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 ――――愛しい方、わたしの夫君


 懐かしい筆跡()でそう書かれているのを見て、牽牛の涙腺は緩みかけた。

 やはり、牽牛は正しかった。織女は自分を愛している。

 だが、長い書状を読み進めるにつれ、幸福な気分は雲散霧消していった。


 ――――愛しい方、わたしの夫君


 今日もまた貴方に会えぬことを嘆き涙が絶えませぬ

 このままではいずれ涙が涸れてしまうでしょう

 このようなことになったのもすべて、ああ、その字を綴るも厭わしい、我が父の手によるものです

 貴方は私が貴方の元に帰らずにいる理由をどう聞かされておいででしょうか

 貴方の元に帰らない私をどうお思いでしょうか

 父は何も知らずにいた私を宮城に呼び出し、そして幽閉しました

 貴方と離縁せよと言われた私がそれを拒んだからです

 貴方のように卑しい身分のものは私にはふさわしくないというのが父のいう離縁の理由です

 しかし、私の愛しい夫君、私がどうしてあなたと離れることができましょうか

 これほど愛しておりますのに

 そう申しますと、父はかつてないほど激昂しました

 そして、その醜悪な本心を曝け出したのです

 今思い出しても身震いせずにはいられません

 なんと恐ろしい――――忌まわしい話でしょうか



「陛下、ただいま御前に罷り越してございます」

「おお、織女か」

 天帝は上機嫌に、自ら招いた愛娘を出迎えた。

「遠路はるばるご苦労だった。今宵はゆるりと休むがいい。部屋も準備させておる」

「畏れながら、陛下」

 跪礼したまま、織女は相変わらずの父に苦笑した。まったく、自分を猫かわいがりするところは嫁入り前と変わらない。

(しょう)も今や一人の男の妻。妻たるものとして、長く我が家を空けておくわけにはまいりませぬゆえ、我が夫の待つ家に帰るつもりでおります。お心遣い痛み入りますが、その必要はございませぬ」

「……そのことだが、織女、話がある」

 突然深刻な口調になった天帝に、織女は当惑した。急に『そのこと』と言われても何のことだかいまいち織女には理解できなかった。

「いったい……何の話でしょう」

「しばし、待て」

 そう言って天帝は人払いを命じた。二人きりになると、天帝は切り出した。

「そなた――牽牛の元を去り、天の宮城に帰り来よ」

 思いも寄らなかった言葉に、織女は束の間絶句した。

「――離縁、せよと仰いますか」

「そなたらを見ていて、やはりそなたと牽牛は合わぬのではないかと思うてな」

「そのようなことは決して」

 父の言葉を織女は強く否定した。

「妾と夫は、我ら自身思うてもみなかったほどに良き夫婦にございます。離縁など、思いも寄りませぬ」

「しかし、やはりそなたは(たか)き身分の育ち、一方牽牛は一介の卑しき牛飼いよ。何かと問題はあるのではないか」

 身分の差にも拘らず牽牛と自分を娶わせたのは、天帝自身。それでも、牽牛と契りを結んだ当初はやはり不安があったのか、何度も何度もそのことについて尋ねてきたが、二人が円満な夫婦関係を築いていることが確かになってからはそれも絶えていた。

 それをなぜ、今更持ち出すのか。

 腹立ちにも似たものと、微かな不安が胸に兆した。

「ございませぬと、再三申し上げたはずです」

 やや強い口調で織女は言い切った。

「それだけがお話でございましたら、妾はこれで失礼させていただきます」

「あの男の元へ帰るか、織女」

 天帝の声音が変わった。低く暗く、粘着質に絡みつくような、声。聞いたことのない父のその調子にぞっとするものを感じて、織女は思わず父の顔を上げた。

 そして、覗き込んだ天帝の目の中に、(くら)い、底知れぬ闇を見た。

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