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第四話 運転する影、フェスターグリット

高級車特有の静かなエンジン音が、アダムとメサイアを揺らす。フェスターは、この車が好きだが、それは過剰なエンジン音を鳴らさないことが理由であって、それ以外の要素を大して好みもしなかった。それに、このアイドル好きの男。


アダム・ヴァレンというらしい。

これが、この車に乗り降りをする。

それだけで、フェスターはこの車への愛惜などは、消し去ってしまえるのだ。

ひとえに、犬のしょんべんが座席のシートへ染み付いたという、強い確信があったからであった。


「貴様……。」


自身の頭上のミラーを睨み、メサイアに一方的に抱きつかれるアダムも見据えながら呟く。



「貴様……?」


咎めるような、女性の冷たい声であった。



「失敬、アダム君。学園についたら、シャワーを浴びたまえよ。この車は、もう廃棄だな。」


フェスターは呟きながら、眼上の信号の光が赤に変わるのを見ると、ファブリック以下略を自分に吹きかける。


飛沫が舞い、車に備え付けのエアコンの風力によって、それがメサイア達に降りかかった。


「フェスター、それやめてほしいわ。アダム君にかかるでしょ。」


メサイアは腕をパタパタと揺らし、目を細めて呟く。

姫様は、こうまでわがままな人間であったかと、

フェスターは溜息を吐いた。メサイアは、もう少し立派になって、自分は爆発の中で死んでいく夢を先日見た。

たまには、メサイアと向き合う時間がいると感じて、

同業のダッケルを説得してのこれだ。

少々、甘やかしが過ぎるのではないか。



「かけてるんですよ。」


呟き、エアコンの風量を強めようとスイッチを押すと、突然、女性の快活な歌い声が車内に充満した。

あまりの音量だが、無駄に音質が良い。

それが、フェスターの神経を逆撫でるのだ。



「あっ、好き好きシャキシャキアコアコバレット」


アダムがボソッと呟き、顔が明るくなった。


「なんの呪詛だ、やめてくれ……!」


フェスターはキリキリと腹部が痛み始める感覚に襲われた。そこを摩りながら、アクセルに再び足をかける。


爆音の音楽を纏って、後部座席のメッキを剥がし切らせたカタカールが車道をかける。

周囲に音楽を撒き散らし、家族と手を繋ぐ小学生の少女は喜んで、女子高生には鼻で笑われる。



「恥だな、こんなもの。」



スイッチを深く押し込むと、車内は再びエンジンの音と、エアコンの微かな風を押し出す音だけになった。



「あっ、ユナ・エイジールちゃんの曲なのに……」


アダムは名残惜しそうに呟き、メサイアはムッとした表情を貼り付ける。


街の中央に聳え立つ塔を掲げて、エルガー学園が視認できる。カタカールのカーナビは、そこを青い丸とし、カタカールと周囲の車を赤い丸とした。


「ダッケルは頼めばそういう曲を流してくれるわ。このことはエトセーラに全て言います!」


フェスターはそれを聞いて、顔を再び真っ青にした。

エトセーラ・セトセーラ。アルメイア財閥令嬢の

メサイア・アルメイアのsp兼世話役の主任。

その部下が、フェスターとダッケルなのだ。

これは、不味い。


エトセーラは、良い上司ではあるが説教がねちっこいのだ。フェスターも十分にねちっこく、さらには見下し癖もあるため、より厄介であるのだが、そういう悪癖は、自覚できないのが人間の性といえる。



「もう、この仕事やめたい……」


フェスターは呟き、再びシャキシャキなんとかは流れ始める。焼き芋屋並みの爆音で。

この、アネフト、旧世紀ジャポンの真似事をするというだけあって、風情も重視している。

移動式の屋台というものもあるが、全てにおいて

ノーブルさを重視するフェスターは、屋台の食事などは貧困層が利用するものと見下していた。


そもそも、この街のアカデミーや、ガクセイフク

といった文化は、どうやら根本的にフェスターの

文化認識と違うらしい。



ただ、フェスター自身このガクセイフクという考えには大いに賛成であった。メサイアの高貴な私服が汚されるとあっては、我慢ならないからだ。

現に、メサイアの制服は汚れているのだが。


好き好きシャキシャキは容赦がない。

対抗車線の運転手はその曲に顔を歪め、

そんな下俗な曲を流すのは誰なのかと、運転手を品定めする。そして、視線に映るのはフェスターなのだ。


急いで目線を外し、車を加速させるという行為が何度も何度も繰り返される。


ダッケル、これを恥ずかしげもなく毎朝やるとは。

社会のアイドル至上主義に飲み込まれていく女。

その程度の器量であると、内心で嘲るが、

なぜか、ダッケルの顔が浮かぶと胸がドキドキしちゃうのだ。


「フェスター顔が赤いわ……?大丈夫かしら?」


メサイアがアダムに近づき、耳打ちをする。


「多分この曲が恥ずかしいんだと思う。ごめんなさい。」


アダムが呟き、フェスターはそっけなく返事をした。

胸が張り詰めるようでそれどころではない。



「好き好きシャキシャキ、彼は振り向かない〜

忘れたフリをして、彼は部屋に逃げていく〜」


アダムが歌って、メサイアもそれに続く。

フェスターはダッケルで頭が一杯だったので、

最早気にするのはやめた。



「好き好きシャキシャキ、勘繰ってばかりいないで〜

自分に自信を持って、変にひねくれないで外に出て〜」


学園の校門に着くと、次は二人があたふたとしていた。



「もう消して!オタクをバレるわけにはいかないんです!」


アダムが叫び、メサイアは欠伸をしていた。



「最初からそうしろ!」


フェスターはハッとし、スイッチを高速で押す。

後部座席の扉が開き、再びガードレールを擦り上げた。



二人はいそいそと降りていく。アダムに関しては別の部分を気にするべきだと感じたが、もうどうでも良かった。

案の定、アダムが座っていた場所はぐっしょり濡れていた。


「お嬢様、お気をつけて。」


メサイアはこちらに一度振り向き、大きく手を振ってから踵を返す。



溜息を吐いて、車のエンジンを踏み込むと、前から自転車が!?



「気を付けろよ、ガキ!」


フェスターは窓から顔を出して叫ぶ。

眼前の青年はヘルメットを被り、ママチャリを乗り回していた。



「うわ、ヤクザか!荒んだ人だな〜」


バジーリオ君なのだが、フェスターには知る由もなかった。このくらいの年齢のガキンチョに説教を受けながら死んだ夢を見た気がする。


気を取り直し、ハンドルも同様に。



「ふふふん、ふふんふふーん。」


フェスター・グリットの車内では、鼻歌と共に再び爆音でユナちゃんの曲が流れ始めていた。

なにこれ

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