5.ちょっとの前進
授業の中に凪れてペンを端らせる音が聞こえてくる。
一度書き起こして、でも何か気に食わないのかクシャっと丸めて新しいメモ帳を取り出して書き直す。
納得が出来たら今度は丁寧に折りたたむ。
形はまるで封筒のような形を次第が形作られていく。
紙を折る音も、最近は環境音の中でも拾いやすい音になってきた。
彼女は、いま普段では見せない瞳をしてこれを作成しているのだろう。
授業中、さらに女子生徒ということもあり見つめていると周囲に誤解を与えかねないので俺はいつもその音を楽しむ。
たった一言を伝えるための時間。
本来であれば数秒で終わるはずだが、俺達は何分、何十分と時間をかけてその一言を紡ぐ。
非効率極まりないコミュニケーション。
でも、それが今は心地よいのだ。
『最近は格闘ゲームですが、他にもRPGやほのぼのしたゲームも沢山プレイしてます!エンジョイ勢です!』
俺が普段どんなゲームで遊んでいるのかという質問に彼女は普段よりも少しだけ長文で返答する。
まだ声を聴いたことがないが、脳内イメージで早口で語っているであろう語部が想像される。
『俺も楽しめれば良い派かな』
『いえ、あの対戦には勝利して愉悦に浸っているという意思をひしひしと感じました』
彼女に俺が答えると、即答で返事を投げ入れられる。
少しだけ、怒気を含んだような内容と放り投げかたが悔しさを滲ませているようだった。
ゲームの一件も数日でほとぼりが冷めて、こうして冗談交じりに話題にすることが出来るくらいになった。
今では彼女から恨みの籠った視線を送られてくることは無い……こうしてからかわなければ。
結局、ゲームをしたのもあの一日だけだ。
俺が暇つぶしにゲームを起動させると、たいてい彼女はログインしているが別に一緒に楽しむような関係性でもない。
偶然が起こしたイベントであり、日常に組み込まれることは無い。
これが俺達の関係値。
この近くて遠いような距離感がお互い気楽で良いのだ。
俺が彼女に『ゲームはいつからプレイしているの』か、質問すると彼女からはこう返事が返ってきた。
『中学の3年生から読書ではなく何か一人で出来るものが無いかと探していた時にハマりました』
普通、中学3年って勉学に受験のために勉学に勤しむ時期だと思うのだけど、彼女の場合は元々が成績優秀だったから不要ってことか。
俺達の通う高校は偏差値で言えば中の上くらい。
少し勉強が出来る生徒であれば入試試験は問題なく合格できる範疇だ。
事実、地元の友人も何人か同じ高校に進学しているしこのあたりだと通いやすい場所としては選ばれやすい。
むしろ、語部が選ぶにはかなり偏差値を落として選んでいるのではないだろうか。
実際に彼女に勉強の得手不得手を聞いたわけではない。
今どき珍しいが、うちの高校は学期末テストに関しては校内掲示板に結果を掲示される。
そこには自分の点数と順位までしっかり記載される。
どこかで聞いた話によれば、客観的に自分の立ち位置を自覚することで自主的に勉学に取り組む姿勢を確立したい考えから取り入れられたシステムだとか。
経緯はどうでも良いとして、語部の名前は大抵上の方に連なっていた気がする。
全科目一桁くらいだったはずだ。
それだけ勉強が出来る人間が、偏差値で考えればパッとしない高校に通うのは自宅からのアクセスの良さか、別の理由があるのか。
深入りしてまでの詮索はしないほうが良いだろう。
誰にだって、深入りしてほしくない部分を抱いているのだから。
脱線してしまったが、頭に浮かんでいた考えを霧散させて次なる質問を考える。
今日は基本的に俺の質問の日だ。
誕生日や家族構成、少しプライベートに踏み込んだ質問も今ならしても問題ないかと考えていると、彼女が先に机の端に手紙を差し入れた。
『ルールを破ってしまうのですが、今日は多く手紙を書いてもいいですか?』
書かれた内容に、俺は思わず小さな笑みを零す。
隣に目を向けると、もじもじと俺の反応が気になるがじっと見つめることが出来ず視線を右往左往させている語部がいた。
これは、確かな前進なのだろう。
彼女にとっては小さくとも交友を深めるという意味での前進。
なら、俺が断る理由もない。
『いいよ、ただ授業は聞かないとだから程々にな』
一言書き記し、便箋型の形に折りたたむと語部の机の端にそっと置く。
間をおいて、回収した語部は俺からの返答を確認すると僅かな笑みを浮かべて小さく頷いた。
そこからは彼女発信で少し踏み込んだ内容の手紙を交わした。
互いの誕生日はという質問に対して、語部は11月23日、俺は12月6日と意外と近いことを知った。
彼女は一人っ子らしく、毎年自宅で両親とケーキを食べて祝ってくれているらしい。
俺には大学生の姉がいるが、父親が単身赴任で海外に出ているので母親と姉の二人が祝ってくれると答える。
先日まであった夏休みでは、毎年彼女は長野の祖父母の家に寄生しているらしい。
本当に山の方に住んでいて、電波も届かないことがちらほら。
だから、毎年沢山の本を持参して過ごしているんだとか。
俺は祖父母は近くに住んでいるので、そういう遠方でしかも田舎って部分には惹かれるものがある。
川遊びとか虫取りとか、田舎ならではの風習やお祭りなどのイベント。
興味が尽きない好奇心を抑えながら、彼女との文章による会話を続ける。
放課後も近くなり始めた最後の授業で彼女は本日最後になるであろう手紙を作るためにメモ用紙を取り出す。
ペンをその上に置き、何か書き起こそうとしたがその筆を止める。
先ほどの授業までは一気に進んでいた筆が止まっていたことが気になり少しだけ彼女に視線を向けていると、ゆっくりだが普段よりも丁寧……いや、緊張した面持ちで何かを書いていた。
しっかりと手紙になるように形を作り折りたたむと、僅かに震える手で本日最後の手紙を俺に差し出した。
『聴波くんは私と話をしていた楽しいですか?』
自信のない問いだった。
小さく下の方に『私は楽しいです』と追記されているところが彼女らしい。
高校に入ってから、もしかしたらそれ以前から真面目に人と会話を楽しんだことがないのかもしれない語部は楽しさの反面不安を抱いていたのかもしれない。
相手を不快にさせてしまっているのではないかと。
しかし、いきなり聞くことが出来ない質問ではあるので今日聞いてくれたということはやっぱり俺達の関係性も前進しているのだ。
新しいメモ用紙ではなく、彼女が書いた手紙をそのまま使わせてもらい小さく追記されていた個所に今度は大きな文字を俺も追記する。
それを元通りの形に戻して語部は返す。
少しだけ強張った動きで受け取ると、若干俺に背を向けてゆっくりと内容を確認する。
俺が書いたのは『めっちゃ楽しい』という一言。
飾らない、建前でもない、純粋な感想。
どんな反応と表情を見せてくれるのかなと期待していると僅かだったはずの背中は完全に向けられてしまい、姿勢はまるで猫のようにまるまっていき教室の端でなぞの球体が出来上がった。
ホームルームを済ませるべく担任が教室に戻ってきて、数分程度の手短なお知らせと別れの挨拶を交わすと語部はすぐに荷物をまとめて立ち上がる。
手には今日交換したであろう手紙が全て握られて胸の前に抱きかかえられていた。
小走りで去る彼女の横顔は、一人で過ごしている時とは違い晴れやかなものだった。
あの回答が彼女にとっての最善の答えになっていたのであれば何よりだ。
だから……。
ああして、俺との手紙を嬉しそうに、大切に握り駆けて行った彼女の姿を眺めていると悲しい気持ちが湧いてきてしまうのだ。
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