【第35話】鈍化
三日後。
コスメプラザ吉祥寺店。
開店時間。
扉が開く。
——人は、いる。
だが。
「あ、これこの前のやつだ」
「普通に置いてあるんだ」
「どうしようかな」
足は止まる。
手は伸びる。
だが——
止まる。
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葵はその光景を見ていた。
「……人は来てます」
一拍。
「でも」
柚留が続ける。
「決めきらない」
葵は静かにうなずく。
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客が商品を手に取る。
裏を見る。
少し考える。
そして——戻す。
別の商品を見る。
また迷う。
そのまま、離れる。
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柚留はつぶやく。
「……弱いな」
ナポレオンが言う。
『違う』
柚留は心の中で返す。
(え?)
『“迷い”がある』
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柚留は棚を見る。
商品は同じ。
品質も同じ。
だが——
(何かが違う)
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ナポレオンが言う。
『お前は何を売っていた』
柚留は答える。
(商品……)
『違う』
ナポレオンは言う。
『“確信”だ』
柚留の思考が止まる。
(確信……)
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『あの時、客は迷っていなかった』
『見つけた瞬間に決めていた』
一拍。
『今はどうだ』
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柚留は目の前を見る。
客は——迷っている。
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葵が言う。
「単価も落ちてます」
「セットが動かない」
「単品も……弱いです」
柚留はうなずく。
(まとめ買いが消えた)
(回転も落ちてる)
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ナポレオンが言う。
『当然だ』
『“今買う理由”がない』
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店員が言う。
「帝都の商品……動いてます」
振り向く。
棚。
帝都の商品が、少しずつ減っている。
爆発ではない。
だが——
確実に。
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葵がつぶやく。
「……持っていかれてますね」
柚留は答える。
「じわじわと」
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ナポレオンが言う。
『これが本来の戦いだ』
柚留は小さく笑う。
(地味だな……)
『だが』
ナポレオンは言う。
『最も多くの戦いは、こうして決まる』
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静かな店内。
売れてはいる。
だが——勢いはない。
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そのとき。
一人の客が商品を持ってレジに来る。
「これください」
葵が対応する。
「ありがとうございます」
だが。
それは——一個。
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柚留はつぶやく。
「……細いな」
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ナポレオンが言う。
『流れが切れた』
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柚留は目を閉じる。
(あの熱は)
(どこにいった)
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ナポレオンが言う。
『消えてはいない』
柚留は目を開ける。
『分散しただけだ』
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柚留は考える。
(吉祥寺に集めていた流れが)
(全体に散った……?)
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葵が言う。
「これ……どうします?」
柚留はすぐには答えない。
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ナポレオンが言う。
『いい状況だ』
柚留は苦笑する。
(これが?)
『ああ』
『“本物”が見える』
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柚留は棚を見る。
動かない商品。
迷う客。
少しずつ売れる現実。
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ナポレオンは言う。
『ここからだ』
一拍。
『戦略とは』
『この状態から勝つことだ』
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柚留は小さく笑った。
「……やっとですね」
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スマホが鳴る。
黒田からだ。
出る。
「はい」
「どうだ」
柚留は答える。
「……鈍いです」
黒田は短く言う。
「だろうな」
一拍。
「で?」
ナポレオンが言う。
『答えろ』
柚留は言った。
「変えます」
一拍。
「もう一段」
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黒田は少しだけ笑った。
「いいな」
通話が切れる。
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葵が聞く。
「どう変えるんですか?」
柚留は答えた。
「“来る理由”を作ります」
ナポレオンが言う。
『いい』
『やっと理解したな』
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店の外。
人はいる。
だが——普通だ。
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柚留はその光景を見ていた。
(ここから、もう一度)
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ナポレオンが言う。
『覚えておけ』
柚留は答える。
(はい)
『勝利とは』
一拍。
『作り直せる者に訪れる』
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柚留は小さく笑った。
「了解です」
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戦いは——
再構築へ進む。




