第五話 人の強さをもってして
シャキリ・シャクティ君の朝は早い。
朝四時三十二分、起床。
まず、ベッドメイキング。シーツの埃に鼻根を刺激され、豪快なくしゃみの音が部屋中に響き渡った。
掃除をしていても、なぜ布類というのは一日でこうも汚れるのか。
なぜ、ベッドメイキングなどをするのかというと、
ユーデュープの自己啓発おじさんが、やっていたからにすぎない。
少し欠けた机上の鏡の前に座り込む。
自分の最も気に入っている、金縁の眼鏡。
それも、無駄にデカデカとした円をもつ、丸縁眼鏡であった。
中央が渦巻き、シャキリの鋭く、若干の吊り上がりを持ちかながらも、ハンサムさを持たせる瞳は完全に覆われた。
もう、ただのオタクである。
伸び切った茶髪。姉のギランミには切れと言われているが、美容室の、あの小洒落て、
ジッとすることを強制される浮ついた感覚は、好きでない。
あと、会話を続けられない人間が異端とされる空気感も、好きでない。
シャンプーの時、布を顔に被せられ、それであるのに、「熱くないですか?」と聞かれる。
布を口に巻き込みながら、返事を強制される風潮も、好きでない。
隣にオシャレなお姉さんがやってきて、おまけの紅茶を啜り始めるあの時間。
隣の客は髪を染め、長い時間を紅茶と過ごす。自分は、猫背であるから、
無言で髪をチョキチョキする美容師さんに、首を触れられ、そっと姿勢を正される。
この、惨めさたるや。好きでない。
あと、美容室の雑誌は………以下略。好きでない。
やっぱり、田舎の床屋こそ……でも床屋も床屋で……以下略。
溜息を吐き、タブレット端末を机に置く。
自己啓発の時間だ。
外はまだ薄暗く、昨日の雨を滴らせているから、
日を跨いだという感覚はなかった。
「メンタルを鍛える、お前たち甘いよ! 早寝早起きは当たり前だよ!」
「それって、なんかエビデンスあるんですか?あなたの視点っていつもマクロで、マクロと言えばマクロ◯……」
自称メンズメンタリスト。
ただの言葉遊びである。カメラの前で偉そうに喋りながら、パソコンを叩き、洗面器いっぱいの水に顔をつけ、バナナの皮を顔に塗る。
「男とは……これか。」
違うのだが、年頃はそう感じても仕方ない。
朝の五時二十二分。
謎の早朝テンションは、シャキリの孤高のメンズメンタルに火をつける。
「バナナは、あったか。」
シャキリは木造の椅子をソッと引く。姉のギランミはまだ起きない時間だ。物音で起こしてはいけない。
この気遣いをする時点で、メンズコーチの助言は意味をなしていない。
部屋には、重さ三キロのダンベルが二本。
彼曰く、筋肉トレーニングは欠かせないと。
おじいさんと同じレベルの重量であった。
フラット・ヒットのポスター。
クローゼットの押し入れの奥には、アイドルジェナちゃんのグッズがたっぷり。これは、隠しているのではないらしい。
階段は軋む音を細かく、しかし薄暗い廊下に確かに響かせる。
10回ほどの音であったろうか、額の汗を拭い、シャキリ君は台所へ向かった。
「あった。バナナ……。」
シャキリ君の胸は高鳴った。ついでに、洗面所へ向かい、洗面器を水で満たす。
「あっ……つめてっ!」
鼻が触れて、全身に鳥肌が走る。すぐに満杯の水を
洗面所へ流した。
再び階段に怯え、
部屋の扉をゆったりと閉めて、バナナの皮を剥く。
ドキドキ、ドキドキ。
シャキリ君の心臓は高鳴る。生唾を飲み込み、若干の盛り上がりを見せる喉仏は震えた。
バナナの中身を机に、直置き。
皮を自分の顔に塗りたくった。
「くせ。」
ゴミ箱に投げ捨て、生臭さと若干のフルーティーさが
シャキリを包んだ。
シャキリは咳き込み、その細い腕で胸を掴んだ。
クシャリとシワを作るTシャツ。
「これが、筋肉痛。」
運動不足で骨が病弱なだけである。
メンタリストはまだ喋っていた。
動画の画面をタップすると、二時間三十分の動画であった。まだ、二十六分しか視聴していない。
「お前たち、元気だせ……」
タブレットを閉じ、顔をウェットティッシュで拭う。
下の階で物音がし始める。
「姉さん、起きたか。」
シャキリは呟き、ヘッドホンを頭に装着した。
カチューシャのようなそれは、シャキリを道化のような気分にする。
画面の先には、ステージで歌って踊るジェナちゃん。
「のほほ……!ジェナたん、やはり良いですねぇ。」
シャキリ・シャクティ、私立エルガー帝国大学所属。
22歳。
「シャキリ、朝ごはんだ!!!」
突如、扉が無慈悲に跳ね開けられ、くまさんパジャマのギランミ・シャクティが仁王立ちしていた!
「姉ちゃん……!ノックしろよッ……!」
シャキリは焦りながら、一気にタブレット達をベッドに押し込める。
シャキリは、大人しい人間ではあるが、男だ。
時間としてはやや早いように感じたが、ギランミは
そういうものだと直感して、一声かけて扉を閉じた。
朝食はバナナであった。
バナナとコーヒー。
「姉ちゃん、バナナの皮を顔に塗ったことある?」
シャキリはスマートフォン片手にバナナを頬張った。
そういえば、部屋にバナナがあった気がするが、
タブレットに潰されているようにも感じられて、
若干の焦燥が体を包む。
「馬鹿言ってないで、早く食べな。」
ギランミは呟き、コーヒーを啜って、スーツを直し、
バタバタとリビングを出ていった。
「洗い物、帰ったらやるから置いときな。」
リビングの外から反芻する声に、シャキリは返事をしようと息を吸うが、バナナの欠片が喉に張り付き、シャキリは
大きく咳き込む。玄関からバタバタと音がして、ギランミが戻ってきた。
「シャキリ、平気か!!」
ギランミに首を掴まれ、シャキリは声を上げようにも
上げられなかった。
***
自転車のロックを解錠する小気味良い音が、冬になりたての空気を揺らす。
自転車のギアは、1。
体を振るわさせ、歯を鳴らしながら、シャキリ君は自転車に乗り込む。手が悴むので、ポケットの中で拳を握る。
両手離し運転。なんともヤンキーだ。
「シャクティ君、おはよう。」
近所のおばさんだ。
「あ、あえあう……いってきまふ」
両手離し運転の最中に、話しかけるんじゃない!
道路を走る車達、学生の濁流。そこで一際スペースを空けられながら、列になって歩く小学生達。
「シャキリおじさん。よっ。」
信号待ちの最中、パトカーらしきものが駆け抜けたので、急いでポケットから手を出した直後、自分の目線の遥か下から声がかかった。
黄色い帽子を被って、ちっちゃいジャンバーに身を包む。
近所のミィカであった。小学一年生。
「ミィカちゃん、僕はおじさんじゃないからね。22歳だからね。」
「江戸時代だったら、おじさん!」
シャキリは溜息を吐いて、周囲に小学生に話しかける
不審者として怪しまれていないかを確認する。
「ミィカちゃん、ルーラさんどこにいるか知らない?
いつもの八百屋さんにいた?」
ルーラさんとは、近所の八百屋で働く女性だ。
メンズメンタリスト、シャキリ君はルーラさんが気になっている。
足元のミィカは、肝心なことを聞いた時には話を聞かず、さらに下の、足元の蟻を見つめていた。
こちらの心臓の激しい脈動を知らずに、子供はこれだ。
シャキリは若干毒付いて、ミィカの頭を軽く触った。
「信号変わるよ、班の子待ってるよ。」
言葉を喋りなれない巨人のような話し方で、ボソボソと小さく呟くシャキリ。
「おっさん、またねー!」
ミィカは呟き、信号の白線を飛び越えていった。
道が変わり、一直線の煉瓦造りだ。
段々とシャキリと同じような制服に身を包んだ人々が増えている。
「よーし!アコニット、やるぞ!!」
シャキリは叫び、黒い自転車を立ち漕ぎした。
ギア、1。
シャカシャカと軽快な音を立て、足の歯車は加速を止めることを知らない。鼻先の感覚が消え、手の感覚も消えるが、それは自分が風になれているからだと感じた。
「プッ、見てあの人。」
自分の前を歩いていたスカートが無駄に短い女子高生が、シャキリを見つめて、嘲笑気味に空気を漏らした。
ギア、1。自転車爆漕ぎ、メンズメンタリスト。
「…………」
シャキリは興が削がれ、自転車から降りた。
自転車はチッチッチッと音を細かく鳴らし、シャキリの隣を行く。たまにペダルが脛にあたり、シャキリは悶えたい衝動を抑える。
「あ、シャキリ君。」
女性の声であった。シャキリは肩を揺らし、丸眼鏡二つをそちらに向けた。
悪魔系アイドルグループ「インペネス」
ユナ・エイジールが校門でシャキリを待っていた。
脳みそトロトロで書いてるので、文章も酷いし誤字脱字も多いですね。すいません。
ただあまり本編みたいな、富野小説を意識したような、意識してるだけで似ても似つかない文章にしてしまっても駄目な気がするんですよね。なんでかっていうと……以下略。




