの腕の圧力でもなかった。
「はー!イライラ!イライラ!!………これ、サイズどうかな。………はぁ、イライラ!!」
めちゃくちゃイライラしながら、冬なのに春物の服を、ハンガーで掴み上げ、自分の首元に当てる人物。
この季節であるのに、半袖ショーとパンツ。白い半袖で、ガタイは細身であるのに、胸に添えた試着服は、その二つの膨らみをお尻を押されて、のけぞっている。
そして、鏡に反射する彼女の顔は、とてつもなくイライラしていた。
本日三度目の、ユナちゃんであった。
「はぁ、……ブツブツ!!イライラ!!」
とてつもなく、イライラしている。
アダムくんは、その理由を察せないほど、鈍感ではなかった。
『あれに気づかれては、まずいぞ!』
アダムくんの直感である。背中のメサちゃんには、そんなこと知る由もない。
「アダムくん!ちょっとあっち見ようよ!!」
メサちゃんは、大声でアダムくんと叫んだ。その瞬間、その甲高い声を聞いて、服の試着をする、擬態型アイドルの肩がピクリと揺れた気がするのだ。
緊張からくる、景色の蜃気楼なのかもしれない。しかし、確かにその肩が、グワんと上昇したようにも見えた。
絶対にエンカウントは避けたかった。中学生によくある、家族とのお出かけ中に限って、同じスーパーに普段下ネタを言い合って、馬鹿騒ぎしてる友人集団と鉢合わせるような、それから逃げながら弟達も宥めるような、あのスリルである。
メサちゃんは、らんらんスキップで、アダムの手を引く。
「春物っ!春物っ!春物〜〜!」
メサちゃんは、鼻歌を歌いながら、ユナちゃんがいる春物コーナーへ向かっているではないか。
「メサちゃん!ちょ、待てよ!今12月なんだから、春物は見なくていいでしょ!!」
「いや、春物って今か2月までには見とかないと、もう可愛いのないから。取り合いだから、こういうの。」
メサちゃんのトーンはガチであった。
手を掴む力が、ミシミシと上がって行く。
「あっちにも、春物があるんじゃないですかね?」
アダムであった。
「あっちの方が可愛いのが多そうなの!」
メサちゃん、再びらんらんスキップ。
アダムくんは、綱引きのように体をのけ反らせたが、どうも、メサちゃんのフィジカルに補正が入っているらしい。
煙を上げながら、引き摺られる。
『ほんとにまずいぞ!あの文章を送った直後では、殺される!!首を絞め殺される!!柔道部のあれだ、何回も気絶させられる奴やられる!!耳も餃子にされる!』
アダムくんは、ヘタレなのでどんどん妄想が広がった。
ユナちゃんは、試着に持っていた服を全て戻し。
デパートで捜索を始める、ターミ○ーター2のあの敵のように、目をバキバキにして、無表情で左右を確認し始める。
「バレてる!バレてる!!」
「ここら辺から、見ていっちゃいますよ〜〜♪」
メサちゃんのテンションは、マックスであった。
ベビーカーを手に取るように、ハンガーで掛けられた服をシャカシャカと揺らし、もう片方の腕で、脱走を試みる長男を片手間で取り押さえるように、アダムの腕を掴んでいた。
「き、きてる!こっち、きてる!」
アダムは叫び、試着室を見つけた。某○鬼のたけしになるしかない。そう、確信した。
「アダムくん、これ可愛い?」
メサちゃんは、こちらににっこり笑いかけ、その服を自分の体に当てて見せた。その瞬間、ユナちゃんの表情が確信に変わり、アパレルショップの凸凹を、迷いなく進み始めるユナちゃんが見えた。
「ひっ!ひぐぅ!ひぐぅ!ひぐぅ!ひぐぅ!」
プレイヤーに、意味もなくぶん殴られる(ダメージ判定無し)案内役NPCのように喚くアダムくん。
「ねぇ、これ可愛いかな。早く答えて?別のものも見ないとなんだから。」
メサちゃんの瞳からも、ハイライトが消えた。
「鏡見なよ!鏡見ればわかるよ!!」
アダムは、メサちゃんにそう叫んだその時、背中の全てに寒気がやってきた。
「女の子に、そんな言い方しちゃうんだね。でも、親切心で連絡先を上げた女性に、スケベしようやなんて送れる、あなたならやれることなのかもね。」
その声は、突き刺さるように、アダムくんを揺らした。メサちゃんは、何かを察知して、アダムから手を離し、口笛を吹いて服を見始める。
アダムくんは、反発している力の一つが、パッと離され、後ろに飛ばされる。ぽよんと、頭の後ろにラッキースケベ感覚が走るが、それどころではなかった。
恐る恐る上を見上げると、瞳からハイライトが完全に消え去り、顔の大半を黒いヤンデレオーラが包み込む、ユナちゃんがアダム君を見下ろしていた。
「…………………。」
「僕の内面を見て!ここで、僕たちが争う必要なんか、ないんだ!!」
「………………。」
「…………………。」
ユナちゃんは、無言で自身のお胸からアダムを引き剥がす。
「あの一連で、私がスケベさせてくれるような人間に見えたかな。」
ユナちゃんは、先の行動全てを後悔し、怒りに焚べているようであった。
アダムは、それに一抹の罪悪感と寂しさを感じる。
そんなの、感じる暇ないのだが。
「できることなら、したいですよ。」
もう、クズとかそういう域ではなく、尊敬のレベルであった。
アダムくんは、お尻に謎の温かさを感じた。この温もりにかけて、メサちゃんを一旦置いて、逃げるしかないと決心した。
突如、プゥッ!!と爆音が響き、透明な空間に、黄色のガスを錯覚させる臭い。
「くっ!カレーか!!」
ユナちゃんは、鼻をつまみながら、手をぱたぱたとさせて叫ぶ。
「そうだよ!あんたの説教入りのカレーを消化した、俺の渾身のプープを喰らえよ!!」
アダムは叫びながら、全力で更衣室にダッシュする。
「させるかぁ!!!」
ユナちゃんは叫び、アダムを追う。
「はひっ!はひっ!!し、死ねるか!!うおおおお!足動けよおおおおお!」
第一期opがあるならば、ここでバックに流れるだろう。
「私の良心を、アダムくん。シャキリとは別の、弟的な魅力あるのかな、守ってあげようかなという思いを、下心に踏み躙られる私の気持ちは!!」
ユナちゃんは、目の縁に涙を浮かべ、地面に自分の足を杭打ちして、ドンドンと加速する。
「はひっ!はひっ!その、おっ○いで、そりゃ無理でしょ!」
アダムであった。足が遅く、ドンドンとユナちゃんに縮められる差。こういう時、メサちゃんからはなんの救済措置がないことが、クラスで自分をスルーし続けるメサちゃんの態度と重なって、悔しさと物悲しさが滲んだ。
「シャキリって、ルーラさんといい感じなの!だから、シャキリがダメだったら、貴方でも良いのかもって、少し思ってたら、パパ活の出来損ない、パパ活パパの、金○の片割れのように、君は乙女の心を踏み躙ってしまったね!」
ユナちゃんは、最早アイドルの面影はなかった。
「なんでそんな、確約貰った私立高校みたいな扱いなんですか、僕は!!あと、気持ちは嬉しいけど、アイドルと一緒になると、文○砲喰らうのでごめんなさい!!」
「うわぁぁぁぁあ!!(泣)」
アダムに勝手に振られ、爆泣きし始めるユナちゃん。
なんなのだろうか、これ。あと、更衣室そんな遠くないだろ。
「アイドルって、おっさんと、枕営業してんでしょ!
バイコーンなんだろって!………ということは、ジェナちゃんも、イケメン俳優達と毎晩………うっ!頭が!!」
アダムくんは、本当にクズそのものの発言をして、勝手にジェナちゃんの裏の顔を想像して、NTRダメージを受ける。馬鹿である。
「うわっ!こいつ、サイッテーー!!してねぇよ!
ジェナちゃんは、絶対してるよ、あいつは、裏じゃ面食いなんだぜ!!」
ユナちゃんであった。もう、セリフが男のキャラそのものである。
「そんなの、そんなのうそだーーーーー!!」
アダムは、衝撃の事実を知り、大声で叫び始める。
改造直後のダース○ェイダーのように。
「アイドルならさ、イケメン俳優狙えば良いだろ、
じぇ、じぇ、ジェナちゃんみたいにさーー!!」
アダムくんは、今日家に帰ったら、全てのジェナグッズを断捨離すると、心に決めた。オタク特有の、サイコパスまで思わせる断捨離の速度で。
「私は、ちょっと陰キャっぽい男の子が好みなんだよ!!」
ユナちゃんは叫び、アダムの肩に手をかける。
しかし、アダムも更衣室に手をかけた。
「へへへ!もう一ついいことを教えてあげるよ……
ジェナちゃんは、君みたいな見た目に気を使わないファンは、大嫌いだと楽屋で常に言ってるよ!!本番前のメイクチェックで、私にもいつも愚痴ってんだ!!」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
アダムくんは、絶叫し、ユナちゃんもさせるか!と叫んで、その更衣室に入り込んだ(!?!?!?!?!)
「え!え!え!え!」
一部始終を見ていたメサちゃんは、服を投げ出し、そのパンパンになった更衣室を指差して叫び始める。
「え!え!え!え!」
メサちゃんは、血眼で更衣室の扉を開こうとするが、
なぜか高級アパレル特有の、扉付き最高級であるから、開かない。
「これ、ホテルでしょ!高級フリーカプセルホテルだろ!」
メサちゃんであった。本当にやめて欲しかった。
突如、エリートアパレル店員、バック・ナックとマッカー・ルークの二人があわれた。
突如本編に飛び出し、閃光の速さで退場した奴らである。
「お客様、更衣室を開くのはタブーなのですよ。」
そういうのは、メサちゃんを見下ろし、フフンと鼻を鳴らす、いかにもエリートのバックであった。
「いやいや!不純異性交遊でしょ!男女がこんな狭い空間で……ええ!?………えっ○な音声作品じゃないですか!!!!!!!!!!!!!!」
メサちゃんは、両目を瞑って力一杯に叫び散らす。
無敵の人であった。バックとマッカーは、二人で迷惑そうに耳を塞ぐ。
「しかし、この中身を見ることは、まかりならんのですよ。裸を見ることは、許されんのですよ!」
マッカーが、メサイアに叫ぶ。二人ともタキシードのようなものを着てるので、ホストのようであった。
「そういうお店なんですか、ここって!やめてください、全年齢なんですよ!!!!!!」
メサちゃんは、再び叫び散らした。地の文で言えないことを言ってくれたので、やはりよく出来た我が家の娘である。顔も綺麗で、心も優しく、ヨシヨシしたくなるのが、メサちゃんである。
〠〠〠
「はぁ、はぁ。」
「はぁ、はぁ。」
二人は、自分達の全身を写す鏡を真横に、空いた天井から、メサちゃん達の叫びを聞き、狭い空間で、体を押し付け合うようであった。
アダムくんは、ユナちゃんの双方ユナを、自身の胸から腹のあたりに感じて、ジェナからユナ推しへの、完全移行を決意したところである。
ユナちゃんも、身動きが取れず、パンチなどすれば、アダムが暴れて、自分にも被害が出る。だから、何も出来なかった。
二人は、息を荒げて、顔を赤らめて、視線を交わらせるのみであった。
「君、愛されてるんだね。」
ユナちゃんは、切なそうにアダムに向けて呟いた。
「私は、六歳の頃からシャキリと一緒にいたけど、ずっと何も成果なしで、もう疲れちゃった。」
それは、本編でも言っていたことであった。
『メサちゃんとは、ダンチだぜ!』
闇アダムが、こんなシリアスっぽい場面でしゃしゃり出ていた。陰キャの味方、教室の隅で誰も話しかけてくれない時、唯一会話したり、自分を慰めてくれる。もう一人の僕。ただ、アダムとよく似てカスであった。
「ユナさんは、お金稼いでるでしょ。金さえあれば、なんでも出来るって、漫画で見ましたよ。」
アダムであった。闇アダムでなくても、カスである。
「私、両親も月に残して、この学園都市に上がったから、家に帰っても真っ暗なんだよ。誰もいない空間で、一人でご飯食べて、エゴサして、お風呂に入ったら、もう寝る時間で。シャキリとはバナナトークもあまりしないし、友達もあまり居ないから。一人で網戸から月を見上げて、両親は元気にしてるのかなって。」
ユナちゃんは呟き、瞳からポロポロと涙がこぼれ、
体の震えは、アダムくんにも伝わった。どこから伝わったというのは、野暮だろう。
「俺も、お手伝いさんが帰ったら一人ですよ。寝る時は。だから、ジェナちゃんのラジオトークを流したり、イムスタライブのアーカイブを流して、寂しさ紛らわせてたら、くっふぅ!くっう!!イケメンに寝取られてるって、ユナさんが言うから!!」
ユナのシリアスを、このクソカスオタクのジェラシーの滝が埋める。
「あぁ、ごめんね。でもほんとだし。」
「ひっぐ!!くっふぅ!も、もう耐えられねぇよ!」
アダムくんであった。部屋が狭く、腕が上げられないほど密着してるから、ユナが合間をぬぐって、ハンカチで顔を拭いてあげた。
「あ、どうも。あ、どうも。…………学校でも、いつも一人でさ!!!停学になっちゃったし!!俺、俺自立して働けんのかな!!」
メサちゃんと駆け落ちすれば解決なのだが、本人曰く、自分の力で一人で生きる時間も作りたいらしい。
親として言えることは、やれるだけやってみろである。ただ、自立したいと言っているだけなのに、アダムくんは、ラーメン屋開業のテンションで、送り出さなければいけない。
「学校で寂しいならさ、あのシャキリ達の溜まり場、いつでもおいでよ。誰かしらいるし、ガルーラ君も入り浸ってるから。」
ユナちゃんは、優しく微笑み、その横顔が鏡にも反射して、アダム君の鼓動は高まりまくった。
そろそろ、こいつのクローンでも用意しなければ、本当に二股をするクズになってしまう。クローン……クローン…………。本編であんないい子だったジェナが、本当にこんな破綻した性格で、この世界にやってきたのだろうか。
―――続く




