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「宮城が――!?」

 重なる非常事態に、誰もがうろたえた。

「西の対及び南の対、すべてに火の手が回っております。この中央の対に火がくるのにもさほど時間はかかりませぬ、急ぎお逃げになってくださいませ」

 東西南北、それぞれの棟と、中央の建物で成り立っている天の宮城、そのうち二棟が燃えているのだ。

「出火の原因は」

「未だ詳細はわかりませぬが、おそらくは」

 報告する官人はごくりと生唾を飲み込んだ。

「放火かと」

「何者かが火を放ったのか――」

「火の巡りが早すぎます。その上、場所によって炎の激しさに差が――非常に巧妙な方法で人々は無傷で逃げ(おお)せられるようにしておきながら、各棟を効果的に分断しております」

 天で最も重要で高貴な建物に、火を放つ。

 天界全体を混乱に落としいれ、天帝の命すら危うくする行為である。

 いずれ犯人が捕まれば、死罪は免れないだろう。親類縁者にも累が及ぶこと確実である。

「とにかく、陛下、早くお逃げにならねば」

「あ、ああ――」

 促され、頷いて天帝がよろよろと立ち上がったとき、廊下で激しい悲鳴が上がった。

「わああぁっ」

「おのれ、これは陛下に対する反逆――がぁっ」

「何事ぞ!」

 火事の最中の騒乱に、さすがに天帝も動揺して声を高くした。周囲の側近たちも泡を食って顔を見合わせるばかりで、誰も様子を見に行くことすらしない。そのうちにも、悲鳴は執務室へと近づく。

 執務室の扉を、縋るように開けて血まみれの官人が転がり込んできた。

「へ、へ、いか……お逃げ、くださ――!!」

 背に斬撃を受け、断末魔の悲鳴にその言葉は絶たれた。彼の手が力なく、己の血で扉に赤い軌跡を描く。

 一気にその場は狂乱の様を呈した。己の掌中にあったはずの宮城で起きている惨劇に立ちすくむ天帝の脇を走り抜け、官人の屍が転がる扉から逃げるように、唯一の出口である窓に皆が殺到した。誰かが裏返って甲高い声で叫ぶ。

「衛兵――衛兵!!」

「無駄にございますよ」

 その場に似つかわしくない静かな声が、その場の空気を凍らせた。

 意味の無い言葉を喚き散らしていた者は急に口を閉ざし、狂ったように周りの者を押しのけて暴れていた者はぴたりと大人しくなる。

 狂乱が収まったわけではない。抑え付けられているのだ。

 その、重さ。

 声の、ずっしりとした重圧に、凍てついたかのように誰もが動きを止められていた。動けずにいた。

 しんと静まり返った室内に、怯えた官人たちの荒い息の音だけが聞こえた。いや、そこに微かに混じる、炎の爆ぜる音。火の手が近づいてきているのだ。

 火炎に対する恐怖が渦を巻いて膨れ上がり、暴れだそうとしている混乱と怯えと狂気が、見えない手の下に抑え付けられている。

「先ほど中央の対の門にも火を放ちました。全員火に撒かれる前に前に逃げ出しております――残っているのは、ここに居る方達だけです」

 扉の影から聞こえる聞き覚えのあるその声に、天帝は唇を震わせた。

「そ――そなた」

 体中から血を滴らせ、剣を手に姿を現したのは、誰あろう――牽牛だった。

 その背後に、赤い炎が踊り狂っている。逆光で黒い影に見える牽牛は、さながら幽鬼のようだった。

 幽鬼は扉の脇によって退路を指し示す。

「邪魔をしなければ、陛下以外は見逃しましょう。疾くこの場を去りなさい」

 その言葉に、言葉に篭められた力に、弾かれたように、官人たちが物も言わずに、競って扉から逃げ出していった。牽牛の視線を受けるのに精一杯で、天帝は非情な臣下たちを止めることもできなかった。あっという間に慌しさは去り、部屋には牽牛と、見捨てられた天帝の二人のみが残された。

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