第10話 ユミコの孤独
第10話 ユミコの孤独
「タイガ、相撲、どう?マワシ、どうなの、痛い?」
「ちょっと痛いよ、締めるとき」
ずいぶん話してくれるようになった。大人になってきたのかな。
「あのさ、今度ね、大会、見に行く」
「来るんだ」
「行くよ。しきたり通り。一回戦だけね」
「しきたりなんで、従っていたほうが楽かもね」
「で、あんた、その髪、いつ切るの?」
頭を触るタイガ。
指で髪をはさむと、指からはみ出そう。
「明日、切ってよ」タイガはさらりと言う。
ずいぶん会話が成立しだした。もうすねた中学生じゃない。普通に会話できる。
「ただいま」
いつも遅いタイガの父
「あのさ、あなた子どものとき誰から坊主にしてもらってた?」
「おやじ、父親。たまに母親」
「お父さんだったのね。なんであなたはタイガの髪切らないの?」
「切っていいなら切るよ」
「じゃあ任せようかな」
「でも、ユミコは切りたいんじゃないの」
ユミコはもう切るのが楽しみでしょうがなかった。
「さあ、タイガ、早く脱いで。切るよ」
最近は褐色の背中を見ながらバリカンを持っている。
若い。つるんとしている。
若干の興奮でもある。
ユミコはほぼ確信に変わっていた。
「私もボウズにしたい」小声でつぶやくくらい。
タイガが初めて坊主にした日、ユミコは錯乱したような興奮状態だった。
私の分身、タイガ
タイガが坊主。おお
私、この20年間くらい、坊主がずっと気になってたんだよね。
いつから?
あ
「ねえねえ、男子、もうすぐ坊主ってよ。あの子の頭どうなると思う?」
小学校6年の12月ごろからこの話題ばかりだった。中学生、校則坊主。
きゅーんと過去にもどるユミコ
その時は全く坊主に興味がなかった。
ただ短くなるだけじゃん。
きっかけ、えーっと、あの日だ。
転校生の男の子が来た日。
なぜか髪を伸ばしていた。
坊主にしてから教室に来るもんだと思っていた。というか坊主以外の髪を学校で見れるなんて。
めちゃくちゃふさふさの髪だった。
「明日、丸刈りにしてくるよ」と転入生は大人のような声で言った。
そんなちょっとしたこと覚えてる。
床屋、前日、休みだったのかなって今なら思う。
その時は、なんでまた、そんなことって思ってた。坊主にしてから教室に来れば変な話題にならなかったのに。
というか、あまりにふさふさが異端に見えたんだよね。
翌日。
本当に青いくらいの坊主頭。
すべてがつながった。
そうだったのね。タイガみたいに3mmで切ったんだ。
ああ、知らなかったんだ。6㎜がいいって。
インパクトつよかったなあ。
ゾクッ
手術みたい。
本音を言うと。
ふさふさの髪がなくなったってことと、
見てはいけないものを見た感じ、
青い坊主頭が、とてもとても痛々しく、
「早く隠しなさいよ」
って言いたくなるくらいの感覚だった。
ユミコ ここから
街の青い坊主頭を探し始めたのが。
そして今、
自分の息子が
裸で坊主で相撲を取っている
まだしっかり見たことがない。
でも、言いたい
はやく、頭も体も隠してよ、・・・でも見せてよ
隠すの?見せるの?どっち?
男よね、あんた、オトコ。
いいー、いいー男の子いいなあ、あああ。
これ以上、無理無理。
「丸刈り今度俺が切ってあげるよ」
旦那の声がする。ダメダメ私が。
「私がする。慣れてるから、大丈夫」
私がするんだよ。
する。絶対。
私が触る。手のひらで。
ああ、なんか、わたしも何かきっかけで坊主にできないかな。
言い訳立つように。
丸刈り必須の職場?ネットでポチ。
あ、見たことある。この職人さん達。女の子も、1年間だけ。
あーあ、若いっていいなぁ。
3人に1人くらい坊主ならいいのに。男も女も。大人も子どもも。
フンっ
というか、1年間くらい人と付き合いをしなければいいんだ。
そうだそうだ。
じゃあ、さっそくセルフバリカン・・・。うーん床屋もいいな、、
ってわけないよな。無理無理ダメ
無人島行く?
ああ、ウイッグ、そうよ。その手があるじゃない。
でも、家ん中で何言われるかわかったもんじゃない。旦那の実家に言われたらマジで最悪。
踏ん切りつかね。ネットサーフィンでもしよ。
いるよねー女坊主。画面をみる。パソコン画面で。
すげえよ、この人たち。
でも、やっぱ女は似合わないな。坊主
ユミコの中の男の声が出てくる。
学生相撲も見てみるか。女子の相撲もあるよね。パソコン画面。
スパッツか。
女子の相撲か。大学でねえ。
ふーん
これも、ぜーんぜんサマになってねえな。溜息。
旦那にいわせりゃかっこ悪いどころか、話にもならないだろうな。
ボウズと相撲は男の独占事業じゃん。カルテル!
若い、男、学校、伝統、、、
環境ね。できる環境。
全部無理じゃん。
タイガ、いいなあ。
これ考えてると、時間すぐ過ぎるのよね。
時間が溶ける。不毛不毛。
WEB断食しよう。
ーーーーーーーーー
じゃあ、タイガの相撲大会行くか。
きりっと引き締まった場所、運動場。
でも、そこで、
バタン、ユミコが運動場で貧血。
運動場に来たのは来たんだけど。
何で倒れたんだろう?
ああ、そういえば、ってわざとらしい
覚えてるよ、倒れた瞬間。
わざと具合が悪いふりしたの。
うずくまっただけだからね。
なんか、もういいと思ったのよ。
取り組みなんて関係ない。
タイガがいたのよ。そうよ、まわしだけで。
目が合ったけど、手を振るわけにもいかず。
歩く姿、正面、横、後ろ。見ちゃった。
前垂れがぶっきらぼうに出てた。
でね、たてみつよ。お尻に食い込む。
なんかね、タイガのまわし、きりっと食い込んでたのよね。
細く見えたのよね。縦まわし。折り方かなあ。
歩いてる。首を回してる。
肩甲骨。
左のお尻にちょっと泥。
ずっとそのままでいて。
でね、もうおなかいっぱいで、見る気がなくなったの。もう、これ以上。
おかしいでしょ
変でしょ
帰りたくなったの。
もう十分、
タイガの後ろ姿見て。
タイガ、たてみつ気にしてたね。くいっと指で調節してたね。
どんな気持ちなの?今?
いいね、いい、いいよ。うう。
なんか急に萎えた。
気分悪いフリ。
ちょっとしゃがんじゃお。しゃがもう、、、って。え?
バランス崩してバタン。
恥ずかし。
あ、っと思いきや学校関係者。
大丈夫です、大丈夫です。しゃがむだけだったのに。
タクシーすぐに見つけた。運がいい。
帰る。
もちろんマナーとして。
「無事帰りましたので、ご心配なく」
学校に一本電話。
ああ、ちょっと迷惑かけちゃった。
ほんと、私、何考えてんだろ。
で、私の気持ち誰にも話せないんだよね。
「だれか聞いて」って言った瞬間にBOMB。おわり。
さて、この辺の学校、相撲大会してないかな。
おっと。この思考ヤバい。そろそろストップせねば。
夕方
「今日、倒れたんだって?大丈夫」
泥っぽいタイガが心配しながら帰ってきた。
「実はこけたのよ。でもなんか体調もなんか不安になったから帰っちゃった。ごめんね。」
、、、早くまわし出してよ。
カバンをほおり投げるタイガ。
、、、カバンの中に入ってるの?
「洗い物ないの?」
「出しとく」
ほっ。
「まわし、自分で洗うの?タイガ洗うの下手だから洗っとくよ」 ヨシ!
ざらざら、砂が落ちる
ぷんっ、匂い
短めのハーフパンツに着替える。浅い呼吸。
大相撲ってマワシ洗わないって聞いたけど、洗わないとねえ。
ブラシ、泡。
手のひら、手相の部分をマワシにあてる。次に手の甲。
しゃがんで洗う。
ごしごし
右の足、左の足、
足と足の間にまわし。
、、、私、今、はだし。
うん うーん フーン。
ごしごし
ごしごし
ざばー
よいしょ
干す。
満足できない。
つかれた。
どこまでも届かない。気持ち。
私、女の子。
女。ずっと。ホント嫌。
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さて、労働。働かなくちゃ。パート。引っ越してから、息子のことばかり。
働いていれば、色々忘れる。私は変だ。変。
ユミコは、大卒後、生きづらかった。
社会人4年目。
本屋の目立つところに、救いの本があった。
手に取ると、
「全部私のことじゃん」
何かのこだわり、片づけ苦手。片づけに労力、努力がいる。
無駄な手洗い。確認癖。
「あ、診断受けたら病気になるな」
でもユミコは納得できなかった。
読むと辛い。
本は捨てた。
買ってすぐ捨てるなんて。
えらく月日が過ぎた。子育ても勢いでやった。
幸い、旦那に似たのか、息子は生きづらさはなさそう。
でも節々、似てる。私の嫌なところ。
今はネットで。
当たり前のように私の癖をネットがツンツンしてくる。
残念でした。診察を受ける気はないですよ。
今は困ってないもん。
、、、普通に困っているが。
さて、働くぞ。雇われっていいね。
雑談のない職場がいい。
ユミコ、
「へー、お子さん、相撲してるんですか。いや、うちもそうなんですよ。どこ中学ですか? ああ、あちらも相撲があるんですね。はい、うちは、ケイ中ですよ。ええ、相撲が盛んで、体育でするんです。校則は?校則で丸刈りですか? うちの息子、丸刈りなんですよ。月に一回、バリカンで、こうやって・・・」
ユミコ
あっ
気づけば、何の興味もない同僚に、相撲、相撲、丸刈り、丸刈りって言ってる。
おかしい、変。狂。
私はなぜか俯瞰的。なのに食い入る。というか食い込むように話してしまう。
仕事は作業がいい。単調な。自分の性格につかれるのよ。
家に帰れば、すぐ寝たいくらい。もう考えるのが嫌だ。過去を思い出す会話も嫌。すぐべらべらしゃべる。都合の悪い会話では青ざめる。
疲れる。私、疲れる。
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仕事も、やめちゃったんだよね。
何だったんだろ。大学までの受験の競争。
就職の競争。
結婚の競争。
保育園の競争。
競争ばっかり。
疲れたから、いったん断ち切ったんだよー。
ふと見る。旦那を見る。
あーあ、旦那はいいな。
何がいいって、競争なんて考えていない。
ちょっとした拍子に転職してるかもっていうくらい精神が安定している。
うらやまし。
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「あら、リョウコちゃん、コンニチハ」
「こんにちは」
「シコミって大変よね。聞いたよ。」
「慣れました。普通のことです」
「まあ、そうなのね」
いい近所のおばさん演じたけど。
リョウコちゃん、こっちの世界じゃない。
普通にいられるって何なんだろ。
椅子に座って、腰骨をずっと立てている人いるんよね。そっちの人?リョウコちゃん。いいな。うらやまし。
私ぜーったい無理よ。
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しかたない。付き合うか。私が私に。私は私の心と付き合う。
雑談時には演技しないと。じゃなきゃ私の心が暴走する。
聞き上手になりたい。
私の親にもこの気質、言ってないんよね。だってさ、あの親じゃん。
私の旦那は、うちの親の変なところ、わかっているよね。
めっちゃしゃべるじゃん。
めっちゃ覚えてるじゃん。
めっちゃ自分語りするじゃん。
高齢なのに。口の筋肉は若い。
恥ずかしいを通り越して、なんでそうなった?って思い。
眠れない。今夜も。
ああカーテン、きっちり閉めたかな?
秒針の音。
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わかってる。タイガがまた転校して、校則の丸刈りがなくなったら。もうマワシ締めないでいいなら。
そんな学校に転校したら、、、。
転校しても、私がおさまるわけないじゃん。
もうスイッチONだから。止まらないよ。
一旦心が荒れ狂ったら、ずーーっと荒れ狂うのよ私は。本読んで、ネット検索して、・・・あふれ出る気持ちが多い多い、多いのよーって。
でも、誰も、わかってくれないのよね。
そうです。日常生活には困りません。かなり疲れるけど。
いやはや、疲れるんよ。
そして
まわりを困らせています。旦那もタイガも気づいてる。
職場の皆さんも。
そう、すぐばれる。
ほんと はずかしい。でもさ、モグラのように出てくんのよ。この感情が。
それなら、タイガの高校受験を機に、元の戦いの場所にもどるか??
こういう発想が私なんだろな。無理だよ、戻るなんて。
いつもいつも、頭の中で私と私が戦っている。
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「あ、リョウコちゃんのママ」
「ああ、どうも」
「どちらに?」
「神社に」
「お参りですか?」
「相撲ですよ。見に行きます。タイガ君も行っているはずですよ」
「え、、、、?聞いてなかったです。そうなんですね」
神社の土俵。
すっとリョウコの母がサンダルを脱いで裸足。
「癖になっちゃって」
ああ、そうか、相撲を見るときは裸足って、リョウコちゃんも言ってたな。
私も。
「いいんですよ、好きで裸足になってるんだから」リョウコの母が気遣う。
いえいえ、させてください。はだしに。靴なんていらないの。
裸足になるユミコ。
リョウコちゃんも合流。もちろん裸足。爪がいい。若さあふれる爪。
足の甲がふっくら。
近所の母たち、娘たち、遠くから裸足で見る。しかも正座。
リョウコちゃん、体が揺れない。親子で似てる。
わたし、揺れる。ユミコの絶望。そして俯瞰。
タイガのマワシ姿。
「いいですね。神社も」ユミコの素直すぎる感想。
「そうですよ。学校と違ってここも」
「でも、やってることは同じ」リョウコの母がニヤっと。
親子でニヤって。
「男ども、四股、もうちょっと足上げなよ」リョウコの母が小声で喝。
「男ども、なんかよわっちーぞ」
「男ども、・・・」
こうやって、親子でぶつぶつ。
ささやくように言うのも、一興
「どろんこになってろっ」
リョウコちゃん、いいね。
同じ季節の中で




