【第34話】停止命令
翌日。
花咲化粧品 本社。
空気は——重かった。
会議室。
役員が並ぶ。
資料が机に叩きつけられる。
「説明してもらおうか」
低い声。
「なぜ吉祥寺だけに在庫を集中させている」
別の役員が続く。
「他店舗は欠品」
「クレームが増加」
「売上は落ちている」
「これは——異常だ」
沈黙。
その中央に——
柚留が立っていた。
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黒田は腕を組んでいる。
何も言わない。
あえて、言わない。
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役員が言う。
「短期的には伸びている」
「だが、これは持続しない」
「属人化だ」
「再現性がない」
一人が言った。
「会社として認めるわけにはいかない」
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柚留は静かに口を開く。
「数字は出ています」
一瞬、空気が止まる。
「全体売上も伸びています」
役員が即座に返す。
「だから何だ」
「その裏で何が起きている?」
資料を指す。
「他店舗の不満」
「ブランド毀損リスク」
「オペレーションの崩壊」
一拍。
「これは“成功”ではない」
「歪みだ」
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柚留は何も言えなかった。
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ナポレオンが言う。
『いい状況だ』
柚留は心の中で返す。
(……え?)
『反発が出るのは』
『支配が進んでいる証拠だ』
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役員が言った。
「結論を言う」
静寂。
「この施策は——停止する」
空気が凍る。
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葵の顔が頭に浮かぶ。
列。
熱。
あの光景。
(止める……?)
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柚留は言う。
「……理由を教えてください」
役員は即答する。
「リスクが高い」
「属人化している」
「全社最適ではない」
一拍。
「会社として許容できない」
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ナポレオンが言う。
『正しい』
柚留は息を飲む。
(正しい……?)
『組織としてはな』
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黒田が初めて口を開く。
「……で?」
全員が見る。
黒田はゆっくり言う。
「止めてどうすんだ」
「元に戻すのか?」
誰も答えない。
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役員の一人が言う。
「標準に戻す」
「全店舗へ均等配分」
「通常の販売に戻す」
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柚留の中で何かが崩れる。
(終わる)
ナポレオンが言う。
『当然だ』
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黒田が小さく笑う。
「つまんねえな」
だが——
それ以上は言わない。
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決定が下る。
「本日をもって」
「吉祥寺集中施策は終了」
「在庫は全店へ再配分」
「SNS施策も停止」
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完全な——停止命令。
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会議室を出る。
廊下。
静かすぎる。
柚留は歩きながらつぶやく。
「……終わりましたね」
ナポレオンが言う。
『違う』
柚留は立ち止まる。
『ここからだ』
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スマホが鳴る。
葵からだ。
出る。
「はい」
「鈴木さん!」
声がいつもより強い。
「今日、どうします?」
一拍。
柚留は答える。
「……通常販売に戻します」
沈黙。
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葵が小さく言う。
「……そうですか」
その声は——
少しだけ、寂しそうだった。
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店の光景が浮かぶ。
列。
熱。
笑顔。
(終わらせた)
ナポレオンが言う。
『違う』
柚留は心の中で返す。
(え?)
『終わらされた』
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柚留は空を見上げる。
(負けた……のか?)
ナポレオンは静かに言う。
『戦争はまだ終わっていない』
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同じ頃。
帝都ビューティー 本社。
神崎玲司は報告を受けていた。
「……停止しました」
神崎は頷く。
「そうか」
一拍。
「予想通りだ」
部下が言う。
「内部から崩しました」
神崎は小さく笑う。
「戦いとはそういうものだ」
画面を見る。
吉祥寺。
あの熱狂。
そして——
その終わり。
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神崎は言った。
「次だ」
「完全に取りに行く」
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店の外。
列は——ない。
静かな朝。
柚留はその光景を見ていた。
ナポレオンが言う。
『いいか』
柚留は答える。
(はい)
『負けとは何だ』
一拍。
『“終わった”と思った瞬間だ』
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柚留は小さく笑った。
「……まだですね」
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戦いは——続く。




