表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/11

第9話 短編 息子

第9話 短編 息子





「よろしくお願いします」


何度この言葉を言うのだろうか。ユミコは息子を連れ、頭を下げる。


「この学校、丸刈りですから」


「はい」


ケイ中は丸刈りなのか。


そうかぁ


仕方ない。


ユミコはタイガの頭を見る。ふさふさの髪。


「今までいた学校は、推奨という形でしたけど、、、、必ず丸刈りですか」


「校則です。丸刈り」


「そうですか」




旦那の仕事の都合、引っ越し。


中学2年になる直前、3月末。ユミコは息子を床屋に連れていった。




「タイガ、外で待ってるから、行ってらっしゃい」




そう言いかけて、やっぱり切るところが見たい、と思い直した。




「ここでいい?」




息子がうなずく。




ふさふさの頭。


椅子に座る。白いケープをかけられる。


見る。


他に客はいない。




「丸刈りにしてください」タイガの声




なんだ、あっさり言うじゃん。




「何mmにする?」床屋の主人




息子が黙る。主人がユミコに顔を向けた。




「お母さん、何mmにします?6mm? 3mm?」




「え?」




「9mmもありますけど、すぐまた切りに来ないといけませんよ」




「え、あ、えーっと――」





「どうする、タイガ」




言っても息子は黙っている。




「どうせすぐ伸びますよ」と主人が助け舟を出す。


「3mmね、いい?、3mmでいい?、あ、3mmで、お願いします」




ミリ。




ユミコは親指と人差し指を合わせ、そっと開いた。


これくらいが3mm。


これくらいが9mm。


9mmは長いのか。


6mmと3mm、あまり変わらない。指と指の隙間を眺めながら、自分に言い聞かせる。


バリカンが動き出した。


あ、あ、あという間に、刃が進んでいく。


学ラン、丸刈り。


中学生のころの同級生たちの顔が浮かぶ。三十年くらい前のことだ。


あの子たちも、こうして座っていたのか。




意外と濃い。密度がある。密集している、と思ったら、刈られた毛がまだ頭の上に乗っかっているだけだった。




男の子って雑に扱われる。そんなバリバリ刈らないで。




ふと窓の外に目がいく。




ほんとうだ。みんな。学生服の集団。




丸刈りの中学生が歩いている。あれが3mmなのかな。黒くペタッとした頭を見ながら思う。




息子に視線を戻す。バリカンが右に、左に。




ぱさ、ぱさ、しゃ、しゃっ。


え。


え、ええ、あんなに白いの?


頭皮が出てきた。青白い、見たことのない白さだ。ユミコはあわあわした。


サービスのシャンプーで頭を洗ってもらうと、さらに白くなった。




こないで。




生え際のあたり、おでこの産毛みたいな細い毛。




うっ





**************************


でも。


赤ちゃんの頃みたい。


さわる、さわる、


ちょっと硬い。




旦那の中学生の写真と見比べる。


ぷっと吹き出した。




「ただいま」




「あなたも坊主だったんでしょ、中学のとき。」




からかってやろ。




「そうだよ。坊主だった」




「初めての坊主よ、何か言ってやってよ。ねえ。」




「ちょっと短すぎないか?」




やっぱり。




「それ一分刈りじゃん」




「よくわかんない、いちぶがりって。3mmよ」




「こりゃ短いな。次から6mmでいいよ」




最初から言ってよ。




「すぐ伸びるって。坊主は楽だぞー。旦那の男自慢が始まる。」




6か、3か。女とは、違う。おしゃれでも何でもない。




長さだけ。それもmm。




***************


旦那の事情で、引っ越した。




とはいえ、私も引っ越しをしたいって・・・。




青白い坊主頭がカーペットに座って本を読んでいる。


都落ち、といえば都落ちか。


競争もない。




延々と続く競争の強制




ばかばかしい、あの生活。


息子が頭を触っている。左手、右手、爪で生え際を確かめている。




はじめて見る風景。




この生活、続くのね。




よしっ




鏡台に座るユミコ。


前髪を手でそーっと押し上げた。


おぐし、あげちゃお。




生え際をトントン




************




ケイ中。昼。


これ、まわし。貸し出し用。


新品届くまで。




ユミコ、夕方。


なにこれ。


知ってはいたけど、まわし。


生地は立派。


貸し出し用?使うの?


えー


相撲するとは聞いていた。聞いていたし、注文もした。




これが、まわしか。




裸に巻いた?体操服の上からじゃなくて?そうね、相撲だもんね。はだか。上半身だけじゃなくて。ズボン脱いだのね。も、もちろんパンツも。


どの部分が前を隠したの。


どこがおしりに、えーっと、埋もれたの。


聞けない。


とりあえず洗濯機へいれようかな。ん?そんなに汚れていない。




思ったより重いな。これを、巻く、腰に。




どこでどうやって、どういう。




砂が、ぱらっ。




ほんとうに、全部脱いで、この布巻いたの?


あ、そう、締める、って言うのね。


い、痛く、痛くないの?


かかとが浮く。


女の子は?


するわけないね。服着ててもしたくないよね。




で、次の相撲はいつ?


え、毎日?ほんと、毎日?


冬も?


え、やるって?あんまわからない。そうね、まだ春だしね。




干す。


こんなに長い布。


場所をいっぱいとる。




あ、お向かいも。




お向かいのあの子。




*********************





相撲、体育館でやってるの?




外、ああ外なのね。相撲が外。そうね当然ね。




ユミコの頭の中、坊主頭でまわし一丁の男の子。それも大人数。




そんな恰好で外に出るの?


恥ずかしくて、太ももの内側に鳥肌が立った。




男の子、男の子、男子、男子。別に、そう、普通のこと。




今日は相撲とったの?してない。そうなの、しなかったの。


受け身をした? なにそれ。転がり方。裸で?裸ね。


痛くないの。転がるのよね。背中に泥が直接。あんな痩せてるけど。


痛くないの?






「あなた、相撲したってよ。」




「ふーん」




「まわしも巻いてしたって。裸よ裸。」




「相撲なら普通じゃん」




「え?したことあるの?」




「相撲、したことあるよ」




「恥ずかしくなかったの?」




「べつに。」




「おしり出しても?」




「多少は恥ずかしいかな。でも。」




ん?




「ズボンの上からまわしはないよな?」




ない?どういうこと?




「ズボンの上からまわしはかっこ悪い。」





話を変えたい。





「あのさ、相撲ってわかりやすいんだよね。」




「なにが?」




「剣道って、めーんってやるじゃん。面が入ったかどうか、わかりにくいんだよ。柔道も、技がうまく決まったかわかりにくい。フィギュアスケートの点数みたいだろ?」




フィギュアスケート? 一緒にしてほしくない。




「土俵から出すか、転がすか。それだけだからわかりやすい。足の裏以外がついたら負け。簡単。」




自分の人生に全く関係のなかった話が、息子きっかけで、しっかり耳に入ってくる。


服を着てもいいんじゃないの。


「裸でする必要があったかな」旦那が思ってもいないことを言う。


さっきズボンかっこ悪いって言ったくせに。




かっこいいとかないし。




********************




リョウコちゃんのお母さんと会う。




リョウコは現在中2、4月から転入。去年の2学期、エス中からケイ中へ。




「あら、4月から転入ですって。」




「よろしくお願いします。」




またよろしくお願いしますか。


私はバリカンを手に、リョウコちゃんのお母さんとの会話を思い出す。タイガの髪を刈りながら。




「リョウコ、1年の2学期から転入したんです」




「そうですか」




話し言葉に敬語を使うか、少し悩む。




「タイガ君、男の子だから大変だったでしょ」




「いえいえ、まあ」




言いたいことはいっぱいあったけど、流す。


「初めて?坊主頭」




「はい」




「坊主頭もいいですね」




「(いい?) ああ、はは」






「こんにちは」


リョウコ、しっかりした子。




リョウコちゃんのママ、リョウコちゃん、私、


女三人。




「タイガ君、強くなるよ」




強い・・・か。




***********************




バリカンがタイガの頭を滑る。私の手とともに。


手の甲に粉みたいな髪の毛。


この辺がくせ毛なのよね。この辺、少し膨らんでる。


頭の形、毛のくせ、つむじの向き。全部把握した。


なんか、絨毯みたい。


首、骨っぽい。皮膚が焦げるくらい黒い。


「女はダメ」


一度だけ言われた。相撲は近くで見ちゃいけないみたい。決まりはないんだけど、リョウコママもそう言ってた。


そんなにまで見たくないけど。


大会のときも一回戦は見ていいって。


何それ。




****************




なんで私、あんなに英語の勉強したんだろ。


中学のときから得意だったな。そのまま大学行って、就職して。結構働いたな。




キラキラ。




で、今は手に小さな髪の毛。息子の頭。


これもいいか。


大学の仲間は今何してるんだろ。キラキラ?それとも私と同じ?




バリカン持って、まわし干して。


英語、関係ないじゃん。




「あ、リョウコちゃん」


「こんにちは」


「あのね」


「はい」


「タイガが言ってたけど、学校のシコミってなに?」


「うーん」


「何やんの?」


「ん、、炊事、洗濯、掃除です」


「どういうこと?」




結局リョウコママに聞いた。




学校でそんなことするの!?




なんかすごいことする、ケイ中。


ああ、女の子って、逃げられないことがあるのよね。


男もか。




男もね。何よ。




*******************





「まわし、今日から僕が洗う」




タイガが洗い出す。手洗い。


広げる。砂を落として。


濡らす。こする。




手順があるって。




もう私、出番ない。




白い。たなびく。




電話が鳴る。


「久しぶりー、何してる?」


前の同僚だ。キラキラ感がすごい。


どうしよ。違う世界。


わかってくれる?


わけないか。




「ああ、旅行?いいね、うん、都合つける、ちょっと予定わかんない、またね」


切る。




なんかヤダ。





白いまわしが風に揺れている。




キラキラ


もう、お別れかな。過去。




***************




町の集会所。


「リョウコちゃん」


「あ、こんにちは」


「いつもタイガがお世話になってます」ニコっ。


「そんなぁ」


「相撲大会、女の子たちも見るの?」


「うーん、見るのは見ます。みんな」


「応援してる子いるの?どんな子?」にっ。


「そんなんじゃなくて、遠くからぁ」


「ん?」


「遠くから見て、一回戦だけ見ておわり」


「一回戦だけ?」


「そこは、ね。」




これが、一回戦だけってこと?




タイガに聞く。


女子ははだしで、正座して見る。


え?ほとんど動かない。我慢してる??


一回戦だけ、なんで?




旦那に聞く。


「オンナに見られると浮かれるからじゃねえの」


なによ、オンナって。


「まあ、うるさいからな、オンナは」


何なのその顔。


「見に行こっかな、私」


「うーん、行くの?」


なによ、その言い方。なんで行ったらダメなの。




ちょっとだけ、ケイ中に行ってみよう。


道路から見る。




日傘。




白い日傘が止まる。




ざわざわ、音。




裸、裸、


きゃっ。


思わず声が出た。通行人のふりをする。


みんな坊主。四股をふむ姿。




足の裏が白い。



肩甲骨


体が、色黒。


砂と泥。




トラックが通り過ぎる。




おろおろおろ。


帰宅。




ふー。なんなのよ、あれ。




うん、体育か。体育よね。




くせが出る。調べてみよう。


体重が同じくらいなら、怪我の多さは。


ん、柔道よりも怪我しにくいの?どうなの?


サッカー、バスケと比べても、極端に?




そうね、怪我じゃないよね、問題は。




「いつも四股と受け身ばっかり」


タイガがいつもそう言っている。




「僕のまわしはみんなと違う。一年遅れて買ったから」


転校生として嘆いているけれど。


私から見ると、


布の何が違う?




その世界で、生きてる。




「タイガ、英語、わかんないとこある?教えてあげよっか」




まわしが畳んである・・・。






リョウコちゃん、なんか、ごめん。




「一回戦だけ?」


「そこは、ね。真剣勝負に女がいたら失礼って。」


「え?」


「そう教えられました」




****************





乾いたまわしを触るユミコ




これ、あ、




これ、跳び箱の布と同じ。




一気に記憶が戻される。




こんな、硬い布。




飛べなかった跳び箱の記憶が浮かんでくる。


あんなの飛んで何になるのよ。もう。嫌な女の子たちの顔が浮かぶ。


ああ、めんどくさい、女って。




布。




男の子も大変ね。




畳んだまわしを両手で持つ。


おでこにあてる。


膝に置く。


すりすり、さする




あーあ、 ふぅ  




さする




もうっ 


がんばれ 


パン




*********************





英和辞典


英和辞典って新しいのがいいんだよね


表現変わるしね


こんなこと言ってたの何年前だろう。




この辞書何年前のだろ。


ちょっとにおう。


紙のにおい。




パラパラ、ばさ。




この辞書が最後の辞書か。何冊買ったかな。


もう新しいの買うこともないのかな。




「この辞書の先に大きな未来が広がってるよ」


こんなこと言われて真に受けた私。




広がっていたけど。




広がった世界を歩いて、歩いて、苦しくなって、今。




今の服。茶碗。


流し台。・・・窓。そよ風。





「旅行だけど~、いつにする?」


もういい。




「そんな気分じゃないから。行かない」


言っちゃった。あーあ。






男に失礼・・・か。


男の子、産んだのは私なんだけどな。




おしとやかに、1回戦だけ見に行くか。


リョウコちゃん、いるかな。




雨上がりのいい天気。


スギナが顔を出している。


タイガの頭みたい。






同じ季節の中で

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ