3.僅かな変化
『聴波君の今朝の朝食は何ですか?』
一限目の日本史の授業で、俺は語部から渡された手紙の一文を呼んで思わず頬を緩める。
彼女とこうして短い手紙のやり取りを初めて一週間、少しずつ語部文香の実態を理解することが出来てきた。
曰く、昔とあるトラブルがあり極度の人見知りだと。
曰く、緊張で言葉を発する前に無視されてと感じさせてしまっていたと。
曰く、朗読が極端に苦手なのを一年の頃から教師に両親を通して伝えていたことで学校側が理解してくれていると。
曰く、彼女は人と話をしたいと。
クラスメイト達が手紙で密かな共有を行っていることには高校入学以前からちょっとした憧れを抱いていたらしい。
言葉で話すことが出来なくても手紙であれば自分も友達を作ることができるのではないかと。
ただ、奥手な性格も相まって実行に移すことが出来なかったらしい。
だから、俺が手紙を投げ入れた時にワクワクが溢れてきたと。
そこで、歓喜とか表現しないでワクワクというところに彼女の性格が垣間見えたのは秘密だ。
俺達は一つのルールを設けて今も手紙の共有を行っている。
各時間に1度のみの手紙の交換。
多くても5~6回程度ではあるが、学生の本分は勉学だからその辺はしっかりしている。
俺も気兼ねなく授業という名の語部ガイドブックを脳内で構築できるので非常に助かっている。
一つ感じたことが、この小さな手紙でのコミュニケーションというのは案外面白いものだ。
短文であれど何を伝えるか、何を聞くかを悩み、返ってくる返事を待つ間に更に次のことも考える。
一度送ったら取り消すことも出来ないし、ポンポン送れる物でもない。
……実際には送れるのだが、俺達のルール上は送れない。
文字からは意外と感情が読み取れると表現すればいいのだろうか、俺が今までのノートに書いていた文字は適当だったのだなと感じる場面も多かった。
見やすいように、伝えやすいように、そんなことを考えて書いた字は確かに普段よりは綺麗だが一般的に見て綺麗かと言われれば……。
彼女の達筆さに本屋で文字練習のドリルみたいなの購入したのは内緒だ。
腕を伸ばせば届いてしまう近距離文通。
それが、今の学生生活においては一番の楽しみといっても過言ではない。
ちなみに、今は語部のターンだ。
暗黙の了解で質問者を日替わりで行っており、昨日は俺が質問を投げかけたので今日は彼女の日。
『卵かけご飯 味の素を二振りいれることがポイント』
文章の下に記憶になる容器を描いて彼女の机の端にそっと置く。
白く細い指先で挟みながら取ると、ゆっくりと手紙を開いて語部は内容を確認した。
ふふっという小さな笑い声。
隣だから聞こえるその小さな声に俺は顔を横に向けると、彼女も同様にこちらを見ていた。
笑った口元を見せたくなかったのか俺が渡した手紙で自分の口元は隠していたが、指さしていたのは描いた容器の絵。
こんな些細なものでも、彼女はこうして時折笑顔を見せてくれるようになった。
ほんの僅かな、口角がちょっとだけ上がっているくらいかもしれないが確かに笑うのだ。
いまの授業での手紙のやり取りは終了となるので、少し遅れ気味だった板書を進めているとあっという間に授業は終了して休み時間に突入した。
静かだった教室内が一気に騒がしくなり、それぞれのコミュニティーが形成される。
俺も会話に加わりに行くか、それともトイレに行って適当に時間を潰すか。
時々の気分で対応は変えているが、どうしたものかと思っていると右隣の空いていた椅子に一人の男子生徒が腰かけた。
「章、この間の日本史の小テスト散々だったらしいな」
「散々だった俺の点数よりも低いお前に言われたくない」
違いないとケタケタ笑う男子生徒は横田 大樹。
同じクラスの男子生徒で偶然だが一年から同じクラスの腐れ縁とでもいうのだろうか。
背が高く、短い髪を立たせるような髪型をしており所属するバスケ部では主将をしているとか。
三年生だからどの生徒も部活動の中心生徒だが、こいつは運動神経が半端じゃない。
大学もスポーツ推薦で決まっているので勉強はあまりしないと言っているが、単に馬鹿なだけに俺は一票を入れさせてもらおう。
こうして毎日、俺が一人にしているところを見つけては話しかけてくるので仲は良い方だと思う。
たまに休日に遊んだりもするし。
「それにしても珍しいよな、章はテストも運動も大抵は平均点以上は当たり前なのに」
「テストだってこと忘れていて前日の授業をあまり聞いてなかったんだよ」
先ほどまで使っていた教材を机にしまい、次の準備をしながら答える。
前回のテストは10問出題だったが、俺の正答数は4問。
担当教師からも珍しいなと言われてしまった。
でも、その俺よりも低いこいつは3問正解。
運動に全振りしている奴の無敵っぷりは本当に恐ろしい……。
「でも、確かにお前最近楽しそうだもんな、何かハマったゲームでも発売された?」
「ゲームというか……」
共通の趣味として俺達はゲームの会話をよくするが、現在ハマっているのはゲームではない。
それを大樹に話して良いものだろうか……。
こいつはお人好しの部類に入るし、話してほしくないことは口外しない。
クラスメイトからも人望があるし、語部のことを紹介すれば理解して交友してくれる人も増えるかもしれない。
まだ、彼女を理解できていないだけで、本質は面白い人間であることは間違いない。
ここで接点を増やすのもありなのか……そんな気持ちも湧いてくる。
考えるふりをして左に目を向けた。
聞き耳を立てていたわけでもなく聞こえてしまったのだろう、語部も僅かにビクッと体を強張らせていた。
そんな彼女の反応を見てから……なんて理由ではない。
これは俺自身の我儘かもしれないが、クラスメイトに紹介するのであれば俺自身が語部文香を十分に理解してからが良いと思ってしまった。
「内緒、また今度教えてやるよ」
大樹にそう答える自分の表情は、きっと悪い笑みを浮かべていたのだろう。
放課後まで時は進み、生徒は一斉に教室から外へ出て行く。
大樹とも別れの挨拶を交わし、今日教師から渡された課題がカバンの中に入っているかを確認したところで立ち上がる。
明日は俺の質問担当だ。
今日のうちからある程度はなにを聞いて語部像への理解を深めるか思案していると左袖に抵抗を感じた。
何事かと振り返ると、語部が右手で小さく袖を握っていた。
俺が振り返るのを確認すると素早くその手を離し、いつも使っているメモ帳を口元に当てて目を伏せる。
『また明日』
思わず笑ってしまいそうになったが、彼女なりの大きな一歩なのだと感じた。
だから、あえて大げさにすることなく普段通り彼女に声を掛ける。
「おう、また明日」
明日は絶対、なんで口元隠すのか聞いてみよう。
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