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6. 見せない傷

新キャラ登場!



 激しい残暑が残る9月末。

 夏休みで自堕落下生活を過ごしていた弊害がようやくなくなり学生としての普段の生活に戻り始めたこの頃。

 

 残暑など一日でも早く去ってしまえと呪っているのだが、これがなかなか無くなってくれない。

 エアコンが導入されているとはいえ、教室はそれなりに大きな部屋だ。


 ましてや、生徒の出入りが多いので冷えるものも冷えない。

 多くの生徒がうちわやハンディー型の扇風機を持参して残暑を過ごしていた。


 10月からは衣替えだ。

 冬服が始まるのにこの暑さは殺人級だなと思いながら、教科書をうちわ代わりにしているがケロッとしているのが若干一名。


 我らが……というか我が文通相手の語部は一人背筋を伸ばし平然と読書に勤しんでいた。

 肌から汗が零れることもなく、汗で髪がべたつくこともなく、どんなサラサラヘアーだよと思わせる黒髪は室内の僅かな冷風で綺麗に靡いていた。


 俺の疑問にも似た視線の意味を気が付いたのか、彼女はメモ用紙で一言。

『寒がりです』と書き口の前で掲げた。


 だから、なぜ口の前なのだろう。

 あれか、漫画の吹き出し的なあれで自分で発していると錯覚している感じか。


 それはそれでキャラとして目立つから良いのではないだろうかと考えてしまっている時点で暑さにやられている気がする。



 そんなこんなで昼休みが来たから手短に食事を済ませて冷房が効いた図書室で涼もうかと考えていると教室後方の扉が勢いよく開く。


 視線は自然と音の発信源へと集まる。

 豪快に開けたかと思えば、エアコン事情もしっかり理解してすぐに戸をしめた『それ』は直進するように駆けだす。


 タタタッと素早い音と同時にやはりというか、予想通りの言葉が発せられる。


「あっくん!」


 女子生徒の声音で、とても元気で、あっくんなんて呼び方をされているのは……俺だ。

 首元に腕を回され飛びつくと、ラリアットを食らったのではないかと錯覚するほどの衝撃に視界がブレた。


 暑い外気などお構いなしに飛びつく彼女は、ふわりと花のような香りを漂わせて相も変わらず元気であった。


「飛びつくのは止めてくれって毎回言ってるだろつばさ


「えへへ、でもいつも文句言いながら受け止めてくれるもん」


 俺に飛びついてきた女子生徒、雨宮あまみや つばさは陽だまりのような笑みを浮かべて言う。

 肩までで揃えた髪は黄金色に輝き、長年彼女を近くで見てきたがここ数年でぐっと大人の女性になりつつある彼女だが、中身は昔と変わらないおてんば娘だ。



 明るく周囲を自然と笑顔に変えてしまうような彼女は、学内でも交友関係が広く所謂学内カーストで一番上に分類される生徒。


 呼称で既に周囲の生徒は気が付いているが、俺と翼は昔からの付き合いだ。

 いわゆる幼馴染。


 小学一年から同じ学校に通い自宅も近く良く家族ぐるみで遊んでいた。

 昔から呼び方は「あっくん」だ。


 正直、恥ずかしくないかと言われれば恥ずかしいが慣れてしまったところもある。

 今更彼女から「章くん」なんて言われようものなら、その方がこそばゆいかもしれない。


 彼女の首抱き着きからのダイブを吸収するように、俺は彼女ごと体を回転させて勢いを殺す。

 そして、スタッ効果音が聞こえてきそうな着地を彼女にさせると雪のように白い肌をした額を指で弾く。


「あたっ!」


「飛びつかない、走らない、扉を勢いよく開けない」


 大げさに額を抑える翼に伝えると、破顔させて見上げてくる。

 何がそこまで楽しいやら……。


 思わずため息を零すと、隣から視線を感じた。

 もちろん、そこで呆然とこちらを眺めていた語部が気になっているだろうことを口にした。


「幼馴染なんだ……もはや腐れ縁だ」


「腐ってないです、ピチピチですぅー」


 語部側から見て背中に隠すようにしながら伝えると、右脇から顔を出すように翼は不満げに頬を膨らませる。

 そして、視線を向かいの語部へ向けた。


 刹那、二人の視線が交錯した後に最初に口を開いたのは翼だ。


「こんにちは語部さん、あっくんと同じクラスだったんだね」


「ッ…………」


 どこかで面識があるのか自己紹介をすることなく翼が声を掛けた。

 語部も翼のことは知っているのか不思議そうな顔はしていなかったと思う。多分。



 それに、語部が人と話をすることが出来ないのを知っているのか彼女がアクションを起こすまで優しい笑みを浮かべて静観していた。


 小さく、ほんの僅かに頷くと翼は「あっくんの文句があったら私に相談してね!」なんて言い放つ。

 再び、小さな額にスパンッと小気味よい音を鳴らしてデコピンを炸裂させると涙目で憎らしそうに俺を睨んでくる。


「教室に来たんだから用事があったんだろ」


「あ、そうだ! 体操服貸して」


「どう考えてみブカブカだろ」


「これが今どきの流行ってのを君は知らないね~」


 そんな流行知りたくないわ。

 絶対に適当いって他の人に借りるのが嫌だからこっちに来やがったなこいつは。


 人当たりも良くて、誰からも好かれて、しかし意外とパーソナルスペースが狭い翼は心を許した相手以外には近距離まで近寄らせないし近寄らない。


 それゆえ、他者から物を借りることも忌避する傾向がある。

 ……それを人に悟らせないところが、そもそもコミュ力高いんだろうな。


 明日の体育で使用するから今日先に持ってたのに、絶対翼に明日持ってきてもらわなくては……。


 カバンの中から体操服の上下を取り出し彼女に手渡す。

 まだ暑いしジャージは不要だろう。


「ありがと!」


 抱きしめるように受け取ると、彼女は数歩後ろに下がって礼の言葉を述べる。

 軽く手を上げてその言葉に応えると彼女は教室の扉まで駆ける。


「帰りロッカーで待っててね!」


「嫌、一人で帰るよ」


「ダメー」


 小さく零すと彼女は顔だけ見えるように扉の隙間からこちらを除いて言った。

 あの自由人め……。


 こっちの言い分など聞かないで自分の世界に巻き込むのは昔から変わる様子がない。

 思わず小さな溜息と一緒に苦笑が零れた。


「…………」





 放課後、ロッカーで待っているであろう翼のもとに仕方ないので行くかと重い腰を上げると初めて裾でもなく机でもなく、指先に暖かい感触が広がる。


「……」


 俯き、耳まで赤く染めた語部はハッと手を離すとこちらを見上げ視線をうろうろとさせる。

 何事かと待っていると、手紙でもなく言葉でもなく、小さく手をひらひらと揺らす。


 極小の振り幅ではあったが、それは別れの挨拶にも似たものなのだろう。

 だから俺も、言葉でも手紙でもなく同じように手をひらひらと振り別れの挨拶とした。


 

 住宅街を翼と肩を並べて歩く。

 今日起きたことを楽しそうに語る翼の声に耳を傾けながら、時折返事や相槌をしながら帰路についていた。


 いつもの距離感。

 昔からの距離感。


 そんな距離感で話をしていると話題は体育になった。


「そういえばあっくんは体育いつだっけ?」


「明日、だから洗濯して返してな」


「ありゃ、これは家ですぐに洗濯しないとだね」


「持久走のテストだからサボったら放課後に補習になるからな、持久走とか一番体育で嫌いだわ」


 そう告げるとふと、翼の歩みが止まる。

 足音がしなくなったことに気が付き振り返ると、少しだけ心配そうな表情を浮かべていた。


「大丈夫……?」


 彼女は一点を見ながら告げた。

 その意味を俺は知っている。


 だから、彼女の不安を少しでも拭えるように立ち止まった彼女の目の前まで歩み寄ると少しだけ乱雑に頭を撫でまわす。


「翼が洗い忘れたら大丈夫じゃないな」


「……もうっ」


 手櫛で乱れた髪を正しながら、翼が浮かべていた不安の表情は笑顔に変わっていた。



 



 


 彼を自宅の前で見送った後に思わず空を見上げる。

 クラスであっくんの隣に座っていた女子生徒には見覚えがある。


 一年生の時に同じクラスになった語部さんだ。

 少しだけ昔と雰囲気が違ったけど、やっぱり彼女は何も話すことはなかった。


 そんな彼女を彼は気にしているようだった。


 気が付いてしまった。

 いや、一年生の時から気が付いていたけど目を逸らしていたと言った方が正しい。


 彼女の瞳が、何かを諦めた人のそれと同じだったことを。

 彼は気が付いてしまった。

 それがかつての自分と同じ瞳をしている少女なのだと。


 だから、なのだろうか。

 やっぱり、なのだろうか。


 彼はそんな彼女を見捨てることは出来ない。

 聴波 章はおそらく語部 文香を見捨てることができない。


 そして私も、彼がそれを望むのなら見捨てることは出来ない。

 私がいまを生きてる意味でもあり、贖罪いみでもあるのだ。


 だから、見上げた空を眺めている時に感じる、胸の奥のチクリとした痛みに私は気が付いてはいけないのだ。


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PN「灰原悠」で電子書籍で商業化デビューしました。

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