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(5)大雨洪水、その結果

 強い風を伴う大雨は、幾日も続いた。

毎年やって来る秋の風物詩で、領民たちはある程度自衛はしている。

だが自然は人のコントロールを拒み、好き勝手に荒れ狂う。


 領主館内に設置した対策本部で、各村の代官たちが次々と被害を報告する。



「サンヒル村を通る街道の崖が一部壊れ、道を塞いでしまいました」


市街地に程近い箇所だった。

被害は領内全体では一番軽微なものだ。

だが街道は陸運の大動脈である。

雨脚が弱まった隙に道を復旧させなければならない。


サンヒル村を管轄していた男爵代官は、隣のブルック村に増援を要請した。


「ブルック村からも土木工事用に村民を送っていただきたい」


「ええ、さしあたって100名を遣わしましょう。

足らなければ増員しますので、言ってください」


 ブルック村の男爵代官は快諾した。


「街道が通れないとうちも困りますから」


 また崩れるのではないかとジェームズらは心配したが、サンヒル村の代官は「おそらく大丈夫でしょう」と応えた。



 次に船町西があるリバー村と船町東のあるリード村の二つを管轄する子爵代官が報告した。

今回氾濫した小川もリバー村だった。


「急激に増水した小川が氾濫しました」


 リバー村もリード村も、いつも大きな被害を受けるだけあって、子爵代官は対応に慣れてはいるが、疲労は逃れられず、彼の顔色は悪い。


「丘から抉り取られた土砂や倒木が濁流に乗って押し寄せ、修繕中の木橋が崩れ落ちました」


 橋の残骸はズタズタに割けて折れ、倒木と混ざってしまい区別が付かないという。


ジェームズが意見した。


「ここは生活道路だから橋が使えなければ領民が困りますね。

しかし、嵐が過ぎ去るまでそのまま観察だけをし、落ち着いたらすぐに復旧できるよう備えておくということになるでしょうか?」


「そうなりますな」


 子爵代官は同意した。

木橋の崩落は、リバー村内の被害としては軽い方だったからだ。



「トニー川では桟橋が流されました」


 アルバート王子が気にしていた「隙間」から足場が崩れてしまったようだ。

その延長上にあった建物が水をモロに被り、中で作業していた人足が数人、トニー川に投げ出された。


「船町は東西ともに広く浸水しております。

ただ、幸いにも、夏に修繕が終わっていた石橋は何事もなく使えます」


 修繕が間に合わなかったものや老朽化したものは被害を受け、間に合ったものは被害を免れた。

そしてジェームズたちは、治山治水が政治の要であると学んだことを思い出す。


 『領民を守る』ということは、何も戦争の時に限ったものではない。

領民の日々の生活を護らずして何が『領民を守る』だ、ということをジェームズもオリヴァーも痛感した。



「俺、救援に行く! 領主が応援してやらないで、どうすんだ!」


 アルバート王子はすぐにでも被災地を周りたがった。


 ジェームズとオリヴァーは素早く立ち上がり、扉の前に立ち塞がった。


「どけよ!」


 アルバート王子が大声を出したが、二人は従わなかった。


「今すぐ行っても駄目なんですよ!」


 オリヴァーが必死に訴え、次にジェームズが静かな声で言い聞かせる。


「まずは嵐が収まるのを待って、各村への移動ができるようになってから視て周り、救援をしましょう」


 だがアルバートは額に汗を浮かべ、叫ぶ。


「すぐに助けてやりたいんだよ!」


「駄目です!」


 ジェームスも声を高めた。


「今行ったら、殿下への護衛や対応に人手を割かれます。

邪魔になるだけなのですよ!」


「俺は邪魔……なのか?」


「今すぐは、です」



「雨風が止んだら、すぐに動きましょう」


 オリヴァーが言った。


「僕だって木橋も船町も心配なんですよ」


「……うん」


 漸くアルバート王子は我に返った。


「心配なのは俺だけじゃないもんなあ」


「……」


(殿下はこういう方だから)とジェームズは思った。


 アルバート王子は愚かではあるが悪ではない。


 だから、服を着替える手伝いだとか、給仕や、手紙の代書など、侍従本来の仕事をしていれば良いものの、アルバート王子の覚束ない領地経営を支えようと、ジェームズは口出し手出しをしてしまうのだ。

本人が『いつも助かる!』と言ってくれるのを良いことに。


 ジェームズは部屋の中央に四つ並べて一つにしたテーブルの上に、一枚の大きな羊皮紙を広げた。


「皆さま、どうぞご覧になってください」


 村・船町・街道ごとに報告のあった被害状況がリスト化され、代官たち一人一人からから「必要となるだろう支援」を教えてもらい、羽根ペンで書き加える。

そして最後列に、領主館から出せる分の支援費の額も記した。


「そう言えば」とオリヴァーが言った。


「堆肥改良が成功して大麦の育ちが良いって話ですよね?」


「ええ、パンの味が良くなったと評判だとか」


 一人の代官が、オリヴァーに顔を向けて言う。


「エールの味まで良くなったんです」


 聞いて、アルバート王子が驚きの声を上げた。


「すげーな、『天使の堆肥』!」


「殿下……」


 嫌な予感がしたのでジェームズはアルバート王子にそれ以上言わせないために、強い視線を向けた。


 オリヴァーも展開が読めたのか、話を進めた。


「それで元締めが、人足用に確保してあるエールまで、他領で売り出そうと蔵に運んでしまっていたんですって」


「えげつないけど気持ちはわかる。わかるぞ!」


「殿下はそうおっしゃると思いました」


 オリヴァーが同意した。


「良い値になるなら、領主権限で売り出してもいいですしね」


「お前の方がもっとえげつなかった」


「えー?」


「それで?」


 楽しそうに言い合う二人に、ジェームズが先を促す。


「あ、すいません」と苦笑して、オリヴァーが続けた。


「でもこの嵐でしょう?

運搬できずに待ってて味が悪くなってもつまらないから、って、支援に出させちゃいません?」


「あの元締めさんに?」


 元締めは、人足や商人を手下として従わせる「大親分」な土豪だ。ガタイが良くて、強面で、声も野太い。


「オリヴァーも肝が据わってるね」


 そう言ったジェームズに、オリヴァーは「そんなことないです」と首を振る。


「奴隷商人の親玉に比べたら、ここの元締めは気性の真直ぐな方ですし情の深いですから」


「この美少年、人生経験豊富過ぎ!」


 アルバートが涙目で叫んだ。

代官たちも黙って頷いていた。


*


「では、復旧工事の話に移りましょう」


 子爵代官が二本の指を立てた。」


「代表してまず私から提案させていただく。

 一つ、木橋を作り直します。

 一つ、堤防を高く強くします」


 ジェームズも指を一本立てて提案する。


「一つ、船町東に調節池を作りたい」


「調節池……」


「堤防を高くするだけでは足りません。溢れた川の水を逃がす場所が必要です。」


 ジェームズはもう一枚の羊皮紙を広げた。

トニー川周辺の地図だ。


 船町東側の堤防付近で、船着き場からは離れた空地を指さす。

普段は乾いた底地が見え、一面に葦や菅や蒲が生い茂る場所だ。

地面が大きく窪んでいるため水が溜まりやすく、雨が降ると池のようになるため、領民は近付かない。


「ここを調節池にしませんか?」


「あんな沼だらけのところに、もう一つ池を作るのですか!?」


 子爵代官が驚いた。


「川が増水したら、ここで川の水を溜め、水位が下がったら、今度は池から川へ放水するんです」


「で、でも、地面を掘れば良いというものではないでしょう?

石造りにでもせんと、ただの泥沼です」


「ええ、底一面に石を敷くには予算が足りませんが、淵のところだけ石で囲って、水の出入りを調節する水門をつくります。」


「ええっ!? 無理です。

石なんて何処から持って来るのですか!?」


 子爵代官が悲鳴を上げた。


 サンヒル村の男爵代官も同意する。


「そ、そうです。大きな石などここにはありません。

それにそんなものを作る余裕があれば、堤防をもう一段高くしたり、下の方を石垣にする方が先では?」


 ここは本当に何もない土地だ。

街道の石畳は他所から運ばれた石でできている。。


「大きな石のあるところから運ぼう」


 アルバート王子が口を挟んだ。


「どこから?」


 そう尋ねた子爵代官に、アルバート王子は応える。


「ここに来る途中にあった『眠り竜の山』とか?」


「あれは隣の領地ですよ?」


「俺が今から行って頭を下げて来るよ。

石を少し分けてくれ!って」


「代金は? ただじゃもらえませんよ?」


「俺の持ってる宝石や金時計を出す」


「!?」


 あっさりそう言ったアルバート王子に、代官たちは口を噤んだ。


「さすがに王家の紋章入りだと、父上たちに怒られるかな?」


 王子は「うひひ!」とおかしな声を出して続けた。


「隣の領は絹で儲けているそうだから、宝石なんか珍しくないだろうけど、目が肥えているなら価値はわかるだろう?」


 アルバートは立ち上がった。


「ジェームズ、無難そうな物とその鑑定書を揃えろ。

伯爵代官は先触れを出してくれ」


「――か、かしこまりました」


 戸惑いながらも、伯爵代官は了承した。

州知事的な地位にある彼は数人の魔術師を抱えている。

こういった外交先への先触れや王都へ即日連絡を取るための「伝令鳩」という魔術を使えるのだ。


「殿下、でも」


「ジェームズもさっさと動け!」


 アルバート王子は口出しを許さない。

領主としての命令に、ジェームズも従う他なかった。



 アルバート王子が部屋を出た後、ジェームズは彼の宝飾品の鑑定書を揃えるために席を立った。

しかしすぐに地図へと向き直り、調節池の提案を続けた。


「この辺り一帯は泥沼だらけですが、乾けばガチガチの粘土質なわけでしょう?」


「は、はい」


「だから窪地を広げて底も深く掘れば、その土を堤防に盛れて、一石二鳥かと思うのです」


「……ええ、無茶な話ではございません」


「私のような王都育ちの世間知らずの提案に、皆様が耳を貸してくださって感謝しています」


 ジェームズは自分を良く見せることをしない。


「ですが、堤防強化と同時に調節池造りを進めることは、民の暮らしを守るためだと思っています。

どうぞ御一考くださると、ありがたいです」


 言い終わるとジェームズは深々と一礼した。


「では、アルバート王子殿下の御用をしたらすぐに戻って参ります。

執事に茶を用意させますので御一服なさってくださいね」


 そう言って部屋を出る。



「……堤防強化と調節池造りを同時に、か」


 子爵男爵が呟いた。


「お若いから、発想が柔軟なわけだ」


 ブルック村の男爵代官が「ふふ」と笑う。


「本格的に治水に取り込もうとするなんて、嬉しいじゃありませんか」


 サンヒルの男爵代官も頷いた。


「ようやくリード村を活かすことができそうですなあ」


「うむ」


 管轄の子爵代官が、最後に大きく頷いた。


 船町東のあるリード村には小さな集落が一つと貨物置き場があるだけで、あまり多くの人は住んでいない。

干拓や土地の改良をする者がおらず、手つかずの湿原が広がっている。

少し高台に敷かれた街道周辺も同様だ。

そこをひたすら馬を飛ばせば隣の領まで行けるが、道中には本当に何もない。


*


 アルバート王子は伯爵代官の甥にあたる家令を伴い、精鋭の護衛兵六名と共にド田舎領を発った。

ジェームズには災害対策を続けさせるために置いて来た。


「ここってさ」


 馬車の中で、アルバート王子は家令に声をかけた。


「俺より先に赴任した人たちって、調節池とか、なんで誰もやらなかったんだろう?

やっぱ予算のせい?」


「そういうことかと存じます。予算はもうずっと据え置かれておりますから」


「そういうことだよなあ」


「うーん」と一つ唸る。


「俺の『持ち合わせ』だって限りはあるし、王都に救援要請しても返事が来ないし、どうしよ……」


(続く)

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