(4)王都の情報・領地の日常
「今朝方に王都から届いた書状がございます」
「王都から?」
顔を上げたアルバートとオリヴァーに、ジェームズは表情を消して応える。
「ご病気でずっと床についておられた
女神神殿総大神官子息フレデリック・モリス様と王立騎士団長子息ロバート・ハーディ様――
お二方とも亡くなられたそうです」
「そ、それって、セリーナの、か!?」
「はい」
「セリーナはどうした? あの子は?」
「もう長くないだろうとのことです」
「ああーー……」
アルバート王子は長椅子の座面に突っ伏した。
オリヴァーが呟く。
「セリーナたち、どうしてそんな酷い病気に罹ってしまったのだろう」
「……」
彼女がヤリマンビッチだったからですよ、とは言うに言えず、ジェームズは二人から目を逸らした。
セリーナと性交渉をした者たちだけが次々と倒れた。
「謎の奇病」として、王都の人々は恐れている。
突っ伏したまま。アルバート王子が述懐する。
「セリーナ、ふわふわのピンクブロンドが良く似合って、可愛いくて……」
「……」
オリヴァーが黙って頷いた。
アルバート王子は続けた。
「孤児院からグリーンフィールズ男爵に引き取られて、うんと勉強して、王立学園特待生になった頑張り屋だったのに」
王子は「ずずっ」と洟を啜る。
「五股くらいかけてたらしいけど、俺は憎む気にもなれないんだ。
あんなに魅力的な子だから、しょうがないかなって」
「……殿下は本当に彼女を愛しておられたのですね」
ジェームズが重たげに唇を開いた。
「私が今から話すのは、王都からの書状に書かれたものですが、どうか心お静かに聞いてください」
「うん?」
アルバートは、涙に塗れた顔を上げた。
「な、何が書かれていたんだ?」
「殿下には……、いえ、オリヴァーにも、ですね、少々衝撃的な話になります」
「えっ?」
オリヴァーもジェームズに顔を向けた。
ジェームズは淡々と話す。
「宮廷の影を使った調査によると、セリーナ嬢はグリーンフィールズ男爵に引き取られて後、男爵の愛人となっていたそうです。
男爵は、セリーナ嬢を己が野心のために、アルバート殿下に近付くよう命じたと、男爵夫人とその子供達の証言がございます」
「!?」
絶句した二人を、ジェームズは傷ましそうに見遣った。
「セリーナ嬢は留学中の隣国王子とも肉体関係があり、病気を伝染したことが国際問題になっています」
「国際問題だと!?」
「まあ、隣国の王子自体が結構な遊び人で、あの頃は母国から追い出されたような状況だったそうですから、私には何とも申せませんが……」
「ああ、うん。学園でも派手だったよ」
「彼が学園にいた間に関わった生徒にも、何人か病気になった者がいそうですね」
王子もオリヴァーも、「うわあ」と引いていた。
「セリーナ嬢は五股六股どころでなく、かなりの数の男性を虜にしており、彼女と関係を持った騎士団長子息と女神神殿総大神官子息ともに感染し、暫く床に着いていらしたのが、この度残念なことになりましたが、
……病気は彼女の養父であるグリーンフィールズ男爵にも感染しているそうです」
「うわーー! 最悪だ!!」
「僕、こんな話、聞いて良いんだろうか?」
「……」
パニックに陥った二人を、ジェームズはさもあらんと思う。
二人が落ち着くまで彼は待った。
実際の所、セリーナ男爵令嬢とヴィヴィアン侯爵令嬢は、転生者だった。
二人共に、いつからか中の人が現代日本人に変っていた。
ここが乙女ゲーム世界だと知っていて、それぞれ対策していたのだ。
セリーナを養女にした男爵も野心家で、セリーナを王室に嫁がせたかった。
二人の在学中に流れた「ヴィヴィアンは悪役令嬢だ」との評判も、男爵が金品を使って生徒達に言わせていたものだと、ヴィヴィアンの実家が起こした訴訟で判明している。
留学中の隣国王子が遊び人なのも本当だった。
病気はセリーナから伝染されたのか、王子がセリーナに伝染したのか、はっきりわからない。
だが『これは外交問題にできるのでは?』と隣国は思い、この国に賠償請求している。
(これは後に、元悪役令嬢と王太子とで撃退でき、解決するのだが)
「俺だって、思わなかったわけじゃないんだ」
気の抜けた声で、アルバート王子が言った。
「自分はセリーナの野望の踏み台かも知れないって」
「……」
「俺ほんと、セリーナのこと好きだったからさ」
言って、「あはは」とアルバート王子は笑った。
「なあ、ジェームズもオリヴァーもさ」
二人の名前を穏やかに呼ぶ。
「俺みたいな馬鹿が主で、ごめんな」
「馬鹿なのは私もです」
ジェームズが言った。
アルバート王子が馬鹿であることは否定していないことにオリヴァーは気付いていたが、指摘しなかった。
自分だって馬鹿だ、と彼は思っていたから、ジェームズの言葉を静かに聞いていた。
「殿下の好きな食べ物だとか、お気に入りの場所だとか、セリーナ嬢に問われるままに教えてしまいました。
それで……」
一度、言葉を途切れさせ、思い直って続けた。
「彼女がどんどん貴方たちの心を捕らえるのを、軽く見てしまいました」
ジェームズは乙女ゲームの「お助けキャラ」だった。
だからそれは彼自身避けられるものではなかった。
けれど、それは転生者である二人の少女以外、誰も知らない。
そして、ジェームズからのアドバイスがあろうとなかろうと、セリーナの求めた「効率の良さ」以外には、大した影響はなかった。
セリーナに言わせれば
『アルバート王子は初心者向けのチョロい攻略対象だから、取り合えず落としておいた』
であるし、ヴィヴィアンに言わせれば
『馬鹿だし簡単過ぎて落とす気になれない』
だった。
「ですが」
ジェームズの口調がハッキリとしたものに変る。
「そのことに責任を感じた『だけ』でここまで付いて来たわけではないことが、私の最大の愚かさなのかも知れません」
「ど、どういうこと??」
アルバート王子もオリヴァーもポカンとした。
「ここは、殿下に対する「お仕置き」として与えられた領地なわけですが、ふざけた話だと思いませんか?
「!」
言葉に反してジェームズが微笑んでいるのに気付き、オリヴァーはぞくりとした。
「ここは実際に人が生活していますよね。
禄に視に来ない王都の役人や、時折領主に任命されてはすぐに音を上げて逃げ去る貴族と違い、代官や領民たちはここが交易の要所になり得ることに気付いていますよね。
まあそう言う私も、自分で視て回って漸く実感できたことですが」
ジェームズはほんの少しだけ片眉を上下させ、再び静かな顔になる。
「王都が見捨てている土地に、王都が見捨てた第二王子殿下が飛ばされた、なら――
ここを栄えさせたら、面白そうではありませんか?」
ジェームズが「ふふ」と笑みを零すのを見て、オリヴァーも笑顔になった。
「わかります」
オリヴァーは肯定した。
「僕、きっと同じように感じてた気がします。
堆肥作りをムキになって進めたり、領民の衛生状態に煩くなったりしてるのは、ただ汚い・臭いが嫌なだけではないと思っていますから」
ところが、アルバート王子は気の抜けたようなことを言うのだ。
「二人とも偉いなあ」
アルバート王子は遠い目で続ける。
「あっちではさあ、ヴィヴィアンは兄上と結ばれて、次期王妃になろうとしているわけでさ。
二人にとって俺のことが邪魔だったからこっちに飛ばしたってのは、あると思うんだ?」
口調のわりに思いの他鋭い発言だった。
ジェームズとオリヴァーは姿勢を正した。
「でも父上も兄上も、俺にもっと厳しく対処できたはずなのに、王都追放で収めたわけだろ?
だから俺も、あんまり文句言わないでいようって思っているんだよね」
「……殿下、悪い物でも召し上がりました?
兎の肉に当たってしまいました?」
オリヴァーは半分本気で心配した。
「だって急に鋭い観察眼を発揮されたから」
「俺は鋭いの! 失礼な奴だなあ!」
「す、すいません」
「まあまあ」
軽い言葉での小突き合いに、ジェームズが口を出した。
「王都からの報告によれは、王太子・王太子妃両殿下は、子供を作ってました。
もうじき生まれそうです」
「「えええええ!?」」
爆弾投下である。
「計算が合いませんが、『早産』で押し通すようですね」
「「!!!!!」」
衝撃がやや収まると、アルバート王子は長椅子の上で足をバタバタさせながら嘆いた。
「それって、浮気してたのは俺だけじゃないってコト?」
涙目だった。
「そういうことになりますね」
「酷いなあ!」
オリヴァーが勢い余って立ち上がる。
「僕やっぱりあの人が嫌いです!
義理の姉弟でなくなって良かったと思いますよ!」
「わかったから座れ、な?」
何故かアルバート王子が宥める。
「だってあんまりじゃないですか。
あんな、人を人とも思わない女が王妃になっていいんですかね!?」
「わかった! わかったから!」
「オリヴァー、落ち着きなさい」
「……」
口を閉じたオリヴァーは、ドカッと音を立てて椅子に座り直した。
*
ちなみに、王太子は「隠しキャラ」で、彼も攻略対象だった。
セリーナもお近付きになろうとしたが、護衛の数はアルバート王子とは比べ物にならないくらい多く、彼らは王太子に近付こうとする者を厳しく審査していたため、簡単には近付けなかった。
一方、この世界での味方が欲しかったヴィヴィアンは、アルバート王子の婚約者だったことから元々顔見知りだった王太子と親しくなることに成功した。
そしてそのまま二人は恋に堕ちたのだった。
王太子にも婚約者はいたが、数年前に流行り病で亡くなっており、ヴィヴィアンがアルバートとの婚約を解消すれば、いつでもプロポーズする算段だった。
タイミングが非常に良くなかった。
主にアルバート王子のせいで。
ヴィヴィアン側が婚約解消を申し出ようとしても、アルバート王子と来たら話を聞こうとしなかったのだ。
そうこうしている内にセリーナが学園に編入し、乙女ゲームが始まってしまったのであった。
それはもうヴィヴィアンも煮え湯を飲まされていた。
アルバート王子に声をかければ『王子にしつこく纏わり付いている』と言われ、多くの男たちと深い仲になるセリーナを窘めれば『特待生をいじめている』と言われ、『悪役令嬢』のレッテルを貼られてしまったのだから。
だがこんな事情はジェームズやオリヴァーはもちろん、このド田舎領で一人だけスローライフを楽しんでいるアルバート王子にも知る由はない。
酷い話である。
*
「ふわあ」
アルバート王子が大きな欠伸をした。
夜も更け、そろそろお開きの時間である。
「ところで伺いたいのですが」
ジェームズは〆に入った。
「ロバート様もフレデリック様も、とてもお気の毒な最期だったそうです。
セリーナ嬢にしても、今は二目と見られぬお姿だとか」
「そ、そんなに悲惨なのか……」
「アルバート殿下もオリヴァーも、本当に彼女とは男女の仲ではなかったのですよね?」
「当たり前だ!
結婚する迄は清らかなままでいて欲しいから、俺、ちゃんと我慢したもの!」
「僕だって、殿下の恋人に手なんか出せませんよ!
誘惑されても断るしかありませんでした!」
二人とも即答だった。
この地に到着してすぐにジェームズが手配して、領主も従者も全員が健康診断を受けている。
だからジェームズは二人が変な病気を持っていないだろうことはわかっていたが(短い間だが奴隷生活をしていたオリヴァーのことは少々怪しんだが)、念には念を入れたのだ。
*
翌日、ジェームズはアルバートと共に、リバー村を視察した。
案内役は村長がした。
小川にかかる木橋の修繕は、まだ終わっていなかった。
作業用の木組みで補強されているように見えるが、オリヴァーの話通り、渡ると変に音がする。
「恐いぞ、これ」
アルバート王子は勘が良い。
ジェームズは嫌な予感がした。
村長に話しかける。
「本当はここは閉鎖して工事した方が良さそうに思いますが、そうも行かないのですよね?」
村長が応える。
「ここを塞いでしまったら、領民は一旦サンヒル村を通ってかなりの大周りをしないといけません」
「隣にもう一つ橋をかけるというのは?」
「予算がおありなら、是非」
結局はそういうことなのだ、とジェームズは思った。
財源を確保しないことには、修繕も新設もできないものだ。
財源とは今の所、川と陸の運送だけだ。
農業については、オリヴァー主導の堆肥改良が大麦と小麦にも効果を見せているが、作付け面積を広げないことには増益も大したものではない。
「何かさあ」
隣でアルバート王子が口を開いた。
「特産品とか、作れたらいいのになあ」
「そうですねえ」
村長が合わせたが、王子の提案はすぐに否定されてしまう。
「そう簡単にはいかんですよ。特産品など、すぐに作れるものでなし」
「そうですよね」
ジェームズは頷いた。
リバー村の内、ここは農村区域だ。
同じ村内でも船町西と呼ばれる区域に比べたら多少緑が増えて長閑な雰囲気だった。
人々の性格も船町西よりもゆっくりのんびりとしている。
その分保守的で、新しいことをするには時間がかかる。
アルバートが唇を尖らせた。
「大麦のパンが美味いんだから、大麦の酒も美味くできないかな?」
聞いて、村長の目が和らいだ。
「いや~、それがですねえ、今年は天使の堆肥のおかげで大麦の育ちがとても良い上に、味まで良くなってましてね。村の者たちも驚いてるんですわ」
「天使の堆肥?」
「ウンコ天使がお作りになった堆肥のことですよ。
皆そう呼んでいるんです」
「ウンコ天使が作った『天使の堆肥』!!」
アルバート王子は爆笑し、ジェームズは目頭を抑えた。
「オリヴァー……可哀そうに……」
ジェームズはこの後に行き会う予定のオリヴァーを憐れんだのだ。
*
小川の木橋から少し離れたところにある街道を行けばトニー川に至り、突き当りに船町西と呼ばれる船着き場がある。
ここもリバー村の一部だが、ほぼ独立した存在だ。
子爵代官が直接仕切り、その配下に人足たちを束ねる「元締め」と呼ばれる土豪がいる。村長はさらにその下に扱われている。
ジェームズが元締めと話し合っている間、アルバート王子はこっそりと脱け出して船着き場へ出た。
人足らとも既に顔馴染みだった。
休憩中のピートの隣にしゃがみ込んだアルバート王子は、足元の床場が気になっていた。
「あれ? なんかここ、隙間があるぞ? いいのか?」
「よくねえから早く直せって、元締めせっついてんですけどねえ」
「あー、よくないなあ」
「古いもんだから、つい後回しにされやすいんですわ」
「古いなら猶更早く直さないと」
アルバート王子はジェームズと元締めのいる方へチラリと目を向けた。
きっとその辺りのことも話しているように思った。
「ところで領主様、ウンコ天使って、領主様のお小姓なんですか?」
ふと、ピートが話しかけた。
人足が領主である王子に話しかけるなど、普通なら言語道断なのだが、ここはド田舎領で、王子はアルバートだ。
「細けぇこたぁいいんだよ」で済まされる。
アルバート王子は小さく頭を振った。
「オリヴァーは友達だよ」
「家来ですよね?」
「家来は家来、俺の直属です。こういうの『被官』って言うのだとか」
なんだかよくわからない説明だが、ピートは流す。
「小姓かと思った。ほら、よく偉い人って美少年連れてるイメージありますし?」
「違うよ。俺あいつに太刀を持たせて近くに座らせたりしないし、『愛い奴じゃ』って撫でたりしないし」
「どこの国の話ですかい?」
休憩を取り始めた元締めとジェームズに、ハーブ茶やエールを差し出しながら、ジョナサンが不思議そうな顔で言った。
「いや~、ピートがボケ切れないなんて、滅多にないんですがね~」
「うちの王子殿下が申し訳ない」
力なく笑ったジェームズを、元締めが野太い声で労う。
「あんたさんも御苦労なさるこって」
そこへオリヴァーが現れた。
彼は早朝に一度、この船町西に寄って元締めと話し、その後対岸のリード村へ渡って視て回り村長との話し合いをしていた。
「蒲の買い付けの件、上手く進みそうです」
このことは先に元締めにもしておいた。
元締めも子爵代官と同様に、このトニー川の両岸を取りまとめている。
蒲はトニー川近郊にしか生えない珍しい品種で、傷薬としては勿論、蚊の多い地域特有の熱病に良く効くと言われるものだ。
オリヴァーはこのことを知って間もない時期に、かつての伝手を拝み倒して王都の薬師に問い合わせていた。
返事はまだないが、蒲は豊富に生い茂るのだから、普通に薬の原材料として売っても良いと考えていた。
今は領民が自分達で使う分しか採っていない蒲を、両岸の一画ずつを刈り取って、各地に卸したい。
他の地で採れるものよりも少し効き目が良いとなれば、きっと良い収入になるだろう。
こういったことや、刈り取って荷造りする人足の手配などを、オリヴァーはリード村でして来た。
くだらない仇名にもめげず、オリヴァーは前向きだった。
だがそんなことを考慮しない笑い声が「ぎゃはは」と船着き場に響く。
ピートが打ち首級のことを言った。
「領主様って、おもしれー兄ちゃんだよな」
「俺はこれでも、第二王子なんだってば」
アルバート王子の返しが気に入って、その背をピートがバンバン叩いた。
獄門級の不作法だが王子が気にしないので問題なかった。
「あんまり面白過ぎてこっちに左遷されちゃったんですかね?
『お前たち、ドサ回りして来い!』って?」
「「「……」」」
その場で休憩していた人足たちの脳裏に、小さな舞台が思い浮かんだ。
☆☆☆人足脳内劇場☆☆☆
軽快な音楽に乗って三人の青少年が登場する。
まずはアルバート王子がヘラヘラと笑いながら名乗る。
「どうもーアルバートでーす」
続けて穏やかな微笑と共にジェームズが続ける。
「ジェームズでーす」
そして最後に、苦虫を噛み潰した顔でオリヴァーが〆るのだ。
「……ウンコ天使でございます」
☆☆☆☆☆☆
「「「ぎゃははははは!」」」
アルバート王子と人足たちの笑いのツボは、今で言う小学二年生レベルのシモネタだった。
場所のせいなのか、時代のせいなのかは、わからない。
このように、平和で前向きな日々(?)は過ぎて行くのだった。
毎年秋になるとやってくる嵐が荒れ狂い、船着き場に大きな被害を及ぼすまでは、だが。
(続く)




