第四十八話 ユナ・エイジールという女の子
チケットを千切られ、入っていく二人。思ったのだが、替え玉みたいなこれはいけるのだろうか。世間知らずの地の文は、疑問が増えるばかりである。
そして、アダムくんの思考は、やはりユナちゃんは自分と映画が見たいのではないかという考えに飛躍した。
なぜなら、このような替え玉をわざわざやるということは、どこかで自分と映画を見れたらという気持ちがあると信じたいからだ。男女の中には静電気でも線香花火でも、比喩はなんでもいいから、とにかく一瞬の弾けるようなチャンスで、そこから恋愛へ発展することも、あると思うのだ。アダムくんは。
楽観主義だと思う。はっきり言うと甘いし、19歳でそれは通用しない。
現に、隣を歩くユナちゃんは、アダムの肩より少し上ほどの身長で、アダムの横を無言で無表情に歩いている。とくに会話を振ることもなく、兄妹のようにポケーっと歩いているのだ。
ここで、通常であればユナちゃんの視点や内心も書きたいのだが、視点固定の練習のため、なしとする。
隣を歩くユナちゃんは、サングラスを外し、それを襟元にかけていた。下の二つの膨らみにより、ミチミチと狭苦しそうにする満員電車サングラスである。
「………………。」
「…………………。」
二人は無言で、パネルに顔をはめるおチビや、各映画のポスターを見ていく。そこに、ユナちゃんが脇役で出ている作品があった。
「あ、これユナさんですよ。」
アダムは、そのポスターで桃太郎の格好をするユナちゃんを指差す。
「そうだね。はい、早くいくよ。」
ユナは、声のトーンを一定にしたまま、ツカツカと歩いていく。
「テレテレしちゃって!」
アダムは叫ぶが、思いの外、声が響いて、周囲の人がギョッとした目でこちらを見るので、キチゲ解放男の嫌疑をかけられる前に、ユナの背中へ走った。
「何番スクリーンでしたっけ。」
アダムは、特典二つとチケットを手に持つユナへ視線を移す。
「…………15。」
ユナはそれだけ言って、トコトコと歩く。
「なんか、今日テンション低いですね。」
アダムは言いながら、スマホでメサイアのバナナトークを開く。相変わらずのギチギチ文章による、幼児マシンガントークである。スマホはフリーズした。
「うん、これと言ってギャグも思いつかないしね。」
地の文では、言えないことを言ってくれるユナに感謝した。
「メサイアちゃんは、こんなの見るのかな。」
アダムは呟き、バナナトークを送信した。
「あのさ、アルメイアさんみたいな子、貴重だからもっと大切にしたら?カフェの時の雰囲気みると、酷かったけど。」
ユナはため息をついて、自分のスマホを取り出し、時間を確認したら、ポケットにしまった。
「女の子との喋り方わからない。あと、ユナさんにはママにはなってほしいけど、母ちゃんにはなってほしくないってばよ!」
「真面目に言ってるのよ!!」
ボグゥ!!
♭♭♭
15番スクリーンに着くと、15というでかい電工版の横に、ポスターが貼られていた。男性アイドルと人気女優が抱き合っているポスターであった。
スクリーンの扉を開いていくのも、やはり女子高生や女性が多く、アダムはそれだけで胃が重たくなる。
隣の14番スクリーンは、アイバスの劇場版で、そのさらに13番目は、劇場版プリティープリであった。女児の中にさっそうと紛れていくおじさん。あと、ガルーラらしき人。
「ユナさんと、メサイアちゃんで見てくれませんかね。」
アダムは、そのポスターの前でジーッと止まるユナを見つめて、先ほど受け取り直した特典と、チケットを渡そうとする。
「あのね、こんなの男女で見るのが一番良いんだよ。
女の子同士で見るのも良いけど、こういうのクサイんだよね。」
『お前もそっち側かい。』
わざとらしく肩をすくめていたユナを見て、アダムは内心で毒を吐いた。そして、内心を見透かしたユナに殴られた。
スクリーンに入っていくと、上映15分前ということもあって、座席を埋める人々はまばらであり、暗いホール内には画面一杯の広告で満たされていた。
そして、スクリーンには丁度プリティープリの広告がやっていて、アダム君はそれをドキドキしながら見つめる。
後ろから、ジト目でそれを見るのはユナであった。
G列は丁度折り返しの席であり、端っこで、出口が近かった。
「ちょっと遠いけど、中々良い席ですね。」
アダムは、コソコソと小声で、席の折りたたみクッションを開く。ユナも同様にして、座席に座る。
「ふぅ。」
ユナであった、そろそろ帰っても良いのではないだろうか。
「アダムくん、どうせトイレ行きそうだから。16は取ってる人いなかったし、17、18を取れば、ピンポイントで取る人もいないでしょ。こういうのは、端っこでコソコソ手を繋ぐものだからね。」
ユナは、アイドルウィンクをパチーンと決め、欠伸をする。アダムは17に座り、ユナは18であった。
「…………。帰らないの?」
アダムは、横に座るユナを見つめて、呟く。
なぜか、スクリーンの広告を見ると胃がグルグルし始めた。
地の文も、○ン・○ヴァを見に行った時、謎の吐き気に襲われて以来、あまり映画館に行っていない。そのせいで、その翌年のゆる○ャンの映画も観にいくことが出来ず、特典を貰いそびれた。
○ヴァは、広告の時は吐き気はしなかったのだが、シン○がアス○のチョーカーか何かを見て、吐いた時に一気に吐き気がきた。脆弱であった。トイレから戻ると、アス○がなんかすごいことになっていて、ついて行けずに、めちゃくちゃ損した思いであった。
『うっぷ。なんなんだろ、これ。うっぷ。はぁ。
映画始まったら、メサちゃんと手繋ぐのかな。
ちゅー、チューしちゃうんじゃないの?』
アダムくんは、内心で動悸が始まり、めまいのようなパニックのような感覚になり始め、椅子に深くもたれる。
「………顔青いね。体調悪いの?」
それを見たユナが声をかける。
「なんか、緊張してるのかわからないけど……」
アダムであった。
「ふーーん。うりゃうりゃ。」
ユナはふざけたように言いながら、アダムの左ほっぺを右腕の握り拳でツンツンし始める。
地の文は、イチャイチャが始まる予感を察知して、嫌気が差し始めた。
さらには、座席間の境界となる、手すりから乗り出すように、両腕を伸ばし、アダムのほっぺを潰すようにムニムニし始めた。
「男の子って、こうするとまだ子供みたいだねー。」
ユナは、悪戯っぽく笑いながら、アダムの両頬をムニムニとする。でかいお山二つが、アダムの視界にバッチリと映り込んだ。
『ユナさん、こ、これ吐き気と緊張をまぎわらせるためにやってくれてるんじゃないの!?す、好きになってしまうやろがい!』
その〜〜やろがいって喋り方、本当にやめて欲しかった。
「治った?神経細いねー。格闘技しなさい、格闘技!!」
ユナは言いながら、再び、ポケーっとした顔でスクリーンに視線を戻す。
アダムは、暫くユナちゃんを見つめていると、スクリーンに照らされるユナちゃんは、やはりアイドルなので、とても可愛らしかった。
『あれ、メサイアちゃんって負けヒロインだっけ。』
サイッテーだな、こいつ。
アダムの吐き気はだいぶ治り、ユナに習ってスクリーンに視線を戻した。この後、ユナと変わってメサイアが来るのは、嬉しいと同時に名残惜しかった。
浮気ではないのか、これ。浮気はダメだと感じた。
浮気をするのか、こいつは。山にでもいくのだろうか。ダメに決まってるだろ。フェスターとチューしとけと、地の文は悪態をついた。
「アダムくん、バナナトーク交換しよっか。また、何か女の子の事で困ったら、いつでも言ってよ。」
そういうユナの顔は、スクリーンの映像に合わせて、肌の詳細な変化は確認しづらかったが、若干赤みを持ちながら、声も若干上擦っていた。
アダムは、場の雰囲気に乗せられて、それ以外でも連絡したいや、映画を一緒に見たいと言いたくなったが、それを言える男気はなかった。
あと、それ男気じゃない、浮気。
言葉遊びは控えるべきである。
しかし、アダムくんはよく考えると、メサイアとあまり良い思い出はなかった。蛙化の時もそうで、エトセーラに鞭で尻を叩かれた時、メサイアはめちゃくちゃ笑っていたし、そう言えばジンバブエ展開の時は、自分を車で軟禁してポチ呼ばわりであった。そして、それを助けてくれたのはユナであった。
アダムを見つめるユナは、スマホをこちらに差し出して、アダムがスマホを出すのを待っていた。
アダムくんは、胸がすごいドキドキし始めた。
地の文は、メサイアと良いことあっただろと、ちょっと後ろめたさを感じながら反論したかった。
あと、ユナが魅力的に見えるのは隣の芝が青いだけである。人の肌は、スクリーンの色に簡単に染められてしまうのだから、隣の芝も同様なので、安っぽいトキメキは捨てるべきであった。
☎︎℡☎︎
ユナは、バナナトーク交換後に、暫く共に広告を見て、とうとう座席を立つ。
「じゃあ、またね。」
ユナの声は、周りに集まり始めた人を配慮しての小声であったが、アダムくんには、とても切ないものに感じられた。切ないものに感じても、仕方ないのだが。
アダムは、自分の前を通るユナの良い匂いを感じて、
何も言葉を発さずに、背中を見送る。
そう、何も言葉を発さなかった。
これだけのことをしてもらっても、ありがとうの一言がなかった。『あ』さえなかった。
まさに、受付ジョーの男版である。
『お礼は言わないよ、また会いたいからね。』
アダムは万感の思いで、内心でそう思った。
毎回言えよ、そんぐらい。
――続く




