(8)復旧
隣領から石材が届いた。
予想以上に大量だった。
船町東と呼ばれる地区の、葦や蒲が生えているだけの湿原に、船揚げされた石材が次々と積み上げられて行く。
陸路からもやや小さく切り出されたものが到着した。
調節池の予定地は、元々地面が大きく窪んでいる。
そこを更に、川面と同じ高さまで掘り下げる作業が既に始まっていた。
市街地から出張させた建築家が、設計図の書かれた羊皮紙を広げてあれこれと指示を出している。
ジェームズは状況を確認しながら、アルバート王子たちに説明した。
「掘った土は、堤防に盛っているんですよ。
堤防は自然に作られたものですが、大水被害の大きかった船着き場付近は従来よりも高くする作業が行われています」
右手で堤防の下部を指さして、ジェームズは左手を石材に向けた。
「ここを水門にします。
川からの水が調節池へ流れ込むようにするんです」
「石材の量は間に合いそうですね」
オリヴァーが嬉しそうに言った。
アルバート王子が胸を張る。
「隣領の主は、物の価値がわかる男ってことよ!」
「……殿下が威張ってどうするんです?」
オリヴァーが突っ込んだ。
「だって嬉しいだろ! ダイヤ差し出した甲斐があった!」
王立学園入園祝いに、今は隠居している王太后から贈られた物だった。
「ジェームズももっと喜べよ~!
お前の造りたがった調節池のための石材だぞ~!」
王子に脇腹を突かれて、石材を見上げていたジェームズが我に返った。
「……良し! これで造設できますね!」
ジェームズの感極まった声に、アルバート王子たちが続いた。
「ぃ良しっ!」
「良し!」
「良し! じゃあ俺、救護所に戻りますんで」
「ジャック~~」
ジャックの冷静さに王子がガックリと肩を落としたが、ジェームズとオリヴァーも素早く意識を切り替えて、持ち場に移動しようとした。
それに待ったをかけるのがアルバート王子だ。
「小ぶりの石は、調節池に繋がる釣り堀用だからな!」
「釣り堀は最後ですので」
ジェームズが釘を刺した。
こうして、調節池の工事は本格的に始まった。
*
ジェームズとアルバート王子はその場に残り、オリヴァーは船町西へと船橋を伝って戻った。
街道に繋がる石橋までは少々遠いので、早く移動したい人足や領民たちは小舟を繋いだ船橋を使う。
今回のような大水の際にはすぐに撤収できるものだ。
さすがに大きな石材運搬には無理だが。
船町西には元締めが待っていた。
先に復興の進んだ船町西から船運が再開し、復旧作業から本来の仕事に戻る人足たちの代わりに、リバー・リードの両農村と他の村から募集した領民たちが調節池の工事に加わる。
子爵代官配下の文官たちと、オリヴァーと元締めを加えて、その打ち合わせをする。
「船町東はどうするんでえ?」
不愉快なのを隠さずに、元締めが切り出した。
「リード村の人手が取られたら、いつまで経っても村は泥をかぶったままになるぞ」
オリヴァーも、リード村を置き去りにするようで心配だ。
だが彼は、昨夜の内にジェームズから聞かされた話を思い出す。
まだ構想中なので提案はできない。
だがこっそりと元締めに耳打ちした。
「この後、お話したいことがあります」
話し合いが終わると、二人は船町西教会の救護所へ向かった。
ジャックの治癒術は覿面な効果を上げていた。
また、オリヴァーが水の濾過器や、教会庭にも設置した公衆便所の使用を徹底的に指導したことで、救護所の衛生状況も改善されている。
オリヴァーと元締めは、患者の回復により幾つもの寝台が撤収された屋内を見渡した。
まだ残っている患者に治癒魔法をかけているジャックに声はかけず、二人で顔を見合わせて頷き合うと、その場を離れた。
日暮れ時にジャックが領主館に戻って来た。
オリヴァーと一緒に待ち構えていた元締めは、ジェームズとジャックを対策本部に呼び出して、談判した。
「魔術師さんよう、西側ばかりでなく、船町東の方でも、力を奮ってくれねえかなあ?」
真剣なせいでドスの効きまくった元締めの声に、ジャックは震え上った。
オリヴァーが補足する。
「つまりね、救護所の方が一段落したら、船町東の復旧にも手を貸して欲しいんだ。
調節池の造設はもちろん大きな事業なんだけど、船町東からリード村側の復旧作業が止まってしまっては元も子もないでしょう?」
「で、でも、俺、救護所の患者がいなくなったら、隠居するつもりなんだけど」
ジャックの言葉は衝撃的だった。
さすがにジェームズも声を上げてしまう。
「ジャック様は、まだ隠居するような年じゃないでしょう!?」
ジャックはアルバート王子と同い歳なのだから。
だが彼の意思は変わらない。
「隠居したいから俺はこの領地に来たんだ。
俺もう人付き合いとかうんざりしてんだよ。
森に庵を作ってそこに住んでいいって殿下も言ってくれたぞ」
「殿下が……」
ジェームズは額に手を当てた。
「当然だろ」
ジャックの声は少し厳しく変わっていた。
「誰のせいで、俺が冷や飯を喰わされてると思ってんだよ……」
尤もだ、とジェームズは内心で思う。
きっとオリヴァーも同意するだろうとも。
「俺はセリーナともそんなに接点なかったし、あの娘に夢中になっていた連中と一緒にヴィヴィアン元侯爵令嬢の悪口を言ったこともないんだぞ」
「それなのにさあ!」と、ジャックは続けた。
「アルバート王子殿下の取り巻きだったからって、魔術師団では閑職に回されて、待遇も最下位だ。
親父…… 魔術師団長だってまともに口もきかない。
もう俺、うんざりしてるんだよ」
「……」
うんざりするのも当然だ、とジェームズは思った。
そして、普段左程口数の多くないジャックが吐き出す言葉に、じっと耳を傾けた。
「『取り巻き』なんてことになってたけど、そもそもはさ、騎士団長の子のロバートが武術で、魔術師団長の子の俺が魔術で、幼年部の頃からアルバート殿下を守っていたんだ」
ジャックは口を噤んだ。
部屋には沈黙が満ちる。
ややあって、元締めが静かな声でジャックに尋ねた。
「それなのに、この田舎まで来てくれたんですかい?」
ジャックは頼りない声で答えた。
「……だってそりゃあ、殿下とは友達だから」
ジャックが救援要請の伝言鳩を受け取った時に思い出したのは、アルバート王子と一緒にゲラゲラと笑っていた日々のことだった。
「ジャックと殿下って似てるよね」
オリヴァーが穏やかな顔で言う。
「友達だから、無理して頑張っちゃうんだ」
『友達なんだから困ってたら助けるだろ!』
そう言って、破産した親に売られたオリヴァーを奴隷商人から買い取ってくれたアルバート王子を思い出す。
その後しばらくは食べる物にも困って、この領地に着いてからも旅行携帯用ビスケットの残りとアルバート王子の釣って来た魚で腹を満たしていた。
オリヴァーが言った。
「じゃあさ、一度だけでいいから、船町東を見てくれないかな?」
「……」
ジェームズがオリヴァーをチラと見ると、オリヴァーからは小さくウインクが返った。
「伯爵代官のところにいる魔術師に指示する要点だけでもチェックして欲しいんだ」
「……一度だけなら、まあ」
(良し!)とジェームズは内心で拳を握った。
日時の打ち合わせをして、ジャックが部屋を出た後、ジェームズはしみじみとオリヴァーに言った。
「泣き落としではなく、そう来ましたか」
「現場を見せれば、彼も心を動かすでしょうから」
ジャックもチョロいから、と言ったも同然な返事だ。
ジェームズは苦笑した。
「貴方の小悪魔ぶりも凄いと思いますよ」
「やだなあ」
オリヴァーは笑顔になる。
「僕は天使なんでしょ?」
「がははは!」
元締めが笑った。
「ウンコ天使も言うようになったもんだ!」
「……次にまたウンコ天使って呼んだら、僕もう元締めと口をききませんからね」
「そりゃ困る」
「じゃあもうウンコ呼びしないでください」
「う、うむ」
「……二人共すっかり仲良くなったものですね」
「まあな!」
元締めはオリヴァーの肩をギュッと掴んで「がはは」と笑った。
「痛いです! 馬鹿力で掴まないでください!」
オリヴァーは抗議したが、元締めは聞きやしなかった。
「俺ァ情に厚い奴が好きなんだ。
あの魔術師のことも目ぇかけてやるよ」
*
船町東のあるリード村にジャックが連れて行かれた時のことだ。
オリヴァーを先頭に、ジャックと元締めが続き、村長と、伯爵代官から派遣された魔術師も続く。
全員が馬に乗って視て周っていた。
泥だらけの女性が、店だったらしい半壊の建物の中からまだ物を運び出しているところに行き会った。
同行していたオリヴァーが、馬の上から声をかけた。
「キーラさんごきげんよう。
キーラさんのお店も酷くやられちゃいましたね。
無事そうな物は残ってましたか?」
「あら天使ちゃん。それがさ、全部駄目みたい」
言葉に反した明るい声が返る。
「店も寝床もお終いよ」
「それじゃ、夜はどうしてるんです?」
「船橋渡ってアニーちゃんのとこに厄介になってるわよ。こんなおばさんでも野宿は恐いもの」
声は低くしゃがれ気味で、けっして若そうではない女性だった。
(こんな目に遭って、何で笑ってるんだろう?)
ジャックは不思議に思った。
ガラガラガラッ!
大きな音を立てて壊れた家屋が崩れた。
「危ない!」
ジャックの叫びと同時に杖先から放たれた風魔術で、家屋に使われている木が一斉に小さく砕けた。
風魔術は瓦礫を一か所に集める。
キーラが声を上げる間もなかった。
続いてシャワー状の水魔術によって、敷地を泥土が舞い上がるのを防ぎながら瓦礫が清められ、水はすぐに蒸発した。
一同がしばらくの間ポカンとした後で、キーらが笑った。
「私のお店、奇麗さっぱりなくなっちゃった!」
「あっ! ついやっちゃった。勝手に壊してすいません」
オロオロとし出したジャックに、キーラは明るい顔を向けた。
「いいのいいの、どうせ壊すつもりだったから」
「そっか…… よかった」
胸を撫で下ろしたジャックの背後から魔術師が近づく。
「解体に用いた風魔術、あれは家屋のどの部分を――」
「ん? あー、ええとね」
魔術を使うコツを遣り取りする魔術師たちを見て、オリヴァーと元締めは目配せを交わした。
「木っ端がカラカラに乾いてるわ。これ、すぐに薪に使えそうねえ」
「それだ!」
キーラの言葉に、魔術師が言った。
「水で清めてから一気に乾かしたでしょう。
あれは一人で半径どのくらいまでイケるのか?」
「あー、それは――」
魔術師たちを他所に、オリヴァーがキーラに言った。
「じゃあ今夜の薪はそれを?」
キーラは頭を振る。
「ううん、今夜もアニーちゃんとこにお邪魔するのよ」
言いながら、瓦礫に足を取られた。
「!」
ジャックはその場で馬から降りた。
転んでしまったキーラは足を怪我していた。
ジャックは急いで傷に洗浄魔術と治癒術をかけた。
そして「もう歩けるわよ」と言うキーラを、オリヴァーが「どうせ行き先は同じだし、送りますよ」と言って自分の馬に乗せ、一行は船町東を出た。
*
翌日、救護所に怪我人が運び込まれ、ジャックは夜まで治癒に当たった。
このまま控室に泊まることになったが、食事休憩には気分転換にアニーの食堂まで歩いた。
食堂は夜には酒場になると聞いていた。
アニーの店は客で一杯だった。
中央のテーブル前に奇麗な中年女性が立って、びっくりするほど渋いのに美しい声で歌っていた。
普段は喧しい人足たちが大人しく耳を傾けており、中には鼻水を啜る者もいる。
一曲歌い終わると、歓声と口笛が嵐のように吹き荒れた。
「すげーぞ! キーラ!」
「キーラ、絶対また店を建て直して、歌を聴かせてくれよ!」
「ええっ!?」
ジャックは驚いて、つい声に出してしまった。
「キーラさんって、昨日の!?」
「あら~、魔法使いさんも来たのね~!」
歌っていた美人中年女性が、ジェックへと手を振った。
昨日出会った泥だらけの女性と同じ声だった。
「珍しいね、今日は一人かい? こっち座りな」
アニーがカウンター席に案内する。
「あ、はい……」
「今日はもう最後の一杯になるけど、料理はインゲン豆のスープに鯰のすり身を浮かべたやつだよ。
食ってくかい?」
「うん、ください」
「エールもいるよな?」
「お願いします」
ジャックは胸元から小銭の入った革袋を取り出した。
キーラから声がかかる。
「アニーちゃん、エールは私の奢りにしてね。
昨日転んじゃってさ、魔法使いさんが治してくれたのよ」
「へえ、キーラちゃんを治したのってあんただったのかい。
じゃあ飯代はあたしの奢りだ」」
「どもです!」
(ほんとにこの二人は仲が良いんだなあ)
とジャックは思った。
カウンター席で食事をとっていると、少し大きな声でキーラが人足たちと話しているのが聞こえて来る。
「何であんた、店が駄目になったのに、そんなに笑ってられんだよ?」
「そりゃあ、死んだ旦那がさ、笑ってる私が一等好きって言ってたからだよ。
笑ってると私も気分いいし」
「……」
聞きながら、(なるほど)とジャックは思った。
添えられていた薄切りの黒パンを皿の汁に浸して口に運ぶ。
料理は程々に冷めていたが、体の中が温まる気がした。
キーラが再び歌い出した。
丁寧に綴られる歌詞は男女の恋を扱ったものだった。
ジャックは恋愛とは無縁だった。
乙女ゲーム攻略対象の一人であったが、セリーナやヴィヴィアンの好みでなかったらしく、どちらとも疎遠だった。
(それでもセリーナは逆ハーレム志向ではあったので、後回しにしたジャックにも「こまめに笑顔で挨拶をする」など好感度がマイナスにならないような調整はしていたらしい。
だからジャックはセリーナに恋はしなかったが嫌ってもいなかった)
ジャックには男女の恋愛については理解できない。
それなのにキーラの歌声は染みるのだ。
キーラの声域は広く、高音は可憐なのに、低くなるに連れて渋みが増して、同時に妖艶さと厳かな響きが満ちていた。
近くでエールを飲みながら泣いている者がいた。
何とも複雑そうな顔で口元をグッと引き締める強面がいた。
しみじみと息を吐く者がいた。
美人だが若くはない女が、愛想を振りまくのではなく、癒しの手を伸べるのでもなく、時に男達に寄り添うような、時に冷たく突き放すような、時に縋りつくような、不思議な歌声だった。
(すごいな)
魔術ではない『魅了』とはこういうものなのだと、ジャックは初めて知った衝撃に、涙を堪えることができなかった。
歌い終わったキーラに、ジャックは大きな拍手を送った。
*
船町東の堤防の上から、リード村一帯を見下ろしながら、視察に来た一行は、あっけにとられていた。
船町西の復旧が進んで救護所に来る者が少なくなったのを良い事に、ジャックは足しげく船町東に通い、一帯にあらゆる魔術を使って復旧作業を援助したのだ。
それはもうとんでもなく速い復旧が展開しているのだ。
真っ先に再建したのはキーラの切り盛りする酒場だった。
現代日本の言葉で言うところの『推し活』である。
ジャックにとってキーラは貴い推しとなっていた。
リード村の村長が感嘆した。
「凄い魔術師がいたものですね」
「期待以上のそのまた上です……」
ジェームズがポツリと言った。
「僕もです。まさかここまでしてくれるなんて……」
オリヴァーも同意する。
「な? ジャックは天才だろ!」
アルバート王子のご満悦な声が響いた。
(続く)




