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「へ、いか――」

「そなたの父であるこの朕を置いて、あの男を取るか、織女」

「何を仰いますか、妻たるもの、夫の下へ帰るは至極当然のこと」

夫婦(めおと)――」

 天帝は嘲笑するようにその言葉を吐き捨てた。織女にとってそれは大切な言葉――織女と牽牛が愛し合い、それが認められる関係であると言う証の言葉。それが、ひどく汚されたように感じた。穢されて、その汚いものがねっとりと織女の頬を撫でる。冷たい汗が背を伝い、手が震えた。

(いや、だ――)

「あの男が愛しいか、織女――身分違いのそなたの夫(づら)をしておる、あの男がよ――……」

 くく、と喉の奥で天帝は笑った。織女は思わず膝立ちになって後ずさる。

「織女もいつまでも独り身で機織ばかりとは哀れだと、いくら大臣たちがうるさく申したとて、そなたを嫁がせたのは、やはり間違いであったやもしれぬな、織女、我が娘よ」

 片頬を歪ませた笑みは、押し殺していた狂気の発露か。

「そなたは我が手中に置いて外に出すべきではなかった。他の男の下へやるなどと――それもあの屑のような男にくれてやるなどと、考えるべきではなかった。身分の低い男になどすぐにでも飽いて帰ってこようと思うておったのに」

「陛下、まさか――よもや恐ろしいことをお考えでは」

「恐ろしい? 父が娘の所有を欲して何が悪い。朕は天で最も貴き者、その朕が天で最も美しきものを欲して何が悪い」

「――なんてこと」

 顔から血の気が引いていくのがわかった。

 この男は――――

「織女、そなたは我が娘……朕の物だ」

 ――――天帝は自分の娘を、欲しているのだ。

「織女よ――」

 (くら)い視線が織女を舐め回す。蛇のようなものが全身を這いずり回るのに似た感覚を覚えた。

(穢される)

 織女は己の身体を庇うように腕を身体に回した。それでも視線に身体を撫で回されるような感触はやまない。目に見えないそれを振り払いたい衝動に駆られた。

(狂っている)

 このような男が天の支配者か。このような男が自分の父か。

 吐き気がこみ上げた。

 立ち上がった足が震えた。これでは走るどころか歩くことすら覚束ない。

 声が震えた。強気を装ってみようにも、口の中がからからに渇いて、引き連れたような声しか出なかった。

「か――帰ります」

「ならぬ」

 天帝は傍らの紐を引いた。どこかで場違いに軽やかな鈴の音が鳴り響き、あっというまに側近の官人たちが現れる。

「織女を部屋へ連れてゆけ」

「貴方たち!」

 織女は無理やり声を張り上げた。

「陛下の命を聞いてはなりませぬ、陛下はご乱心であらせられます!」

「無駄だ織女」

 織女に群がる官人たちの向こうに隠れた天帝が声を上げて笑った。

「こやつらは心得ておる」

「なんと――」

 織女は己を取り囲む者達を見回した。皆一様に表情も変えず、淡々と言いつけられたまま織女の腕を掴み引きずっていく。織女のか弱い力では抗いもほとんど意味を成さない。

「なぜ止めぬのです!? 斯様におぞましきお考え、非道な振る舞いを許すのです!? 主に諫言するは臣の務めでしょう!」

「望むものをいくらでも与えると約束すれば、人はいとも容易く口を噤む。我が命に従う」

「貴方たち――官としての誇りも忘れましたか!」

 愕然として叫ぶ織女の言葉を、満足げな天帝の笑いがかき消した。

「さあ、織女、これでそなたは朕の物だ」

 部屋を引きずり出される前に、天帝の声が最後に耳に届いた。

「もう二度とあの男になど会わせぬぞ」

 ――囚われた。

 織女は自分が闇に捉えられたことを知った。

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