第四十九話 映画見た後って、興奮で目を瞑っても映画流れてるよね
一方、エトセーラとギランミは、遅れて映画館に合流した時、メサイアが困り顔と半泣きで囲まれているのを見て、アダムがいないことから色々察し、煙幕弾を投げてメサイアを売店へ逃した。
その後――
「うっひぐっ!ひぐっ!スピッツ!ズビッ!
なにこれ、めちゃくちゃ泣ける……」
エトセーラは、ギランミの横で、別の三角関係恋愛映画を見て、爆泣きしていた。
ギランミは、寝ていた。エトセーラはその隙をつき、
ガッチリギランミの手を握り、ハンカチで涙を拭っている。
二人とも、映画はあまり見ないので座席はトランプのAが強いからと、A列の4と5を取った。エトセーラ達以外に、この列に人はいない。あと、首がもげそうなほどの臨場感であった。
♠︎♠︎♠︎
「ゼッ!ゼッ!」
ユナちゃんが去った5分ほど後、めちゃくちゃな息切れをさせる女の子の声が、アダムの頭上に降り注いだ。
「あ、メサちゃん。ご苦労様です。」
アダムは、肩で息をするメサイアの姿を見て、先の陽キャ集団を思い出し、戦慄した。しかし、自分を見下ろすメサイアの顔が、目の淵に涙を溜め、悔しそうなものであるとわかると、アダムくんも労いの言葉を捻れるらしい。
「ゼッ!ゼッ!お礼言わないと、ユナ先輩にっ!ゼッ!」
スクリーン全体は、一層暗くなり、とうとう映画泥棒の広告を始めているから、上映が近いという所であった。メサイアは、息を整えながら、アダムの隣に腰掛ける。肘置きの部分に、めちゃくちゃドンッ!と大きなトレーが置かれた。そう言えば、メサちゃんは両腕に何か持っているようであった。
「なにこれ………。」
アダムは、引き気味にそれを見つめる。
そのトレーは、メサイアの右の肘置きだけでなく、アダムの肘置きまでも占拠している。
「これ……アダムくん達席とってくれて……何食べたいかわからなかったから、沢山買った!」
メサイアは、まだゼェゼェとしながら、飲み物の一つを手に取った。それを、チューーっと吸って、ようやく一息吐くメサイアちゃん。
「あの、陽キャの人たちは良かったの?」
アダムは、そんなメサイアを横目で見て、少しチョコンと心細そうにしながら呟く。クラスでメサイアが自分をスルーし続けたことにより、アダムくんはあの集団とメサイアをセットで見ると、萎縮してしまう。
ちょっと可哀想。
「今は、アダムくんとお出かけしてるんだもん!」
メサちゃんは、小声でニコッと笑いかけた。
なんて良い子なのよ。うちの子は………
『出掛けてなかったら、無視してたんだな!くそ!!』
アダムであった。こんなひねくれカスは、うちの子じゃない出てけ!
アダムくんは、トレーに沢山置かれたホットドッグや、ナゲット、ポップコーンを見ながら、ジュースの一つを手に取る。お礼は言ったのだろうか、それだけが心配である。
「あ、これ特典ね。」
アダムは呟き、特典の冊子とそれに重ねられたチケットを差し出す。
「……!ありがとう!お金払います……!」
メサちゃんであった。これが、人間としての会話である。受付ジョーと、アダムはこれを見習わなければ。そうでなければ、自分がモンスター堕ちしている。
「あ、お金大丈夫だよ。ははは。」
アダムくんは、そう言った。しかし。ここでもう人粘りされて、お金を徴収する構想を練っているのが彼だ。小賢しいカスである。賢しいよ!!!(クローン系女の子風)
「アダムくん、ありがと❤︎❤︎」
メサイアは、すごい感心した様相で、アダムを見つめる。アダムは、この瞬間金銭の回収は不可能と悟り、めちゃくちゃに後悔をしたものだ。
ただ、メサちゃんにチケット代を払わせれば、この量の食べ物を割り勘になっていたところなので、行幸だろう。最も、メサイアは、最初から払わせるつもりはなかったらしい。それでも払うのが、男気である。
現状、アダムの痩せ細った男気は、浮気でしかなかった。
「アダムくん、どんどん食べて!」
メサちゃんは言いながら、いそいそと箱を開けていく。食べ物の匂いがモッとして、アダムくんは喉も潤い胃も良くなってきたので、お腹が空いた。さっきご飯を食べてた気がするが、色々あったので、カロリーを消費したらしい。
アダムが食べ物に手を伸ばそうとすると、ズイッと、フォークに刺されたナゲットが口元に差し出された。
「はいっ!食べて!」
メサちゃんは、無意識なのだろうか、あーんする形であった。
「あ、どうも。」
アダムは差し出されたそれを人差し指と中指でムンズと摘み、口に運ぶ。
メサイアは、それを見て頬をぷくっと膨らませた。
もう一度ナゲットを差し、アダムの前に持っていく。
「あ、あふぃふぁと。」
再び指でムンズ。メサイアちゃんは、さらにプックーとした顔で、一度飲み物をストローで吸い込む。
『なんで、あーんしてるのに食べてくれないの!』
メサイアであった。なんて、かわいなんでしょう。
地の文は、まさか自分の中でこんな可愛い女の子が出てくるとは思わず、とても嬉しく感じる。
メサイアは、三度目の正直としてナゲットの三つ目を串刺しにして、アダムの前に差し出す。かくいうアダムは、飲み物を吸い込み、それをジッと見つめた。
「あー、どうもね。」
アダムが再び手づかみしようと、フォークに手を伸ばした時――
「そのまま、食べれば良いでしょ!!」
メサイアは、我慢ならずに小声で叫ぶ。
アダムはそれを受けて、小っ恥ずかしそうに、飲み物を再び口にした。
一息ついた後
「じゃ、じゃあいきまふよ/////////」
アダムであった。
「は、はい///////////」
メサイアも緊張の面持ちで頷く。
二人の鼓動は、映画が始まる瞬間の一瞬の静けさの中で、激しく鳴り響いていた。
そして、ポロッとそのナゲットは落ちていき、前の座席の隙間へ転がっていった。
「あ………」
アダムが思わず声を上げるが、メサイアにシッ!と静止され、喋るのはやめた。
◆●■
ーー上映20分。
アダムくんは欠伸をして、完全に寝る体制に入り始めていた。ヒロインと主人公が会話してるが、深夜ラジオのトークにしか聞こえない。一方のメサイアは、顔を紅潮させながら、両手を足に置いて、とても真剣に映画鑑賞していた。
『演劇見てる方が楽しくない……?』
アダムは、重たいまぶたを必死に押し上げながら、内心で呟く。やはり、逆張りは何をするにも向かず、映画など、もっての外だとわかる。逆張り故に、なんでも隣の芝が青く見えるのだ。そして、実際演劇を見れば、歌舞伎が良かったなどと言い出すのだろう。隣の芝ではなく、ただの畑荒らしである。
メサイアは、時折アダムの顔を見て、瞼を重たそうにしているアダムが、真剣に映画を見ているように見えて、とてもドキドキする。あと、劇場全体にやはり、恋心を秘めている人や、カップルが多いので、メサイアの感覚も麻痺して、手を繋ぎながら視聴したくなる。実際、2列ほど先のカップルは、肩を抱いているではないか。
メサイアは、右腕を、肘置きにかけられたアダムの左腕へと運ぶ。チョンチョン、チョンチョン。
手を重ねるタイミングを探ると、アダムくんはパッと目を開いて、眠たい時特有の漫画表現である、シャボン玉みたいなポワポワを発生させていた。
メサイアは、手を繋ぎたいとは言えず、オロオロする。
「なんか、ドキドキするね。」
手を繋ぎたいと言えば良いのに、と思った。
「ン……。」
アダムは呟きながら、大きく欠伸をして再び視線を戻す。次は、ヒロインと主役が、自転車を引きながら歩いているシーンであった。
『ありきたりだな。なんか、音遠くなってきたし……
うわっ!ジェットコースター!?』
眠気でカクカクしてる時特有の、あのグワン!と落下する感覚が、アダムにはジェットコースターが落下する直前のアレで、再生されるらしい。
メサイアもスクリーンに向き直る。そして、ヒロイン同士の会話を聞くと、この劇場が終わって、暗闇を照らすライトアップが展開され、空気が一層澄んだタイミングで、アダムに告白しちゃおっかなと思うのであった。
実質、深夜テンションのようなものであった。
「ぐぅ」
アダムは、とうとう寝た。実質深夜であった。
☀︎☀︎☀︎
――上映45分
物語が大きく動いているようで、周囲では、静かに泣きじゃくる声が聞こえて、肩を預けるカップルが増えてきた。
メサイアも、瞳をうるうると揺らす。アダムは鼻提灯プルプルである。
メサイアは、横のアダムを見つめた。
アダムは短髪ではあるが、前屈みに肘をついて寝ているので、目元に髪がかかり、表情は伺えない。
メサイアは、もう思い切って、ほっぺにチューでもしたくなった。
肘置きに両手を乗せ、身を乗り出すように、アダムの頬に顔を近づける。頬のそばに、鼻先が近づくが、そうであってもアダムは、微動だにしなかった。
アダムのほっぺが近づき、メサイアの鼻先は、ピトリと張り付く。
『うっ、く、やっぱ無理!』
メサイアは、顔が真っ赤になり、全身から熱を帯びる。元の座席に戻り、肘をつくアダムをもう一度見つめた。
しれっと何をしてるのだろうか。
先程まで、メサイアとアダムはお互いのやることに、疲れ切っていたのに、メサイアは、改めて陽キャグループの方が圧倒的に疲れると感じる。しかも、それが密接に関わるが故のものでなく、社交的なものであるから、意味もないように感じてしまうのだ。
そして、陽キャグループの男性達と、アダムを見比べると、やはりこの若干腰が引けていて、物静かなアダムの方が好みだと、メサイアは判断したらしい。
実態は、ただの逆張り陰キャである。
そんな時に、映画を束の間にメサイアの頭から湯煙のように妄想が膨らんだ。
いつか、木造のコテージみたいな家で、朝二人でのんびり起きて、飼い猫と共にココアを飲みたい。自給自足の生活でも良いし、家に隣接する古本屋を二人で営業しても良い。そして、朝からの開店に合わせて、店番をするアダムを横目にお花に水をやり、猫を吸って。そして、日が暮れる頃に閉店。夜ご飯を作り、それをコテージのベランダのような場所から、星を見上げて、食べるのだ。そして、二人のベッドに猫を挟んで就寝。メサちゃんは、ニヘニヘと笑った。
しかし、現実は非情なので、滝から身を投じる覚悟でなければそんな生活は出来ない。第一、この学園都市は地球環境とは遥かに違うし、地球降下は金がいる。そして、ジンバブエドルで財を成すこの財閥は、地球の生活基準で言えば、平均そのものである。一度、この学園都市から身を投げ出せば、待っているのは、宇宙海賊とガラの悪いジャンク屋、そして粛正待ちの閣僚蔓延る地球である。
地球は最早高級品であり、並の財力では降下は叶わない。
だから、メサちゃんとアダムが仮に結婚したのだとしても、この学園都市の中で、パソコンの画面が機械的に並んだ大部屋に隔離される。電話と人の怒号と人の喧しい足音を聞きながら、マシーンのように朝9時から夕方18時ほどまで、ましてや残業があるのなら、それ以上に。
その繰り返しを週5日行い、休日のメールも容赦なく、夕方日曜には涙を流しながら、レンチンパックご飯とシーチキンの缶詰を食べるしかないのだ。
そして、それが四十年、五十年続く。
二人で談笑する時間はないし、星を見ても死にたくなるだけである。お、お願いですから、みんな星になってしまえぇぇぇぇぇーー!
――続く




