第三話
なにこれ
アダム・ヴァレン君はアスファルトに両の足を軽く触れさせ、ジャラジャラと、鞄についたプラスチック製のキーホルダーを揺らした。
全て、青髪のジェナちゃんのものであった。
「アダム、待ってよ!」
イブは、ガードレールに仕切られ、狭くなった道を駆ける。先行するアダムはそんな声に振り向くことはなく、ゴミを捨てにきたおばさんにぶつかりそうになっていた。
このアネフトは、旧世紀のジャポンという街の意匠を継いだ階層都市らしい。
フランス圏周辺のルーツであるイブには、ジャポンという街とその文化は、マニア趣向でナイーブなものとわかった。
つまり、オタクが多い階層なのだ。
ジェナちゃんの人気は、ユナちゃんほどの人気はないと言える。
しかし、アダム曰くそれが良いのだと。
ただそのアダムの、世間の評判の逆をいくコントラリアン的思考は、今朝のユナちゃんのグッズで嘘八百だとわかった。
水着五十分。水着五十分なのだ。アダムの人生の五十分は、ユナちゃんの水着で潰れると。
それで良いのか、彼は。
そして、案の定、視界の先の曲がり角でアダムの呻き声が上がった。
「痛いなぁ!気をつけろよ……うわぁ!!」
女性の悲鳴!アダム、そこまで落ちたか!!
イブは道を駆け抜け、すぐにその曲がり角に顔を出す。
視線の先には、自転車にぶつかり項垂れるアダムと、
その鞄。
ジェナ・ジェイミールちゃんの水着クリアファイルと
水着ストラップ。ジェナちゃんペンケースに、
ジェナちゃんのスマホケースがついたスマートフォン。ジェナちゃん定期入れ、ジェナちゃん、ジェナちゃん、ジェナちゃん、ジェナ………
逆張りしておきながら、結局ジェナも水着かと。
イブは心底がっかりした。
「きもっ!こいつ、きも!!」
桃色の髪の、ショートボブの髪型の女性は、項垂れるアダムと、鞄から霧散したジェナちゃんグッズを交互に見つめた。ジャポン後期のオタクを徐々に受け入れる文化は、この学園都市には無かったらしい。
「みるなよ。俺を、みるなよ。」
アダムはガードレールを掴みながら、フラフラと立ち上がり、そのジェナちゃんグッズ達に身を預け始めた。
「アイドルの女の子が好きで、何が悪い!!好きになってしまったんだ、ジェナを!!」
「兄さん、そんなことを道で叫ぶのはやめて!」
周囲の人間の前で地面に項垂れ、女の子が写ったグッズに体を擦り付けるアダム。
散歩に来た犬が、そのアダムに向け、一二発しょんべんを喰らわせ、去っていく。
「……ごめん、立てる?」
桃色の髪の女性、自分達と同じ制服を纏った女性は、
そのアダムの様を写真に納めて、手を差し出す。
「……しょうしろよ。……弁償しろよ!!」
犬のしょんべんがかかったジェナ。
これが、俗にいうねとられ。
桃色の髪の人は、困ったようにイブに向かい、何かを告げて去っていった。クスクスと笑いながら去っていく、その女性、名前はクストさん。
「君っ!何してる!」
入れ替わり様に、自転車に乗った警察官がやってきた。
中年の男性はアダムを見下ろし、胸の側のインカムに手をかけ始めている。
「この、この世界が憎いっ!!!!」
「こいつ、主義者か!!」
アダムの体の下の大量の女性のグッズ。
全て同じ写真であるから、警察官にはカルト宗教に見えたらしい。なにやら、黄色い液体がかかったグッズまである。これは、不味い。
警察官スレッグ・サラバーは人望で人気のおまわりさんだ。家族の息子達を地球に置いて、この学園都市に単身赴任している。
そんな彼であるから、この街の危険を冒しかねない人間は見過ごせなかった。
「ちょっと、署まで来てもらう!!」
「イブ!助けて!!」
イブはそれを素通りし、エルガー学園へ向かうことにした。彼を兄さんと思うのは一旦やめることにした。
「抵抗するな!ゴメス、ナタール!応援頼むぞ!」
アダムの手がインカムにぶつかって、応援のナタールが弾けた。
「あっ!警察殴ったね!!」
近くのおばさんがスマートフォンを取り出し、動画を撮影し始めていた。
そもそもどこから湧いてきたババアだよ!
「フェスター、あれ!あれアダム君よ!」
信号待ちの黒い高級車、カタカールの後部座席に座ったメサイアは、世話役のフェスター・グリットに叫んだ。
「あの警察と格闘している人間!? 姫様、友人は選んでいただかなければ!」
「彼は、将来までも約束して……」
メサイアは頬を赤らめ、フェスターは顔面蒼白。
「無視しますよ!あんなのとは縁を切りなさい!」
「彼を拾わなければ、家出するから。」
メサイアは叫び、フェスターは顔面蒼白。
仕方なくハンドルを細かく回して、その道の脇にカタカールを路駐した。
「君っ!路上駐車は!!」
「やかましい!アルメイア財閥のご令嬢が乗っている!」
スレッグが叫ぶが、窓から顔を出す、サングラスをかけたオールバックの強面を見て、ちょっとびっくり。
アダムもそれを見て、ちょっとびっくり。
「ヤクザとの関わりはない!」
「貴様、メサイア様との友人とは本当か!こんな喚く猿のような!!」
「家出るよ!フェスター!」
フェスターは押し黙り、扉を開く。ガードレールに車の扉がぶつかり、思い切りメッキが剥がれ落ちた。
スレッグはその車を見つめ、高級車であるとわかると頬を押し付け始める。
「いい車ですねぇ、旦那さん。」
「こんなもの、普段使いだ。」
フェスターは鼻を鳴らし、バックミラーを見つめる。
メサイアが後部座席から飛び出して、アダムと地面をちちくり合ってるではないか。
「姫様!?地面をチクチクなさるなど!本当にやめてください、メロー社長に怒られる……」
フェスターの瞳は半泣きに変わり、メサイアの催促もあって、アダムが座席の後ろに座った。
メサイアは腕を絡め、アダムにくっついている。
「メサイア様、そんな犬畜生と関わっていては、貴方の気品もですね。」
「くそ、本当に犬の様な匂いがするぞ!メサイア様ばい菌が!」
フェスターは、ハンドルの下のロッカーから、ファブリック・リーズナブル。縮めて、ファブリーズを取り出し、それをアダムに目掛けて斉射。
アダムは目を細め、水に溺れたような反応をする。
メサイアも目を細め、甲高い声をあげて楽しんでいるようであった。
黄色いシミがついたプラスチックのものにも満遍なくそれを吹きかける。
「あっ!アクキーはやめろ!アクキー剥がれちゃうから!」
「やかましいんだよ、なんだこのキモいプラスチックは!」
「家を出て野宿をするという覚悟は持っているつもりですよ!フェスター!」
フェスターはファブリックをしまい、車のハンドルを握り直した。
「いいくるまだぁ、これはいいものだなぁ。」
先の警察官、スレッグは車に全身を押し付け、鼻息が後部座席のガラスにあたり、白いモヤへと変質していた。
「うわ、きもい!」
車によがる中年ほど、見ていて嫌なものはない。
フェスターはアクセルを踏み抜き、その警察を吹き飛ばしてエンジンの音を響かせた。




